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65. フェンリル討伐戦(6)フレディの幸運



 翌朝、フレディ達3人は、宿で朝食を摂りながら今後の対応を話し合った。

海運ギルドで強風の魔石を手に入れ、テチスへ戻る方針で意見は一致したものの、何とも冴えない結果なのは間違い無い。気分転換に馬を宿に預けたまま、ギルドまで歩いて行った。

 まだ、船便は復活していないという。雨は止み、街中の風も随分穏やかになってはいたものの、沖合の波はまだ高いのだそうだ。


 ギルドを出てケーテの街をうろついてみたが、気分は晴れない。

ギルドで奨めてくれたお食事処もあったが、敢えて入る気にもならなかった。

 午後も遅くなり、波止場の方へ行ってみると、嵐が去るまで港で待機している船が多数並んでいた。ふと、見慣れたものが目に入る。彼の持つ短剣の紋章と同じものが、一隻の船の船尾で揺れている。イェルマーク王国の旗であった。


 そして、その船腹に描かれている紋章にも見覚えがある。王国の大商会の1つであるヤークト商会の紋章。彼も持っているメダルの紋章に違い無かった。


 そこで、ふと閃いた。まあ、大した考えでは無い。連れの2人に相談する。

一応、強風の魔石は持ち帰ると決めたわけだが、あまり期待出来ない風魔石を何日も待つのも業腹だ。

 ならば、同じ風魔石をさっさと調達して、帰ろうではないか。あのイェルマーク王国の船に交渉を持ちかけてみたいと提案した。2人とも異存は無いと言う。


 その船に近づき、船員に声を掛けて王国騎士を名乗り、船長を呼んでもらう。

甲板上に出て来た船長に再度、王国の紋章入り短剣を示して、強風魔石を譲ってもらえないかと話す。

 商船にとって、陸地から離れた場所で風魔石が潰れたら死活問題だ。大手の商会の船なら、間違い無く予備の風魔石を持っているに違い無いと思ったのである。

 まあ、お茶でも飲みながら話しましょうと、船長室に招かれた。


 想像していたとおりの質実剛健な船長室へと入り、フェンリル討伐のため、強風の魔石を一刻も早く手に入れたいのだと説明する。代替品は天候が回復しだい海運ギルドに入荷するので、支払いまで済ませておくからと。

 船長は、前向きに考えてくれている様だ。ただ、この船に乗っている商会幹部の了承も得たいと言われ、フレディも同意した。


 船長室で待っていると、船員が一人の男を案内して来た。

取り立てて目立つところの無い、人の良さそうな30代半ばの普通の男だった。

 大商会の幹部という先入観から、もっとギラついた印象を予想していたフレディは少々肩透かしを食らった感は否めない。


 ところが、彼に続いて後から入って来た、何とも妖艶な美女に目を奪われる。

秘書だろうか? どうにも彼女のインパクトが強過ぎるせいで、天下のヤークト商会の幹部殿は、随分と影が薄くなってしまうようだ。

 商会幹部はフンメル、秘書の方はパメラと名乗った。フレディ達もそれぞれ名乗り、フレディはフェンリル討伐のための応援として、テチス王国へ派遣されているイェルマーク王国騎士団の者である事を明かした。


 フンメルという名前を聞き、聞き覚えがあるなと思っていたら、フレディによる自己紹介の後にフェンリルという言葉が出た瞬間、相手の顔色が変わった。

 そう、彼こそは、ボーア領の騎士団とイェルマーク王国騎士団に、フェンリルの情報を(もたら)したその人だったのである。そうわかった瞬間、フレディは、思わず両拳を軽く握り締めていた。彼なら我々の期待に応えてくれるに違い無いと。


 そう確信したフレディだったが、強風の魔石の予備を譲って欲しいという彼の話を聞いた後、フンメルは腕組みをしたまま目を(つむ)って何事か考え込んでいる。

 ようやく目を開くと横にいる秘書に頷く。彼女も頷き返すと部屋を出て行った。

船の航行に必須の風魔石。その予備を、何故乗客のはずの女性が取りに行くのだろうかと、フレディは不審に思ったのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「皆様は、白色火魔石はご存じですね?」


 その後フンメルが、強風の魔石の予備を譲る件について、問題は無いと言ってくれたので安堵の息を吐いたフレディだったが、そこでフンメルが穏やかに告げた、この言葉の意味が理解出来なかった。白色火魔石については、フレディも知識としては知っている。鍛冶場の鉄をも溶かす高温の中で変換された火魔石の事だ。

