58. 戦乱の行方
レオがテチス、サルト両王国の国境地帯に向けて移動を始めた頃、テチスの王宮では、この戦争に関して大きな動きがあった。
元々、一戦して雌雄を決すべしという主戦派と、これ以上の混乱は望ましくないという講和派の勢力が拮抗し、戦線同様、長きに亘って膠着状態が続いていた。
そして、それは対戦相手であるサルト王国もまた、まったく同じだった。
両国とも、大国イェルマークの仲裁を当てにして、拳を振り上げて見せたまでは良かったものの、当てが外れて事態の収拾に困り果てていたのである。
それが、大きく動いたのは、一人の魔導師の野心によるものであった。
彼の名は、カーン。元は、テチスの宮廷魔導師として、その魔導師人生をスタートさせたものの、団内の人間関係で問題を起こし、テチスを去っていた人物だった。
その後、諸国の宮廷魔導師団を渡り歩きながら、彼は、その火球の大きさで大陸中に名を馳せていった。黒炎の魔導師という二つ名を得て。
彼が顕現させるのは、成人男性の身長よりも大きな直径を持つ大火球。
他の魔導師には真似の出来ない、その巨大な赤黒い炎は、多くの者を驚嘆させた。
そして今、三十代半ばの第二階梯魔導師であるカーンは、再びテチスに舞い戻って来た。彼はその大火球を披露する事により、王族、とりわけ若い王太子の絶大な後押しを得る事に成功した。いずれ宮廷魔導師団長の地位は確実とされ、もっかのところは副団長という地位に収まっていたのである。
そして彼は、祖国テチスの今の戦局を鑑み、古の魔法合戦をこの世界に再現する事を思いついたのだった。対戦相手の魔導師達と息を揃え、交互に魔法を撃ち合うという、優雅にして魔法の神髄を知らしめる古式ゆかしき魔法合戦。
敵国サルトの宮廷魔導師団にも遣いを出し、魔法合戦実現の手応えを掴んだ彼はテチス王宮内を説得。そして、それは魔導師の戦線参加に他ならなかった。
その結果、微妙な均衡を維持していた主戦派と講和派のバランスが、遂に崩れたのである。そうして、同じ事が敵国サルトの王宮内でも起きていた。
かくして、2年以上続いていたテチスとサルトの “睨み合い、時々小競り合い” という悩ましい状態は、ここに来て大きく動き出した。
決戦の日時、場所までもが事前に話し合われ、決められるという、あたかも一騎討ちの如き、何とも奇怪な会戦が決定したわけである。
時は、大規模な会戦が可能となる雪解け後の春先、場所は今回の騒乱のきっかけとなった両国の国境近くの平原。
古き作法に則り、魔法合戦開始の号令までは、一切の戦闘が禁じられた。
この古式ゆかしき魔法合戦の場となった、すり鉢状の平原での戦いは、その平原の名から「イフナイの会戦」として後世に名を残す事となるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この戦いの準備に向け、慌ただしさを増すテチス王宮の中で、一人魔導師カーンだけは終始余裕だった。30人余りのテチス宮廷魔導師団内から、彼のお気に入りの者達を遠征隊メンバーとして選んだ後は、いつもどおりの日々を過ごしていた。
その落ち着きぶりに、諸国の宮廷魔導師団を渡り歩いた経歴は伊達では無いと評価する声や、既に勝利を確信しているに違い無いといった賞賛までもが、カーンには寄せられていた。残念ながら、それらはすべて的外れなものであったのだが。
魔導師カーン、この酷薄な野心家にとって、只人がどうなろうと知った事ではなかったし、祖国の戦争の行く末すら、どうでも良かったのだ。
勝てば、自分の手柄。負ければ、魔法合戦の後を引き継いだ騎士団のせい。
彼にとっての関心事は、古の魔法合戦を現世に再現したという実績だけだった。
まあ強いて言えば、その魔法合戦で、彼の巨大火球がどれほどの敵兵を呑み込むかという点だけは、多少興味を覚えていた。
カーンがこれほどまで、この会戦に無関心だったのには、相応の理由があった。
彼はこの会戦が終わりしだい、テチス王国を後にして大陸随一の大国にして、最大最強の魔導師集団を擁するイェルマーク王国へと向かい、その宮廷魔導師団への入団を狙う事にしていたのである。
