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68. フェンリル討伐戦(9)反撃の狼煙



「よし! いいぞ。ゆっくり降ろしてくれ。」


 数人の監視隊員が、腰のベルトに結びつけられた丈夫な綱を身体の正面で握り締め、街壁の外側を地上に向けて下りて行く。街壁上では、その綱を4,5人の自警団の者達が両手で握り締め、綱引きよろしく一列になって引っ張っている。魔狼の大三角があった場所のちょうど真上である。


 ドイル卿が今朝、(もたら)した情報は驚くべきものだった。フェンリルの火球を()らす事が出来るかも知れない “暴風の魔石” が前方拠点にあるというのだ。



 何でも、ドイル卿と他2人で異国の港の海運ギルドへ赴き、帆船用の強風の魔石を入手したものの、その威力は期待したほどのものでは無かった。

 一行は、落胆して港町の酒場で善後策を相談していたらしい。


 すると、(そば)で飲んでいた船乗りが耳寄りな情報を教えてくれた。この酒場の常連である1人の老船乗りの話だった。

 彼が昔乗っていた船が大嵐に遭い、沈没を怖れて持ち出していた原魔石が、暴風の中で見た事も無い濃い緑色の風魔石になったという。その魔石の出す暴風は、大木をへし折る威力があり、とても船には使えないほどだったという。


 それからしばらくして、その老人が酒場にやって来た。酒を奢り、その暴風の中で変換したという魔石を、見せてもらえないかと頼み込んだ。

 その風魔石は、確かに濃い緑色だった。


 風魔石は、この世界では帆船を動かす目的以外で変換される事は無く、風魔石そのものを見た事のある人間も少ない。フレディら3人も、火魔石等とは違って起動した際の威力が、その色合いに反映される風魔石というものを知らなかった。

 既に見た海運ギルド最強の強風の魔石よりも、遙かに濃い緑色をしているその魔石を、絶対に手に入れるべきと彼らは決意した。


 フェンリルの災厄から人を、そして街を救うために是非譲って欲しいと懇願し、金貨100枚を支払い手に入れたという。強風の魔石2個分の金額だ。



 もちろん、これらは大嘘。


 フレディが帰路にドイルや同僚騎士のゴールと造り上げたカバーストーリーである。この奇跡の魔石を譲ってくれた恩人フンメルに、迷惑をかけない様にするための嘘八百なのだが、暴風の魔石が大木をへし折るのと、非常に濃い緑色であるという点は、紛れもない真実であった。


 かくして、3人は風魔石を得た後、ひたすらルスダンを目指した。

ただし、移動中は、なるべく大きな街を経由する様に行程を調整し、風魔石に変換出来る属性数3以上の原魔石を調達する事にした。ルスダンの街には、在庫があまり無かったからである。途中の街で、属性数3の原魔石を合計8個入手出来た。


 ルスダンに到着した3人は、討伐軍幹部に『10歩の距離から大木をへし折る』という暴風魔石の威力を説明した。急ぎつつも慎重に魔石変換作業は遂行され、帰路に購入していた原魔石から、最初の複製風魔石8個を得る事に無事成功した。


 いずれも濃い緑色。お馬でパッカパッカの魔石とは明らかに別物。

そのため、この濃い緑色の魔石は、改めて “暴風魔石” と呼ばれる事になった。

 早速、その1個を使用して威力を確認したが、大木をへし折るという話は決して大袈裟なものでは無い事が分かった。直ぐに、魔導師による火球評価が行われる。


 結果は想像以上であった。

テチス東方地域から集まった魔導師12名、宮廷魔導師10名。その中で、最強の火魔法を放つベテランの火球を、逸らすというよりも、ほぼ真上に打ち上げた。

 若い、駆け出しの魔導師の火球に至っては、何と吹き消してしまったのである。

流石に、魔導師達は愕然としていたが、騎士や歩兵達は俄然(がぜん)盛り上がった。


 そこへ、前夜ベズコフ領都で監視隊が魔狼の大三角を撃退し、少なく見積もっても30体以上の魔狼を倒したという知らせが飛び込んで来た。

 暴風魔石の威力は上々。後は、複製用の原魔石の調達をどうするか協議しているところであった。ベズコフ領都へ移動すれば、確実に30個以上の暴風魔石が得られる。それも、即日で。


 ドイルとゴールは、ケーテから持ち帰った原石と変換作業に使用した頑丈な網を持つと、作業を行った者達とともに、翌朝まだ暗い内にルスダンを出立した。

 ところが何と、前方拠点に着いてみれば、昨夜の魔狼による拠点襲撃の結果、大量の魔狼の死骸が拠点周辺に溢れていた。草原にも数十体の死骸があるという。


 この暴風魔石こそが、この先の戦いの鍵を握ると確信していたドイルは、前方拠点における魔石採集と変換作業をゴールに託し、自らは事情説明と魔石採集のためベズコフ領都へ乗り込む決意をした。

