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44. パメラ!魔の森を目指す

14日に1話投稿しております。



 ミカは、元の世界では平凡な普通の女の子だった。


 だから彼女が知っている色んな物は本当に凄いんだけど、じゃあ、彼女がそれを作れるのかと言えば、そんな物はほとんど無かったし、それが当たり前だった。

 自動車、電車、飛行機に豪華客船。テレビに電子レンジにミシン。凄いよねえ。まあ、原材料から最終製品に至るまでの一貫した製造法なんて知るはずも無い。

 だって、文明社会の技術なんて、一人でどうにかなる様な甘いものではない。


 そんな彼女でも何とかなりそうだった数少ない物の1つがマヨネーズ。

でも結局、有害なバイ菌の無い生卵がこちらでは入手困難と分かり諦めた。


 服飾の世界を目指した頃から、絹、すなわちシルクの事は常に念頭にあった。

あちらの世界のTVドキュメンタリーで養蚕と絹糸の物語を見て、その製法を覚えていたのが大きかった。ただし、これもマヨネーズ同様、原材料問題で挫折した。


 まず、こちらの世界には「(まゆ)」という言葉が無かったのだ!


 科学技術が未発達という事は、全学問分野がそうであり、昆虫学どころか生物学全般も当然の事ながら未発達だった。よほど人の役に立つか、危険でもない限り、人が生物に対する知識を積み上げて行くなんて事は、普通無いのだ。


 ミカの世界で蚕の繭から糸を取り出す事を思いついた人は、本当に天才だ。

さらに、その糸を絹のまさに絹たる魅力とも言える、あの艶やかな光沢を放つ状態に変える事を思いついた、あるいは発見した人もまた天才なのだ。


 そして、その糸で出来た光沢のある唯一無二の布地は、砂漠を越えて遙か遠くまで運ばれた。そこまでの苦労をものともしない途轍もない高値が付いたからだ。

 その絹を運ぶ道筋は、歴史に名を刻むほど有名になった。


 この革命的な布地を何とか手に入れたいと、パメラなりに調べた。

残念ながら、パメラの生まれ育った場所や、これまで住んでいた場所に蛾の類いはあまりいなかった。友人、知人も蛾について詳しい者など一人もいなかった。


 この価値あるシルクの元となる繭を探そうにも、情報伝達という技術分野も中世社会のレベルのままであり、調べる手段も範囲も極めて狭いものだった。

 どうしても繭は見つからず、マヨネーズ同様挫折していたのである。


 でも、今は心から納得していた。やはり、繭そのものが存在しなかったわけではなく、繭という言葉が無かっただけなのだ。

 「蛾の卵」、「触ったら布地みたい」という言葉の持つ意味が、じわりと頭の中に染み込み、その意味するところが理解出来た瞬間、パメラは衝撃を受けた。


 周囲の娘たちが思わず息を呑む様な “圧” で、繭の話をした少女、アイシャから取り敢えず必要最低限の話を聞き出すと、パメラは食べかけのバゲットを放り出して会長の執務室へと向かった。


 シルクロード!

そう、歴史に名を残すほど渇望された逸品が手に入るかもしれないのだ。

シルクで作ったドレスならば、百人が百人、何としてでも手に入れようとする。

もはや、縫製ギルドなど眼中に無い、“聖剣” の如き絶対的武器となるはずだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 会長の部屋では、会長が若旦那と昼食を摂りながら、何事か話していた。

