51. 北上する悪魔
今や、彼すなわち、フェンリルが率いる魔狼は、優に300頭を超えていた。
せいぜい5~10頭が普通の魔狼の群れの数であり、この数は異常という他ない。
そして、朝夕めっきり寒くなってきた現在、魔の森の外縁部一帯にある魔狼の棲家にも、森の深奥から間断なく激しい咆吼と魔力波が飛んで来る様になった。
あの翼を持つ大蜥蜴の忠告がいよいよ現実味を増してきたようだ。
ただ、魔の森を出て行くには、あの二本足の巣のすぐ側を通る必要がある。
あの巣から遠い場所を通ろうとすれば、どうしても他の魔物の縄張りを通る事になり、それはそれで未知の危険がある。あの大男と、攻め方の分からぬ巣は、本当に厄介で悩ましい。放置したまま出て行って、戻る時の障害にならぬかと心配だ。
ところが、あの大男は出て行った。今は遠くにいる。何たる幸運。
まあ、夕刻、二本足の巣にあと一歩で入り込めなかったのは本当に残念だった。
しかし、あの川を渡る板が持ち上げられて行く様子を、間近で見られたのは大きな収穫だった。先端に “蔓” のようなものが付いており、巣の中からその蔓を引っ張っている様だ。ならば、その蔓を断ち切ってやれば良い。
深夜、群れのほぼ全数を率いて、二本足の巣へと近づいて行く。
少し手前で皆を待機させ、自分だけ渡し板の近くまで歩み寄る。少し横へ移動すると渡し板の先端に見える蔓に向かって火球を吐いた。
すると、それまでじっと様子を窺っていた門の見張台の奴が、甲高い大きな音を立て始めた。川沿いに歩き、反対側の蔓にも火球を吐く。どちらも “ユラユラ” が蔓から立ち上り始める。
そのまま待つ事しばし、渡し板が倒れて来て川を渡る道と門が同時に開いた。
攻撃開始の遠吠えとともに、配下達が怒濤の突撃を開始した。
あの大男のいない二本足の巣は呆気なかった。配下の被害もほとんど無かった。唯一不満なのは、魔力切れを起こしてへたり込んでいる奴がけっこういる事。
久しぶりの二本足との闘いに興奮しすぎたせいらしい。日頃から自重して魔力切れを起こさぬ様、起こした奴は散々叱っているのだが、一部の連中には効果が無い。本当に頭が痛い。まあ、いつもの事ではある。朝には復活しているだろう。
翌日は全体を休養させるつもりだったが、この巣は魔の森に近すぎるせいか、魔の森同様に強烈な魔力波が時々感じられ、居心地は決して良くない。
そこへ、偵察に出していた配下が二本足の接近を知らせてきた。魔狼達を二本足の目に付かない場所へ移動させ、この巣の近くまで来たところで一斉に襲撃。
今後の事も考え、魔力を纏う(魔物による身体強化の発動感覚)のは無しという縛りの下で襲わせてみたのだが、その状態でも問題無く瞬殺してのけた。
しかし、そこで気づいた。今度の奴らと数日前に来た奴らは全員、自分達の二本の足で歩いて来た。例の四つ足の使役獣は1頭もいなかった。
おそらく、以前見た隣の二本足の巣から来た奴らだろう。偵察に出した配下が誰も帰って来ない事態が二度も続けば、自分なら怪しむ。早めに手を打つべきだ。
一挙に次の巣も制圧するとしよう。どの道、ここは居心地が良くないのだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三の村の村長は、立て続けの厄介ごとにうんざりしていた。
3日前、例の徴兵の件で、領主の息子と領兵隊が村へとやって来た。
その少し前に、領主の使いを名乗る男が先触れで来ており、1人金貨1枚で15名まで徴兵を免除してやると言うのだ。30名も苦労して選んだあれは何だったのか。
それでも、これは無視出来ぬ話。
早速、村の有力者を集め、金の工面と免除する人選を急ぎ済ませる。
途中一瞬だけ、馬鹿息子ギルの顔が脳裏を過る。遊ぶ金欲しさに仲間と貢納品の小麦を誤魔化した阿呆とその悪友4人。しかも、犯行は二度目だったという。
領都の役人の温情で救われたものの、それを理解する事も無く、懲罰としてやらせていた汚物処理は嫌がる。挙げ句の果てには、仲間と一緒に放り込んでおいた村外れの一軒家から深夜に抜け出し、一人住まいの後家を襲う体たらく。本当にあの三男は阿呆だ。当然、今回の徴兵には真っ先にメンバー入りとなった5人である。
それが直前になって半数を徴兵免除出来る事になったのだが、我が息子ながら、やはりギルを免除するわけにはいかない。本当に我が家の疫病神である。
