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54. 間章 エリック! 王都から逃亡す



 ついに、シンシアと女性騎士4人を加えた新編成部隊の出発となった日の朝。

エリックとシンシアの魔導師コンビは、宮廷魔導師団の正門の前に佇んでいた。

2人とも、荷物らしい荷物は持っていない。長期遠征に必要とする大量の荷物は、昨日までに騎士団の馬車に積み込まれていた。

 遠征の馬車を連ねた騎士団一行が、魔導師2人をこの場所で拾って王都を後にする流れである。


 それぞれ2頭の馬が牽く5台の馬車がやって来て、2人の前に停車する。

箱形の馬車3台に幌馬車が2台。その他に騎馬が4騎である。

 前から3台目の馬車の窓からリンダが顔を覗かせている。お早う!と朗らかに声を掛けてくる。何とも爽やかな朝だ。

 しかしながら、その爽やかさを台無しにする声が後ろから響く。


「シンシア! 僕の女神! やっと見つけた。君は一体どこにいたんだ? 僕がどれだけ君の事を心配したと思っているんだ! 二度とこんな事をするんじゃない!」


 シンシアが、“アチャ~” という顔をしている。

宮廷魔導師団の女子寮の周辺まで彷徨(うろつ)いている困った奴がいると(こぼ)すシンシアに、それじゃあ合同訓練の間、騎士団の女子寮においでというリンダの誘いに乗ったのだそうだ。空き部屋もあったし、騎士団長の了承もあっさり取れたらしい。

 流石に出発前日は、本来の自分の部屋に戻って来ていた結果がこれである。


「どこにいようが、私の勝手です。それに、これからファミリー遠征です!」


 2人のお仲間を引き連れたファブレル少年は目を見開き、抗議する。


「何故、君がそんな野蛮な任務に就かなきゃならないんだ! そんな任務は、平民の魔物猟師に任せていれば良い! 君は王都で君に相応しい優雅な活動をすべきだ。」


「私も平民ですが? それに魔物討伐は重要な任務のはずですよ。」


「いや! そういう意味では無く! 論文も出した事の無いような無能な男と君とでは、どう考えても釣り合わない。そうだ! 僕が付き合ってあげよう! そこの無能魔導師! 僕と交代するんだ!」


そこで、ファブレル少年は馬車から降りて来ていた女性騎士達に気づくと


「護衛隊も、そのまま僕が引き継いでやろうじゃないか!」


と、ちゃっかり付け足した。護衛隊の面々は呆れ顔か、必死に笑いを堪えているかの二派に分かれた様だ。


「師匠! この人、気持ち悪いです!」


 どこかで聞いた様なセリフがシンシアから放たれる。

もう、誰もがうんざりである。さあ、行こうかとエリックは皆を促す。

馬鹿は放っておいて、さっさと出発するに限る。


「待て!」


という絶叫が背後から放たれた。つい振り向いた者たちがそこに見たものは、杖を構え何事かを呟くファブレルの姿。ただならぬ皆の気配にエリックも振り返ると、ファブレルのかざす手の平の前に大気の揺らぎがあった。火球が発現する前兆だ。


 彼我の距離は約20歩。もはや一刻どころか、一瞬の猶予も許されない。

王都で仕方無く魔法を発動する際、エリックはダミー詠唱を唱えていたが、そんな悠長な事をする余裕すら無かった。即座に無詠唱で放つしかない。


 エリックの放った渾身の一撃は、見事ファブレルの魔法発動を阻止し、一帯には

パコン! カラン! カラン! という音だけが鳴り響いたのだった。


 咄嗟に魔導士の杖の石突き部分を握り締めたエリックは、スナップを効かせて前方へ彼の杖を投擲したのだった。クルクルと縦回転で飛んで行った杖は、ファブレルが水平に構えていた杖にぶつかって、その杖に巻きつく様に回転し、見事ファブレルの頭頂部に命中した。

