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64. フェンリル討伐戦(5)海に向かって走る



 イェルマーク王国の若き侯爵家当主にして、王国騎士団員のフレディ・ベルンは馬に乗り、海に向かって走っていた。並走する2人は顔馴染みだが、他国の騎士。


 フレディはまだ若かったが、別に自分が何者なのかといった “自分探し” のために海を目指して、ひた走っていたわけではなかったし、もちろん乗っている馬も、盗んだ馬ではなかった。


 正確に言えば、目指していたのは港。より正しくは、海運ギルドだった。

最も強力な風魔石を入手して来る事。それが彼に与えられた使命であった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 事の発端は、魔狼討伐のための後方基地であるルスダンでの合同作戦会議。


フェンリルとその眷族である魔狼の大集団の数々の脅威に、どの様に対処するかという会議において、未だに有効な対策の無い厄介な問題が議論されていた。


ずばり、フェンリルの火球にどう対処するのか? である。


 残念ながら、サザーランド侯爵の資料においても、火を吐くフェンリルの事例はあまり言及されておらず、犠牲覚悟で削り合うしかないというのだ。

 まあ、魔法を使わせれば、それだけ魔力の消耗は早まるので、サザーランド侯爵の言う “黄金の時” すなわち、魔物の “魔力枯渇” を早めるには都合が良いのは確かである。


 だが、実際に戦う側からしたら、(たま)ったものではない。

騎兵はまだ機動性があるから、遠距離なら火球を避けられるかもしれない。それに散開していれば、被害も最小限に抑えられるだろう。どの道、犠牲の全く無い戦いなど、有り得ないわけだし。


 しかし、大亀の様に鈍重なものは、そうはいかない。しかも、その中には30名からの歩兵がいるのだ。魔法1発の代償としては、あまりに大きすぎる。

 ただ、大亀を使わないという選択肢は、フェンリルとの最終決戦を考えれば有り得ない。大亀の背中と言うか、上部にバリスタを搭載すれば、フェンリルにも有効打を与えられるし、魔導師を乗せれば、極めて強力な切り札になるのである。

 何とも悩ましいところなのだ。


 それまで、何ら有効な解決策も出ず、時間だけが無為に過ぎていった事もあり、この日は目先を変えようと、魔導師すべてを招集した会議を開いたという。

 その会議で斬新と言うよりむしろ、とんでもないアイデアが飛び出したのだ。


「風の魔石の強風で、火球を無効化する事は出来ないでしょうか?」


 テチス王国宮廷魔導師団の女性魔導師から出たアイデアだという。

流石に皆、息を呑む様な意見だった。しかし、フェンリルと文字どおり “命の削り合い” を余儀なくされる騎士団の、“(わら)にも(すが)る” 想いにより試す事となった。


 イェルマークからの派遣組で唯一人、この会議に参加していたマロリー卿。

彼は、この提案とその後の流れに驚嘆し、大いに “前のめり” 状態となった次第。


 フレディは、あの冷静沈着なマロリー卿が、あれほど興奮している姿を、後にも先にも一度も見た事が無い。イェルマーク王国騎士団の宿泊先に帰って来た彼は、しばし熱く語ったのである。


「良いですか、皆さん! こんな提案は我が国の宮廷魔導師からは、絶対に出て来ません! そう、絶対にです! 魔導師が忌み嫌う魔石の使用を、テチス王国の宮廷魔導師は提案したんですよ! しかも、その使用目的というのが、魔法の無効化!

 信じられますか? 魔導師がその生涯を懸けて修練し、体得して来た魔法を、台無しにするかも知れない行為なのです! でも、これは検証する必要があります!

 絶対にです! そう、絶対! 魔導師の放つ魔法を、只人が無効化出来るかも知れないのですから!」


 なるほど確かに、これはマロリー卿が興奮するのも無理は無いと思った。

ただし、肝心の風魔石がルスダンの街には無かったのである。それで・・・


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 皆で思いつく限り、最も強い風を想像したのだという。

その結果、属性数3の原魔石を片手に握り締めた騎士が、風上に向かって馬で全力疾走するという、冗談の様な光景が現出した。そして何とか、風魔石が得られた。


 これも昔から庶民の間では知られた話なのだが、魔石の変換は必ず “(そば)に” 人がいて、祈らなければうまくいかないと言われている。単に強風が必要というのなら、バリスタの矢に原魔石を(くく)り付けて放てば良いように思うが、それでは駄目らしい。