部屋に入って来たパメラを見て、会長は少し驚いた顔をする。


「会長! お願いがあります。ガードナーさん達に依頼をしたいのです。」


 そこで、言葉を一旦切ったパメラは、頷くと言葉を(ほとばし)らせた。


「この国の誰も見た事の無い、美しい布地が手に入るかもしれないのです。」


「わかった。とりあえずは、ハンナも呼ぼうじゃないか。タバサはどうする?」


 会長のその答えを聞いて、自分が舞い上がっていたとパメラは自覚した。ハンナを呼んでほしいと言い、タバサには、現物が入手出来てから話したいと答えた。

 会長の付き人がハンナを呼びに行ってくれる。まだ、詳しい説明は何もしていないのに、この対応で良いのかと今さらながらに思い、会長に聞いてみれば、


「だってなあ、服を着せる人形も商店街の屋根も、お前さんは驚くほど淡々と話していたよな。まるで、昔から馴染みのある日常の光景みたいな言い方だったぞ。

 でも、今日は違う。お前さんは、これまで見た事も無いほど興奮した表情で飛び込んできた。こいつは一体、何が起きたと俺は期待しちまったぜ。」


 そんな話をしている間に、ハンナもやって来た。

パメラは、3人に対してシルクの話をした。この部屋に来るまでの間に考えて来たカバーストーリーも交えて。


 今は亡き養母が、その昔、蛾の卵を解して糸を取り出し、その糸で織ったハンカチを持っていた事。パメラにもくれたそのハンカチは、綿でも麻でも無い不思議な手触りだった事。そして、そのハンカチを酷く汚してしまい、洗濯したら、見た事も無い光沢のある布地に変化した事。そのハンカチは残念ながら、ベズコフ領都へ置いてきてしまった事などを説明する。


 そして、蛾の卵をこれまで自分でも探しはしたものの、見つからなかったのだが、今日の昼食時にサザーランド侯爵領出身の娘から聞いたのだと話した。

 養母のハンカチとか、それを洗濯したら光沢が出たというのは、もちろん作り話である。


 サザーランド侯爵の所という事は、アイシャだなと会長が言う。何でも、彼女の兄がサザーランド侯爵領にあるヤークト商会の出張所で働いており、その伝手で彼女もここで働く事になったという。


 サザーランド侯爵領はイェルマーク王国の南東部に位置し、貴族領の中で最も広い面積を持っている。 ただし、王国では最大規模の魔の森と広範囲に亘って接しており、人口も産業も侯爵領としては慎ましい規模なのだという。

 元々、領主は辺境伯だったのが、何代か前の領主が魔物退治の功績により侯爵に取り立てられたのだそうだ。

 こうした情報は、王都の貴族学院で学んだ若旦那が教えてくれた。


 その様に過酷で人口も少ない領地なので、サザーランド領に支店を出している大商会は無い。ヤークト商会も支店より規模の小さな出張所を置いている程度で、王都からは日用品や嗜好品を運び、あちらからは小麦と魔物関連品を運んで来る。


 王都からは、陸路だと片道半月あれば行けるそうだ。また、この領地には海路もあり、王都とは大河と海で繋がっている。ただ、海路に定期便は無く、まとまった量の荷物がある時だけ船を使う。陸路の半分程度の日数で行けるそうだ。


 今回は陸路である。侯爵領での繭の調達のため、ガードナー達に依頼を出す事になった。傭兵ギルドと彼らの王都における常宿に使いが出される。


「お前さんも一緒に行くつもりなんだろう? まあ、ガードナーの連中なら問題もねえか。あんまり無理すんじゃねえぞ。あと、現地の出張所に着いたら、アイシャの兄貴に案内役を頼めば良いだろう。俺が書状を書いといてやる。」


 アイシャの生まれ育った村から歩いて半日ほどの場所に、魔の森があるという。毎年秋になるとそこで、魔の森ならではの薬草や茸、それに各種木の実を採取するのが村の恒例行事だという。領主家の騎士団からも護衛部隊がやって来て、村の男達が魔の森の浅い場所で採取を行うという。繭はそこにあったらしい。


 アイシャがまだ幼い頃、魔の森採取に参加した父親が、蛾の繭を土産として持ち帰って来たらしい。部屋に放っておいたら、そこから蛾が出て来て驚いたという。

蛾に切り裂かれた卵(繭)は触ると布地みたいで、あと、その蛾の卵は青色だったと彼女は言った。


 青い繭だと聞いて首を傾げるパメラだったが、魔の森絡みなら、その程度の事はありかと納得した。ドラゴンに会ったせいで、パメラはそれくらいなら驚かない。季節はもうすぐ秋。アイシャの村の恒例行事が行われる頃合いだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ガードナーと妻のキャロは翌朝やって来た。