 パコンという良い音を響かせた後、石畳の上で2度ほど跳ねて、カラン、カランという乾いた音を発した。


 そして、そこには頭頂部を押さえ、(うずくま)っているファブレルがいた。怒りに満ちた表情で立ち上がった彼の前には、身体強化で一挙に間合いを詰めたエリックが立ち塞がっていた。強烈な横殴りの一撃を顎に喰らい、ファブレルは崩れ落ちる。


 倒れたファブレルを冷然と見つめるエリックに、ようやくショックから立ち直ったファブレルの連れの一人が猛然と抗議する。


「彼は火球を見せようとしただけだ! あなたには決して出せない大きな火球を!」


 しかし、エリックが何か言う前に背後から近づいて来た者が、少年を一喝する。


「あなた方は馬鹿なのですか? こんな王都の街中で魔法を使おうとするなんて!

騎士が正当な理由も無く、この様な場所で剣を抜き放ったら、厳しい処罰を受ける事になるのですよ! 分かっているのですか?」


 シルヴィの凄絶なまでの美しさと、完璧な正論に少年は絶句する。


「警備隊を呼ばれ、魔道師団長まで連絡が行く様な大事にしたくなければ、さっさとそいつを連れて行け!」


 エリックのその言葉に、猛抗議をした少年は仕方無く頷く。しかし、もう一人の少年がファブレルを抱えながらもエリックに傲然と言い放つ。


「魔導師クルーガー! あなたは魔導師なんかじゃない! 本物の魔導師が杖をあんなふうに放り投げるわけがないんだ! 絶対に違う!」


「ほう! そう思うのなら、君らで是非、杖を究めて論文でも発表するんだな。」


「ああ、そうするよ! そして、あんたを見返してやるさ! 魔法もろくに使えず暴力しか能の無い魔物猟師にも分かる様にな。」


 そんな暴言にもニヤリとしたエリックは、さあ出発だと皆に声を掛けて2台目の馬車に向かう。駆け寄るシンシアは “プンプン虫” だ。エリックが必死に宥める。


「怒るな! 王都を離れて周囲に人がいない野営の時に、すべて納得の行くように説明してやるから。女性騎士達にもきちんと話すから。」


「嫌です! 馬車の中で、今、ちゃんと説明してください!」


と息巻くシンシア。エリックは仕方無く彼女の後について行くのだった


 一方、遠征隊の先頭の馬車では斥候のマイクがカトーに小声で話しかけていた。


「あいつも悪党ですよね! 魔導師の杖が単なるお飾りだと知っていながら、前途有望な少年達に誤った道を指し示すんですから。あの子らも、とんだ回り道だ。」


「それを言うなら、エリックの歩みそのものが壮大な回り道ではないのか。」


「なるほど、そう言われれば、そうかも知れませんね。とっくに第三階梯に達していながら、それを隠したまま、魔導師生活を送っているわけですから。」


 かくして一行はようやく王都の外を目指して、整然と動き出したのだった。

その後、女性陣はエリックの、他とは一線を画す驚異的な魔法の数々に圧倒され、カトー率いる護衛部隊の洗練された連携に舌を巻く事になるのであった。



 その後、男女とも若干の人の入れ替わりはあったものの、さしたる被害を受ける事もないまま、エリックの魔物討伐遠征は粛々と続いていった。

 しかし、この(いささ)か風変わりな部隊は、3年を過ぎたところで突如解散となってしまったのである。


 まあ、魔導師2人が行方知れずとなってしまったのだから、無理もない。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 久々に王都の宮廷魔導師団に帰還していたエリックの寮の部屋に、シンシアが朝早く押し掛けて来た。帰還直後は休養日。お互い何も予定は無かったはずである。

またぞろ、魔法や魔石について、何かとんでもない話を思いついたのだろうか?