 そして、単身、領都へ移動したドイルは、ゴダード卿やジェームスと話し合い、領都周辺の魔狼の死体から魔石採集を行う運びとなったわけである。


 そこで問題となったのが、魔物の死体からの魔石採集は意外と手間が掛かる事。いつフェンリルや魔狼が現れるかもしれない状況で、領都外の作業は躊躇(ためら)われる。

 如何に警戒監視が万全な日中とは言え、速やかに領都内へ避難するには、騎乗状態でないと難しい。どうしても下馬する必要があったとしても、可能な限り短時間にしたいところだ。


 そこで出たアイデアが、命綱を着けた作業者が街壁上から地上へ降りて、魔物の解体並びに魔石採集を行い、緊急時には街壁上に引き上げてもらうという方法。

 大三角の成れの果てには魔狼の死骸が折り重なっている。そこを採集ポイントにするとともに、そこへ騎兵が草原に点在する魔狼の死体を運んで来る事になった。馬に繋いだ縄を使って引き摺って来る事にしたのだ。緊急時には、縄を外して領都内へ一直線に避難である。こうして、原魔石の回収作業が始まった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 取り立てて異常も無いまま、作業は順調に進んでいた。

例の領主の息子がやって来て、街壁上に引き上げられた大量の原魔石を羨ましそうに(ボーア先行偵察隊シュルツの感想)見ていたものの。特に介入して来るわけでもなかった。


 突如、鐘が鳴った。すわ、フェンリル出現かと一帯に緊張が走る。

しかし、鐘が打ち鳴らされているのは、西門でも北門でもなく、東側の正門だ。

 続いて北門の鐘も鳴り始める。見ると、3頭の魔狼が草原を東から北に向かって、脇目も振らず疾走している。そのまま北門を回り込んで姿を消した。


 直ぐに、各門で見張りに当たっていた者達が呼び集められ、ゴダード卿を中心に状況分析が行われる。3頭の魔狼は、東側すなわち、ルスダンの街の方向から来た事が確認された。そして、平原にいた騎兵や歩兵には目もくれず、北門を横目に、そのまま西側へと去って行った。現在のフェンリルや魔狼達の拠点がある方向だ。


「遠方に偵察に出ていた魔狼達が帰還したという事かな?」


一通り皆の意見を聞いた後、ゴダード卿がそうまとめると、ドイルが応じる。


「ええ、草原の者達には目もくれず、まっすぐ自分達の(ねぐら)を目指したのは、普通の魔狼とは言えませんね。相当に賢い。」


 そう言いながら、王国騎士団の斥候隊マルスや、ボーア先行偵察隊シュルツの顔を見ながらニヤリとすると、こう結んだ。


「どんな軍隊でも、偵察部隊には利口な連中を使うもんでしょう? 魔狼もです。」


「そうなると、ボーア領の街や村の状況が、魔狼に知られた可能性があるな。」


 顔を(しか)めながらそう話すゴダードに、ボーア領軍のシュルツが説明する。


「ここからルスダンまでの間に、2つの村があります。いずれも街道から少し外れておりますが。そこが魔狼に見つかった可能性はあるでしょう。残念ながら、どちらも簡易な木製の柵しかありませんので、魔狼の襲撃には耐えられません。」


 ゴダード卿は頷くと、2つの村への避難準備の急使とルスダンへの護衛派遣の急使を、それぞれ依頼してくれる様、前方拠点のソロモン伯爵へ要請する事にした。


 そして、ゴダード卿は決然として、こう言い放った。


「暴風の魔石という有力な対抗策が見つかった一方で、フェンリルに外の世界を知られてしまった可能性が高い状況となった。決戦の時は来たのかも知れない。」


 誰もが唇を引き結び、頷いていた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 午後の早い時間までに、約70個の魔狼の原魔石が集められた。それらを持ってドイル卿が前方拠点へと戻って行った。魔石変換作業を即座に実施するとともに、討伐軍司令官であるソロモン伯爵を始めとする幹部に対して、西へと駆け去った3頭の魔狼に関する報告を行い、今後の作戦に対する意見具申をする。


 前方拠点でも朝から同様に協議が行われていた様で、あっさりと結論は出た。

それまでに検討され、準備されていた対フェンリル、対魔狼の作戦を速やかに実行すべしとなったわけである。すなわち、


(あぶ)り出し、おびき寄せ、叩き潰す」


 まずは、敵をベズコフ領都西方の塒から出て行かざるを得ない状況に追い込み、こちらが戦場として準備を整えた場所に誘導。そこへ火力を集中して一挙に(たお)す。

 現在、フェンリルや魔狼が塒にしているベズコフ領都の西方は、丘陵地帯が続いているため昔から牧畜が盛んであり、一帯が牧草地である。


 一方、ベズコフ領都の北側は山地である。そこを水源とする川が領都の西側を流れ、途中から西へと流れを変えてベズコフ領西方の峡谷へと流れ落ちている。

 領都の水源はこの川である。南の村々の東側を流れる大河とは、水源も流れゆく先も正反対であった。


 要するに、この北から流れる川は、もっか魔狼達がいる領域の東側と南側をグルリと取り囲んでいるわけだ。当初、フェンリルがここに入り込んだ時、西方に向かう道中でこの川に掛かる橋を破壊し、フェンリルを閉じ込める案もあった。