パメラも打ち合わせに加わった。依頼内容、依頼費用ともすんなり合意出来たのでサザーランド侯爵領への遠征はあっさりと決まった。出発は2日後の朝となった。


 その間に、パメラは布地工場を訪れ、倉庫に眠っていた機織り機を借り出した。ハンカチ程度の幅の布地を作れる小さな織機で、ハンナの注文に必要な布地の幅が作れないため、お蔵入りしていたものである。ついでに倉庫にあった糸巻き機も確保した。変わったところでは、石鹸も少しばかり余計に用意した。


 こうした品々をガードナー傭兵隊の馬車に積み込んだ後、王都を出発。

今回の最初の目的地である、サザーランド領のヤークト商会出張所までの道程で、野営は一度も無く、快適な宿泊まりとなった。女性陣とはすっかり仲良しであり、至って気楽な旅である。


 その旅の途中、退屈したガードナーが、例の大熊絡みで面白い話をしてくれた。一応、内緒だと前置きして彼が語ったその話に、パメラは会長の悪い顔が目に浮かぶ気がしたのだった。



 ガードナーの開拓村訪問は、単なる毛皮運びだけでは無かったのだ。

既に、フンメルを通じて大熊を売った代金をヤークト商会で預かって欲しいとの話が来ていた。そのため、ガードナーが開拓村に保管されていた大熊の毛皮を見て、これなら売れると判断したら、ヤークト商会の紋章を(かたど)ったメダルを開拓村側へ渡す様に会長から指示されていたという。


 そのメダルには番号が彫り込まれており、そのメダルを見せて、さらに番号に紐付けされた合い言葉を言えれば、ヤークト商会の本支店で金が下ろせる様になっているという。ガードナーは大熊の毛皮の実物を見て感嘆し、村長にそのメダルを渡したそうだ。これで大金の長距離輸送が不要となったわけである。


 そこで何故か話は、建国祭前夜の大舞踏会の場に飛んだ。

大熊の毛皮が建国祭出展品の第一等を勝ち取り、金貨1万枚を下賜された時の答礼において、ヤークト商会長はこう応じていた。


「商会としての正当な利益は既に頂いておりますれば、この1万枚は勇者マルコの遺族と彼が愛した村へと全額そのまま贈る所存にございます。」


 このやり取りは、王都で発行された新聞の号外で、大熊が倒された闘いの様子とともに報道されており、ヤークト商会は王都での評判を大いに上げたものだった。パメラもそう感じていたのだが、どうやらこれには裏があった様なのだ。


 フンメルから無傷の大熊の毛皮の話を聞いて、もしそれが真実なら金貨1万枚の可能性は十分高いと踏んでいた会長は、ガードナーに指示して、毛皮の販売代金とは別に、もし金貨1万枚が得られた場合には、これを商会の投資資金として運用を任せてくれないかと開拓村相手に交渉させたという。


 毛皮の販売代金には手を付けず、王家下賜の金貨1万枚だけを運用し、儲けからは配当金を支払うという書面まで用意し、ガードナーに持たせていたそうだ。

 なるほど、ヤークト商会がガードナー傭兵隊を重用するのが良くわかる。

単なる腕っ節だけの傭兵隊には、絶対に遂行不可能な繊細な任務だったのだ。


 毛皮の販売代金の扱いだけでも四苦八苦していた開拓村は、ヤークト商会のこの提案をあっさり呑んでくれたという。死蔵するくらいなら、既に販売代金全額を預ける事にしている相手に、すべて任せてしまおうと腹を括ったらしい。

 結果としてヤークト商会長は、ほぼ自由にいつでも使える資金として金貨1万枚を手元に確保出来たわけだ。大商会であっても、この金額は大きい。


 今から思えば、あの商店街の改装費や出店費の予算面で、パメラは苦労した記憶が無かった。説明を求められる事はあったが、予算を削られたり、計画を変更させられたりした覚えが一度も無いのだ。


