45. パメラ!チャンスを掴む
パメラは早速、このために持参してきた小さな鍋でお湯を沸かした。
沸騰したお湯の中に繭を放り込み、木の棒で浮いてる繭を熱湯の中に押し込む。
ミカがTVドキュメンタリーで見たとおり、熱湯で繭の中の蛾を殺すのだ。
こうしないと、成虫となった蛾が繭を食い破って出て来るので、切れ切れになった糸しか取れないと言うか、そもそも糸として使える代物にはならない。
それにしてもとパメラ&ミカは思う。
青い繭があるというのはアイシャから聞いていた。しかし、白繭は当然として赤繭まであるとは本当に驚きだ。赤繭も青繭も色は薄めだが、しっかりした色合いだ。やはり、異世界はミカのいた世界とはかなり違うと改めて思い知らされた。
ちなみに、森の中にはまだ相当数の繭があるらしい。取り敢えず、各色1個ずつ採取して引き上げて来たという。テッドも繭の事は知っていたらしいが、利用価値も無いため視界に入らない状態だったらしい。人間そんなもんだろう。宝の山に気づかなかった事を、この先残念がるのかもしれない。
熱湯に漬けてしばらくした後、綿布を敷いた小皿に繭を移し、水分を取りながら冷えるのを待つ。乾燥させた方が良いのかもしれないが、チャレンジしてみる。
針で繭の頭頂部をほじくり、引っ張ってみると、繭が解れてスルスルと糸が取り出せた。これが普通なのか、異世界の魔物系の蛾だからなのかは不明。
とにかく糸は取れそうなので、馬車から糸巻き器を降ろすと、そこからは糸巻き器を使ってひたすら糸を巻き取る。
腕が疲れたので小休止。横で見ていたキャロが代わってくれると言うので、お願いした。手が空いたので、他の2個の繭、赤と青も端を解して糸巻き器にセットし一緒に巻き取り始める。
ところが、中々終わりが見えない。最初に巻き取りを始めた白繭で、何とか3分の1ほど巻き取った辺りで蛾の死骸を外に出し、続行する。しばらく交互に頑張ったが、もう駄目だと二人ともギブアップ。
そこから先は、男性陣にも参加をお願いし、とにかくひたすら巻き取った。
白繭の巻き取りがようやく終わったところで、パメラは最後の関門に挑む。
2つの桶に水を入れ、糸巻き器から白いシルクを外すと馬車の中へと乗り込んだ。ここからは、一人だけの秘密の作業である。
実はシルクのあの光沢は、繭やそこから解した段階の糸には、未だ無いのだ。
もう “一手間” 必要なのである。TVドキュメンタリーに登場した専門家は、
「アルカリ性の溶液に漬けます。」
と説明した。もちろん、視聴していたミカには何の事だか、さっぱりだ。
しかし、番組でリポーター役を務めていた若い女性も同じだったらしく、一瞬首を傾げた。すると、その専門家はにっこり笑って、そんな難しいものではないのだと言うと、こう付け加えた。
「例えば、石鹸水なんかでも良いんです。」
ミカは日常生活でいつも使っている馴染みの品に、そんな効能があるのかと意外な印象を受け、この “一手間” をしっかりと記憶していたのである。
そして、この世界にも石鹸は存在する!
まあ、石鹸水の濃さとか漬けている時間とか色々あるけれど、とにかく桶の一つに石鹸を溶かし込んで、そこに白色シルク糸の束を放り込んだ。時々取り出して、水だけの桶に入れて表面の泡を取り除き、糸の光沢を確認する。
何度目かで艶が出た様な気がした。
さらに、石鹸水に漬け込むと、ついにあのシルク特有の艶やかな光沢が出現したのである。思わず、ヤッター!と雄叫びを上げるパメラであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
既に日は傾いていた。
馬車の外では、交替で糸巻き器を回す者がいる一方、他は野営準備を始めていた。馬車から降りたパメラは皆を呼び集めると、まずキャロとカーラの女性陣二人の前に、水気を切ったシルク糸の束を差し出す。
二人とも、その光沢のある糸に絶句している。まるで、高位貴族令嬢の手入れの行き届いた銀髪みたいだとキャロが言う。横でカーラも頷いている。
ふと見れば、その側でガードナーが大きく目を見開いて立ちつくしていた。
またしても旦那は賭けに勝ったみたいだなと呟くと、キャロから渡されたシルクをそっと両手の上に載せ、じっくりと観察していた。
夕日が西の空を染めつつある中で食事を作り、暗がりの中で焚き火を囲みながらの夕食となった。途中からは、自然に今後の方針を決める会議となる。
そこでパメラは大胆にも、こう言い放った。
「やがて、この糸で織った布で作られたドレスを着ていなければ、貴族ではないと言われる時代が来ます。」
誰もが息を呑んだが、まだ半信半疑の様だ。そのままパメラは続ける。
「まずは、最低でもドレス一着分の布が作れるだけの糸を確保したいです。それも各色分ですね。目安となる様に明日、私が布を織ってみますので、その結果を参考に必要な数の繭を集めるよう、お願いします。」
それには、誰も異存は無い様だ。しかし、次のパメラの言葉でテッドと護衛達の表情が明らかに変わった。彼らは、全員このサザーランド領の出身者だった。
