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56. 再会

今回より、第2章「戦士の咆吼」編に入ります。



 レオは、草原を歩いていた。うなだれて、トボトボと。

頭の中は様々な負の感情と言えるものが渦巻いていた。強いて言うならば、後悔の念が一番大きかっただろうか。前後には男たちの長い列があった。皆、同じようにうなだれ、ただ、惰性で歩いていた。村長が3日前に殺された。


 突如として激変してしまった日常。それを考えたくなかったから、ひたすら歩くのだった。それでも、ふと気を緩めると、あの光景が脳裏に浮かぶ。

 鮮血を(ほとばし)らせながら崩れ落ちて行く村長の姿。魔物ハンターをやっていれば、魔物の鮮血を見る事など日常茶飯事だ。しかし、あんな光景は有り得ない。


 人が、人を、あんなにも簡単に殺してしまうなんて。あの瞬間、レオは頭の中が真っ白になってしまい、何も考える事が出来なくなった。


 そのまま、開拓村を後にして歩かされた。気がついた時は、ここが何処なのかもわからない。ただ、黙々と歩くだけ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 魔の森に仕掛けた罠をハンター仲間と調べていた。最近は中々成果が無い。

しかし、その日は珍しく小型の獲物が罠に掛かっていた。止めを刺し、取り敢えず魔石を採取した。属性数2の魔石。血抜きをと考えたところで、村の早鐘が鳴り響いた。何事かと急ぎ戻れば、村の正門の近くに見知らぬ男達の集団がいた。


 揃いの革鎧を着た20名ほどの兵士が村の正門の周辺に(たむろ)していた。

そして、明らかに農民と分かる格好の武器を持った30人ほどの男達と立派な格好の数人の男。


 渡し板を歩いて村から出た辺りに、村の男達の多くが立っていた。

揃いの鎧を着た男の一人に、武器をすべて足下に置けと言われる。そして、レオとハンター仲間も、村の男達に合流した。

 すると、立派な鎧を着た小太りの若い男が、村の男達に向かって告げた。


「王命により、お前達を隣国サルトとの戦いに徴兵する」


 レオは、この男が何を言っているのか理解出来なかった。

だが、村長が血相を変えて訴えた。こんな人数を連れて行かれては、村が立ち行かなくなると。魔の森に異変が見られる現在、他の村に異常を伝える事すら出来なくなると。最悪、領都にまで災厄が押し寄せるかもしれないと。

 どうか、思い留まって欲しいという村長の懇願に対して、その若い男は、


「うるさい!」


そう一声叫ぶと、腰の剣を抜き放ち、上段から村長を切り伏せた。

 その瞬間、レオの頭の中は真っ白になり、気づいた時には草原を歩いていた。

そこには、村の男達のほぼ半数がいた。そうして、気づいてしまった。

 ここにいない村の男達は、老人か子供だけだと。開拓村には爪も牙も残されてはいないのだと理解した。妻のミーナの顔が脳裏に浮かんだ。


 いや! 開拓村は壕の渡り板を跳ね上げてしまえば、大抵の魔物の侵入は防げる。

食料の備蓄も十分だ。そして、何よりゴードンがいる! だから、大丈夫だ。

 そう考えるしかなかった。村の他の男達とも、そう話し合った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 草原にいくつもの大きな天幕が張られた野営地に到着した。

ここまで引率してきた揃いの鎧を着た領兵から聞かされた話では、ここは集結地と呼ばれる場所で、ここで本格的な移動のための編成と準備を整えるという。

 ちなみに、ここはベズコフ領の東隣にあるボーア領だそうで、ここから少し北上して西へと転じ、戦場のあるサルト国との国境を目指すらしい。ベズコフ領からは少し遠回りの移動というか、迂回路になるのだが、その地理的な理由はレオにも良くわからない。まあ、正確な地図すら無い世界なのだから、庶民は知らなくて当然であった。


 この場所で、周辺地域から徴兵された者達が揃うのを待つらしい。

おそらく、2日から3日程度はここで待機になるだろうという。本来なら、軍事教練を始めたいところなのだが、受け入れや移動の準備のため幹部も手一杯であり、レオ達の様な新兵はここでは放置状態になっている。