実は、金で徴兵を免除するというこの話は、領主の馬鹿息子の “遊ぶ金欲しさ” を目的としたとんでもないものだったわけだが、三の村の村長も流石に気づく事は無かったのである。
そして、村長にはまたしても厄介ごとの臭いである。
三の村での徴兵手続きが無事終わった後、領主の息子の取り巻きが、30人ほど人を出せと言ってきたのだ。一瞬騙されたかと疑ったが、開拓村からの徴兵をすんなり終わらせるための員数合わせであり、終われば直ぐに帰すし、武装して同行させるから大丈夫だと言われ、従う事にした。
まあ、はっきり言って開拓村がどうなろうと知った事ではない。
予定どおり、夕方には皆、帰って来た。と思ったら、30人全員ではなかった。
開拓村の男達がごっそりいなくなった様なので、5人ほど慰めに行ったとリーダー役だった男がニヤつきながら話す。ああ、そうかと脱力して返事をした。
その “慰問団” は翌日になっても戻らなかった。そして、その次の日も。
流石に何かあったかと心配する声も挙がったのだが、たまたま村にやって来た開拓村の連中がいたので、そいつらに伝言を頼んだらしい。そろそろ帰って来いと。
ちなみに、それを伝えた門番に開拓村の男達の訪問理由を訊いたが、わけのわからない事をほざいていたので、その場で追い返したと笑いながら話していた。
そして、その翌日の今日。開拓村に行った “慰問団” の家族が、おかしいと騒ぎ出し、朝から10人ほどが武器を持って開拓村へと向かった。そして、夕方になっても戻らず、村全体が騒がしくなっていった。何か起きているのではないかと。
もう一度、開拓村の連中に対応した門番を呼び出し、連中が何を言っていたのか問い質すと、不貞腐れた態度で、魔の森に異変が見られると言っていたと話す。
何だそれは? 具体的にはどんな異変だ? 何故、村長に取り継がなかった?
そんなこんなで騒いでいるうちに日が沈み、辺りが暗くなった頃だった。
突如、村のすぐ近くから狼の遠吠えが聞こえてきたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
既に配置は完了していた。あとは、彼の合図だけだ。
全体のほんの一部の魔狼を彼の手元に残し、それ以外を二分して、川沿いの上流側と下流側の2カ所にある門の近くに待機させた。彼自身はその中間にある門の側にいる。二本足に見つからぬ様にして待てと全員に命じてある。
この巣の一部は大河に接しているが、それ以外の外周に小川は無い。
弱っちい柵らしきものがあるだけだ。魔狼ならどの地点でも簡単に突破できる様な貧相な柵。あの大男の巣とは大違いだ。
合図の遠吠えを1つ。彼は前進すると門に体当たりして、あっさり吹き飛ばす。後続の配下が巣の中に突入し派手に暴れ始めた。たちまち、巣の中は大騒ぎだ。
他の2つの門の近くで待機していた連中は、門から脱出する二本足を逃がさぬよう包囲する体制である。
今回の襲撃では、魔力の纏いは使うなと厳命してある。魔の森の中だろうと外だろうと、常に危険を想定し、いざという時に備えて魔力は温存すべきなのだ。
そして、今宵の狩りは彼の思惑どおりだった。ほとんどの二本足達が2つの門に殺到し、逃げ出したところを、待ち伏せ部隊に刈り取られた。
流石に今回は、魔力切れを起こす配下はいないだろうと思っていたが、実際そのとおりになった。今回も魔狼側の完勝であり、1人も逃さなかった。
しかし、それでも1つだけ予想外の出来事があった。
混乱の中で、ユラユラが出現してしまったのだ。いくつもの二本足の住処にそれは広がって行き、大きなユラユラとなって周辺一帯を明るく照らし出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異変は二の村でも、すぐに察知された。
日が落ちて暗くなった直後に、南東の空が夕焼けの如く赤く染まっているのだ。
多くの者が、即座に状況を正しく理解した。三の村で大規模な火災発生と。
全くの他所者が造った開拓村とは違い、二の村を造ったのは、元は一の村にいた住民だったし、三の村を造ったのは、元は二の村と一の村の住民だったのだ。
要するに、開拓村以外の南の村々は縁戚関係があり、一定の交流もあった。
直ちに救援の準備が整えられ、夜間の移動という事もあって50名ほどの大人数が武器を携え、三の村を目指して出発した。
深夜の移動となったが、道に迷う恐れは無かった。
