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53. フンメルの新たな旅立ち



「どうも、すいませんでした。」


 フンメルは涙を拭うと、居住まいを正して支店長等に語りかける。


「テチス王国のベズコフ領における、魔狼の大集団出現の話はご存じですね。」


 支店の者達も、当然その件については知っていた。テチスは国境を接する隣国であり、ボーア領はその国境沿いの領、さらにボーア領の西隣がベズコフ領である。

 一時この国とボーア領との人や物の往来が停止していたわけだから、その原因を商人なら知らぬはずは無い。支店長等は頷く。


「私は、そのベズコフ領の商会に長年勤めておりました。その商会や懇意にしていた開拓村の状況を知りたいのです。ただし、まだ魔狼の脅威は去っておりません。さらに、開拓村は魔の森のすぐ隣にありまして調査には危険も伴うはずです。

 そういうわけで、腕も確かで信頼出来る傭兵を紹介していただきたいのです。」


 その後フンメルは、支店の若い者の案内で傭兵ギルドを訪れた。

バルザックという人物が率いる傭兵隊が、ここのヤークト商会支店で最も信頼されている傭兵隊との事。商会本店にとってのガードナー傭兵隊の様な存在らしい。

 傭兵ギルドの受付で依頼を出そうとしたが、バルザック傭兵隊はもっか遠方での任務遂行中で、あと数日しないと帰って来ないと言われた。


 現地の状況については、事前に出来るだけ詳しく伝えるべきであり、一番詳しいのは間違い無くフンメルなので、滞在を延ばして彼らを待つ事にした。

 そして、4日後、ヤークト商会支店からの連絡で、最も怖れていた事態の1つが現実のものとなった事をフンメルは知る事になった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ベズコフ領都の監視任務に就いていたボーア騎士団の先行偵察隊は、新たに送り込まれて来た応援メンバーによるフェンリルの話には驚いたものの、十分有り得る事と納得した。しかし、魔狼の多段重ねの話には、流石に半信半疑であった。

 まあ、命令自体は無理なものではないので、取り敢えず監視要員をベズコフ領都の反対側へ送る事とし、その移動ルートについて議論していた。


 その時、前方で監視に当たっていた者から、大きな動き有りとの知らせが入る。

既に日は沈み、所謂、黄昏時であった。

 前方のベズコフ領都の街壁の近くに、白い狼が鎮座しているのが見えた。

周りにいる他の魔狼よりも明らかに大きい。フェンリル! 皆、息を呑む。


 一声吠えた! そして、街壁上の警備部隊と思しき人の集団に火球を吐いた!

二度、三度と火球を街壁の縁に叩きつける。直ぐに街壁上に人は見えなくなった。

背後に逃れたか、その場に伏せたのかのどちらかだろう。

 火球を吐くフェンリルの登場に偵察隊の者達は、ひたすら領都を見つめる。


 すると今度は魔狼の集団が街壁の下に殺到したかと思うと、街壁の下に頭を街壁に向けた格好で横一列に密集して並ぶ。そして、その上に、2頭の上に1頭が乗る要領で次々と魔狼が積み上がって行く。気づいた時には、成人男性の身長の5倍ほどの高さがある領都の街壁より、ほんの少し低い “三角形” が完成していた。


 その光景は、遠くから見ている偵察隊には一目瞭然だったが、当のベズコフ警備隊員からすれば、街壁の端に立って見下ろさなければ見えない死角だった。

 フェンリルの吐いた火球の目的は明らかだった。その知恵に皆、舌を巻く。

そして、その魔狼の “三角形” を駆け上って、魔狼が次々に街壁の上に降り立つ。直ぐに、その数は数十頭にもなる。この後、ベズコフ領都で起きる惨事は明白だ。

 外敵から身を守ってくれるはずの街壁が、今や人々を猛獣とともに閉じ込める檻と化してしまったのだ。偵察隊の面々は暗澹たる思いだった。


 偵察隊の隊長は、数人をその場に残して他の隊員を後方に下げると、今見た事を報告書としてまとめた。同じ内容を2部筆写させると3組の伝令を編成し、騎士団本部へと急派する。こんな攻略法を取られたら、ボーア領都も無事では済まない。

