59. 閑話8 魔力持ちへと至る2つの道
『魔力は、母から子に伝わる』
それは、この世界の常識。ただし、常識にはしばしば例外がつきまとうものだ。
世に有名なのは、剣士ギャバンの息子の話。母親は魔力持ちではなかったが、彼は廃魔石を光らせたし、間違い無く魔力持ちだった。
その逆が、カレイド伯爵。やはり、この世界で知らぬ者はいないほど有名な話。
魔力持ちの子を得ようと、女性魔導師を無理矢理孕ませた挙げ句、生まれた子供を奪い取り、母親には手切れ金だけ渡して追い出したという鬼畜貴族の話である。
その非道な行為に神が怒り、彼の子は魔力を授からなかったとされている。
エリックも、この話は一応調べてみたが、事実関係に間違いは無かった。
シンシアとの新婚旅行の際に、ギャバンの物語の舞台となった村を訪れており、そこで得た知見をシンシアと検討した結果、魔の森の濃い魔素に晒されながら乳児期を過ごした子は、魔力持ちになるという仮説を立てていた。
その後、2人はこの説を発展させ、魔の森が魔物で溢れているのは、そこで生まれた生物が濃い魔素のせいで、魔物化しているからではないかと予想した。
では、何故、魔の森の魔素は濃いのか?
それについてはシンシアが興味深い説を提起していた。魔物の体内魔石、すなわち原魔石は、魔素が凝集し固体化したものである。魔物の死後、残された原魔石は、逆に魔素を放出しながら揮発し、消えて行くのではないかと言うのだ。
属性石に変換されず、原魔石のままの状態は魔素の塊であり、そこから放出された魔素こそが、魔の森の高濃度の魔素の正体なのではないかと。
煙の様に、森の外へと広がって薄まってしまうのでは無く、生物が体内に魔石という形で溜め込んでゆくために、魔の森の魔素は次第に濃くなってゆくのだと。
要は生物を介して、魔素はこの世界で偏り、濃淡を生んでいると言うのだ。
まあ、濃い魔素の地域が未だ無かった原初の状態で、どうやって最初の魔物が誕生したのか? といったツッコミどころはあるのだが、それでもこの原魔石から揮発する魔素という考え方は、シンプルであり説得力があるように思えるのだ。
そして、この説が正しければ、大量の原魔石に囲まれた生活環境は、魔の森での生活と同じ効果を生むのではないかという推論が成り立つわけだ。
ただし、実際の魔の森では、その土壌中には長年に亘り多くの魔物の原魔石や、莫大な量の昆虫、魔草の微魔石が含まれているはずだ。属性数の低い魔石を何個か部屋の中に置いても、同じ効果が望めるとは思えない。それこそ、異常種の巨大な原魔石をゴロゴロと配置していなければ、御利益は無さそうな気がする。
ただ、この考えには何となく夢がある。魔の森の深奥、異常種の縄張りには歴代異常種の巨大な原魔石が大量に残されており、深奥の濃厚な魔素の源となっているのではないか? さらには、お伽噺にも出て来る “ドラゴンの墓場” には、濃厚な魔素どころか、その上位互換とも言える魔力すら漂っているのではないか?
まあ、数少ない事例とは言え、濃い魔素がギャバンの息子を魔力持ちにしたとしか考えられず、それが可能なのは幼い頃の限られた時期だけと2人は考えていた。
そして、明確な線引きは出来ていないものの、人の場合には、おそらくギャバンの息子の様に、生まれてから1年程度の乳児期だけではないかと推測していた。
人が人として最も劇的に変化する時期だと思うからである。
しかし、ギャバンの息子の件は例外中の例外であり、超レアケースなのだ。
本当に解明すべきなのは、この世界の魔力持ちの正統派にして実質的には全数とも言える、魔力持ちの母親から生まれる子が、どの様にして魔力持ちになるのかだ。
人が魔力持ちへと至る2つの道の正道。
そこへ向けて、エリックとシンシアの思索の旅は続くのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔の森の中で、濃厚な魔素に間断無く晒される事により、体内に魔石が形成されて魔力持ちになるというのなら、魔素の希薄な場所で同じ結果を得るには、魔力持ちの母親の魔力が影響していると考えるしかない。
魔力は明らかに魔素の上位互換であり、短時間魔力に晒されるだけで、常時濃厚な魔素に晒されるのと同じ効果があるのではないかと2人は推測したのだ。
魔素の濃淡から、魔力の強弱までを並べてみると、こんな感じになる。
・魔素の希薄な場所(この世界の一般的な場所)
・魔素の濃厚な場所(魔の森)
・無意識の魔力(魔力持ちの体内を流れる微弱な魔力。廃魔石を光らせる)
・意識して行使する魔力(魔力波放出や魔法発動)
魔力持ちの母親から産まれた子を魔力持ちにしているのは、ここに列挙した中で母親による “無意識の魔力” だろうと、エリックとシンシアは考えた。
無意識の魔力でも、濃厚な魔素より遙かに “力” があるのだ。廃魔石を魔の森に持ち込んでも光る事は無いが、魔力持ちが触れば必ず光るからである。
ちなみに、2人してほぼ自由に廃魔石が造れるようになって、改めて廃魔石について調べてみた結果、直接触れていなくても、魔力波を浴びせれば発光する事が分かっていた。
廃魔石は布越しに触っても光らない。無意識の微弱な魔力は、布一枚貫通出来ないわけだ。逆に、意識して浴びせる魔力波は相当威力があるという事になる。
さらに、どれほどの魔力欠乏状態であっても、触れば廃魔石は光る。無意識でも魔導師の体内には常時、微弱な魔力が流れているのは間違い無い。
これは、魔力持ちの母親の体内を流れる微弱な魔力が、子供の体内魔石形成に無意識の内に寄与している可能性があるという事だ。ならば、
妊娠中に、母親の魔力を浴びた事により、胎児が魔石を獲得しているのでは?
