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5. 魔力を持て余す

 『おかしい! 直ぐに寝落ち出来ない!?』


 少し前から感じてはいたのだが、寝落ちするまでの魔力循環の周回数が以前よりも明らかに増えていた。

 頭から始めて全身を巡り、また頭まで戻って来るのを1周とすると、最初の頃は1,2周もすればダルさを覚え始め、直ぐに寝落ちしていたのが、今や5周は余裕で周回出来ている。地味に面倒くさいのだ。そう! 世の魔導師修行の子供たちが抱えているのと同じ悩みを、レオも感じていたのだ。


 理由はわからないが、取り敢えず昼間の武術鍛錬の時の身体強化回数を少し増やしてみた。子供は成長するし、稽古にも慣れたからだろうと、あまり深く考えずに。すると元どおり、夜の魔力循環2周ほどで、無事眠りに就ける様になった。


 ところがである!

 その後も寝落ちするまでの周回数は、“順調に” 少しずつ伸びてゆき、10日ほど経った頃には寝落ちするまでに、3周を越える様になってしまったのだ。理由は、やっぱりわからない。

 けれど、魔力循環はとっても鬱陶しい。流石にレオも面倒くさいと心底感じ始めたので、昼の鍛錬における身体強化の方で再度調整してみる事にした。


 魔力の体内循環は魔力を直接消費しているわけでは無いため、緩慢な消費であるのに対し、身体強化は魔力を直接消費するので、魔力を使い果たす手段としては、遙かに効果がある。レオも、体感的にその点には気づいていた。


 今度は大胆にも、武術鍛錬の際にダルさの “兆候” を感じるまで、ギリギリ身体強化を使う事にしたのである。魔力切れの兆候を感じたら、直ちに身体強化を止めて “普通” の鍛錬に切り替える。そして、身体強化を止めた時点から就寝時までの間に回復した分も含め、残りの魔力を全て就寝時の魔力循環で削り切れば良いと考えたわけだ。


 早速実行してみたこの方法で、再び1,2周で寝落ち出来る様になり、レオとしては思惑どおりで万々歳! 以後、これがレオの “日課” となったのである。


 こうして武術鍛錬での身体強化の行使で倦怠感の兆候を感じたら、そこを限界点とし、以後は身体強化無しの普通の鍛錬を行う様にしたレオだったのだが、今度はその限界点がゆっくりとではあるものの、着実に後ろへと伸びて行ったのである。



 そうして3年の月日が流れ、レオ9歳の秋。

覚えたての頃、ほんの数えるほどの回数だった身体強化による素振りが、今では武術鍛錬の始めから終わりまで、通して使える様になっていた。


 世の魔導師や魔力持ちの騎士や武術家がこの状況を知ったならば、これは、


「保有する魔力量が増えたから!」


と即答した事だろう。ただし、魔力持ちの騎士たちは、レオが身体強化を維持出来る時間を知ったならば、絶句したはずだ。


 魔力持ちの騎士たちは、幼い頃に魔導師修行から脱落した者たちも多く、魔導師ほどの魔力量があるわけではない。彼らの身体強化可能な時間は本当に短いのだ。

まさに、身体強化を覚えたての頃のレオと同じで、一日当たりほんの数えるほどの回数。そして、魔素の希薄な土地では、レオの様な魔力増大は望むべくも無い。

 その限られた貴重な魔力を開放するのは、まさに、ここ一番の勝負の瞬間だけ。

メリハリの効いた身体強化の技こそが、魔力持ち剣士の腕の見せ所なのだ。


 一方、魔の森にいる魔物たちは、それよりもずっと多い魔力を持っており、狩りの初めから終わりまで身体強化を維持する事が出来た。ただし、それはずっと魔力を消費する使い方であり、時間としては、せいぜい10分から20分程度なのだ。


 そして、レオである。

彼は中型の魔物程度の豊かな魔力量を持ちながら、村の武術鍛錬を通じて魔力持ちの騎士たちに通じるメリハリの効いた洗練された身体強化技法を身に着けていた。その結果、2時間を越える武術鍛錬の間、必要な瞬間には常に身体強化を行使出来るまでになっていたのである。