大河沿いの道、しかも目指す三の村は、火事によって赤々と光を放っている。
ひたすら三の村へと急いでいた彼らは、目的地へと到着する直前、予想外の事態に出遭う。真夜中のそこにいたのは、狩りを終えて眠りこけた魔狼の集団だった。
完全な遭遇戦であったが、勝敗は直ぐに明らかとなった。
個々の強さ、数の多さ、どちらも魔狼の方が圧倒していた。
それでも、馬で来ていたため、辛うじて二の村へ逃げ帰る事の出来た者がいた。前方で燃えさかる三の村。その炎を背景に、平原の上に次々と立ち上がる魔狼の異様な数に仰天し、即座に馬首を返すと死に物狂いで二の村へと戻った。
深夜に叩き起こされた二の村の村長は、報告を聞いて直ぐ、数日前にやって来たゴードンの話を思い出したが、一体どう対処すれば良いのかと頭を抱える。
取り敢えず、一の村と領都に伝令を送り、非常事態を告げさせた。すなわち、
三の村で大規模な火災が起きている事。救援のために送った二の村の者達が三の村の近くで魔狼の大集団と遭遇した事。おそらく、三の村はその魔狼集団によって壊滅していると推定される事。領都の騎士団に救援を求める事。
しかし、二の村全体としてどう対処するかは、村の有力者を集めた未明の会合でも決める事が出来なかった。村に立て籠もる案と、避難する案が拮抗して収拾がつかなかったのである。
夜が明けると、村内に魔狼の大集団の噂が広まった結果、不安で押しかけた村人達への対応で村長は忙殺され、貴重な時間は刻一刻と失われていった。
そうしている間にも、魔狼の大集団によって一の村方面への避難路を遮断され、完全包囲されつつある事に、誰一人思い至らなかったのである。
こうして二の村もまた、三の村と同じ運命を辿る事になった。
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一の村の村長は、二の村からの伝令による報告を聞いてゴードンの話を思い出したところまでは同じだったが、即座に村民へ避難準備を命じた点は異なっていた。緊急報告が深夜に飛び込んで来た二の村とは違い、早朝とは言え、村長始め村人のほとんどが起床していた点は、地味に大きかったのである。
また、避難先として領都が近くにあるという地理的利点もあり、村民は比較的落ち着いていた。二の村方面へ出した偵察隊が直ぐに戻って来た事も幸いした。
偵察隊は、二の村の遙か手前で前方の平原を横切る魔狼の大集団を目撃した。
その大集団の動きは、二の村から一の村方面への移動を遮断し、二の村を包囲する意図だと思われた。その数は100頭以上。統率の取れた魔狼集団の行動は、二の村が完全に包囲されつつあり、救う術は無いと判断するのに十分だった。
もはや一刻の猶予も無い。村に引き返した偵察隊は村長に状況を報告し、村長は避難開始を命じた。結果的に、一の村の多くの者が無事領都に逃げ込む事が出来たのである。
ただし、逃げ遅れて魔狼の餌食になった者も少数ながらいた。
彼らはいずれも村では裕福な部類の者達であり、貴重品はおろか家財道具まで荷車に載せて逃げようとしたばかりに出発が遅れ、移動も捗らず、結局平原で魔狼の先行部隊に捕捉されたのである。
一方、領都に齎された報告を受け、領都の騎士団も偵察隊を南の村に向けて急派した。騎士団長が、開拓村は何をやっておる! と散々に悪態を吐いた後の派遣だったらしいが。
騎士団の偵察隊は、途中で一の村からの避難民の集団と出会い、状況を聞いた。最後方の集団には村長もおり、二の村方面の偵察隊の報告内容も聞く事が出来た。
さらに前進したところで、魔狼の集団に襲われている一行を遠くに目撃する。
それは、家財道具を運ぼうとしていた一の村の裕福な者達であった。
魔狼の集団は20頭ほどだったが、偵察隊の手に負えるとは思えず、その場で領都へと引き返したのだった。
偵察隊の報告を受け、領都の東西南北の街門は日中も原則閉じられる事になり、開門は各門の警備隊責任者が許可した場合のみと定められた。
こうして、ベズコフ領都は堅固な街壁に立て籠もる “亀” と化したのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、その頃フンメルは、ベズコフ領の隣領であるボーア領の領都にいた。
警備隊のケインが出頭した街である。イェルマークへの移動のため、定期馬車を乗り継いでの移動途中であり、昨年の今頃も大熊の毛皮の売り込みで、ここを経由していた。しかし今回は、ここで足止めされていたのである。
