52. ベズコフ領の支配者
『ほう、とうとう出る気になったか。』
ベズコフ警備隊で東門を担当する小隊の一員であるカールは、領都内の通りを東門に向かってやって来る、騎兵と領兵隊の集団を街壁の上から見てそう思った。
南の一の村の連中が領都に逃げ込んできた日から、領都の街門はすべて閉ざされる事になった。本来なら、日の出とともに開門し、日の入りとともに閉門するのに、今は終日、門は閉ざされたままの状態である。
カールの小隊の本来の任務は、領都に出入りする人と物の検査及び監視である。しかし、今は、街門の上でベズコフ領都の周辺監視だけが主要任務となっている。
南の二の村も三の村も、魔狼の大集団によって壊滅したらしい。
そして、一の村の連中が避難して来たその日の夜以降、領都の周りからは昼夜関係無く、魔狼の遠吠えが響くようになった。とりわけ領都の正門である東門の前には開けた平原と森があるせいか、いつも20~30頭の魔狼が我が物顔で徘徊し、遠吠えを轟かせている。
この不規則に響き渡る魔狼の遠吠えは、本当に鬱陶しい。独身のカールは兵舎で耳に綿を詰め込み、毛布を頭から被って何とか寝ているが、彼の上官の小隊長には2人の幼児がおり、子供達が泣きじゃくって親はまともに眠れないと嘆いていた。領都民の誰もが寝不足で不機嫌で、今やそれは無視出来ない問題となっている。
ただでさえ、街に閉じ込められているという閉塞感に、神経を掻きむしられる様な魔狼の遠吠えを終日聴かされるのは、まさに拷問以外の何物でも無い。
こうした領都民の不満のはけ口となっているのが騎士団だ。
まあ、その事については、誰一人同情する者はいやしない。そもそも、他国との戦争や魔物の大群の討伐こそが、騎士団の存在意義なのだ。
それなのに、隣国サルトとの戦争で騎士団派遣の要請を断り、代わりに一般人を徴兵して送った事は、今や領都民の多くが知っていた。
その言い訳が、領の守りを薄くするわけにはいかないというもの。まあ、小規模な騎士団であり、まったく理が無いとは言えないだろう。
それでも、今こうして魔狼の集団が現れても領都の街壁の内に閉じ籠もったままという状況は、誰がどう見てもおかしい。日頃威張りくさっていたあの態度は一体何だったのかと、今や領都民の誰もが公然と騎士団を非難している。
魔狼をさっさと倒す事を期待しているわけで、それが無理でも、せめて東門一帯を我が物顔に彷徨いて、不規則に遠吠えを放つ憎たらしい集団くらいは何とかしろというのが、皆の共通した思いだった。
東門へ近づいて来る騎馬と歩兵の集団は、この領のほぼ全戦力だろう。騎士団もどうやら、腹を括ったらしいとカールは思った。彼らの活躍に期待するしか無い。
街路にいる領都民も珍しく騎士団に声援を送っているようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
領都の大通りを東門に向かって進む集団。その指揮官たる騎士団長の気分は、晴れやかと言うにはほど遠かった。開拓村の住民という男が、魔の森の異変を訴えて来たのが、つい先日。その後の急展開は想像を絶していた。気がつけば、領都の正門である東門周辺を魔狼が好き勝手に彷徨き、領都民を震え上がらせている。
とにかく、この東門一帯で遠吠えを轟かす、ふざけた魔狼の集団を何とかせよという声は、日に日に強まり、もはや抑える事は不可能だった。
東門を出た右手の方向、領都の南東には森が広がっており、そこにも多くの魔狼が潜んでいる可能性はある。二の村方面へ偵察に行った一の村の連中の話では100頭以上の魔狼が二の村を包囲しようとしているところを目撃しているのだ。
目に付く魔狼だけを迂闊に相手にすべきではないと騎士団長は考えていた。
しかし、領都内の雰囲気はそれを許してはくれなかった。騎士団の副団長を務め、何かと自分に楯突く弟はもちろん、前騎士団長の父までもが、騎士団の威厳と雄姿を示すべきだとしつこく迫ってくる。
あの、“丸出し用心棒” の件で末弟が醜態を晒して以来、前騎士団長の父は、常にいらついており、世間の評判を異様に気にする様になっていた。全く迷惑な話だ。
そして遂に、ベズコフ領主直々の出撃命令が下った。
かくして、騎士団の騎士15名と従者30名、それに領兵隊の馬持ち5名による合計50騎の騎兵。それに領兵隊の残り50名ほどによる全力出撃となった。
