49. 様々な人間模様
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「いやだなあ、父上。まだ、この私を信用出来ないのですか?」
薄ら笑いを浮かべながら、そう答える自分の息子に不安を覚えてしまうのが、何とも情けない。田舎の弱小貴族領主など苦労ばかりだと、心の中で溜息を吐く当代のベズコフ子爵である。
「南の村へ行って、100人ほど兵士として徴発してくれば良いのでしょう? 」
王都の貴族学院を放校同然で “自主退学” して領地へ戻って以来、いくら注意しても日々の行いを改めず、夜遊び三昧だった嫡男のモーリが珍しく領主家の仕事を手伝うと言い出した時は、喜びよりも先に不審感を抱いたのが正直なところ。
無駄遣いが多いとして、しばらく金が使えない様に手配したら、文官棟の徴税部門へ顔を出し、金を要求したと聞いた時には頭を抱えたものだった。
本人は、この領地の税収について知りたいと思ったのだと強弁し、小麦の貢納量について各村のここ数年の実績を調べたりしたと言い訳していたが。
まあ、領兵隊も同行するわけだし、今回は任せてみるかと思った。
こうして少しずつ経験を積ませて行けば、気がついた時には真っ当な人間になっているかもしれないではないか。そんな風にでも思わなければ、やってられない。
それに、秋の収穫は終わり、貢納シーズンが始まっている。その際に徴発の事は説明し、各村で人選を進める様にと申し渡してあるはずだ。
ベズコフ子爵は息子の希望を聞き入れ、子細は騎士団及び、その配下の領兵隊担当者とよく協議する様に言い渡すと、息子を下がらせたのだった。
ベズコフ領とは、ちょうど国の反対側で国境を接している隣国サルト。
2年前に勃発したサルトとのいざこざは、今では戦争と呼べる規模に達していた。最初は国境となっている川の水利権をめぐる、国境を接する地方領主同士の長年の諍いがきっかけだった。しばらく騒いだ後、適当なタイミングで手打ちとなるはずだったのだ。
ところが、騎士学院を卒業して領地に戻って来たばかりの領主の息子が張り切ってしまい、若様自ら現地へ出馬。威嚇のために放たれたヘロヘロの矢が、たまたま馬を掠め、驚いた馬が竿立ちになって若様を振り落とす。打ち所の悪かった若様は・・・怒り狂った父親の領主が越境して相手の村を・・・相手もまた・・・
かくして諍いは拡大し、あっという間に地方領主の紛争の域を越えてしまった。流石に、我がテチス王国の首脳陣もこのままではまずいと考え、一挙に片を付けるべく大規模な兵力の投入による威嚇を以て、講和交渉で有利な決着をと考えた。
要するに、思いっきり拳を振り上げて見せたのである。最後には、大国イェルマークが仲裁に入ってくれるという打算の下に。
ところが、相手もまったく同じ事を考えていた。そして仲裁は入らなかった。
事態は最悪。誰もが頭を抱えている。
流行病で多くの貴族を失ったイェルマーク王国。その官僚機構を支えていた多くの貴族家出身者も同様に被害は大きかった。官僚機構の再建に際して、他国同士の紛争に介入する様なメリットの見えにくい部門は、どうしても人材補充が後回しになるのは仕方の無い事だった。
テチス王国とサルト王国、どちらも似た様な、ぱっとしない中堅国だ。
国力もほぼ同じなら軍事力も同等。決定的な勝利を収める宛ても無く、ダラダラと膠着状態が続いている。動員すると公言されていた互いの国軍も、依然それぞれの王都で中途半端な待機状態だ。紛争現場では決戦にも踏み切れず、睨み合いと小競り合いを繰り返すばかり。当然、周辺領主は疲弊する一方だ。
そして遂に、紛争地帯から遠く離れた地方領にまで動員命令が下った。ベズコフ家もそれに含まれたわけだ。まったく迷惑な話である。
派遣する兵士の数や具体的な徴発方法については、騎士団に任せてある。
総人口が1万人程度のベズコフ領全体では、総数500名の徴兵となるはずだ。
息子モーリが向かう南の4つの村からは合計で100名。
紛争地からは遠い領地なので、馬による移動が可能な騎士団の出動要請が来たのだが、うちの騎士団長が難色を示し、徴発した兵士を送る事になった。