 フレディは、ええ、もちろんと応じて、フンメルの説明を待つ。


「実は、私の手元には、強風魔石を遙かに超える、言わば暴風魔石とでも呼ぶべき風魔石があるのです。それは、白色火魔石の、言わば風魔石版の様なものです。

 圧倒的な暴風を生じる代わりに、極めて寿命が短いという風魔石なのです。

私の一存でその暴風魔石をお譲り致しますが、入手先は、どうかご内密に。」


 (にわか)には信じられない話だったが、もしこれが事実ならば、彼らを今の窮地から救い出してくれる “奇跡の一品” になるかも知れない。天下のヤークト商会幹部が、こんな場所で嘘を吐く理由は無い。信じても良いだろうと思う。と言うより、そもそも自分達に選択権など元から無いのである。


「わかりました。そこは、我が家名に懸けて。」


 フレディは、そう言うと、船長室のソファーに一緒に掛けているテチス騎士団の2人に顔を向ける。2人とも真剣な表情で頷き、秘密は守ると誓ってくれた。


「まあ、私もこの風魔石がどの様にして変換されたかは知らないのです。それに、魔石を使った複製変換は劣化する一方ですから、ここでお渡しする魔石の複製品もいずれは忘れ去られてしまう事でしょう。」


 確かにそうだった。魔石を使った原魔石の安易な変換作業は効率が悪いのだ。

海運ギルドの支部長が、複製を問題視しなかった理由の1つでもある。

 例えば火魔石を起動して高温にし、その熱で原魔石を火魔石にしようとしても、低い温度の火魔石にしかならない。起動して高温状態になっている火魔石が全方位に放っている熱の、ほんの一部しか原魔石には伝わらないからだ。


 では、複数の火魔石で原魔石を取り囲んだ状態にしたらどうかと言えば・・・


 そこでフンメルの秘書が部屋に戻って来た。

その手に革製の巾着袋を持っており、その中は魔石の気配らしき、ぼやけた感覚が認められた。複数の属性石が密集状態である証左である。


 そう、これが多くの魔石を同時に使用して魔石変換が出来ない理由なのである。属性石の密集は、人による個別の魔石感知を困難にするのだ。

 そもそも、人が属性石を感知出来るようになるのは、大体5,6歳頃からである。自我の確立云々という話もあるが、理由は良く分かっていない。そして、属性石を感知出来る様になっても、至近距離にある魔石を同時に感知出来るのは、精々2個から3個が限界なのである。


 逆に、この性質を利用して属性石の誤作動すなわち、意図しない起動を防ぐ工夫があるのだ。ボウガンの金属製の矢であるボルトや、同じく短槍並みのサイズを持つバリスタの矢。それらに白色火魔石を仕込んだ場合、威力がある反面、保管や取扱い上の危険性は大変なものになる。以前は砂の入った陶器の壺の中に魔石部分を個別に突っ込んで保管していた。移動の際も、専用の馬車で運んでいたそうだ。


 ところが、20年ほど前に、イェルマーク騎士団の魔物討伐部隊が、この魔石密集による感知困難を利用する事を思いつき、屑魔石を入れた革袋に白色火魔石の付いたボウガンのボルトを保管する方法を考案した。以来、歩兵による白色火魔石を使ったボウガンの利用が、劇的に容易になり、異常種への対抗手段となっている。

 まあ、実際には、発射寸前に魔石を起動するのは中々に難しいらしい。



 フンメルは秘書から受け取った、その革袋をフレディに差し出しながら、この場で起動させれば、船は大破し、沈むかも知れないと真剣な表情で断言した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その風魔石は、火に投げ込んだり、水に漬けたり、風に曝したりといった所謂(いわゆる)、 “お約束の儀式” を用いずに変換されたものだった。もちろん、フンメル始め、その場にいる者は誰もそれを知らなかったが。


 魔導師が強力な思念で魔石変換を行い、変換者にしか感知出来ない特別な魔石にするのが特殊変換である。そして、それが出来る魔導師ならば、誰もが感知出来る普通の魔石に変換する事も、もちろん可能だった。魔力の無い只人でも、お約束の儀式を介すれば魔石変換は出来るのだから、むしろ当然の話である。


 ただし、只人による世間一般の魔石変換と違うのは、単にお約束の儀式が不要だというだけではなく、変換の際に魔石の威力を自由に決められる事なのだ。


 流石に特殊変換された属性石の様に、変換した後も、その威力を好きに変えたりする事は出来ない。しかし、お約束の儀式無しでの変換だからこそ、威力を好きな様に設定する事が可能だとも言える。例えば火魔石の場合で言えば、鍛冶場の高温環境が無くても、白色火魔石に変換する事が可能な様に。