 しかし、南の大河ほどの川幅も水深も無いため、魔狼にすら簡単に渡河出来てしまう事から、断念された経緯があったのだ。


 今、この北からの川が再度注目を集める事になった。

季節は冬。乾燥しており、草原は茶色。牧草地も同様であり、火を放てばたちまち火の海になるだろう。

 西の峡谷は断崖絶壁、北の山地も魔狼が長期的に住める様な場所では無い。

火事で家畜が全滅すれば、結局、領都方面に移動して来るしかないはずだ。

 そして、川は防火帯の役割を果たし、こちら側への延焼を防いでくれるので、こうした火攻めが可能となるわけだ。


 西の牧草地を火の海に変え、魔狼達を(ねぐら)から炙り出す!


 その実行は早いほど良いと判断された。昨夜、大火力の火球を8回も放った直後のフェンリルは、確実に魔力を消耗しており、完全な状態にはほど遠いはずだ。


 決断が下された。ルスダンの街に待機していた大集団が、ベズコフ領都へ向かって順次移動を開始する。

 騎兵に歩兵、魔導師。そして、雄牛を含む家畜の群れまでが含まれていた。


 一方、ベズコフ領都正門前。前方拠点から6台の大亀が引き出され、正門の上から見ると「ハ」の字になる様に3台ずつ並んで配置されていた。それぞれの大亀の背後には穴が掘られ、火球攻撃の待避場所になるだけで無く、掘り出した土は麻袋に入れて大亀の前に積み上げられていく。そうした作業が終日続けられた。


 ベズコフ駐留部隊が魔狼の原魔石をひたすら集めた翌日、濃い緑色をした暴風魔石をジェームスの監視隊も受け取った。大半の風魔石が大亀部隊に配布された。

 原則としてフェンリルには近づかず、遠方で魔狼を削れと指示されている騎兵部隊には渡されなかった様だ。


「ハ」の字に配置された大亀それぞれの正面方向、その交わるポイントには、家畜の死体が並べられ、大量の薪が用意されていた。ここで、野外焼き肉パーティーが開催される。魔物をおびき寄せる便利な魔法の薬は存在しない。しかし、人が好む肉が焼ける匂いは、獣もまた大いに好む事は事実である。

 火事で炭になってしまった家畜の肉は、とても食用にはならないはず。腹を空かせた魔狼が、この匂いに抗えるとは思えない。


 フェンリルは警戒するかも知れない。いや、きっとするだろう。

それでも、多くの魔狼達が本能に負けて集まって来れば、フェンリルも無視する事は難しいだろうと推測していた。


 そうした作業が続けられる一方、依然として、西方からフェンリルや魔狼が姿を現す事は無かった。今日までに集めた魔狼の原魔石から見ても、魔狼の半数近くを削った事がわかっていた。ここ数日の間にフェンリルとその眷族が受けたダメージは、想像以上に大きかった様だ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その翌日、街壁の上にひょっこり現れたのは、テチス宮廷魔導師団の3人娘。

聞けば、他の男性魔導師達は、大亀に配属されたのだそうだ。まだ、そちらよりも安全だろうという事で、正門上の街壁配属になったという。


 ジェームスは、フェンリルの火球を間一髪で避ける事が出来た件を話し、クリス達に改めて感謝の言葉を述べた。ジェームスはその後、無くなった眉を隠すために騎兵用の鉄兜を被っていた。3人娘は、その鉄兜を不思議そうに見ていたのが、妙に可笑しかった。


 ジェームス達が親しく話していると、例によってベズコフ領主の息子が近づいて来たが、全員が無視して相手にしなかったせいか、階段を降りて去って行った。

 結局、あいつは何をしに毎日ここへ通っているのだろう? 不思議でならない。

まあ、邪魔さえしなければ良いかと、モーリの事は心から振り払った。


 かくして、戦いの準備は整った。

その日の黄昏時、領都西門を出た一団は西へと向かい、橋を渡ったところで立ち止まる。連れてきた20頭の雄牛の角に縛り付けてあった松明に次々と火を着ける。

 可哀想だが、人が魔狼に負ければ、結局家畜も全滅なのだ。


 頭上で揺らめく炎に半狂乱となった雄牛の尻を槍で軽く突くと、まっしぐらに西の牧草地へ向かって駆け出して行った。その背の両脇には、油を満たした皮袋が縛り付けてあった。中には火魔石が入っており、槍で突くと同時に起動されていた。

 転倒して自爆するも良し、魔狼に襲われて引き裂かれるも良しである。


 全ての雄牛を放った後、引率していた騎兵達は領都へと急ぎ戻って来た。

これより、西方の “火祭り” を見物する運びとなっていた。



 フェンリルと魔狼に対する殲滅戦の幕が、ついに切って落とされたのである。


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