 何としても確実に本部へ、この情報を知らせなければならなかった。


 再度、前方の監視地点まで戻って街壁を見ると、既に魔狼の三角形は無かった。監視を続けていた部下の予想では、中での狩りが終われば、また構築するのだろうという事だった。おそらく正しい。


『俺達は、こいつらに勝てるのだろうか?』


 ふと、そんな素朴な疑念が隊長の心の中に浮かんだ。いや、そうじゃない。何としても勝つんだ。そう自分に言い聞かせるしかなかった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヤークト商会の支店にも(もたら)されたベズコフ領都への魔狼侵入の凶報は、商業ギルドからのものだった。ただし、その情報には曖昧な点も多く、魔狼の大集団が身を寄せ合って塊となり、その上を他の魔狼が駆け上り領都の外壁を越えたというもので、多くの者達がその意味を理解出来ず、首を捻るばかりだった。


 むしろ、火を吐く白い巨狼フェンリルの方が強烈な印象を与え、フェンリルが領都の門を破壊したのだろうという意見を口にする者も多かった。

 一人、フンメルだけが、この状況を正しく理解していたのである。


 こうした情報は、一国の中では早馬を使うなりして、可能な限り情報伝達を急ぐのだが、国境を越えて他国にまで伝えられる事は無い。

 結局、そうした役割は商業ギルドや傭兵ギルドの様な国を越えた組織が、独自の定期連絡の一環として、馬車の定期便に託して伝達して行くのが普通である。


 ヤークト商会の様な国を越えた大商会の場合、商会に多大な影響を与えそうな情報の場合には、独自に早馬を出す事もあるのだが、今回の件は、そこまでの緊急性は無い。

 今回の事情に最も詳しいフンメルが、このままイェルマークへ移動して、王都で直接商会長へ報告する事になった。寄り道無しで、遅滞無い定期馬車での移動なので各ギルドによる通常の情報伝達よりも、むしろ早いだろうとの事だった。


 その翌日、傭兵ギルドから連絡があり、バルザック傭兵隊との面会となった。

今回は支店長も同席してくれた。協議の結果、ある程度の安全が見込まれた後に、任務を遂行するという形で調査を引き受けてくれる事になった。


 領都の親しかった者達や、ゴードン、レオなどの名前を挙げ、彼らの安否確認を最優先調査事項とした。

 もし現地で会うことが出来たなら、フンメルはイェルマーク王都のヤークト商会にいると伝えてもらう。また、可能ならば彼らからの手紙も預かってほしいとバルザックには伝えた。


 傭兵隊への依頼料は、ヤークト商会の支店がフンメルの口座から支払う。隣国に関わる内容であり、支店長も知っておいた方が良かろうと、調査結果の報告は支店長に対して行ってもらい、支店長からヤークト本店へと転送してもらう事にした。この措置は、支店長から大いに感謝された。


 かくして、フンメルは打ち合わせの終わった午後には、定期便の馬車でイェルマーク王国を目指す本来の旅を再開したのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 年末までにはイェルマーク王都に着く予定だったが、年明けとなってしまった。

王都への到着が夜となった事もあり、それなりの宿に一泊して旅の汚れを落とした上で翌朝、ヤークト商会を訪れた。

 商会長の執務室へと通され、若旦那やパメラもやって来たところで、ベズコフ領と開拓村の話をする。遠方からの偵察によれば、開拓村が無人状態らしい事から壊滅している可能性が高い事や、ベズコフ領都への魔狼集団の侵入についても語る。


 重く、暗い雰囲気の中で、きっとレオさんは生き抜いていますとパメラは主張。だって、あの大熊を一人で倒した人なんですからと言い切った。気休めかもしれない言葉だが、誰もが少し救われた気分になったものだ。