「良いですか? このシルクという糸で作ったドレスは多くの女性を虜にします。金を惜しまずに欲しがる物になります。はっきり言って、オーダーメイドの高級服の生地はすべてシルクになってもおかしくありません。必要量さえあればですが。
そして、これを供給出来るのは今のところ、この領地だけです。
サザーランド領に、まったく新しい産業が生まれます。それも、独占的な。」
翌朝、前日と同じメンバーが再び森に入る。
パメラは馬車の中で、白いシルクの糸を使って機織りだ。他の居残りメンバーは、パメラの護衛のために周辺に留まり、武器の手入れ等で時間を潰している。
昼時に魔の森組が戻って来た。その頃にはパメラもハンカチ程度のシルクの布を完成させていた。キラキラとした光沢を放つハンカチ。皆、初めて見る美しさだ。
「確かにこの生地でドレスを作れば、夜会の時はさぞかし映えるでしょうね。」
キャロのお墨付きをいただいた。カーラも触りながら、うっとりと見つめている。
「見た目も光沢があって綺麗だけど、肌触りもとっても素敵。滑らかよね。」
二人とも落ちたわねと、パメラ&ミカは心の中でガッツポーズを決める。
ちなみに、魔の森の採取組が麻袋に入れて持ち帰った繭は、各色それぞれ100個以上。どれも異世界サイズの大きさなので、ドレスをそれぞれ3着以上は作れそうな分量である。十分だ。
むしろ問題は糸巻き器の方である。
繭を熱湯殺処分に掛けた後は、さっさと中の蛾の死骸を取り出さないと糸に腐敗臭が染みつくかもしれない。そのためには、殺処分から出来るだけ間を置かずに、蛾を取り出したいのだが、昨日のたった3個の繭ですら、あの苦労だったのだ。
その100倍以上なんて、気が遠くなる。
将来的には、水車や風車を利用した糸の巻き取りを考えるべきだろう。
数百個の繭を前に、現実逃避的にそんな事を考えていたパメラだったが、意外な事にテッドが解決策を提示してくれた。
繭の中央部を輪切りにして蛾を取り出せば良いのではないかと。1つの繭から取れる糸の長さは、昨日皆が経験したとおり、とんでもない長さだ。真ん中から二分されても問題無いのではと言うのだ。
これにはパメラも、目から鱗だった。中身が空の繭を王都に持ち帰り、綿花や麻を糸に加工している工房に持ち込めば良いわけだ。
早速、今日採取してきた繭を熱湯に放り込んでは冷まし、中央に切れ目を入れて中の蛾を取り出す作業を手分けして行った。
採取班が言うには、森の中にはまだ大量の繭があるそうだ。
ただし、安定した大量生産を実現するには、人の手による人工飼育が必須であり、それは多くの雇用を生むだろうと話すと、テッド達が真剣な顔で頷いていた。
他の領地には無い特産品と言えば、危険を伴う魔物討伐で得られる素材ぐらいしか無いため、安全な仕事先は多くの領民にとって長年の夢だったという。
その日は、繭の熱湯殺処分と蛾の死骸の取り出しを終えた後は休養とした。
翌朝、出張所に戻るべく魔の森を朝一番で後にする。往路同様、何事も無く出張所に着いた後は、来た時と同じ宿で1泊。翌朝、王都へ向けて再び移動を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都へは今回も夜に到着した。前回のような時間調整をしたわけではない。
例によって、斥候役が事前に到着と任務成功を商会幹部には伝えてある。
翌朝、会長の執務室に関係者が集まる。商会長と若旦那にパメラとガードナー、そしてハンナにタバサ、さらに今回はサリーも呼ばれていた。
パメラは、シルクのハンカチ3枚を取り出すと皆に披露した。最初の白色以外に復路の馬車の中で揺られながら作った薄い赤色、青色のハンカチも加わっている。
3色それぞれが艶やかな光沢を放つシルクのハンカチ。手触りも滑らかだ。
赤と青の方は石鹸水で処理した後、それぞれ淡いピンク、淡いブルーになった。
皆、息を呑んだ。とりわけタバサとサリーの服飾工房コンビは、シルクの布を両手で掴んで、食い入る様に見つめている。まさに鬼気迫るものがあった。
まあ、予想どおり質問の嵐が舞う。それを会長が止めてくれた。
「その食い付き様は、このシルクという布の価値がとんでもないものだと分かっているからだよな。こいつは確かに凄え。俺にでもわかる。あまりに凄すぎてヤバイんだ。こんなドレスを着た娘が社交界にデビューして、ヤークト商会製だと言ってみろ、王家を筆頭に全ての高位貴族から呼び出しを食らうぞ。
そして、その騒ぎが広がれば、何としてでも同じ物を手に入れようと画策する連中が現れる。買収、脅迫、尾行に拉致まで何でもござれになるだろうな。」
誰もが、真剣な顔をして考え込み、頷いている。
自分が言った厳しい状況認識で静まりかえってしまった一同を見て、場を和ませようとでも思ったのか、会長がフッと笑って語り出す。
「それにしても、今回のシルクとかいうやつは、全くとんでもねえ品だよな。
話を持って来たのがパメラで、実際にこうして現物を目の前に差し出されたから、信じるしかねえと思っているが、そうじゃなけりゃあ、こんなの詐欺話だよな。
そもそも、蛾から糸が取れるなんていうトンデモ知識を誰が信じるよ?