ゴードンとの会食でようやく街を出る決意をしたフンメルであった。
長年住んだ街、長年勤めた商会。わかってはいても、やはり未練が無かったわけでは無いようで、商会の者達の甘えもあり、引き継ぎはダラダラと続いていた。
初夏の頃から昏睡状態が続いていた商会長も、亡くなる数日前に短い時間ながら意識が戻り、少しばかり話が出来たのは幸いだった。その際、商会長から、今後はもっと自分のために生きて行け、もっと欲張れと言われた事を思い出した。
フンメルは新たな世界に踏み出す決意を固め、出発の具体的な段取りを始めたのである。
ゴードンと会った翌日、商業ギルドに行って別れの挨拶をし、自分の口座の残金を全て下ろした。その際、ミラー商会に大きな入金は無かったかと聞く。
商会を辞めた者に、本来は教える事は出来ないはずなのだが、そこは長年のつき合いもあり入金の有無くらいならと教えてくれた。大きな入金は無いという。
礼を言ってギルドを後にしたが、フンメルは釈然としない。
今春に大熊の毛皮がイェルマーク王家に売却されてから半年以上経つ。ここベズコフ領の商業ギルドにあるミラー商会の口座に、その取り分がとっくに送金されているはずなのだ。そして、ギルドから商会へと入金の連絡が来るはずなのに、彼が知る限り、未だ来ていなかった。先ほど確認したところでは、ギルドへの入金自体が無いのだから、当然ではある。
尤も、その連絡が若旦那、いや、現商会長の耳に入れば大騒ぎになるのは必至だったので、ある意味良かったのかとは思う。何せ、ここのところは毎日、商会長の顔を見る度にヒヤリとしていたものである。
しかし、天下のヤークト商会に限って、踏み倒しや事務の滞りは有り得ない。
首を捻りながらも、これ以上考えても仕方無いし、既にミラー商会を辞めた身なのだからと、入金の謎を頭から振り払って終わりとした。
3日後の定期馬車を予約した。隣領の街へ行くベズコフ領都唯一の路線だ。
戦争の影響なのか、最近は人の移動も多いらしく明日、明後日の便は満席だった。
そして遂に、ベズコフ領都を離れた。もう戻って来る事も無いだろうと思うと、少し感傷的な気分にもなるというものだ。東へと向かう馬車の左手、北方の遙か先に連なる山々の頂上から中程の高さまで、既に白く染まっていた。あの山脈の向こう側に目指すイェルマーク王国があるわけだ。ドラゴンならひとっ飛びかと、取り留めの無い事を考えたりもした。現実にはまず、ベズコフ領を東に出る事になる。
着いた先の隣領、すなわちボーア領の街では2泊し、そこで昔世話になった商売相手と宴席を囲んだ。そこからさらに定期馬車でボーア領の領都に到着して、もう1泊。翌朝、予約しておいた次の定期馬車に乗ろうとしたところで、全面運休となっている事を知った。
ベズコフ領に魔狼の集団が現れたため、近隣領でも急遽街道の安全を確認する事になり、定期馬車は運休となったそうだ。再開の見込みは不明。
そのまま宿で待機となったしだい。
魔狼の出現を知り、ゴードンには感謝しかない。あと何日か出発が遅れていれば、領都に閉じ込められていたに違い無い。ゴードンやレオの無事を祈るばかりである。
しかし、その数日後、衝撃的な知らせが飛び込んできた。
ベズコフ領の騎士団が、魔狼の集団によって壊滅したという噂だった。
ただ、その情報の真偽も含め、詳しい事は何一つわからない。フンメルはベズコフ領都や開拓村の事が心配で悶々とするしかなかった。
しかし、そこでふと妙案を思いついたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フンメルはボーア領の騎士団事務所を訪れると、入口でベズコフ領の魔狼の件で知らせたい事があると話す。
中堅クラスと思われる騎士が奥からやって来たので、ベズコフ領の魔の森に隣接する開拓村の住民から聞いた、魔の森の異変に関する話を伝えたいと告げた。
ついてくる様に言われ、通されたのは騎士団長の部屋だった。そこには5人ほどの男達がいた。会議の最中だったらしい。
挨拶の後、フンメルは長年の知り合いである、ゴードンというベズコフ領の魔の森に隣接する開拓村の住民について説明し、今回の魔狼の発生源と思われる魔の森に関して、彼からつい先日聞いたばかりの話を披露する。
魔狼の襲撃が初夏以降パッタリと無くなった事や、時折見かけた白い大きな魔狼の事についても話す。白い魔狼の話で、その場の全員の顔色が変わった。