まあ、うちの場合、騎士団とは言っても大した規模ではないし、外へ出せる練度でもないというのが大きい。
ただ、1万人の半分が男だとして500名の徴兵は、10人に1人という事になり、これは多い様な気もするのだが、初めての経験で子爵にも良く分からなかった。
まあ、騎士団員の話では、色々と問題のある連中を体の良い厄介払いとして派遣部隊に送り込んでいるらしい。
ちなみに子爵自身も既に2名ほど、この部隊に放り込んでいた。
一人は、娘に大恥を掻かせた例の事件を一向に解決出来なかった無能な警備隊員。もう一人は、その件で邸に閉じこもっていた娘に言い寄った不埒な若い文官。
どちらも直属の上司が撤回を求めて泣きついて来たが、一喝して下がらせた。
本当に今年はろくな事が無かった。王都を始め、国内の多くの都市で娘の件が、何故か事細かく新聞に載り、おかげで今年の王都への出仕は取りやめにした。
まあ、来年になれば皆、忘れている事だろう。
そうなる様に祈るしか無いとベズコフ子爵は諦めに近い境地で思うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その “無能” 警備隊員ケインは今、ベズコフ領の隣領であるボーア伯爵領の領都にいた。そこにある騎士団の派遣部隊統括事務所に出頭しているところだ。
騎士団とその傘下の領兵隊が他国の軍や大規模な魔物の集団と戦う軍隊であり、警備隊は犯罪捜査を行う警察というのが、この大陸における位置付けである。
ケインは警備隊員として対人戦の訓練を受けており、その経験もあった事から、徴兵された素人とは異なる扱いとなっていた。
戦場派遣の辞令に伴い、まずはボーア領都のここへ向かえと指示されたのだ。
彼にとって幸いだったのは、妻がこの隣領の出身だった事。途中まで一緒に移動して、生まれたばかりの娘ともども、妻を彼女の実家へと預ける事が出来た。
あんな愚かな領主一派が蔓延るベズコフ領都に、大切な自分の家族を残しておく選択肢など彼には無かった。
この時は腹立ち紛れの些か感情的な選択であったのだが、後に彼は、この選択を心から喜び、神に感謝する事になるのである。
出頭した先で、最初は胡散臭そうな目で彼を見ていた面接相手の騎士団幹部は、質疑応答が進むに連れ、態度が軟化して行った。一旦中断して、ボーア領の警備隊幹部を呼び出して同席させると、質問を挟みながら彼の話に耳を傾けてくれた。
彼が “無能” の烙印を押された例の事件も、驚くほど良く知っていた。この街の新聞でも詳しく報道されたのだという。
彼がどの様に捜査を進めたのか、その結果がどうなったのかを説明すると、幹部二人は互いに頷き合って、警備隊幹部の方が笑顔で語りかけてきた。
「君が不正に手を染めて追い出されたわけではないと理解した。さらに、君は十分に有能だよ。帳簿を調べて関係先を特定した件は、脳キンが多いうちの連中にも、大いに見習わせたいところだな。」
騎士団幹部も頷くと、同じく笑顔で彼に告げる。
「疑ったりして悪かった。君には憲兵隊に入ってもらう。軍隊内の捜査・拘束権を持つ警備隊だな。これで君が最前線に立つ可能性は、ぐっと低くなるはずだ。」
その夜、ケインは昼間の出来事を手紙にしたため、実家の妻に送った。別れ際に涙を浮かべていた妻も、少しは安心してくれる事を祈りながら。
一方、どん底で一筋の光明を見出したケインとは違い、ベズコフ領主によって懲罰的に軍に放り込まれたもう一人の方は、ケインほどの幸運には恵まれなかった。
入隊して僅か数日間の基礎訓練の後、集結地に向けて今日も原野をひたすら歩かされていた。行軍も訓練の重要な一環であり、重量物を背負い、息も絶え絶えだ。文官でデスクワーク主体だった彼に、僅かな期間で体力が付くはずもなかった。
こうなった事について、彼は何も後悔してはいなかった。領主の娘に言い寄った事など一度も無いのだから、後悔しようにも出来るはずが無い。
実際のところは真逆だったのだが、そう訴えても、娘を嘘つき呼ばわりするのかと怒鳴られて万事休す。苦虫を噛みつぶした顔で俯くばかりだった。
こんな領主家に勤めた事自体が、そもそもの間違いだったとは思うのだが、そう考えて諦めがつくほど彼も人生を達観してはおらず、未だ若かったのである。