 そして、建国祭の終了を待っていたかの様に大改装が宣言され、各種の外部に対する発注が次々に始まったのは、金貨1万枚が確定したからだったのだろう。

 さらに、今回のこの遠征も含め、なるほどと色々合点が行くパメラであった。


 それにしても、世間的には賞金は一切受け取らず、全額を大熊退治の村へと渡した “太っ腹” 商会長として、商会共々名を上げたのに、実際にはちゃっかり全額を自由に使える立場を確保していた会長は狡いというか凄い。


 大熊の無傷の毛皮の話から、賞金を手元で投資資金にする。そこまで先を読んで手を打っていた大商会の会長の深謀遠慮を知って、自分は商人として遠く及ばないとパメラは感動すら覚えていた。


『俺は、困ってる奴を見過ごせない(たち)なんだ。今回はたまたま、金の使い道に困ってる奴がいたんでな、ちょいと助けてやったわけさ。』


 そう言いながらニタリと笑う会長の顔が見える様で、パメラは笑ってしまった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ほぼ予定どおりの日程で、サザーランド侯爵領のヤークト商会出張所に到着。

ここは港町で侯爵領の商業の中心地、この領地で最大の街である。領都はここから山を2つ越えた内陸部にあり、元は対魔物用の要塞だったそうだ。今でも要塞都市として、広大な魔の森の魔物が王国へ侵入するのを防ぐ役割を果たしている。


 早速、出張所の代表であるテッドに挨拶し、会長の書状を渡す。

アイシャの兄テッドは、20代前半。妹からの手紙でパメラの事は知っていた。


 うちの部署に今度来た人は、とにかく凄いんだとアイシャがベタ褒めしていたらしい。また、王都からやって来る商会関係者からも、新商店街の話やネルソンの館の没落の話などを面白おかしく聞いており、好意的な対応をしてくれそうだ。


 (くだん)の魔の森にはテッドも村にいた頃、何度か行った事があるため、真っ直ぐ向かう事が出来るという。出来るだけ秘密裏に行動したいので、有り難い話だ。出張所には、移動の際の護衛役が商会所属でおり、彼らも同行してもらう事になった。


 この港町で1泊して翌朝出発。山を1つ越えた先の2つの山の中間地点で野営となった。ここで野営するのが鉄則だそうで、他にも定期馬車などが見受けられた。


 そこから、さらにもう1つ山を越えて夕刻に麓で野営。その先は平坦らしい。

翌朝、領都を迂回する様なルートで、テッドやアイシャの村が毎年恒例としている魔の山の採取場へと向かった。

 そこからさらに3日後、到着した場所は、件の採取場所から少し離れた平原の中の小高い丘。魔の山側から見ると丘の陰となる場所を拠点にする。丘の頂上に常時見張り役を置くそうで、ここが村の恒例行事の際にも使用する野営場所だという。


 この魔の森は、浅い場所であれば強力な魔物は出ないらしい。

まだ、日も高い事から、早速魔の森まで行ってみる。テッドの案内で出張所の護衛メンバー4人とガードナーにキャロ、そして斥候役のケンとアナキンが森に入って行った。カーラや残りのガードナー隊がパメラの護衛のため残る。


 そして、間もなく森から出て来た面々は、パメラ待望の品を確かに持ち帰って来てくれた。ただし、そこは流石の異世界ワンダーランド!(ミカ成分強め)

 ドキュメンタリー番組で見た繭よりも明らかに大きなものだった。まあ、人より遙かに大きな蜘蛛や、人をあっさり一口で呑み込む大蛇もいるくらいなので、魔の森なら多少大きくても驚く事は無かった。しかし、それでも・・・


 持ち帰って来た繭は、取り敢えず3つ。その色は何と、赤、白、青だった。

パメラの前に大きな可能性が開けた瞬間であった。


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