 確かに、とんでもない話だった。自分をエリックの妻にしてほしいと言う。

流石のエリックもこれには絶句した。あまりの予想外の話に幽体離脱してしまい、何の返事もしない彼に、シンシアは自分の事が好きではないのかと(なじ)る始末。


 エリックにしてみれば、3年も行動を共にした人生でも断トツに(いや唯一!)親しい女性が嫌いなわけがない。しかも、その3年の間、シンシアは彼の魔法研究にとって、欠く事の出来ない唯一人の同志となっていたのだ。

 まあ、リンダからは何かと揶揄(からか)われてはいたのだが、釣り合いがねえ・・・


 何せ、出会った頃の可憐な美少女は、今やとんでもない美女に化けていた。

今年18となったシンシアは、少しばかり化粧をして着飾れば、振り返らぬ者などいやしない。魔導師団内どころか、王城全体でも並びなき美女として有名なのだ。

 噂では王族にすらシンシアを狙っている者がいるとされ、あながちデマとも思えなかった。


 その美女が、私は師匠と一緒にいて楽しい! 大好きだとニコニコ顔で言うのだ。そのまま流されて良いような軽い話では無い。断じて違う!

居住まいを正して何があったと問えば、父親が引退して田舎へ引っ込んだという。


 彼女が王国南東部に広大な領地を持つサザーランド侯爵家の現当主の庶子である事は、随分前に聞かされていた。実父からは可愛がられており、不本意な婚姻を強制される事も無く、こうして魔導師三昧の生活が出来ているのは、本当に奇跡的な事だと、貴族家出身の女性騎士達からは聞かされていた。


 ところが、実家の侯爵家を継いだ異母兄はシンシアを価値ある手駒と見て、一番高く売りつけられそうな相手を求め、もっか複数の有力貴族を相手に感触を探っている最中らしいのだ。


 かねてよりシンシアにしつこく言い寄っていた魔導師団内の高位貴族家の一人が最近になって、もうすぐ自分の所へ来るのだから態度には気をつけろと、尊大に言葉を掛けて来たと言う。不審に思い調べた結果、そこで初めて実家の思惑を知ったらしい。


 ちなみに、その尊大な奴というのが、例のファブレルだった。

エリックは、3年前のあの出来事をまざまざと思い出したのだった。


 そう言えば、最近は魔導師の杖の件で盛んに論文を発表しているらしい。

エリックの顔を見ると、杖の効用について議論を吹っ掛けてくる。杖なんか無関係だと言ってやりたいところだが、実演して見せろと言われると厄介なので、ご高説ごもっともと、あしらっている。最後は、さっさとファミリーを解散して、貴重な女性魔導師を危険な場所へ連れて行くな! と嫌味を言われて終わる流れである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 なるほど、状況は理解した。それでも、自分なんかで良いものか? と悩み続けるエリックだったのだが、結局シンシアによる衝撃の告白と上目づかいの必殺攻撃にあっさりと降参する事となった。

 気がつけば教会に連行されて、神官の前で誓いの言葉を口にしていた。ちなみにシンシアの必殺お強請(ねだ)り攻撃は、リンダから伝授されたものらしい。

 まあ、シンシアをファブレルの様な連中に渡す選択肢など、もちろんエリックには無かったのだが。


 そして教会の後は、返す刀で宮廷魔導師団本部へと戻り、たまたま在室中だった魔導師団長に結婚の報告。実家は了承しているのかという団長の問いには、両親もとても喜んでおりますと、シンシアは素敵な笑顔で応じていた。


 続いて魔導師団の事務局へと流れ、所定の婚姻届けを提出し、魔導師団内の規定による結婚祝い金をせしめると、その後エリックは特別休暇を申請させられた。


 これは宮廷魔導師の特権の1つで、階梯が上がった際に最長1年間の休暇が取れるという制度であり、平凡な庶民で無趣味のエリックは当然の事ながら、この権利を未だ行使していなかった。シンシアの指示の下、その手続きを行い、併せて彼女も休職願いを提出すると、2人仲良く宮廷魔導師団を後にしたのである。