魔法合戦は、そのための言わば手土産。彼の経歴を飾る一頁に過ぎなかった。
才能溢れる自分が、テチス如き平凡極まりない国の宮廷魔導師団長で終わる未来など、カーンの頭の中には端から無かったのである。
彼にとってみれば、イェルマーク王国の流行病は千載一遇の好機であり、神が自分に与えてくれた敗者復活のチャンスであった。
実は、あの流行病の直前、彼はイェルマーク宮廷魔導師団で入団の面接を受けていたのである。しかし、面接官となった第三階梯魔導師は、彼の巨大な火球を一顧だにせず、無意味とまで断言した。
彼の自慢の火球を、こうもあっさりと切り捨てたという事は、きっと他に思惑があるに違いない。そう邪推したカーンは、面接官に虎の子の廃魔石を差し出した。
かつて、行きずりの寒村で子供が転がして遊んでいた透明な球体。銅貨数枚を握らせて奪い取り、こっそり触ってみれば見事に発光した廃魔石。
金貨数百枚はくだらない価値ある代物なのに、その廃魔石を見ても、面接官は全く関心を示さなかった。そして、結局、入団は叶わなかったのである。
カーンの人生において、これほどまでにプライドを傷つけられた事は無かった。しばらくは何も手に着かず、失意のまま、いくつかの国をさまよったほどだった。まあ、結果としてイェルマークの流行病は避けられたわけなのだが、その程度の事で、彼の傷ついたプライドが癒やされる事は無かった。
結局、母国テチスに舞い戻り、今の宮廷魔導師団副団長という地位を得る事が出来た。現在の宮廷魔導師団長は老人で、直ぐにカーンが魔導師団の実質的な支配者となったのは思惑どおりだったのだが、そこへ驚愕の知らせが届いたのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何と、イェルマーク王国の宮廷魔導師団長に、自分よりも若い第二階梯魔導師が就任したというのだ。流行病で貴族階級に多大な犠牲が出た事は知っていた。
貴族がそのほとんどを占める魔導師界隈も、おそらく大きなダメージを受けた事は想像に難くない。しかし、それにしてもまさか、第三階梯が全滅しているとは。第二階梯魔導師の宮廷魔導師団長就任という事は、恐らくそういう事だろう。
あの、自分を馬鹿にした面接官も今はいないと思うと、笑いが止まらなかった。そして、今ならもう一度、自分にもチャンスがあるのではないかと思ったのだ。
そう、あの大陸随一の宮廷魔導師団の団長、すなわち、この世界の魔導師の頂点に立つという自分の野望の実現である。
本当に、流行病には感謝するしかない。自分の強運には惚れ惚れするほどだ。
ただし、前回の失敗もあるから、再び大火球だけで臨むのは躊躇われた。
流行病による悲惨な状態とは言え、天下のイェルマーク王国宮廷魔導師団に挑むには、もう1つ何か必要では無いか。そう考えるカーンだった。
何か、魔導師としての箔を付ける様なものは無いかと必死に考えを巡らし続け、思い悩んでいる内に、隣国との諍いが大規模な戦いへと発展していった。
主戦派と言われる些か血の気の多い御仁たちからは、魔導師の戦争参加を盛んに打診されたものの、戦場行きなど真っ平御免だった。只人なんぞの戦いに身を投じる意味が理解出来なかった。カーンには参加する気など毛頭無かった。
しかし、戦争が始まって2年近くが過ぎた頃、とある文献に出会った。
古代の魔導師同士の戦争行為に関するもので、そこに記された古の「魔法合戦」という様式は、素晴らしいものだった。これこそ、高貴な魔導師に相応しい戦い方。
この戦いを実現するために、敵国の宮廷魔導師団との交渉や、自国の首脳部の説得を粘り強く推し進めた。そして遂に、彼の思惑は実現したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
唯一想定外だったのは、この構想が結実した直後、テチス東方の貧相な子爵領で魔狼の異常種が発生したという厄介な報告が齎された事。王国騎士団と宮廷魔導師団への討伐応援要請が来てしまった事だった。