フェンリルか? という問いかけには、ゴードンも確証は無かった様だと説明する。近くで見たわけではないし、白い色は目立つから他の魔狼よりも大きく見えただけかもしれないと。ただ、明らかにこちらに気づいていながら、襲う気配を一切見せなかった事が奇妙ではあったと。そして、しばしば森の外縁部で木の枝に陣取り、開拓村をじっと観察している様子だった事も話した。
そこまで聞いて騎士団長は大きく頷く。そして断言した後、疑問を呈した。
「そいつは、フェンリルだな。人間を見ても襲い掛からないだけの自制が効いて、配下の魔狼も統制出来ている。おまけに好奇心も旺盛だ。普通の魔狼では有り得ない極めて高い知能だ。まず間違い無い。
しかし、この話を事前に聞いていれば、ベズコフ家の騎士団もあんな無茶をして全滅の憂き目を見る事は無かったはずだ。どうして、この話を伝えなかった?」
「ゴードンさんは、騎士団長に直談判して魔の森の異変について話したそうです。でも、戦争の動員手配で忙しいと邪険にされ、最後は、魔物ぐらい開拓村でどうにかせよと怒鳴られて終わったそうです。」
部屋にいる全員が天井を仰いでいる。必死に汚い言葉を呑み込んでいる様だ。
団長の隣にいる騎士が溜息交じりに毒を吐いた。
「まあ、戦場でそんな奴らが隣に配置されなくて良かったと思う様にしよう。」
フンメルも彼らの気持ちは実に良く分かった。
「ところで、ベズコフの騎士団はどうして全滅したのでしょうか?」
フンメルは彼が知りたかった最新情報を聞き出す事が出来た。
この情報は、ボーア騎士団の先行偵察隊がベズコフ領都を遠方から監視中に、その一部始終を目撃し、騎士団全滅という衝撃的な事実を早急に報告するため、早馬を使って知らせて来たのだという。
報告は、絶え間なく領都周辺に轟く魔狼の遠吠えの事から始まる。恐らく、魔狼集団の領都への到着直後から始まっていたのだろうと偵察隊は推測していた。
常時、20~30頭の魔狼が、東門前の草原を徘徊しながら遠吠えを轟かせていた。
監視を続けていると、遂にベズコフ領都の正門である東門が開いて、50騎余りの騎兵と徒歩の領兵隊100名ほどが出て来た。騎兵に関しては、これがベズコフ騎士団のほぼ全数で間違い無いと団長は言う。
当初は騎士団に対し、魔狼は単調な突撃を繰り返し、10頭以上が討ち取られた。
すると残りの魔狼は近くの森に逃げ始めたという。勢いに乗った騎兵がそれを追撃したのだが、森の入口で急停止した。どうやら、森の中で待ち伏せがあった様だ。そして・・・
フンメルは話を聞きながら、心底恐ろしくなった。
遠吠えで領都内に立て籠もっていた騎士団を圧迫しておびき出す。恐らく、街壁の内側では騎士団への非難が高まり、外へ討って出るしかない状態に追い込んだ。
最初の単調な突撃を繰り返す魔狼というのが、囮だったのは間違い無いだろう。そして、逃げ出すふりをして、そのまま待ち伏せ部隊のいる森へと誘導した。
しかし、森での待ち伏せさえも、さらなる囮で、狙いは他にあったと言うのだ。
とても魔物のやり口では無い! 断じて違う! これは悪魔のやり口だ!
領の南の森から、狡猾な悪魔が北上して来たのだ。全てを喰らい尽くしながら。
衝撃を受けて押し黙るフンメルに、団長が声を掛ける。
「我々も今回の魔狼の集団について、その数の多さには注目していた。何らかの異常種の関与を疑ってはいたのだが、これまで白い魔狼の目撃情報は無かったのだ。
しかし、君の話を聞いて確信を持てた。我々はフェンリル有りきで、今後の計画を立てる事にする。君には本当に感謝する。
いきなり現地で想定外の遭遇をするよりも、たぶんいると知った上で出遭う方が遙かにましだからな。ただ、魔導師も集める必要があるから、ベズコフ領都の者達にはもう少し我慢してもらうしかない。まあ、不自由だが安全な場所ではあるな。」
そこでフンメルは違和感を覚えた。ベズコフ領都は本当に安全な場所なのか?
あの居酒屋でゴードンは、何と言った? 魔狼に関してはベズコフ領で一番安全な場所は開拓村だと言って胸を張っていた。むしろ、領都の方が危ないかもしれないと言って、とんでもない仮説を披露した。その時は冗談だと思っていた。
しかし、ベズコフ騎士団を全滅させた魔狼のやり口を知った今、あの仮説を笑い飛ばす事が出来るだろうか?
フンメルは大きく目を見開くと、驚くべき話を語り始めた。