秋になり、日差しも柔らかくはなっていたものの、それでも汗は滴り落ちる。
前を歩く兵士の背嚢を見つめながら額の汗を拭い、黙々と歩くリゲルだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村にやって来たガードナー傭兵隊は、レオに様々な刺激を与えてくれた。
到着したその日こそ、大熊の毛皮の件で忙しかったし、パメラの身の振り方でそれどころではなかったのだが、翌日は傭兵隊も休養日という事で自由行動。
朝一で呼び出され、昨夜渡された弓を早速使って見せる事になった。
そして、“休養日” なのに何故か、模擬戦に引っ張り出された。大熊殺しの勇者殿と是非、お手合わせ願いたいなどとおだてられながら。
しかし、村では見た事も無い様々なテクニックを実体験出来た事は、本当に勉強になった。ただ、レオの本気の身体強化には、傭兵達も心底驚いていた。
そして、鋼鉄の弓の威力はとんでもなかった。
村の中で練習用の的に何本か放ってみたが、貫通するか、完全に破壊するかで、見物人全員の度肝を抜いた。
驚きながらも、何故か傭兵隊の一人が大喜び。他は悔しがるという奇妙な光景が見られた。後に、レオが鋼鉄の弓を引ききれるかを賭けていたと教えられた。
その後、どれくらい飛ばす事が出来るのか試そうという話になり、村の柵の内側から魔の森を狙う事になった。実際に柵から森を眺めると、何と都合の良い事か、例の白狼が外周部の木の上に見えるではないか。
巨体だし色も目立つので、的にするには打ってつけである。どうせならと鋼鉄の矢で射る事にした。側で傭兵隊の連中が、あれは本当に魔狼かと囁き合っていた。
距離的には、たぶん300歩くらい。
矢を番え、思いっきり引いて狙いを定め、放った。まあ、いきなりで当たるはずも無いし、実際かなり外れた。それでも白狼は驚いた様で、直ぐ森の中へと消えた。
鋼鉄の矢は、森の木に突き立っている様だ。凄い! まるでバリスタじゃないかと傭兵隊の連中が騒いでいた。
そう言えば、あの白狼を見かける様になった頃から、樹上にいる魔狼を時々目にする機会が増えた様な気がする。それ以前は一度も見た事が無かったのに。
村の年寄りから以前聞いた話では、魔狼が木に上る事が出来ないのは、ここの森の木の樹皮が異様に硬いせいだという。木に爪を立てる事が出来ないのだそうだ。
それでも樹上にいるのは、どこか枝の低いところで飛び乗り、あとは枝から枝に飛び移っているのだろうと考えていたら、ある日、実に興味深い光景を目にした。
何と、2頭の魔狼が肩を寄せ合って同じ向きに並び、その上にもう1頭が同じ向きで乗っかる。こうして出来た魔狼の “三角形” を足場にして別の魔狼が跳躍し、単独では無理な高い枝に直接上っていたのだ。これには驚き、少し不安になった。
ゴードンに相談したが、流れが速く深さもある開拓村外周の川の中で、同じ真似は出来ないだろうと言われた。レオもなるほどと納得したのだった。
それでも、魔物の中にも随分と賢い奴がいるもんだと感心したのである。
傭兵隊がフンメルやパメラと共に去った後、レオはゴードンに呼ばれて一緒に村長の家に行った。最近、このパターンが多いなと思う。
村長からメダルを渡された。銀色で片面に凝ったデザインの彫刻がある見事なものだった。ヤークト商会の紋章だそうだ。
そして、裏面には数字が刻印されていた。メダルの端には穴が開いており、そこに革紐が通されていて首から下げられる様になっている。
これをヤークト商会の店で提示して、合い言葉に答えられれば金が下ろせると教えられた。ちなみに合い言葉は、「熊殺しは?」「レオ!」なのだそうだ。
自分がこんなものを持っていて良いのかと聞いたら、村外に出る機会のある者が持つべきで、村内に保管していても仕方が無いのだと言われた。実際、同じメダルがもう一枚あり、そっちはゴードンが持っていた。
まあ、お前が稼いだような金だしなと言われたが、村外に出るという話の流れから察するに、ようやくレオにも再び領都へ行く機会がやって来た気がした。彼としては、メダルよりもそっちの方が嬉しかったりする。新たな経験が出来そうだ。