 そのまま、寮にも寄らず商業ギルドで金を下ろすと、長距離馬車の中央乗り場に移動した。せめて、寮の私室に寄りたいと言ったのだが、鼻で嗤われた・・・

 何か価値ある物が部屋にあるとでも言うのですか? と。

酷い! あんまりだ! まあ、言ってる事は完全に正しいのだが。


 でも、結局それは正解だったと後に判明した。

2人の結婚の報は、高位貴族の息の掛かった事務員から、ファブレルの様な連中にご注進され、寮のエリックの部屋の前には、少なからぬ魔導師たちが押しかけていたという。中には決闘の用意までしていた者もいたらしい。

 こうした騒動は、“事情通” を自任するリンダからの手紙で、後に知る事になるのであった。


 すべてがシンシア主導による嵐のような1日であった。

エリックとしては、まるで(さら)われてゆくお姫様! ア~レ~と叫びたいところだ。


 そして、依然その状況は続く。何と、そのまま王都を出て、シンシアの希望する南国の海を目指したのである。こうして、この世界では前代未聞の “新婚旅行” が始まった。世の若い新婚夫婦が聞いたなら、羨ましがるよりも、むしろ呆れるような新婚旅行の開幕である。期間は何と1年!


 ところで、宮廷魔導師は、そもそも高給取りである。

エリックの場合、そこに魔物討伐遠征の際に支給される各種手当があり、さらには討伐した魔物の素材分配金も加わる。

 (とど)めは、無趣味で甲斐性無しの彼が、さほど散財していない事。博打や娼館通いといった、“金に翼を生やす” 方面には、奇跡的に手を出さなかった事が幸いした。

 要するにエリックには、数年は遊んで暮らせるほどの蓄えがあったのである。

明日は明日の風が吹く。行動の自由度だけは、完全に保証されていたわけである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そんな2人の南への旅の途中でエリックは、ふと思い出した。

かねてより気になっていた剣士ギャバンの物語に登場する魔物千体狩りの舞台となった村が、主街道から少しばかり入ったところにある事を。


 これまでは、魔物討伐遠征のついでに寄ってみたいと思っても、他国の村であるため寄る事は出来なかった。個人的に行くにしても、長期休暇を取るのが億劫(おっくう)で、今まで足を伸ばす機会は無かったのである。


 今回は全くの私的な旅行であり、事情を話したところシンシアも賛成してくれたので、最寄りの街で馬車を借りると2人してその村へと向かったのである。

 2人とも日頃の討伐遠征のおかげで、馬車と馬の扱いには十分慣れていた。

街を出る前に、村への土産として酒と肴、それに甘い物を買い込んだ。


 昼過ぎ頃に着いた村は、何の変哲も無い普通の村だった。

出会った村人に村長の家を教えてもらい向かう。村のほぼ中心部にある村長の家に到着し、村長を呼んでもらったのだが、ギャバンの研究者を名乗ったエリックに対して村長は、この村はもっか魔物騒ぎの真っ最中なので、帰った方が良いと勧めたのであった。


 我ら夫婦はともに魔導師なので、魔物討伐を手伝えますよと言うと、村長は大いに驚いた顔をする。領主に救援を求めたのだが、相手にされなかったのだそうだ。

 半信半疑の村長を外へ連れ出し、村の広場で火球を頭上に打ち上げて見せた。

びっくり仰天の村人達も少し落ち着くと、頼りになる助っ人の登場とようやく理解したらしく、村長の家で現状の説明会となった。


 村人の話によると、ここ2ヶ月ほど前から村で飼っている鶏が、時折いなくなる事態が発生し始めたという。大体、2,3日に1度のペース。鶏が逃げ出さない程度の簡単な囲いの中で飼っているのだが、朝になると数が減っているというのだ。

 どうも、魔物のせいではないかという意見が出て、見張りを立てようと考えたのだが、もし、本当に魔物や猛獣の類いだった場合には危険なので、鶏を飼っている場所に近い家屋の中に見張りの者を配置して監視していた。


 すると、ある夜、鶏が騒ぎ出し、慌ててその家から外を覗いてみると去って行く大蛇の尻尾らしき物が、月明かりの下で辛うじて見えたらしい。魔物で間違い無い。

 村では手に負えないと判断し、領主に訴え出たが相手にしてもらえないという。

そして、この騒ぎが始まってから、朝夕、鶏の数をちゃんと数えるようにしたところ、2,3日ごとに、毎回きっちり2羽ずつ鶏が消えていると分かったのだそうだ。


 大蛇の魔物。毎回必ず2羽の鶏を奪い去って行く。

そこから導き出される魔物の正体は、エリックとシンシアには明らかだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 双頭の蛇!