 かくして、お馬に乗ってパッカパッカと魔石変換をしたというわけである。


 早速、翌日から評価が開始された。

多くの魔導師と騎士が、ルスダンの街から少しばかり離れた平原に出かけ、様々な試行錯誤と検証作業を行ったという。


 結論から言えば、効果有り! ただし・・・


 向かって来る火球を真正面から吹き消すとか、真横からの風で逸らすのは無理だったが、斜めに受け流して逸らす事は出来た。剣や盾の技でいうパリィである。

これは、実に画期的な成果であった。


 ただし、フェンリルの放つ火球は、魔導師のものより遙かに威力があるだろうと推測され、それに打ち克つためには、風魔石も、より強力なものを用意する必要があると結論が下されたわけである。


 では、この世界で最も強力な風魔石はと言えば、それは帆船で使用されている風魔石で間違い無い。そんな事は子供でも知っている。まあ、この世界での風魔石の用途と言えば、それくらいしか無いのだが。

 そして、残念ながら、子供は知らない大人の事情というものもあるわけで、そうした強力な風魔石は、海運ギルドが独占しており、部外者が容易に入手出来る物ではないのだ。


 それでも、このアイデアを実戦で試せる機会を逃すのは、あまりに惜しい。

フェンリルの火球に対抗出来るのなら、恐らく、どんな魔導師の火球にも対抗出来るはずだとマロリー卿は力説したのである。

 もちろん。それ以前に、すっかり顔馴染みとなったテチスの騎士達に無駄な犠牲を出して欲しくないという気持ちがあった事も、紛れもない事実であった。


 そして、海運ギルド相手の諸々を何とか出来るとしたら、それは、この場にいる者の中で唯一、フレディしかいないとマロリー卿は断言した。

要するに、イェルマーク王国侯爵の威信は、伊達では無いと示して来いというわけである。フレディは、心の中で(うそぶ)くしか無かった。『しゃあ、あんめえ!』と


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そんなやり取りがあった後、『フレディ! 行きま~す!』と、討伐遠征軍の総指令官であるソロモン伯爵に事情説明を行ったところ、大いに感謝、感激され、その場でサポート役として2名のテチス王国騎士を付けてくれた。


 残念な事に、内陸国のテチスには海も港も無く、海運ギルドに関する情報も皆無であった。結局、海に向かって最短距離を進むという大変にアバウトな方針の下、ルスダンを出発したのである。潮風に向かって走れという、あながち冗談とも思えない現状に、若干ながら顔面を引き攣らせたフレディであった。


 幸いな事に、海に近づくに連れ、海運ギルドやその風魔石に関して徐々に詳細な情報を得る事が出来た。宿の食堂兼酒場で、酒を奢りながら得た海の常識である。

ようやく、海運ギルドが何故、帆船用の風魔石を独占出来ているのかも理解した。



 風魔石は、大海原で帆船を前へと押し出すばかりではないのだ。船は人や物資を運ぶためにあるわけで、当然、港へ寄港する。

 そして、これまた当然の事ながら、港での着岸時の作業には、力任せに船を押し出すのとは別次元の、重く大きな船を繊細に操る技術を必要とする。


 そういうわけで、風魔石には、強・中・弱・微弱という4段階の風力のものが、存在するのだそうだ。熟練の船乗りが、この4つの風魔石を巧みに使い分け、大海原での巡航時から、港への着岸時の繊細な操船までを(こな)しているという。

 そして、この繊細な操船こそが()()なのである。


 如何に高価な魔石とは言え、所詮は消耗品。使い潰せば、新しい魔石に交換するしかないわけで、その際、前の魔石と風力や風量が違えば、大きな問題となる。

 ベテラン船乗りが自分の身体の一部の如く慣れ親しんだ “業界標準” の風魔石。それを安定供給出来るのが海運ギルドの強みなのである。まあ逆に、海運ギルドが供給する風魔石で、船乗りを “飼い慣らしている” とも言えるだろう。


 ギルド内に厳重保管された基準魔石を使って1個1個複製品を造り出し、ギルド会員の船乗りに販売しているわけだ。当然と言うか、けっこうなお値段になる。

 そして、風魔石の違法な複製は、ギルドによる苛烈な制裁対象になると言われている。ギルドにとって最大の収益源を守るのは、これまた当然の話であろう。


 酒場で聞いた噂では、会員の航海歴と魔石購入歴を把握し、魔石の購入間隔に不自然さが無いか、常に目を光らせているらしい。会員以外の魔石購入にも、監視の目は厳しい様だ。果たして、異国の騎士をまともに相手にしてくれるのだろうか?