という考えが、まず浮かぶ。
普通の魔導師は、誰もそんな事は考えないだろう。子が親に似るのは当然。親が魔力持ちなら、その子も魔力持ちになるだけ。ただし、それが魔力持ちの母親に限定されているのは残念な事であると。それは常識であり、疑いもしないのだ。
しかしながら、胎児の段階では未だ魔力持ちにはなっていないと2人は考える。カレイド伯爵の件だけでなく、他にも魔力持ちの母親から産まれていながら、魔力持ちになれなかった事例が、何件か確認されているからだ。いずれも産まれて直ぐに魔力持ちの母親から離され、魔力の無い者によって育てられたケースだった。
実は、知る人ぞ知る秘密なのだが、このイェルマークの王太子殿下もその1人なのである。現国王の亡くなった王妃、すなわち王太子殿下の実母は他国から嫁いできた女性だったが、彼女は魔力持ちだった。しかし、王太子殿下に魔力は無い。
殿下が魔力持ちになれなかったのは、イェルマークの王族の慣習に従い、乳母に育てられたからだと思われる。もちろん、この乳母は魔力持ちではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔力持ちの母親から産まれた子でも、産まれた時点では魔力持ちではない。
ならば、乳児期の間に、その子には一体何が起きているというのか?
一体どの様にして濃厚な魔素と同等以上の魔力を、母親から得ているのか?
乳児に母親が与えるものと言えば、真っ先に思いつくのは母乳である。
確かに、検討する価値のある考えだ。色々な事を見事に説明出来る。
しかし、魔力を帯びた母乳というものが、果たして存在するのだろうか?
枯渇した魔力を速やかに回復させるというのは、魔導師の長年の夢であった。
魔物が跋扈する魔の森にしか生育していない “魔草” ならば、魔力回復に何らかの効果が期待出来るのではないかという考えは、昔からあった。
そのため、魔草を材料にした魔力回復薬の製作が、これまで数限りなく試行されて来たのだが、未だに成功した事例は聞いた事が無い。
魔の森に身を置くという、エリックの方法だけが、現時点では唯一の解なのだ。
まあ、魔力持ちの女性が体内で造り出している母乳ならば、魔力を含んでいてもおかしくは無いのかもしれない。無碍に却下出来ないアイデアなのは確かだ。
結局、母乳魔力伝達説は、もう1つの別の仮説とともに、一旦保留となった。
一方、魔石変換に関しては、その後、多少の前進があった。
変換を行った魔導師だけが魔石を感知出来る特殊変換は、魔導師の階梯数までしか出来ない事は既に確認済みだった。エリックなら属性数3の魔石まで、シンシアは1までだった。
それにしても、何故変換した者しか感知出来ないのかは謎だ。恐らく、魔力にも一人一人違いがあるのだろうと考えるしかない。人の人相や声に違いがある様に、魔力にも “魔力相” とでも呼ぶべき微妙な違いがあるのかもしれない。
こうした特殊変換とは別に、従来の魔石変換と同じ様に、誰もが魔石を感知して操れる魔石に ”余計な儀式無し” で変換出来るとわかった点は進歩だった。こちらの方は、階梯による属性数の制限は無い。
まあ、魔力の無い者でも変換は出来ているわけだから当然である。
しかし、これはこれで問題となりそうだ。
何故なら、従来、変換方法がわからず、王宮や大聖堂でモニュメントと化していた属性数7の原魔石を、属性石に変換出来てしまうかもしれないのだ。もし実現したなら、大変な騒ぎになるだろう。残念ながら、この知識もまた封印確定となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結婚から3年、子供が生まれた。女の子だ。2人で相談し、マリアと名付けた。
エリックとシンシアは、普通の親として喜ぶと同時に、いそいそと長年温めていた各種検証を早速開始したのである。世間一般から見れば、“トンデモ” 両親だ。
まあ、別に我が子を変に弄ろうという、マッドな科学者では、もちろんない。
まずは、マリアのちっちゃな手の平を廃魔石に押し当てて、光らない事を確認。
予想どおり、生まれた時点では魔力持ちでは無い事が分かった。そして、今後は毎日必ず廃魔石を使用して、生後何日で魔力持ちとなるのかを確認する予定だ。
さらに、もう1つの重要な検証。母乳の有効性の確認もあった。