 1つの胴体に2つの頭を持つ蛇の魔物。古来、剣士泣かせの難敵とされている。

右の頭を攻めれば、左の頭が襲い来る。左の頭を攻めれば、右の頭が襲い来る。

胴体を攻めれば、両方の頭が襲い来る。真に厄介な敵であると。


 しかし、エリックとシンシア2人には、何という事も無い。

じゃあ、私が右で、あなたが左ね! そう言うと、あとはタイミングを合わせて同時に火球を叩き込んで終わりだ。まあ、実際にはエリックが連射しても良いのだが。


 今夜あたり出て来そうだという村人達の話を受けて、大蛇が潜んでいると思しき近くの森から養鶏場までの途中にある木の幹に紐を括り付け、その紐の端を囮とする2羽の鶏の足に縛り付けて、待ち伏せしていた結果である。


 村人達には、魔石だけもらえれば、あとの素材はご自由にと伝えてある。

2人の少年がそれぞれ、焼け焦げた蛇の頭の少しばかり胴体寄りの所から原魔石を取り出すと、その場で麻の袋に入れて持って来てくれた。

 その日は遅かったので、村長の家の離れで一晩を過ごしたのだが、翌朝起きてみれば、村人からの熱烈歓迎であった。夕刻から宴会を催したいと言うので、買って来ておいた土産を渡すと、さらにヒートアップした。


 ここで再度、自分達が剣士ギャバンについて調べに来た事を説明した結果、村長の父親が呼ばれて来た。その老人は、祖父が直接ギャバン一家と親交があり、幼い頃に色々とギャバンに関する話を、祖父から聞かされていたのだという。


 エリック一行は、この村長の父親の案内で、昔ギャバン一家が最初に住んでいたという樵小屋を見に行く事になった。2人が街で借りてきた馬車で移動する。

 そこは、魔物のいる魔の森なのだという。元々、村の近くにある普通の森で建材や薪を得るはずだったのだが、その小さな森の木を刈り尽くす恐れがあったので、少し離れた魔の森から木材を調達していた時期があったのだそうだ。


 農閑期に集団で出かけ伐採していたが、村からは少し距離があったので、休憩所や避難所として小屋を建てたという。それなりの人数が入れ、雨の際は中で煮炊きも出来る様になっていたそうで、小屋とはいうものの、ギャバン一家が暮らすには十分な広さがあったらしい。


 それでも魔の森近くの一軒家での生活は、あまりにも過酷であり、村人との親交が深まった事もあってギャバン一家は村の中へと引っ越す事になった。息子が歩く様になった時期であり、幼子が安全に家の外を走り回れる様になった事をギャバン夫婦は大いに喜んだという。そこは、伝承どおりであった。


 そして村長の父親からは、剣士ギャバン物語では語られていなかった事実も教えられた。それは、ギャバンには魔力持ちの息子の後に、2人の娘が生まれていたのだが、その2人には魔力は無かったという。2人の娘は村の中の新居で産まれ、育っていたのだった。


 また、魔力判定で失意のまま村へ帰って来たギャバンは、その後も村のために魔物狩りを続ける一方、村の子供達や男達に剣術の指南をしていたそうだ。

 当然、その中には彼の息子も含まれていたという。

当初、彼の息子の腕前は、村の同世代の他の子と比べても大差無かったらしい。


 ところが、7歳か8歳になった頃、実戦訓練として魔物狩りに連れ出され、例の樵小屋に泊まり込んで訓練を始めた頃から、めきめきと強くなっていったという。

 村の他の子供達も何人か同行していたのだが、ギャバンの息子だけが突出して強くなって行き、やはり剣士の息子は才能があるなと村でも評判になったそうだ。

 まあ、後年、マクルーファンの武術大会で優勝したのだから、才能があったのは間違いないだろう。


 そうした話をしながら、ギャバンの伝説の舞台となった修行の場に到着した。

そこは、朽ち果てた廃屋となっており、明らかに魔の森の一角であった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エリックは確信した。ここは、同じだと。