 朝夕の点呼以外は自由にして良いらしく、周辺を散歩するのも許されていた。

まあ、どの方向に街や村があるのかもわからず、ここから逃走しようにも何処へ向かえば良いのかわからない。だから、放置しても問題無いと考えているようだ。

 それでも逃げ出した連中はいるらしい。そして、騎馬隊の追跡で連れ戻され、懲罰部隊行きになったと伝えられた。懲罰部隊がどんなものかレオは知らなかった。


 午後、人のいない静かな場所を求め、周辺の草原を散歩していたレオは、夕暮れも近づいていたので、野営地へ戻る事にした。ずっと草原を歩いて来たが、帰りは野営地の近くにある森の中を通って帰る事にした。まあ、森とは言っても、さして大きなものではなく、魔物もいない普通の森である。


 しばらく、森の中を野営地に向かって歩いていると、何やら人声が聞こえた。

呻き声と嘲る様な言い回し、そして鈍い打撃音。何かと思い、近づいてみると数人の男達が一人を取り囲んで打ち据えている。


 男達の一人がレオに気づいたらしく、2、3歩近づくと、じろりと睨む。


「あっち行ってろ、おめえには関係ねえ!」


と言い放った。どうしたものかと思うレオだったが、4人の男達に甚振(いたぶ)られている男の顔に目が留まる。その顔をレオは知っていた。領都の役人、リゲルだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レオは、立ち塞がる男を払い除け、リゲルの両側で腕を掴んでいる2人の男達の頬を両手の甲で軽く払う。最初に払い除けた男が殴りかかってきたが、魔狼の突進に比べれば、あまりにも(ぬる)かった。


 突き出された拳を余裕で受け止め、手首を掴むと、腰を落として相手の足首を掴んで持ち上げた。そのまま、他の男達に放り投げる。圧倒的だ。

 元々、巨漢のレオに気圧され気味だったところに、軽々と1人が投げ飛ばされ、これは分が悪いと思ったらしい。4人組は、呪詛を吐き散らして去って行った。


 リゲルはその場にへたり込んでしまった。腹を押さえている。顔に傷は無いようだが、目立つ場所では無く、腹を狙って殴っていたようだ。


「助かったよ。ありがとう、レオ殿」


 レオは、呼び捨てで良いと応じ、それならリゲルも自分の事はリゲルでと返す。しばらく休んだ後、そろそろ点呼もあるので野営地へ向ってゆっくりと歩き出す。


 野営地の近くまで来た時、腕章を付けた制服姿の若い男が近づいて来て、リゲルを呼び止めた。顔を(しか)めて歩くリゲルの姿に少し驚いているようだ。

 リゲルは、相手に向かって軽く会釈をする。どうやら知り合いのようだ。

制服姿の男が、どうしたと尋ねれば、三の村の小麦泥棒にやられたとリゲルは答える。相手も思いっきり顰め面となる。証拠も無しには引っ張れないかと、小声で呟くのがレオには聞こえた。


 そこで、制服の男はレオに目を留めた。

リゲルは、レオが知り合いであり、助けてくれたのだと説明する。

制服の男は憲兵隊のケインと名乗ると、レオに良くやってくれたと礼を言う。

 そして、レオの全身を頭の上から足下まで、じっくり見ると大きく頷いた。


 君にリゲルの身の安全のため、護衛役を務めてほしいのだが、引き受けてはくれないだろうかと聞いてくる。要するに。リゲルの用心棒という事らしい。

 リゲルを襲っていた連中は、貢納品の小麦を誤魔化して摘発された連中であり、完全な逆恨みでリゲルを狙っていた。自分も気をつけてはいたのだが、残念ながらリゲルを四六時中見守ってやるわけにもいかないのだと言う。