 今まさに、フレディが受け取った風魔石は、その様にして作られた魔石だった。



 シルクの商談でサザーランド侯爵領を訪れたヤークト商会のフンメル一行。

サザーランド侯爵の片腕として領地の差配を行っている魔導師は、フンメルとの会合の場で彼との意外な縁を知り、大いに驚いたものだった。

 同時に、フンメルの好ましい為人(ひととなり)もまた、深く理解したのである。


 ひょっとしたらと思っていた人物。その名はレオと知った。今は生死も不明。

それでも、この得がたい情報を齎してくれたフンメルには感謝した。

 さらに、同じく彼が齎したシルクという新しい産業の芽が持つ可能性と危険性を鑑みて、フンメルの護身のためにと “暴風魔石” を幾つか作り、渡したのだった。


 成功裏に商談を終えたフンメルは、サザーランド領の港までの帰路、野営の際にこの暴風魔石を試してみた。護衛のために港まで同行していたガードナー傭兵隊のメンバー誰しもが、その威力を前にして言葉を失った。


 風の魔石は、常用されている属性石の中では、唯一指向性を持つ魔石である。

魔石を起動した者の、身体の前方に向かって、その魔石が変換された時に浴びていたのと同じ強さの風を放出するのである。


 その暴風の魔石は、10歩ほど離れた位置にある大木を、へし折ったのである。

風魔石とは名ばかりのとんでもない代物。とても帆船で使えるものではない。人も木の葉のように吹き飛ばすに違い無いと、その場の全員が確信した威力。

 フンメルも呆然としつつ、心中で魔導師クルーガーに改めて感謝したのだった。


 サザーランド領からの帰路、商会の船は寄港先で嵐による足止めに遭った。

そこに、今やフンメルとパメラの母国となったイェルマーク王国の青年が現れた。

 事情を聞き、フンメルは暴風魔石の1つを、その青年に託す事を決断した。

にっくきフェンリルとその眷族を倒すために。故郷の仇を討ってもらうために。

そして、もうこれ以上、犠牲者を出さないために。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 フレディ達はその後、船を離れると海運ギルドを訪れた。

強風魔石はイェルマーク王国の商船から、予備を譲ってもらえた旨の説明をした。自分たちの発注分2個は、そちらへ渡して欲しいと依頼し、支払いも済ませる。

 もう辺りは、すっかり暗くなっていた。

先は急ぐものの、フレディ達がここを出るのは明朝である。


 今宵はフンメルと食事をともにする約束をしていた。

フェンリルの最新情報をお聞かせ願えればと、フンメルから頼まれたのである。

もちろん異存は無かった。店は昼間パスしたギルドお奨めのお食事処である。

 店に着くと個室に案内され、既に到着していたフンメルが、妖艶な秘書とともに待っていた。


 フレディは改めて、フンメルに礼を述べるとともに、自分がベルン侯爵家当主である事も明かした。テチス組の2人には、ヤークト商会について簡単に説明する。


 元々、王家にも出入りするイェルマーク屈指の大商会なのだが、ここ最近は王都の話題を独占する様な活躍を連発しているのだと。大熊の毛皮に屋根付き商店街。

果ては、シルクという光沢のある布地。特に、シルクは王家の専売品とされ、そのドレスはイェルマーク王国の貴族女性にとって、垂涎の一品となっているのだと。


 そこで、フンメルも再度パメラを紹介した。自分の妻として。

これには、フレディ達も軽く驚く。笑いながら、パメラが軽やかに語りだした。


「皆様、きっと私が “夜の女” で、人の良いフンメルに取り入って、ちゃっかり秘書の地位をせしめたと思われた事でしょうね。でも、この人は見てのとおり穏やかで、迫力にはやや乏しい人ですから、相手によっては嘗めて掛かってくる場合も多いのです。それと、残念ながら、中々印象に残り辛いと言いますか・・・」


 そこまで言った後、ウフフと艶然に笑いながら続ける。


「そういうわけで、私が(いささ)か濃い目の化粧で、こうして皆様の記憶に残る様にしているわけなのです。まあ、(かえ)って夫の記憶が消し飛んだという方も多いのですが、何も記憶に残らないよりはずっとマシだと思いませんか?」