そう、ここは魔物討伐遠征の際、自分が魔力を枯渇させた後の就寝時に、魔力を全回復させていた魔の森の一角と同じであると。


 間違い無く、ギャバンの息子は昼間の修行で魔力を枯渇させた後、ここで眠っている間に魔力を回復させ、魔力保有量を増大させていったのだ。そうして得た豊富な魔力量に裏打ちされた身体強化による武術は、他の武芸者を圧倒した事だろう。

 顔も知らないギャバンの息子に、親近感を覚えるエリックだった。


 その後、村へと帰り、夜の宴会の際もエリックは1人物思いに(ふけ)っていた。

無愛想な夫に代わり、その宴会で皆の注目を一身に集めたのは、彼の妻だった。

 日頃目立たぬ様、外ではフードを目深(まぶか)に被っているシンシアだったが、この夜はフードを脱ぎ去り、その美貌を衆目に晒した。村の老若男女がこれには大いに驚き、宴会はかつて無い大盛況となったのである。夫の無愛想を帳消しにするほどに。


 翌朝、村人に惜しまれつつ2人は街へと帰った。

馬車の御者台で揺られながら、エリックは昨日以来考えていた自分の仮説を妻に披露する。そして2人が得た結論は、生まれてから1年間の乳児期の間を魔の森で過ごした子は、魔力持ちとなる可能性があるのではないかという、とんでもないものだった。

 ただ、検証も実現も難しい事は理解していた。赤子を抱えた一家に、魔の森で1年間暮らせというのは、ほとんど死刑にも等しい懲罰である。とても無理だ。


 それに、如何に魔法オタクの2人でも、自分達で試すことは出来ない。

何しろ、シンシアは魔導師であり、産んだ子は魔力持ちになって当然なのだから。

孤児の乳児を集めて来て魔の森で育てる? どう考えても、人の道から外れている。

 結局、この仮説は実証が難しいとして、棚上げとするしかないと結論した。


 無事に街へと帰還し、馬車を返した後は宿の部屋でゆっくりと休む事にした。

シンシアは今回の寄り道で得た2個の原魔石を麻袋から取り出し、必要な情報を紙に書き付けた後、原魔石とともに麻袋へ戻す作業をしていた。

 討伐遠征時代からの習慣で、採取した日付やどの魔物から獲ったものかといった記録を残していたのである。


 その何気ない作業の最中、えっ! とシンシアが驚きの声を挙げる。

こちらを向いた妻の顔には驚愕の色が浮かんでいた。


 シンシアのテーブルに歩み寄り、彼女の視線の先を追う。そこには双頭の蛇から採取した2個の原魔石が並んでいた。

 属性数3と思しき大きさの原魔石が2個。典型的な妖しい虹色の紋様がその表面で踊っていた。


 しかし、それを見たエリックも彼の妻と同様、思わず息を呑んだ。

妖しい紋様、言い換えれば不規則に魔石表面で踊り、そして変化する紋様。

それが、2個の原魔石で全く同じパターンを、同時に浮かべては消えていたのだ。

 あたかも、一卵性双生児のようにそっくりな2個の原魔石。



 それは魔石の持つ別次元の権能を示すものだった。

『連結の奇数』と呼ばれる、属性数1以外の奇数魔石において、ペアリングされた2個の魔石が(もたら)す、新たな奇跡の力。それを人が初めて目撃した瞬間であった。

 エリックがその驚くべき権能を本当に理解するまでには、さらに10年ほどの歳月を待たなければならなかったのである。


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