残念なのは、領兵を徴兵した者達の移送に付き添わせた事。とにかく、数を稼ぐために軽犯罪者やごろつきまでも徴兵した結果、集結地まで逃亡させずに確実に移送するには、監視役として多くの領兵の同行が必要だった。
テチス王国のこの地域における兵の集結地は隣領にあり、領都から徴兵した者たちの付き添いは戻って来たものの、南の村々のように遠方から徴兵した者たちの付き添いをした領兵は、まだ誰も帰還していなかった。その数は領兵隊の半数の50名。まさか、それがこんなところで裏目に出ようとは。
足の速い魔狼との平原での戦闘であり、歩兵は足手まといになりかねない。
主力は、あくまで騎兵となる。領兵の半数を騎兵に同伴させ、残りの半数は退路の確保に回す。大楯と長槍を持たせて門を守らせる。
もっと人数がいれば、門の外に簡易的な柵を作らせる事も出来たのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
騎士団長自身も含め、この戦闘に参加する全員が魔狼との戦いは初めてだ。
魔狼のパワーとスピードだけは要注意である。
街壁上の警備隊が合図を寄こした。近くに魔狼はいない。門の警備責任者である警備隊の隊長が頷くと、両開きの門の片方を外に向けて少しだけ開く。
盾と槍を持った領兵が次々に外へ出ると、門の外で半円陣を組む。大盾を並べ、その間に長槍を突き出して槍衾を形成する。
こうして出来た領兵の半円陣の中を騎兵がゆっくりと通り過ぎると横に散開する。
取り回しの良い短槍を持った領兵がそれに続き、騎兵の間を埋めて行く。
領都周辺を自由気ままに歩き回る魔狼。まるでそれは支配者の如き振る舞いだ。この戦いで、誰が本当の支配者なのかを思い知らせてやらなければならない。
前方に20頭ほどの魔狼が集結しつつある。騎士団はゆっくりと前進を開始した。
その後方では東門が閉じられ、閂を掛ける音が響いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェンリルは、領都東門にほど近い森の中にいた。
最初に制圧した魔の森の側にある二本足の巣は、居心地が悪く長居はしなかった。
その後制圧した2つの村に、それぞれ3分の1ずつの配下が残り、自らは残りを率いて、石で出来た高い壁で周囲を囲った、大きな巣の近くの森までやって来た。
彼自身は、ここから離れた場所でこの森に入った後、夜間に移動して大きな巣の近くにまで移動して来たので、二本足に目撃される事は無かった。この森は魔物のいない森で、元からいた獣たちは魔狼を怖れて逃げ去っていた。
後続の連中も同様に移動させ、合流させるつもりだ。群れの中でも賢い配下を、先導役として送っておいたから大丈夫だろう。
この森を抜けた先にある高い石壁の攻略は、さほど苦労する事も無いだろう。
ただ、この大きな巣の持つ、“牙” や “爪” がどんなものかは非常に興味がある。
今後の事も考えると、ここで敵を知り、可能なら牙や爪を抜いておきたい。
獲物を見ると突撃するしか能の無い、統制の効かない連中を、彼の監視の下に連れて来ており、こいつらを囮として使うのに打ってつけの戦いになるだろう。
その後は、彼のお気に入りの賢い配下を使って、最初に攻略した巣の門前で起きた様な乱戦を、再度試してみるのも面白い。
ところが、大きな巣の奴らは、閉じこもったまま誰も出て来やしない。
仕方無いので、突撃大好き魔狼20頭を森からほど近い門の周辺で自由にさせ、好き勝手に遠吠えしながら相手を挑発させた。そこに配下を常時10頭ほど交替でつけ、相手側の動きを監視させる事にしたのである。
動きがあったのは、3日後。門が開いて四つ足に乗った奴ら、二本足で歩く奴らが大量に出て来たと配下が知らせて来た。森の外からは見えない場所に陣取り、注視していると、例によって彼の合図も無いまま魔狼20頭が突撃を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「凄い!」
街壁の上で騎士団と魔狼の戦闘を見ていた警備隊員カールは思わず叫んだ。
騎兵の全力突撃よりも一段上のスピードと驚くほどの跳躍力を見せる魔狼。しかしながら、その魔狼の突撃を躱しながら、槍を突き立て屠って行く騎士の冷静な技。
「騎士同士が互いに全力で駆けて来て、すれ違う時の速度に比べれば遅いのだ!
