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6. 魔力の体外放射

 開拓村にちょっとした騒ぎを引き起こした、あの夜の魔力放射事件。

レオは、その原因が自分だと自覚してはいた。恐らく、自分が不用意に放った魔力が一部の子供達に衝撃を与え、驚かせてしまったのだろうと推測していた。

 もちろん、何故子供たちばかりが騒いだのかといった、詳しい理屈まではわからなかったし、流石にもう一度試してみようとは思わなかった。


 それでも、あの夜に突如目を覚ました子供達には、それがどんな感じだったのかそれとなく聞いてみた。残念ながら皆、就寝中だったせいで、具体的にどんな感覚だったのかは誰も説明出来なかった。まあ、自分が犯人だと白状するわけにもいかないので、それ以上しつこく追求するのは諦めた。



 でも、あの魔力放射は、このまま封印してしまうには惜しかった。

何せ、あの1回だけで、けっこうな魔力を持って行かれた感覚があったのだ。

昼間に魔力を使い果たせない場合でも、あれが使えれば何の問題も無いはずだ。


 『じゃあ、どうしよう?』


 全方位に向けて一挙に、しかも思いっきり魔力を放射したから、多くの者に衝撃を与えてしまったに違いない。だったら、特定方向の狭い範囲にだけ絞った魔力を放てば良いのではないか?

ちょうど槍を突き出すみたいに一点に鋭く、一直線に。レオは、そう考える。

その夜、早速試してみた。ただし前回と比べれば、明らかに腰は引けていたが。


 ベッドに仰向けに横たわり、あまり魔力を捏ねずに天井に向かって弱く、そして細く投射するイメージで放ってみる。横目でチロリと寝ている他の孤児達の様子をチェックする。問題は無いようだ。


 少し放射する魔力の量を増やしてみる。まだ、大丈夫。

そうして、手探りで魔力を徐々に増やしていったところ、突如、隣の子が動いた。思わず息を殺して、薄目で周囲の様子を(うかが)う。

どうやら、単なる寝返りだったようだ。ホッとする。


 そして、再び魔力を放つ。ほどなくして明らかにダルさを感じたので、そこから魔力循環に切り替えた。すると、1周目を終えた直後に意識を失ったのだった。


 こうして、レオの安眠の “危機” は去った。これ以降、レオは毎日確実に魔力を使い果たして寝落ち出来るようになり、大満足。レオ、9歳の秋であった。


 一方、他人から魔力の放射を浴びせられた時、それがどんな感じなのかについては、結局わからずじまいだった。

 しかし、この件を完全に忘れ去った翌年、この魔力放射、すなわち “魔力波” をレオは唐突に味わう事になる。ただし、それは “他人” からでは無かったのだが。



 さて、こうしたレオの “修行” だが、これこそ実は魔導師修行の核心なのだ。

この世界の魔法使いである魔導師が、階梯という魔導師としての階級を上げるために、己の魔力保有量を増やしてゆく事こそ、魔導師としての成長に他ならない。


 魔導師の卵と呼ばれる魔力持ちの子供たちは、魔法の発動に成功する事によってようやく、魔導師として認められる。これが、第一階梯魔導師である。

 その後、第二階梯さらには、魔導師の最高位とされる第三階梯を目指して、日々修行を重ねてゆく。そこで毎日欠かさず繰り返している基本修行こそ、


「魔力の消費と回復」


 魔力持ちが魔力を使い、回復する。これを繰り返すと、魔力保有量が増えていく事は、昔から広く知られていた。魔法を放てば放つほど、その魔導師が放てる魔法の回数が増えてゆく。

 要するに、魔力を使うほど、その魔導師の魔力量が増えてゆくわけだ。


 この事は、修行を始めたばかりの幼い子供たちにも、もちろん当てはまる。

 魔力持ちではあっても、まだ魔法を放てない彼らの修行は、毎日一定回数の魔力循環なのだが、地味で退屈な修行を嫌いサボる子が必ずいる。魔力循環の場合、傍目には真面目に修行をやっているのかどうか見分けるのは難しいから、指導する側も手を焼いている。