しかも、魔狼の集団に包囲されたその子爵領都では、領都に籠城するどころか、何とも信じられない事に、街壁を魔狼の集団に乗り越えられ、領民が逆に檻の中に閉じ込められた状態なのだという。もはや、救援は一刻を争うと訴えていた。
東方の各領は、消耗したサルト国境沿いの西方各領の応援のため、王国動員令に従って、それぞれ騎兵戦力の約半数を出征させていた。それらの部隊は既に王都を通り過ぎて西方国境近くに達しており、今さら呼び戻すのは無理である。
かと言って、東方各領に残された騎兵戦力だけでは、フェンリルとその配下の魔狼の集団に対処するのは覚束ない。かくして、王国騎士団の派遣が決定された。
一方、テチス王国の魔導師の陣容は、その国力に応じて寂しいものだ。
宮廷魔導師団ですら30人程度。伯爵以上の高位貴族でも、領地で抱える魔導師は片手程度。子爵以下の中下位貴族では、魔導師が一人もいない地方領も多い。
恐らく、東方各領の魔導師を全員集めたとしても1桁を超えるかどうかだろう。宮廷魔導師団からの派遣は避けられぬ状況となってしまった。
高貴な宮廷魔導師に魔獣の討伐など有り得ないと、一瞬顔を顰めかけたカーンだったが、すぐに何の問題も無いと理解した。そう! あいつらを出せば良いのだ。
未だに自分に反抗的な態度を取る連中を、まとめて派遣すれば良いだけだ。
フェンリルの様な予測不能な本物の脅威に、自分や自分に従順な者達を晒すなど狂気の沙汰ではないか。魔法合戦から敢えて外した反抗的な連中を、フェンリルに対抗させれば良いのだ。そう決め、その様に手配した。
すべて、己の思うがままに進めるだけだ。
その夜、官舎のバルコニーで、一人満月に向かって乾杯を繰り返すカーン。
『古の魔法合戦』という言葉が、酔うほどに彼の頭の中を占めて行った。
本当に、自分はついている。そして、冴えている。カーンは、そう確信する。
バルコニーに吹き寄せる穏やかな風。この夜のすべてが、彼には心地良かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、母上、行ってまいります。」
「気をつけるのですよ。ジェームス。決して無理はしないように。」
憂い顔の母親を残し、若干18歳の子爵家当主、ジェームス・ハリスは、従者達とともに騎士団本部へと移動する。そこで隊列を整え、フェンリルの討伐遠征隊は、騎兵300騎、魔導師10人という陣容で、王国東部を速やかに目指す事になる。
隣国サルトと国境線で睨み合っている現在、背後に不安が無いと言えば嘘になるが、東方のベズコフ領都への救援は、もはや一刻を争う状況になっていた。
ベズコフ領の隣領であるボーア領からの報告書には、ジェームスも目を通しており、その恐るべき難敵と数百頭の魔狼を討伐するため、宮廷魔導師団及び、騎兵部隊の派遣は必須と判断された。魔導師の火力と騎兵のスピードが必要なのだ。
王国騎士団の派遣部隊指揮官は、騎士団副団長のソロモン伯爵。代々王国騎士団の幹部を務めてきた武家の名門であり、今代の伯爵もまた名高い騎士である。
そして、ジェームスの亡き父の親友であり、彼の母の実兄、すなわち彼の伯父である。ジェームスにとっては、父を亡くした幼い頃から父親同然の存在であった。
遠征隊の顔ぶれを見るに、間違い無く選りすぐりの精鋭部隊であり、自分がその中に選ばれた事が誇らしかった。ジェームスとしては、騎士の修練に没頭した当然の結果と言えるのだが、浮いた話が皆無のため、母からはよく小言を頂戴した。
一方、同行する魔導師部隊10名は、二線級との噂が流れていた。
春先に予定されているサルトとの決戦。そこに指名されている魔導師が一人も含まれておらず、その選に漏れた者たちが今回派遣されていたからだ。
まあ、ジェームスとしては、魔導師の優劣など分からないので、そんなものかと思った程度で気にする事は無かった。