それに矢や投槍はもっと速いからな。」
すぐ近くで、自慢気にそう話す騎士服姿の老人は、前の騎士団長である。ここは、騎士団の戦いを見るには、まさに絶好の場所。
魔狼達は、真っ直ぐに駆け寄って来ると、騎士の手前で跳躍し馬上の騎士目がけて突っ込んでくる。騎士や従者は冷静に魔狼の突撃進路を避けて待ち、魔狼の進路上に槍を突き出すと馬上で身体を伏せて、巧みに魔狼の攻撃を躱してみせる。
流石に魔狼に突き立った槍を持ったまま、魔狼の体重と突撃の衝撃を支える事は無理なので、槍は手放してはいるものの、身体の前面に槍の突き刺さった魔狼は、ろくな着地も出来ぬまま草原を無様に転がり、同伴している領兵が止めを刺す。
見る間に、突撃してきた魔狼の大半が討ち取られ、門前の領兵隊や街壁上の警備隊から大歓声が挙がる。
そして、遂に残りの魔狼達が右手の森に向かって逃げ出し始めた。
それを見た20騎あまりの騎兵が追撃を始める。それは、副騎士団長が率いる部隊であった。深追いするなと叫ぶ騎士団長の声も虚しく、追撃部隊は周囲の領兵部隊を置き去りにしたまま、森に向かって疾走する。
追われていた魔狼、数頭が森の中に飛び込んだ次の瞬間、優に50頭を超える魔狼がいきなり森の中から姿を現した。騎士団20騎は慌てて停止する。結果として騎兵の最大の持ち味である機動性を喪失してしまった。そして、周辺には援護する領兵は一人もいない。
新手の魔狼達は、全くの別種かと思うほど異なる存在だった。
突撃しようとはせず、2,3頭が組となってゆっくりと接近してきた。そして、死角からの跳躍! しかも、狙いは馬上の人間ではなく、何と馬であった。
騎士団は、チンピラを叩き伏せ、逃げ惑う様子を見て気が大きくなり追撃したのは良いものの、突如現れた新手は練達の正規軍だったという流れだろうか。
数頭の馬が引き倒される。他の馬もパニック状態となり、魔狼の現れた森とは反対方向、街壁方向に全力で逃げ出す。かくして、追撃部隊は、あっという間に攻守が入れ替わる事態となった。
魔狼の集団の追撃を受ける副団長の部隊。後方の騎兵から次々に魔狼に襲われ、脱落して行く。もはや、追撃開始時の半数以下となり死に物狂いで戻って来る。
当初の位置を維持していた騎士団長の部隊が、向かって来る魔狼を阻止しようとするが、20頭ほどの魔狼が逃げる副騎士団長の部隊に巧みに溶け込み、一緒にすり抜けてしまった。そして、それ以外の魔狼はと見れば、さらに数を増してゆっくりと接近してくる。もはや、通り抜けた魔狼を気にする余裕は無かった。
門前に陣取る味方の近くまで戻って来た副騎士団長は、何とか馬を必死に止めたものの、待ってましたとばかりに併走して来た魔狼が襲い掛かる。堪らず門前の領兵隊に援護を求め、大盾と長槍の部隊が前掛かりになった瞬間だった。