 商会長は、フェンリルと領都侵入の話は、イェルマーク王国の騎士団にも伝えておきたいと言い出し、フンメルを伴って王城へと向かった。


 その移動中の馬車の中で、フンメルは商会長から、パメラの活躍について聞かされた。街路の上をすっぽり屋根で覆ったアーケード街。テーマを明確に決めた後、それに沿った店舗を並べる明確な街づくり。衣類を魅惑的に見せる木型の人形。

 どれも、今まで無かった斬新な発想であり、ヤークト商会の王都での評判を大いに高めたという。


 しかし、そうした一連の成果すら消し飛ぶほどの大騒ぎとなったのが、シルクなのだと言う。ただ、それ以上の説明は、あえてする気が無い様である。


「まあ、お前さんは良い時にやって来た。今夜、じっくりと見れば良いさ。」


 そう言うと、例によって悪人顔でニタリと笑う商会長だった。


 それにしても、いきなり国の重鎮に会えるものかとフンメルが尋ねれば、大熊の毛皮の一件以来、クロイツ子爵ルートは最強なのさと商会長は豪語する。

 実際、王城に着いた後、さほど待たされる事も無く、王城の奥の部屋へと案内されたのには驚いた。

 さらに、あやふやなテチス王国の魔物騒ぎの報告に、首を捻っていた宰相までが騎士団長とともに同席したのには、フンメルも仰天したのだった。


 現状、イェルマーク王国が得ているベズコフ関連の情報は、フンメルがテチス王国の隣国で商業ギルドから得たものと大差無かった。フンメルの説明には、誰もが驚いたものの真摯(しんし)に耳を傾けてくれた。


「これは騎士団としても人を派遣して、今後の動向を把握すべきでしょうな。」


 騎士団長のその言葉に、宰相は頷くものの、やや難ありと返す。


「まあ、確かにそうだが、イェルマーク王国として正式な派遣は外交上、色々と障りがあるな。それに、押し掛けられた格好になれば、現地も嫌がるだろう。討伐後に手柄を横取りするつもりではないかと勘ぐる奴も出るかもしれん」


「では、表向きは、あくまで傭兵隊を装って少人数を派遣しましょう。現地でも、観戦武官の立場を守る様に厳命します。そして、フェンリルとの闘いに関する資料を我が国の過去の記録や専門家の助言からまとめ、手土産にすれば先方から十分な協力が得られるでしょう。」


 なるほどとフンメルも思った。宰相も頷いており、どうやらその方針で行くらしい。発言を求め、フンメルは口を開く。


「それでしたら、先ほども話に出ましたテチス国東端、ボーア領の騎士団を訪ねるべきかと思います。そこの幹部の方々は十分に話の通じる方々でしたし、そこの騎士団がフェンリル討伐の中心的存在になっていると思います。」


「ふむ、まずはそこを訪ねる様に指示しよう。情報提供感謝する。」


 その騎士団長の言葉で、会合は無事終了となった。その後、宰相補佐官を務めるクロイツ子爵の執務室で小休憩となった。フンメルとしては、まだ緊張状態は続くのだが、子爵と商会長は随分と砕けた雰囲気になっていた。


 例の舞踏会以来、我が家を取り巻く環境も様変わりし、妻もすっかり明るくなったと、子爵が笑顔で話す。最近は、双子に対する貴族家からの茶会の招待がひっきりなしだし、縁談も山のように舞い込んでいるという。

 お前さんも今夜、その理由がわかるだろうよと、例によって商会長がニタリと笑う。まあ、フンメルとしても何があるのか楽しみにして、待つしか無さそうだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その夜のヤークト商店街の熱気は凄まじいものだった。

大舞踏会で王都中の人気者となったクロイツ家の双子が、ヤークト商会の皆さんに何かお礼がしたいと言い出し、それならとばかりに、商会の者にも社交界デビューの際の晴れ姿を、是非披露して欲しいという話になったそうだ。