次に、蛾の繭の熱湯処理。繭を傷つけずに中の蛾だけ殺せる、うまい手だよな。
そして、繭を端から解して糸を取る。まあ、教わらなけりゃあ誰も思いつかん。
極めつけが、光沢を出すための ”一手間” だ。
どれも単純な作業だ。だが、頭の中で考えても思いつけるもんじゃねえ。
どんなに頭の切れる人間でも、論理では辿り着けねえ突飛な作業の連続なんだ。
いくら何でも、話が出来すぎだろう。うちの商会にとって、これほど都合の良い商品が他にあるか? 俺は、今でも信じて良いものか迷ってるくらいなんだ。」
そこで、一息吐くと、例の悪人顔でニタリと笑い、言葉を続ける。
「まあ、サザーランド侯爵領で糸にしてから、うちへ運ぶ事になるだろうな。
繭の採取にせよ、人の手による蛾の飼育にしろ、大人数が絡む事になるから情報漏れは防ぎようが無い。
だがな、シルクを横流しされたり、どっかの魔の森で繭を採取されたとしても、艶出しの方法を知らなきゃ意味が無い。
そして艶の出た糸さえあれば、その後の機織りや縫製は、綿や麻と変わらん。
機織りや縫製の連中は、ただ艶のある糸を渡されるだけで、それがどこで、何から取れた糸かもわからんだろう。そして、それでも仕事は問題無く回る。
やはり、糸をうちに運び込んでの艶出し処理。そこが、まさにキモになるな。
信頼の置ける少人数で処理する事になる。まあ、いっそ漬け込む液の正体を誰にも教えない方が良いのかもな。危険な代物でもねえわけだし。
どうだ、まったく完璧じゃねえか! 本当に出来すぎだよなあ。やっぱり。」
「工房としては、とにかくドレスを作ってみて、どんな具合か見てみたいよ。」
タバサが会長の迷いをぶった切ってそう主張する。横でサリーも頷いている。
会長も気を取り直して語り出す。
「クロイツ子爵の双子のお嬢さん達は、来年揃って社交界デビューなんだ。
ところが、ドレスを頼もうと何軒かの服飾工房に声を掛けたが、何とも曖昧な態度だって言うんだな。
面と向かって断るわけじゃないんだが。明らかにご遠慮したいという雰囲気なんだそうだ。それで先日、俺のところに相談があったんだが、タバサ、どうする?」
会長の説明では、現在クロイツ子爵が就いている宰相補佐官は、通常4~5人程が任命される役職なのだが、伯爵位の貴族が務めるのが長年の慣例だったそうだ。
ところが例の流行病の結果、伯爵家に適任が見つからず、子爵位ながら宰相府内で有能だと評判の高かったクロイツ子爵が就任した。
その後、抜擢に応える十分な仕事ぶりを見せたのだが、やはりと言うか、当然多くの貴族のやっかみを買ってしまったらしい。
そしてどうやら、服飾ギルドに高位貴族からの圧力がかかっているらしいのだ。
何ともセコい嫌がらせである。タバサに向かって悪人顔でニタリと笑う会長。
タバサの方もニヤリと笑い返すと言い放つ。
「良いねえ。双子のご令嬢だったよね。同じデザインで違う色のドレス! しかも、ドレスの生地は誰も見た事の無い光沢を放ってるんだ。うん、絵になるねえ。」
「ほお、随分と自信がありそうだな。それなら年明けの舞踏会、狙ってみるか?」
会長の問い掛けに、タバサとサリーは顔を見合わせた後、大きく頷いた。