門を守る領兵隊の側面から魔狼が飛び込んで来た。
必死に逃げて来る副騎士団長の部隊に皆の注意が集まる中、迂回して街壁沿いに接近していた数頭の魔狼が、領兵の横合いから街門目指して突入したのだった。
最初の単調な突撃が囮なら、森に潜んでいて追撃して来た騎士達を追いかけて、中途半端な攻撃で門前に混乱を造り出した連中も囮だった。本命は街門の占拠。
退路を断たれたという衝撃が門前の領兵隊を動揺させる。
その一瞬の隙を突く様に、さらに10頭ほどの魔狼が門前に飛び込み、背後から領兵に襲い掛かった。長槍装備の領兵には、直ちに槍を捨てて腰の剣を抜くしか生き延びる術は無かったが、それが出来た兵士は少なかった。
背後から襲われた密集隊形は思いの外、脆かった。
目を転じれば、騎士団長の部隊も魔狼に完全に包囲され、死角からの馬への攻撃で次々に倒されて行く。もはや “人馬一体” の騎兵など一騎もいなかった。
「門を開けろ! 討って出るのだ!」
前騎士団長が叫ぶが、もはや手遅れだった。門の外側は完全に魔狼の支配下だ。
そして、討って出ようにも、そんな部隊はいない。
「無理です。今、開けたら領都は全滅です!」
警備隊小隊長の返答に、俯き震えていた前騎士団長は、突如奇声を挙げそのまま街門の上から外へと身を投げた。街門上の警備隊員は皆、顔を引きつらせる。
そして、門のすぐ外での戦闘も終幕を迎えつつあった。魔狼の完勝だった。
フェンリルは引き上げの遠吠えを放つ。目的は達せられなかったが、それは配下の過ちではない。単に相手が弱すぎて、門前での混乱が一方的過ぎただけだ。
まあ良い。休養が終わったなら本命の攻略法を試してみよう。
そう考えながら、配下を従え森の奥へと引き上げて行く彼の姿は、まさにこの地の支配者そのものであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フンメルは、ボーア騎士団の面々に訴えていた。
魔の森に日常的に出入りしている開拓村のハンターが見たと言う、二段重ねの魔狼による三角形。ゴードンは、二段重ねが出来るのなら、そこからもっと段数を重ねる事だって思いつくはずだと言った。魔狼の頑健な体躯ならば、七段や八段くらい造作も無いだろうと言い切っていた。
現代の日本人が見れば、それは “魔狼ピラミッド” とでも呼ぶべきものである。そして、その様なものを街壁に沿って作られたなら、堅固な街壁も全く無意味だ。大量の魔狼が、易々とベズコフ領都の内部へ侵入して来るだろう。
誰もが、まさかと思う。
しかし、騎士団や領兵を追い込みながら、門へと殺到した魔狼なのだ。
門が開く機会を狙っていたとしか思えない。その存在が既に確認されている二段重ねの魔狼の奇策が、それ以上発展しないと誰が言い切れるだろうか?