 王都の商会関係者全員に対して、その日の夜はアーケード街に集合せよとの指示が出たらしい。家族連れでも構わないと。参加は自由だけれど、もし来なかったら一生後悔するぞと告知されていたらしい。


 果たしてその夜、大勢の者達が見守る中、アーケード街の一番端にあるタバサの高級服飾店から現れたシルクドレスの双子達は、その場で周囲の群衆に貴族令嬢の儀礼挨拶をすると、二人して例の華麗なステップでアーケード街を反対の端まで歩き通し、再び挨拶をした後、待機していた子爵家の馬車で去って行った。


 商会関係者はもちろん、たまたまその日アーケード街に来ていた一般客も大興奮である。ミカが言うには、スーパースターによるゲリラライブなんだそうだ。

 尤も、流石イェルマークの王都は違いますねえと感心しきりのフンメルは、周囲から、こんなのは絶対に普通じゃないから! と壮絶なツッコミを受けていた。


 その後、アーケード街のパスタ店でパメラと夕食を摂った後、そこから少しばかり歩いた所にパメラが取ってくれた宿へと二人で向かった。

 傍らを歩くパメラを見ながら、少し不思議な感覚を覚えるフンメルだった。

あれから1年ちょっと。ベズコフ領都の自宅の前、中央広場で夜遅くに泣いていたパメラに声を掛けたあの時。あれが無ければ、自分は今頃こんな所にいなかった。

 今から考えても、あの時パメラによくぞ声を掛けたもんだと思う。


 領主家に追われる女。助けたとして、自分に何のメリットがあっただろうか。

それでも、声を掛けずにはいられなかった。今もそれは後悔していない。

 死の間際、ミラー商会の会長は言った。


『今後はもっと自分のために生きて行け! もっと欲張れ!』


 言外に、理屈だけに囚われるな、もっと自分の素直な感情に耳を傾けろと言われていたような気がする。パメラを助けたのも、そういう事だったのかもしれない。

 そして、それはとても気分の良い事だったと、今なら思えるのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝、パメラとともに商会長の執務室で今後の自分の仕事や待遇について、説明を受ける事となった。

 その前に、フンメルは大熊の毛皮の手数料の件、当初決められていたミラー商会の取り分についてヤークト商会の会長に確認した。そして、思ったとおりだった。


 ミラー商会の会長からの立っての頼みで、ヤークト商会内にフンメルの個人口座を作り、ミラー商会の取り分をそこへ入金したという。まあ、何故そうしたかは、お前さんの方が良くわかっているだろうとヤークト商会長は言う。

 まったく大した御仁だよな。ここイェルマーク王都でも十分やって行けた傑物だったと思うぞとも、会長は言う。傍らでパメラも真剣に頷いていた。


 少しばかりしんみりとした雰囲気を、まあ、今後はお前さんが俺たち皆を驚かす側に回ってくれる事を期待しているぜ! と言い放つと、会長はシルクの話を始めたのだった。細かい事はお前さんの補佐役に聞いてくれと、パメラに目をやる。

 そして、フンメルに命じた最初の仕事は、とある人物との交渉だった。


「フンメル、お前さんにはシルクの量産のために、サザーランド侯爵領で頑張ってもらう事になる。最初の仕事は、現地を取り仕切っている御仁との交渉だな。

 まあ、至ってまともな人さ。俺はというか、ヤークト商会はもう長い事、原魔石の取引で世話になってるお人だ。しかも、原魔石以外にも、何故かけっこうな数の廃魔石も融通してもらったもんさ。廃魔石の魔導師とも呼ばれていたな。

 魔石嫌いの魔導師の中じゃあ、相当な変わり者なのは間違い無いだろうな。


 そういうわけで、向こうで会ってほしい御仁というのが、侯爵領で魔導師部隊を率いている、第三階梯魔導師のクルーガーというお人なのさ。」




 これにて、「第一章 開拓村の孤児」編は終了となります。

間章を挟んで、「第二章 戦士の咆吼」編へと続いて行きます。

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