新たな経験と言えば最近、レオはまたしても不思議な体験をした。
何と、魔石を体内に持っていない魔物に遭遇したのだ。村の連中に聞いてみても、誰もが初めて聞いたと不思議がっていた。本当に奇妙な話である。
魔の森に仕掛けた罠に鳥の魔物が掛かっていたのだが、それがとんでもなく獰猛な奴で止めを刺すのは難儀しそうだった。脚はしっかり罠に嵌まっているのだが、羽ばたきながら鋭い嘴を振り回して来るものだから、不用意に近づけば手痛い反撃を食らうのは目に見えていた。
レオは、その数日前に通算4回目の全能感を朝の目覚めで経験しており、己の魔力がもう一段進化した様な気がしていた。
そこで、練りに練った魔力波を鳥の胸の辺りに向けて放ってみたのだ。
鳥はその場で崩れ落ちた。死んではいない様だったが、ピクリとも動かない。
止めを刺して村に持ち帰り、捌いてみたが、体内に魔石が見当たらないのだ。
綺麗に解体を完了したが、魔石は結局出て来なかった。過去に何度も解体した事のある属性数2の魔石を持つ魔物の鳥なのに。レオも仲間も首を捻るばかりだ。
遙か後年になって、レオはこの謎を解き明かし理解する事になる。
この時、第五階梯だった彼があたかも槍か矢の如く、絞りに絞って放った魔力波の威力は、高位の異常種が全方位に向けて放つ魔力波を上回る “圧” だったのだ。
白い巨狼すら硬直させた時よりも、さらに一段上の圧倒的な魔力波。
それは、ドラゴンに匹敵していたかもしれない。そんな異常な魔力波の奔流を浴びせられた魔物の、それも高々属性数2の魔石は、その内蔵する魔力を一瞬にして吹き飛ばされた。そして、魔力を喪失した魔石は塵と化してしまったのだ。
魔石を体内に持つ魔物の意志など無関係に、暴力的なまでに強烈な魔力波が引き起こした驚異的な結果であった。
魔石を失った憐れな鳥は、言わば永遠の魔力枯渇状態となっていたわけである。
この様に、相変わらず人外とも言える魔力を持っていながら、魔法には縁の無いレオだったが、魔力波の放射を通じて魔力制御の修行を重ねていたわけである。
群れで近づいて来る魔物に対して “帯状” に魔力波を放ってみたりもして、益々魔狼の集団を相手にした闘いに磨きを掛けていたのである。
ところが最近、その魔狼がちっとも襲って来ないのだ。レオは森の中で何が起きているのかと考えてはみたものの、何一つ思いつかぬ今日この頃だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔の森で何かが起きている。ゴードンはそう確信していた。
いや、何より深刻なのは、既に開拓村の誰もがそう感じている事なのだ。
今から思えば夏の始め頃から、魔狼の襲撃がパッタリと止んでいた。
村のハンターであるレオの話では、森の中には魔狼の気配は十分にあると言う。
普通なら、人を見れば必ず突進して来るのが魔狼なのである。ところが・・・
そして、普段なら滅多に見る事の無い、森の少し奥の魔物が外周部でも時折見られる様になっていた。今のところ実害は出ていないが、警戒すべき状況だ。
どうも、去年倒した大熊の様な “はぐれ者” というわけではなさそうなのだ。
食肉確保のための狩りも思わしくなく、魔狼も含め原魔石の獲得も寂しい状態。これまでの備蓄があるので今年の貢納までは問題無いが、今後が心配になる。
そして、心配と言えば森から時折聞こえて来る、あの異様な唸り声だ。
しかも、そうした唸り声の直前、村の若い連中が一瞬硬直する時があるのだ。
思い出すのは、かつて大蜘蛛が森から姿を現す直前、レオや同じ年頃の子供達が硬直し、森の方を凝視していた時の事。それが、今やレオより若い連中のほとんどで見られるのだ。異常と言うしかない。
ほとんどという事は、逆に例外は僅かな者達であり、彼らには共通点があった。皆、他所から来た連中。親に連れられてここへやって来た子供や若者達なのだ。
要するに、森の奥から轟く唸り声の直前に、ビクリと体を硬直させる若い連中は全員がこの村で生まれ育った者達なのである。
ふと、とんでもない考えが浮かんだ。この村の若い連中は、皆魔力持ちでは?