 肉体的にはまだまだ成長途上であり、地力では大人たちには及ばなかったもののレオの実力が村で断トツのトップになるのは、もはや時間の問題であった。


 もちろん、例によってレオはそんな事は知らない。身体強化を維持出来る時間が延びた事も日々の真面目な “武術” 鍛錬の積み重ねによる、至極当然の成果だと信じ込んで疑問にすら感じていなかった。


 しかし、レオはここで遂に “限界” を迎えた。


 増えた魔力を持て余したのだ。それは、既に一年ほど前から明確に感じていた。悪天候や農繁期により昼間の鍛錬が無い日には、どうにも魔力を使い果たせない。


 魔力の体内循環は、身体強化による魔力の直接消費には遠く及ばない。

武術鍛錬が無い日には、身体を存分に動かす事が出来ないのだ。単調な繰り返しが基本の農作業では、とても精神集中など維持出来ないし、狭い屋内での運動だけでは魔力を使い果たすのも無理だった。

 そんな中途半端に魔力を残した状態では、就寝時の魔力循環をどれだけやっても魔力枯渇による寝落ちには至らない。レオはもう耐えられなかった。


 まあ、実際のところそこまで追い詰められていたわけでは無い。ただ習慣というのは恐ろしいもので、寝る前の歯磨き無しでは安眠出来ない様なものであった。


 秋の収穫作業のため日中の武術鍛錬の無い日が続き、すんなり寝落ち出来ない悶々とした日々を過ごしていたそんなある日、レオはふと思いついた。

魔力を体内で循環させても使い果たす事が出来ないのなら、いっそ体外へと・・・


 『放り出す!』


のはどうかと。面倒な物なら外へ捨ててしまえと。実に安直な考えであった。


 この頃までにはレオも、自分が操る不思議な “力” が、恐らくは魔力なのだろうと考えていた。身体強化の力は、時として大人にさえ打ち勝てそうな威力があり、そんな事が可能なのは魔力しかないと流石に気づいていたのである。


 レオは安らかな眠りのために、この魔力の体外放出を試してみようと思った。

失神しても問題の無い就寝時に試す事にする。自分なりに魔力の源があると、何となく感じていた胸の中央に意識を集中し、グルグルと魔力を捏ね回しながら外へと放り出すイメージを持つ。まあ、中々難しい。でも、魔力の消耗は出来なくとも、そのうち自然に寝落ちするだろうと軽く考えていた。


 それは、突然だった!


体外へ押し出すつもりで圧を高める様にイメージした魔力が何と、四散したのだ。


 次の瞬間、同じ部屋で寝ていた孤児二人が、突如 “ビクリ” と身体を震わせた。ガバッ!とベッドから起き上がると、何事とばかりに周囲をしきりに見回し、必死に聞き耳を立てたりしている。直ぐに、目を覚ましたのが自分だけでは無いと気がつくと、お互いに何だろう? 何だろう? と騒ぎ出したのだ。

 この思わぬ展開にはレオもビックリ。毛布を被ったまま狸寝入りで知らんぷりだ。


 翌朝の開拓村では、前夜に子供たちが突如目を覚ました奇怪な現象が大きな話題となった。情報が集まるにつれ、村の10歳以下の多くの子供達が、どうやら、ほぼ同じ時刻に一斉に起きたり、泣き出したりしたらしい。森で何か異変でも起きたのではと心配する声も挙がったのだが、結局原因はわからずじまいだった。


 この時、突如騒ぎ出した子供たちを、一人一人丹念に調べていたならば、全員がこの村で生まれ育った子供だという共通点が明らかになった事だろう。

 そして、その全員が魔力持ちという事実が明らかになっていたなら、この事件は国を越え、大陸全土を揺るがす大騒動に発展していたに違いない。何せ、


「魔力持ちは魔力持ちの母親から産まれる」


という、この世界の常識に、真っ向から逆らう大事件だったのだから。


 しかし、辺境の開拓村に魔力に詳しい者などいるはずも無かった。

仮にいたとしても、魔力持ちを判定する魔道具は大変な希少品であり、レオの村が属する貴族領の領都にすら無かったのである。


 結局、その後の開拓村では同じ事件が起きる事も無く、この事件は忘れ去られて行ったのである。


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