 フレディは、思わず噴き出してしまった。他の2人も耐えられなかった様だ。


「まあ、何より、ヤークト商会が実績と手腕を認めているからこそ、幹部に取り立てているわけで、そこへ思い至らず嘗めて掛かるというのは商人失格ですよね。」


 フレディは、なるほどと思う。そして、この一見平凡なフンメルという男がこの美女の心を掴んでいる事実は、この男に非凡なものがあるという証左なのだろう。

 暴風の魔石。この世界で誰も見た事の無い代物を、僅かな時間黙考しただけで、初対面の自分に渡すと決断した胆力。やはり、見た目とは随分違う人物なのだ。


 その後、宴会は心地良く続いた。

フェンリル討伐に関する情報については、フレディ以上に細かい情報を持ち合わせているドイル卿ら、2人のテチスの騎士達が積極的に説明してくれた。

 情報漏洩による利敵行為といった懸念のまったく無い、魔物相手だからこそ許される行為だった。


 ちなみに、テチス組の2人は、風魔石獲得のため海運ギルドへ派遣する事に決まった時点で、交渉が目的である以上、武闘派という事は有り得なかった。

 派遣軍司令官であるソロモン副騎士団長の参謀的な軍人からの人選であり、彼ら2人は討伐軍の各種部隊の編成計画や、具体的な作戦計画の策定に関与していた。

 討伐作戦全般に詳しいのは当然であった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 個として見れば、魔狼のパワーとスピードに適う騎士などいるはずも無い。

フェンリルの魔力量とその火球の威力は、どんな魔導師も軽く凌駕している。

そのフェンリルが魔狼集団を率いて繰り出す戦術は、下手な人間の指揮官以上だ。


 だからこそ基本戦略は、フェンリルとは可能な限り、正面対決はしない事だ。

ひたすら、フェンリル不在の場所で、眷族である魔狼を削る。ここまでは、サザーランド侯爵による資料に基づいた指針である。

 そのためには、フェンリルの居場所を正確に掴むため、ベズコフ領都の街壁を確保すべしというのが、今回の討伐軍が考え出した重要目標である。


 その前段階として、前方拠点の建設は必須であり、麻縄の網による防壁と大亀のアイデアは、ともにサザーランド侯爵の資料からの ”先人の” 知恵であった。過去の討伐における多大な犠牲の結果辿(たど)り着いた貴重なアイデアなのだ。


 そして、前進拠点を踏み台に、魔狼の包囲下にあるベズコフ領都への潜入作戦が決行される予定だった。フレディ達がルスダンの街を出る頃、ルスダンの街壁を使用して、連日予行演習を繰り返していた。今頃は決行済みのはずだ。


 その後は、フェンリルと魔狼集団による、前方拠点への攻撃があるはずと予想されていた。その戦いで、ある程度の打撃を魔狼に与えたならば、その直後に包囲の隙を突いて、ベズコフ領都へ王国騎士団を突入させ、常駐させる事になっていた。

 包囲されているという事は、逆に言えば、好機と判断した時には適切な門を選択し、こちらから討って出る事が可能なのである。戦いの主導権を握れるのだ。


 こうして、魔狼をひたすら削りながらフェンリルも引きずり回し、サザーランド侯爵が何度も強調していた “黄金の時” すなわち、フェンリルの魔力枯渇を待つのである。最終的には、平原で大亀を使った野戦が想定されていた。大亀なら、魔狼は敵では無いし、バリスタを搭載すればフェンリルにも脅威を与えうる。

 ただし、そこで問題となっていたのが、フェンリルの火球であった。


 フンメルが渡してくれた暴風魔石が、フェンリル打倒の最後のピースとなるか?

それは持ち帰って、試してみるしかない。それでも、フレディ達3人の表情は明るかった。結局のところ、自分達はとんでもない幸運に恵まれたのだろうと思った。


 その夜、フレディは再び祖母の夢を見た。やはり、ニコニコ笑っている祖母。

翌朝目覚めた時に、その夢の中の祖母の笑顔を思い出し、フレディは(つぶや)いた。


「やっぱり、お婆さまは正しかった。」


 何を言っているんだと、自分が可笑しくなり、思わず苦笑する。

今まで自分の思いどおりに行った事など、どれほどあった事か。報われぬ努力が、この世にどれほど多い事か。それでも、フレディは心の中で繰り返していた。


『やっぱり、お婆さまは正しかった。』


自分でも呆れるような矛盾した事を言っているという自覚はあった。それでも、

それくらいの不合理は、きっと神様も目を瞑ってくれるに違い無いと思った。



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