いやいや、いくら何でもそんな事は。まあ、レオの件では予想も外したし。
それよりも今は、異変を領都へ報告しなければならない。ついでに他の村にも。ただ、どの様に報告するかが難しい。村民一同の勘ですとは言えない。
悩んでいるうちに収穫シーズンとなり、例年とは別次元の厳戒態勢の下で行った収穫作業は、予想以上に時間が掛かった。当然、貢納へ出向くのも遅くなる。
ここまで来たら、貢納の際に森の異変を訴え出るしかないだろうと腹を括った。領都のお偉いさんをどう説得するかは、リゲルに相談しようとゴードンは思う。
不在期間を出来るだけ短くするために、買出し品目は最低限だ。まあ、パメラもいなくなったわけだし、衣類調達も今回に限っては無理だろうと思っていた。領都へ行く貢納隊の人数もいつもの半分の4名だ。
今回は、レオを連れて行くつもりだったが、それも無しにした。
少し心配性な気もしたが、最強戦力は村に残しておきたいと思ったからだ。
村の警戒態勢を再度確認し、門の渡し板は原則、閉じておくように指示した。
その代わり、外にいる者への救済策を強化した。
それでも、隠しようも無い不安を覚えながらゴードンは村を立ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『一体、こいつらは何を考えているんだ!』
トムは心の中で、そう毒づいた。彼は、ベズコフ領兵隊で小隊を率いている。
南方の村々から、合計100名を徴兵する様に命令され、準備を進めていたのだが、出発直前になって領主嫡男のモーリが取り巻き数人とともに割り込んできた。
上官からは、若君の指示に従うようにと命じられる。まあ、仕方が無い。
最初に着いた一の村では、15名を徴兵し村を後にした。
おかしい! 人口比から見れば、一の村から二の村、三の村までがそれぞれ30名ずつ。人口の少ない開拓村は10名の徴兵のはずなのだ。徴税部門の数字を基にして割り出した徴兵人数である。
それ以前に、最初に一の村に寄った時点でおかしいのだ。
このベズコフ領の南の村々で徴兵した者たちは、隣領であるボーア領の集結地に連れて行くわけだが、その行程はベズコフ領都のすぐ近くを通る。
だから、無駄足が無いよう、一番遠くの開拓村から順次徴兵を行う予定を立てていたのだ。それなのに、真っ先に一の村から徴兵を始めた。
次の二の村でも、やはり15名の徴兵だった。そして、気がついた。
村への先触れとして出ていた若君の取り巻きの1人が、ニヤニヤしながら若君に巾着袋を渡していたのだ。その光景を見ながら、村長が若君にペコペコと頭を下げていた。その夜、酒盛りをしていた若君と取り巻きの天幕からは、1人金貨1枚、美味しい任務ですな! という笑い声が漏れ聞こえてきたのだ。
農民にとって金貨1枚は大金だ。それでも兵役を免れる事が出来るなら安いものだろう。借金をしてでも金を工面するはずだ。しかし、それでは・・・
堪らず翌朝抗議した。こんなやり方では命令された100名が揃わないと。
ムッとした顔の若君を横に、まあまあ、モーリ様、小難しい計算は我々に任せて、若君はどっしりと構えていればよろしいのですと、取り巻きが適当な事を言う。
なるほど、先に金を確保したいがために、一の村から順に徴兵を始めたわけだ。
なおも抗議したが、要するに100名揃えれば問題あるまいと高圧的に返されて、もはやそれ以上の抗議は無駄だと思った。トムは黙って従うしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
貴族家の領都が魔物によって蹂躙されるという、この大陸の歴史上、前代未聞の惨事にして醜聞の舞台となったベズコフ領都。
当初こそ、想定外の異常種の出現や、魔の森の監視役とも言える開拓村の裏切り行為を理由にして、その責を免れていたベズコフ家だったが、その後の看過出来ぬ新たな告発により再調査が行われる事となった。
そこで尋問を受けた数少ない生き残りの当事者トムは、モーリとその取り巻きによる南の村々での常軌を逸した徴兵について証言し、その告発内容を裏付けた。
そして、その報告書の末尾の一文は、それを読んだ者すべてを震撼させた。
審問官による、『この開拓村への仕打ちは、あまりにも酷すぎるのではないか?
モーリは開拓村に何か恨みでもあったのか?』という誰もが感じていた素朴な疑問に基づいた問い掛けに、トムはこう答えていた。
「若は何も考えてはいませんでした。彼は単に算術が苦手だっただけなのです。」