 少しばかりの背景説明で、レオも思い出した。

貢納品を領都に運んだ時に、ゴードンやフンメルもいた宴会で聞かされた、あの話だと思い出した。そう、貢納の小麦袋がすり替えられていた、あの事件である。

 あれから2年後に、犯人であった三の村の連中は、また同じ事を企てて領主館の倉庫で発覚したという。その場にいたリゲルは、顔を覚えられていたらしい。


 リゲルとは、あの宴会で会ったきりである。ただ、リゲルはフンメルとともに、ゴードンが信頼を寄せ、毎年領都へ行った際には必ず会っていた人物だ。

 フンメルとはその後も会う機会があり、信頼出来る人物、流石はゴードンが懇意にしている人物だと感じたものだ。ならば、リゲルも信じて良かろう。

 レオは、ケインに頷き、問題無いと答えた。ケインも頷くと、訊いてくる。


「レオ、君はどこの部隊に所属している?」


レオは、意味が分からず、首を傾げる。すると、ケインは再び軽く頷くと、


「君や君の仲間をここまで連れてきた領兵隊の指揮官は誰だ?」


と質問を変えた。トムという人だと答える。


 ケインは、レオとリゲルについてくるように言うと、林立する天幕の真ん中の方へと歩き出す。天幕の1つに踏み込むと、トムはいるかと中にいる兵士に尋ねた。

 天幕の入口まで出て来たトムと、ケインはしばらく話をしていたが、トムはレオの方を見て頷いた。ケインはトムの肩を軽く叩いて感謝の意を示す。

 どうやら、人数的なバランスの問題で、レオがリゲルのグループへと異動になったようだ。私物など何も無いので、そのままリゲルと一緒に歩いて転属完了だ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その夜、新兵にここで課された唯一の軍事行動である、寝ずの番に一緒につきながら、レオとリゲルはここへ来る事になった経緯を、互いに語り合った。

 領主の娘に言い寄られて拒否したら、徴兵されたと吐き捨てるリゲルには、既にベズコフ子爵家への遠慮など微塵も無く、あんな不細工な娘と連れ添うくらいなら、戦場も悪くないかもしれないとまで言い切った。


 しかし、思い出すだけで腹が立つという風情だったリゲルも、開拓村の大量徴兵の話や村長が切り捨てられた話には、怒りもすっかり失せて、心の底から心配してくれた。そして、村にやって来た小太りの若い男は、領主の嫡男のモーリだと断言した。そうか、村長を殺した男はモーリと言うのかとレオは心に書き留めた。


 リゲルの開拓村に対する懸念については、村の “砦” 並みの防御態勢や十分な食料備蓄、そして領都へ行っていたせいで難を逃れたゴードンが、きっと何とかしてくれるに違い無いとレオは力説し、リゲルも一応納得したようだった。

 そして、2人して焚き火を囲い、燃える薪を棒で適当に突きながらリゲルはレオにこんな事を言った。


「なあ、レオ、君は本当に強い。でも、その強さは隠しておくべきだと思うんだ。君の強さを知ったなら、上の奴ら、とりわけ貴族連中はきっと君を、良いように使おうと考えるはずだ。この火掻き棒みたいにね。」


そう言いながら、リゲルは棒で焚き火の中の真っ赤な薪を突っつき、掻き回す。


「自らの手は使わず、危険な場所に君だけを放り込んで、何とかさせようとね。

だから、君は自分の身に本当に危険が迫った時以外、力は隠しておくべきだ。」


 レオは、まだ、そんな事を実感出来ていたわけでは無かった。しかし、リゲルの忠告が自分の身を案じてのものだという事は、十分理解する事が出来た。

 だから、レオは自ら、身体強化を封印する事にしたのである。


 この忠告で、レオは魔力の過大な消費を自制する事となった。結果として、領都を訪問した時の様な、魔力枯渇の苦痛を味わう事は避けられたのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから2日後、集結地の者達はサルト国との国境を目指して移動を開始した。

様々な個人装備や水に食料、そんな物が詰まった重たい背嚢(はいのう)を背負って、ひたすら草原を歩かされた。行軍は軍事行動の最も重要な基本であると言われて。

 しかし、水の何と重い事か。皮袋に入った水の重さは、肩に食い込むほどだった。今まで当然の如く使ってきた、水の魔石入りの水筒が如何に素晴らしい物だったかを、しみじみと感じるレオだった。


 彼のすぐ前を歩いているリゲルは本当に辛そうだった。

途中の休憩の際に、少しでもリゲルの負担を減らそうと、彼の背嚢から水の入った重い皮袋を取り出し、自分の背嚢へと放り込むレオだった。

 ただ、その重かった皮袋も2日後には、空になっていた。水を補給出来る水場と水場の間が、かなり開いていたらしい。


 喉が渇いた状態で、ひたすら歩く事になった。どうやら、これも訓練の一環とされている様だ。野営に必要な重量物を運んでいる馬車には、水も樽で積み込まれており、最悪の場合はそこで水を飲めるらしいのだが、倒れるほどにまで追い込まれた場合のみ許され、しかも、その水の世話になった者には罰則があると言われた。


 レオは、開拓村を去る直前に手に入れていた属性数2の原魔石を水魔石に変換して、リゲルのために使う事に決めた。ただ、そう思った時には水は空だったので、変換出来なかった。しばらくは我慢するしかない。