今回の遠征では、移動時間を可能な限り短縮するため、徒歩移動の者はいない。馬に長時間乗れない魔導師一行などは、当然馬車での移動となっている。
また、国内の主要街道を移動するため、人馬の糧食はもちろん、場所によっては宿までが行く先々の地方領主によって、事前に用意される事になっていた。
これらは、騎士団の先行部隊による手配である事は言うまでも無い。
移動自体は、特に問題もなく順調に進むだろうと思っていたら、ジェームスは、とある任務を伯父から命じられる事になったのである。それは、往路における宮廷魔導師の護衛であった。まあ、プライドの塊と言われる魔導師を相手にするのは、正直気が進まないのだが、何事も経験だと言われた。
出発前にお互いの面通しがあった。ローブ姿の魔導師、男性7人に女性が3人。魔法を使えない只人を見下す、鼻持ちならぬ連中かと覚悟していたら、全くそんな事はなく、きちんと挨拶をしてくれるまともな人々ばかり。意外であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
主要街道沿いの移動とは言え、街と街の間が離れていれば途中の野営もある。
そんな野営の夜、野営地で最も安全な中心付近にある魔導師の野営領域には、焚き火を囲む3人の女性魔導師の姿があった。側には彼女達の移動用と就寝用を兼ねる女性専用馬車が停まっている。騎士団で王族や高位の女性貴族、さらには女性騎士の移動時に使用する馬車である。
馬車の進行方向に対して横向きに向かい合って座る構造になっており、背当てを水平に跳ね上げて固定すると、座面と背当ての2段ベッドが出来上がる。それが向かい合わせで2つ。計4人が同時に就寝出来るのだ。
さらに、馬車の後部は別室となっており、トイレと簡易な洗面設備が設けられていて、これが女性専用馬車の最大の特徴なのであった。
その日の任務を完全終了したジェームスが、ちょうど焚き火の横を通り過ぎようとした時、彼に気づいたらしく、3人の中の1人が軽く会釈をしたので、彼も会釈を返した。すると、別の1人が彼に声を掛けて来た。まだ、仕事中なのですかと。
ジェームスが首を横に振り、それは無いと告げると、では良かったら今回の遠征について、詳しい話を聞かせてもらえないだろうかと言う。何を今さらと不審に思ったが、まあ良いかと頷く。3人はいずれも若い。おそらく20歳前、ジェームスとさして変わらない歳のはずだ。
「そんな事も知らずに遠征に参加したのかと、呆れておられるのでしょうね。」
ジェームスが焚き火を挟んだ向かいに座ると、魔導師3人組の真ん中にいる女性がそう話しかけてくる。確か、クリスと名乗っていた中々の美少女。
「実は、私達は東方の魔物討伐に行ってこいと言われて、そのまま送り出されたんですよ。騎士団の方々に詳しいお話をお聞きしたくても、魔導師は全員が馬車移動でしたし、これまでは街に着けば宿に分かれてしまい、その機会も無くて。」
意外だった。いや、有り得ないだろうと思ったら表情に出ていたらしい。
「私達は、副団長から疎まれている者達ばかりなんです。今回だって、魔導師団の女性用馬車は借りられず、急遽、騎士団の馬車をお借りしたくらいなんです。」
そう言うのは、クリスの左側にいるデボラ。そして、右側の妹風がキャンディだったなと必死に思い出すジェームスだった。しかし、言われて初めて気づいたが、直ぐ側に停まっている馬車は、確かに騎士団保有の女性専用馬車である。
魔導師における女性の比率は、騎士団よりも遙かに高い。魔法には、性差はあまり関係無いためである。そして稀少で大切な魔導師、当然、女性専用馬車が無いはずは無いのだ。変な話だとジェームスも思う。
「まったく、あの陰険副団長のやりそうな事です!」
そう憤慨するのは、キャンディである。
「でも、あの大火球を見せられては、騎士の皆さんも副団長の事は高く評価されているんでしょうね。」
クリスが心なし肩を落として、そう言う。他の2人もやはり元気が無い。
「いえ、意外とそういうわけでも無いのですよ。」