もし、母乳が魔力を帯びていて、それが子供の体内に魔石を形成しているのだとすれば、それは魔の森の濃厚な魔素と同じ効果を発揮しているという事である。
そして、魔の森の濃厚な魔素は、魔導師の枯渇した魔力を一晩で回復させる。
したがって、魔力持ちの母親の母乳に魔力的な効果があるというのなら、同様の魔力回復効果が母乳にも期待出来ると2人は考えたのである。
エリックが倦怠感を覚えるまで魔力を消費した後、シンシアの母乳を飲む。
果たして、これで魔力は回復するのか? 気怠い状態でカップに入った妻の母乳を、一気に飲む夫。まあ、これも真理探究の一環であるのは確かだ。
残念ながら気怠さは去らず、効果は全く見られなかった。母乳に意味は無い。
この時点で、2人はもう1つの別の仮説に大きく傾いていたのだが、性急に結論を出さず、慎重にしばらく様子を見ようと、お互いに戒め合ったのである。
しかし、エリックは僅か数日で降参した。そして、もう1つの別の仮説を断固主張したのである。自分のここ数日間の子育ての様子から、そう判断したと言う。
それは、母親が無意識の内に、その微弱な魔力を子供の体内に流し込んで循環させ、体内魔石を形成する事により、魔力持ちにしているという仮説であった。
この仮説が成立するためには、次の3つの条件がすべて揃った状態が必要だ。
そして、その揃った状態の累積時間も当然、一定以上必要となる。
1)母と子が直接肌を接する事。廃魔石の発光条件を見るに、着衣の上からの接触
では、無意識の微弱な魔力は伝わらないと考えられるため。
2)魔力が循環するためには、魔力の入口と出口、最低2カ所の同時接触が必要。
3)子の体内魔石が発現する胸部中央が、魔力の入口と出口を結ぶ線上にある事。
エリックとシンシアは、お互いの子育ての様子をつぶさに確認し、シンシアの場合には授乳や湯あみの際、この3つの条件が全て揃う時間は十分にあると知った。
逆にエリックは己の場合、娘と接している時、この3つの条件がすべて満たされる事は滅多に無いと自覚したのである。それ故の彼の降参宣言だったわけだ。
確かに、彼は娘との触れ合いはあるし、抱き上げる事だって日に何回もある。
しかし、抱いていても衣服越しだったり、頭を撫でていても、肌の他の場所に同時に触っている事は意外と少ないのだ。改めて検証し、思い知ったエリックである。
なるほど、これでは父親が魔力持ちでも、子への影響が無い事が理解出来る。
赤子との頻繁なスキンシップのある母親が魔力持ちの場合のみ、子が魔力持ちとなるのも道理であろう。もちろん、様々な例外は想定できるが、それでもこれは、検証するに値する最有力の仮説だと、2人は確信したのだった。
しかも、検証は簡単だ。只人の女性が産んだ赤子に、魔導師が微弱魔力を流し続ければ良いわけだ。そして、魔力持ちになったかを時折廃魔石で確認するだけ。
しかし、実際には2人の検証作業の構想は、直ぐに行き詰まってしまった。
「あなたの赤ん坊、しばらく拝借! 立派な魔力持ちにして、お返しします!」
どこの犯罪組織だ! 怪しさ満点。警備隊への通報案件間違い無しである。
よほど近しい親族ならまだしも、普通なら有り得ない話である。そして、2人には赤子を持つ親族はいなかった。
唯一可能性があるとしたら、エリックが只人の愛人でも作るかという話である。
まあ、これも有り得ない! シンシアの火球で焼かれるつもりは、毛頭無かった。
2人して相談した結果、将来、信頼の置ける男性魔導師で、只人の妻がいる場合にこの仮説を説明し、試してもらう事にしたのである。毎日、所定の時間、我が子を膝の上にでも乗せて、手と手を繋いでいれば良いだけの話だ。
まあ、もしこれが真実なら、この世界に与える衝撃はとんでもないものになる。検証ももちろんだが、公開に際しては細心の注意が必要なのは明らかだった。
いや! そもそも公開して良いものなのだろうか? これを知った一族なり、国家なりは、僅か一世代で桁違いの数の魔力持ちを、傘下に収める事が出来るのだ。
そして、行き着く先は、全国民が魔力持ちという魔導王国の誕生かもしれない。
間違い無く、この大陸、この世界の勢力図を塗り換えてしまうだろう。
やっちまった感が半端ない、この事実に思い至り、揃ってゴクリと唾を呑み込む魔法オタクの夫婦。
これは秘匿するしかないという事で、2人の意見は完全に一致したのであった。