全員が、否定出来ず苦しげに首を横に振っている。フェンリルは賢いのだ。
ただでさえ、魔狼の身体能力は人を圧倒する。その上さらに、知力までが人に匹敵するとしたら、勝ち目があるのかと暗澹たる気分を味わっていたのだ。
しかし、騎士団長の決断は早かった。
「偵察隊をもう一隊、今の話を説明した上で、伝令も兼ねて現地に送るんだ。
領都の街壁のどこに、その “魔狼の三角形” を作られても観察出来るよう、配置を工夫せよと指示しておけ。それから、魔狼の発生源となったベズコフ領の魔の森についても、偵察隊を出せ。うちの領の魔導師にも参加してもらえ。俺は、領主様に掛け合って、周辺の領軍や王国騎士団への応援要請を急ぐよう、お願いする。」
直ぐに、団長室内の男達が動き始める。
フンメルは、魔の森の調査の際に開拓村の様子がわかったなら、是非教えてほしいと団長に頼み、滞在先を教えてボーア騎士団を辞したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
10日ほど経った後、宿に騎士団からの使いがやって来て、魔の森方面の探索結果を教えてくれた。遠距離からの観察結果だったが、三の村は村自体が焼け落ちていた。そして、開拓村は外周の柵には異常は無かったものの、壕を渡るための渡し板は下りたままであり、観察期間中、人の出入りは一切無かったという。
おそらく、人が生活している事は無いだろうというのが、偵察隊の見解だった。
礼を述べたフンメルは、既に運行を再開していた定期馬車でイェルマーク王国への移動を開始する。テチス王国から隣国へと入り、そこの王都で目指すものを見つけた。ヤークト商会の支店である。この大陸の国々の王都には、ヤークト商会は、支店を開設していた。
そこを訪ね、開拓村の調査に関して何らかの援助か、最低でも助言がもらえないか相談するつもりだった。
王都への入門の際に、ヤークト商店の支店の場所を聞いて、早速訪ねる。
店内で懐から出した商会のメダルを差し出す。例のガードナーから来た大熊の毛皮の顛末を書いた封書に同封されていたヤークト商会のメダル。
応対した商会の者は、フンメルを応接室に案内し、お待ちくださいと言うと奥へと去って行った。直ぐに、応接室に中年の男を連れて戻って来る。
ここの支店長を名乗る中年の男は、このメダルが確かにあなた様の物だと確認をさせていただきますと前置きすると、1つの質問を口にした。
「ミラー商会の前の番頭の名前を仰ってください。」
思いっきり脱力したフンメルは、苦笑しながら自分の名前を名乗った。
相手はにっこりと微笑むと頷き、驚く事をフンメルに告げる。
「このメダルを出したフンメルさんには、ヤークト商会として身内同然、最大限の便宜を図るようにと指示が出ております。金の工面も全額は無理ですが、金貨数百枚程度なら、この場でお渡し出来ますが、如何いたしますか?」
相手が言っている事がフンメルには理解出来ない。怪訝な顔をするフンメルに、
支店長が説明する。
「ああ、あなたの商会内の口座には、今現在、金貨1500枚が入っております。」
一体、この人は何を言っているのか? 金貨1500枚なんて大金を自分が持っているはずがないではないか! しかし、そこで覚えのある数字が、頭の中を過った。
金貨1500枚、1割5分の手数料。そう! 大熊の毛皮のミラー商会取り分。
イェルマーク王家の買値は金貨一万枚だった。その1割5分は・・・
まさかと思う。そんな事が出来るのは、ミラー商会とヤークト商会の両商会長が結託した場合だけに限られるはず。それ以外は絶対に不可能だ。しかし、そんな交渉がいつ行われた! 確かにミラー商会の会長から預かった封書をガードナーに託して、ヤークト商会長へと送った。
しかし、そんなものは大きな取引を行う相手への、当然の挨拶と礼状だと思っていた。
だが、中身は単なる挨拶では無かったという事だ。フンメルのヤークト商会入りを予測して、餞として大熊の取り分を贈ってくれていたのだ。なるほど、大熊の金が商業ギルド経由でミラー商会に送金されて来なかったわけだ。
思えば、成人になると同時に、ミラー商会へと入り、亡くなった商会長に商売の基本を叩き込まれた。フンメルの今日があるのは、まさに商会長のお陰だ。
フンメルにとっては、本当に父親同然の人物であり、尊敬し慕っていた。
そして、商会長が自分に示してくれた、この予想すらしていなかった特大の好意。まさに実の息子同然の扱いではないか。
俯き、ボロボロと涙を流すフンメルを、支店の者達は不思議そうに見つめるのであった。