 しかし、1年もすれば、差は歴然とする。地道な修行の結果、魔力量の差は決定的なものとなっているのだ。倦怠感を覚えるまでに魔力循環を何周出来るか? 定期的に検証されるこの数字によって、子供たちがどれだけ真面目に修行に取り組んでいたかが、明らかになるのである。愚直に修行を続けていた子ほど魔力量が増え、魔力循環の周回数を重ねる事が出来るようになっているのだ。


『魔導師の魔力量は、生まれてから今日までに消費した魔力の総量を反映する』


長年、多くの魔導師がこの考えを実感し、真実であると認めてきた。


 魔導師が、自らの力の源泉とも言える魔力量を増やすため、最重要の修行として「魔力の消費と回復」を、毎日ひたすら繰り返す理由がここにあるのだ。


 ただし、(いたず)に魔力を消費すれば良いという話では、もちろん無い。下手に魔力を消費し過ぎれば倦怠感に(さいな)まれ、しばらくは修行どころではなくなるからだ。

一日で回復可能な魔力量を正確に把握し、その魔力量だけを毎日キッチリと消費する事こそ、修行の “キモ” なのだ。


 これにより、毎日の規則正しい修行が推奨される事になる。また、朝の活動開始時点で魔力が全回復した状態である事も、魔導師には都合が良かった。


 多くの弟子を抱える魔導師一門や魔法学院。その様な場所で行われている指導は修行する一人一人の魔力回復量の正確な把握、そして、それに応じた適切な魔力消費のメニューの提示となるわけだ。そうしたノウハウの蓄積こそが、魔導師養成機関の財産であり、修行の巧拙に繋がる事になる。


 そして、それらすべての起点になるのが、一日当たりの魔力回復量。


 残念ながら、この世界の魔導師たちは、場所により魔素濃度に違いがある事など知らない。合理的かつ最適な修行を確立してはいるものの、彼らが住んでいる都市部の希薄な魔素濃度の下では、(ささ)やかな魔力回復を前提とした、細やかな修行にしかならないのだ。当然、魔力量の伸びも細やかなものになるしか無い。



 逆に、魔力の回復量が多く、魔力をもっと大胆に使えるのであれば、保有魔力量も速いペースで伸びてゆく。その結果、魔素の濃い場所で修行する魔導師ほど有利になるわけだ。


 この事実を突き詰めてゆけば、魔導師の成長で最も重要なのは、修行の巧拙では無く、修行場所の魔素濃度であるという、身も蓋もない事実が明らかとなる。


 煌びやかなローブを纏った宮廷魔導師のお歴々が聞いたなら、卒倒しそうな事実なのだが、この世界の魔素に偏りがある事実を知らない以上、希薄な魔素の中での(ささ)やかな回復を前提とした “チマチマ” 修行しか出来ないのでは仕方の無い話。


 選良意識に囚われ、硬直した伝統に縛られた魔導師界隈の権威たち。

その指導の下で毎日地道な修行を繰り返している魔力持ちの子供たちこそ、憐れなものである。


 しかも、そうした子供たちが必ずしも皆、魔導師になれるわけではない。


 魔法を使える者だけが魔導師と呼ばれるわけだが、魔法を放つためには、最低限必要な魔力量がある。だがそれは、未だ幼い子供たちには手の届かない領域。


 そのため、子供たちは家族や入門先の魔導師たちの指導の下、まずは魔力量を増やすための「魔力の消費と回復」修行として、魔力循環を繰り返す。密かにサボる子もいるのは先述したとおりだ。魔導師への道の半ばで脱落する子は少なくない。


 この地味で単調な修行を毎日繰り返し、魔力の保有量を増やしながら “何年” も掛けて目指す最初の目標こそ、魔力の ”体外放射” なのだ。


 そう! レオが思いついた “その日” に、あっさりと成し遂げたやつである。

何故レオは、そんな常識外れの魔力放射が達成できたのか?


 それはもちろん、レオの異常な修行の成果に他ならない。

毎日、保有魔力を全て使い果たして失神、その後一晩で全回復という魔導師の常識の遙か上をゆく、とんでもない修行!


『魔導師の魔力量は、生まれてから今日までに消費した魔力の総量を反映する』


レオの修行の日々は、理論上、“最高負荷” の荒行だったのである。



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