 リゲルを元気づけるつもりで、その事を休憩の際、彼に話してやった。

もちろん、大きな声ではなかったのだが。


 実は、レオとリゲルのいるグループの中には、小麦泥棒一味の一人が偶然入っていたのである。三の村村長の息子ギルの取り巻きの一人、ガドという男が。

 ガドは、集結地でリゲルが森の方へと散歩に出かけたのを目撃し、ギル達に知らせた後、自らは集結地に面した森の外縁部で、人が来ないか見張りをしていた。


 だから、ガドはリゲルを暴行していた4人の中には入っておらず、レオもリゲルも彼がギルの一味とは知らなかった。そして、彼がレオ達の側で聞き耳を立てていた事にも気づかなかったのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝、点呼の後、レオ達の集団を率いている兵士が、今日の昼頃には川に到着するはずなので、そこで水の補給と短時間ながら水浴びも可能だと告げた。

 新兵の間から歓声が挙がる。


 その後、天幕の片付けを始めとする野営の撤収作業を終えたレオだったが、自分の背嚢が無くなっている事に気づいた。周りの者達にも頼み一緒に探したところ、少し離れた林の向こう側に、中身をぶちまけた状態の背嚢が見つかった。

 必死に探したが、属性数2の原魔石を入れた麻袋だけは、見つからなかった。


 仕方なく、移動のために全員が集合している場所に戻ってみると、ちょっとした騒ぎが起こっていた。いいなあ! 羨ましいなあ! という声が飛び交っている。

 皆を率いる兵士も羨ましそうに見ている。その視線の先にはギルがいた。


「この原魔石は、村長やってる親父(おやじ)が餞別として、俺に持たせてくれたんだ!」


 凄えなあ! 流石はギルさんだあ! 周囲の取り巻きが盛んに囃し立てる。

そう自慢するギルの指先には、麻袋があった。間違い無い。レオが魔石入れとして使っていた麻袋だった。思わず駆け寄ろうとするレオを、リゲルが立ち塞がって制止する。無言のまま、首を左右に振ってレオを止める。証拠は無いと告げて。

そのリゲルの必死の形相を見て、レオも辛うじて冷静になる事が出来たのだった。


 一方、ギルは嘲る様な顔でレオとリゲルをチラリ、チラリと見ながら、


「おっと! こんな貴重品を落としたり盗まれたりしたら大変だ! きっちり背嚢の中に仕舞っておかねえとな! うんとこさ念入りにな。盗まれたら大変だ!」


 そう言うと、魔石の入った麻袋を背嚢の奥の方に突っ込み、すぐさま背負う。

そして、肩から脇腹に伸びている背嚢の背負い縄2本を胸と腹の位置で、それぞれ別の紐を使って連結し、背嚢が簡単には外せないように固めた。


 その後、見るからに落ち込んだレオを、逆にリゲルが気遣いながら歩いた。

すっかり無口になったレオは、午前中、只々惰性で歩いた。トボトボと。


 そして、前方に川が見えてきた。


「おっ! ようやく川じゃねえか。よしっ! ここで水の魔石にしちまおうぜ!」


 ギルが嬉しそうな声でそう叫ぶ。わざわざ背後を振り返って、レオの方に向かってニタリと嫌らしい笑顔を見せる。例によって、周囲の腰巾着も似た様な顔で囃し立てる。


 かつて、ゴードンは言った。開拓村の連中は皆、気の良い奴ばかりだし、村長は公平だ。この世界でこんな場所は(まれ)なんだと。

 確かにそうだと、レオは心の中でゴードンの言葉を噛みしめていた。

この世界には、自分の楽しみのためだけに、他人を不幸に陥れる奴がいるのだと、今まさに実感していた。


 魔物は躊躇(ためら)うこと無く人に襲い掛かる。でも、それは自分が生き抜くための行為であり、奴らも必死なのだ。しかし、今、目の前にいる三の村の連中は違う!

レオは他人からの悪意に関しては、今まで完全なる “無菌培養” に近かったのだ。


 『本当に恐ろしいのは、魔物よりも人間だ!』


ゴードンが言っていたその言葉が、まざまざと脳裏によみがえって来る。

そして、ふつふつと怒りがこみ上げて来た。


 何が、水魔石だ! ふざけるな! この盗人(ぬすっと)め! レオは心の中で叫んでいた。

いっそ、火魔石にでもなってしまえ! それも、熊殺しの槍に使うような火魔石に! そして、燃えろ! 燃え尽きてしまえ! 真っ白に光り輝きながら!


 そう渇望し、ギルの背嚢を後ろから睨み付け、心の中で力の限り叫んでいた。

それはもう、ほとんど呪詛に近かったかもしれない。



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