 恐らく、そこも見越してのフレディ派遣なのだろう。ヤレヤレである。


 そこまで海運ギルドの内情や風魔石の話を聞けたという事は、海はもうすぐの場所にまで来ており、そこから一番近いギルド支部のある港も聞き出せていた。

 ゴールである港は、もうすぐであった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝、目指すはそのケーテ港。テチスを出て、既に2つの国を通り過ぎていた。

ケーテに近づくにつれ、何とも空模様が怪しくなって来た。そして、夕刻ケーテの街に着いた頃には、かなりの悪天候となっていた。

 街の住人に教えてもらい、そのまま海運ギルドの支部へと向かう。ギルドでは、フレディの持つイェルマーク王国の紋章入り短剣を示すと、直ぐに支部長の部屋に案内された。


 海運ギルドのケーテ支部長は温厚な紳士で、気配りも見事な御仁だった。

ギルド員を呼んで、ずぶ濡れとなったフレディ以下3人の外套を預かり、頭髪や顔を拭うためのタオルまで持って来させ、その間に暖かいお茶も用意してくれた。


 ソファーに座るが早いか、フレディは単刀直入にフェンリル討伐のため、強風の魔石が欲しいのだと訴えた。入手可能な中で、最強の風魔石をと。

 流石、大手ギルドの支部長。テチス王国のフェンリル騒ぎについては、もちろん既に知っていた。そして、彼は即答する。


「ようございます。お売りいたしましょう。ただし、只今在庫が切れております。既に補充の手配は済んでおりますが、2,3日は、お待ちいただく事になります。」


 何でも、この季節、この辺りは嵐が多く、船便も滞るのだとか。海運ギルド本部からの船便による魔石到着も、2,3日遅れそうだという。

 まあ、それくらいなら待てるかと思った。それより、一番懸念される事を訊かなければならない。フレディは腹を(くく)った。


「実は、フェンリル討伐のためには、それなりの数の風魔石が必要なのです。」


支部長はフレディが何を言いたいのか、瞬時に理解したらしく、軽く頷く。


「複製ですな。構いませんよ。」


 これには、フレディと他2名もビックリである。その反応がおかしかったのか、支部長は微笑みながら説明してくれる。


「帆船用の風魔石の複製とは、世間で考えられているほど簡単なものではないのですよ。風の強さだけではなく、風量や範囲まで様々な要素があり、それらすべてが揃っていなければ役には立たないのです。まあ、同じ魔石を作るとすれば、どれほどの手間と魔石が必要になる事か。それに変換自体にもコツがある様です。」


 そして、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、こう結んだ。


「複製など容易(たやす)いという世間の誤解は、我々にとっては都合が良いので、敢えて放置しております。聞けば、今回の皆様方のご要望は、風の強さだけです。そうした目的の複製であれば、当方には何の問題もございません。購入される魔石も、そちらが必要とされる最低限の数でけっこうでございます。ああ、複製の件は、どうかご内密にお願いいたします。」


 思わず脱力しそうになるフレディであった。

テチスを出る前から悩みに悩んでいた懸案が、こうもあっさりと片付くとは想像もしていなかった。全く以て、何たる幸運! 天にも昇る思いだ。

 最低でも自分の身分を明かし、一筆証文でも書くと覚悟を決めていたのである。

ふと思い出したのは、亡き祖母が、幼い頃から何度も自分に言い聞かせていた事。


『良いかいフレディ! 一生懸命頑張る人に、神様はご褒美をくださるものさ!』


 にっこりと微笑む祖母の顔を心に思い浮かべながら、支部長に礼を述べ、座っていたソファーから立ち上がる。明日、またギルドを訪ねますと言いながら。

 他の2人の騎士もフレディ同様、喜色満面。その内の1人、テチス王国騎士団のドイル卿が、立ち上がりながら明るい声で支部長に尋ねる。


「ところで、その強風の魔石というのは、実際どの程度の風なのでしょうか?」


 支部長は3人を見ると頷き、愛想良く答えてくれた。


「ああ、皆さんは騎士様でしたね。ならば話は簡単です。多少、風のある場所で、風上に向かって馬で全力疾走した時くらいの風ですね。」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 海運ギルドの近くに宿を取り、宿の食堂で3人して夕食を摂りながらも、出るのは溜息ばかり。でもまあ、考えてみれば確かにそうだ。

 帆船を進めるため帆に吹き付ける風が、バリスタの矢の様な豪速のはずが無い。そんな風はまさに嵐の中の暴風であり、帆やマストが無事で済むわけが無いのだ。


 今宵は早々に解散とし、明日の朝にでも善後策を考える事になった。まあ、問題の先送り感は(ぬぐ)えないのだが。


 その夜、フレディは夢を見た。祖母の夢だった。夢の中で彼は祖母に抗議した。


『お婆さま! 世の中には頑張っても報われない事の方が多いのですよ!』


 夢の中の祖母は何も言わず、ただニコニコしているだけであった。



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