ジェームスのその返答は予想外だったのか、魔導師3人組は揃って驚いた様に見えた。その表情に思わず笑ってしまったジェームスは、伯父から以前聞かされた話を、3人にも語り聞かせるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
誰もが、あの大火球を見れば驚く。
ジェームスもそうだったし、伯父も初見の時はそうだったという。
しかし、3年ほど前、魔導師カーンがテチスに舞い戻って来て、多くの者を集め、自分の火球を披露した後、大いに驚き興奮していたジェームスに、伯父のソロモン伯爵はマクルーファンでの見聞を教えてくれたのである。
その数年前、有望な剣士のスカウトを目的に、マクルーファン剣術大会の本戦会場へと足を運んでいた伯父は、開幕セレモニーでカーンの火球を見たのだという。優に100年を越える剣術大会の歴史を持つマクルーファンながら、魔導師も揃っていると誇示したかったらしい。
流石に、今ほどでは無いものの、当時としてもやはり規格外の大火球には、会場の者たち誰もが、驚嘆したそうだ。伯父もその中の1人だったという。
ところが、伯父の斜め前にいた中年騎士が首を左右に振り、その顔には明らかに嘲る様な表情を浮かべていたのを見たのだった。当然、伯父の記憶には、その変わった御仁は深く刻まれる事になった。
その翌朝、泊まっていた宿の食堂で朝食を摂ろうとした時、伯父は偶然その御仁を見つけたのだという。相席を求めて快諾されたので向かいの席に座り、大会や見どころのある剣士の話を色々としたらしい。
その御仁は、イェルマーク王国騎士団の所属で、何と平民上がりだった。
ただ、その風格や言葉の端々に滲む自信から、相当に腕が立つと伯父は直感したらしい。
やはり、魔力持ちの剣士狙いかと踏み込んだ質問をしてみると、あっさり違うと答える。魔力持ち剣士は、個としては確かに凄いが、それよりも普通の兵士を鍛え、集団の力を嵩上げする能力を持つ剣士こそ、価値があるのだと言ったそうだ。
これには、伯父も唸った。流石は、イェルマーク王国と感心した。
そして、頃合いを見て、昨日の大火球の件を訊いたという。
その御仁が笑って言うには、あんなものは実戦では何の役にも立たないのだと。
彼は昔、風変わりな平民上がりの魔導師の護衛役として、魔物討伐の遠征の日々を何年か過ごしたという。天下のイェルマーク王国、宮廷魔導師団の一員でありながら、出世など度外視して、せっせと自分の魔法に磨きをかける、変わり者のお守り役を務めていたそうだ。
ある時、魔導師は皆一様に火球の大きさを競うという話を聞きつけ、その変わり者の魔導師に何故、あんたはその道を追求しないのかと訊いたらしい。
その答えというのは、こんな内容だったという。
「火球を単に大きくするだけなら、さほど難しくはないんだよ。ただし、大きくなるほど投射速度を下げなければならない。そうしないと火球の形を維持出来なくなるのさ。やろうと思えば人の丈より大きな火球も作れるけど、その投射速度は人の小走り程度だろうね。そんな大火球で魔物討伐が出来るかい? まあ、セレモニーか柱に縛り付けられて動けない罪人の火刑くらいしか、使い道は無いよね。」
そんなものかと、その時の伯父は思ったらしい。
しかし、カーンのテチス復帰の際の大火球を見て、納得したと言う。
確かに、あの場で浮かべた赤黒い火球は、その場で静止したままであった。
あれを標的にぶつけて、その威力を皆に見せつけようとはしなかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
3人の女性魔導師組は呆然としていた。そして、はっとした顔をすると、
「言われてみれば、確かに! 確かにそうかも知れません!」
クリスがまず、そう言うと、お互いに顔を見合わせながら頷き合っている。
心持ち、雰囲気が明るくなったような気がするジェームスであった。
「では、今回の遠征について説明しようかと思うが、良いかな?」
3人は揃って笑顔で大きく頷いたのだった。




