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43. パメラ!王都で切望ス!



 2ヶ月後の初夏、“新” ヤークト商店街が華々しくオープンした。


 尤も、その数日前にはプレオープンが行われている。取引先や商会内の女性達が招待され、実際に新商店街の色々を実体験してもらい、その意見を聞いた上で若干の修正を加えた。傭兵隊のカーラとキャロもパメラに招待され、大喜びだった。

 さらに、大熊で懇意になったクロイツ子爵の双子のご令嬢も、通っている学院の友人達を誘って参加しており、是非また来たいと挨拶し帰って行ったという。



 新商店街は、その顧客層を庶民から下級貴族までの若い女性と見定めている。

そんな女性達に、あまり縁の無さそうな超高級料理店などはここには無く、代わりに王都で人気の甘味処、パスタ店、惣菜パン屋がそれぞれ姉妹店を出店している。

 同様に高価な宝石を扱う宝飾店もここには無く、商会直営の小間物屋と、誰もが意表を突かれたアクセサリー店が並んでいる。


 他に無い取り組みの1つとしては、店舗1軒分が丸ごと休憩所となっている事。

街路に並ぶ飲み物や軽食の屋台、それに惣菜パン屋で購入した食物をこの休憩所で食べられる様に、テーブルや椅子が用意されている。所謂フードコートである。

 当初、店舗1軒分の賃貸料が入らない事を危惧する向きもあったが、プレオープン参加者からの評判がすこぶる良かったので、そのまま様子を見る事になった。


 また、皆を大いに驚かせたのが、同じく店舗1軒分の中に自作のアクセサリーを売る露天商達を集めた事。各自、屋台程度の広さではあるが立派な店主となった。

 庶民はもちろん、下級貴族の令嬢達にも露天商のアクセサリーはけっこう人気があるという実情を反映した新業態である。セーラの友人アンもここにいる。

 実際、クロイツ子爵令嬢一行も、目を輝かせて楽しげに商品を選んでいた。


 しかし、何と言ってもメインとなるのが服飾店。そこはパメラの計画どおりだ。

オーダーメイド店は、服飾工房を率いるタバサがそのまま店長となった。

 1店舗分のスペースでの営業ながら、凝った内装と銀の刺繍を施した揃いの制服を身に着けた店員により、商店街随一の高級感を醸し出している。


 ハンナがそのまま店長を務める新品生地の既製服という新業態の服飾店は4店舗分という商店街で最大のスペースを取り、こちらも店員は制服を纏っている。

 タバサの高級店の制服とは違い、新品ながらも庶民寄りデザインの制服だ。


 元からあった3店舗分のスペースを占める古着屋はそのままの位置での営業。

ここの店員達は、制服の代わりに新品生地で作られたお揃いのエプロン姿である。

 ハンナの店同様、店内には試着スペースが設けられている。パメラの提案だ。


 また、こちらも改装前からあった商会直営の小間物屋は、場所こそ以前のままながら、商品の多くを若い女性向けのものに一新し、実質的には新規出店である。

 化粧品や小物のバッグ、ポーチ等に特化した品揃えとなっている。



 大熊の改造に参加していた木工職人達が、そのまま服飾店向けのマネキン作りに移行して、タバサの店とハンナの店を飾る事となった。

 この世界では初となるマネキン展示。どちらの店も多くの女性が足を止め、側で見入っている。とりわけ凝ったデザインのオーダーメイド服を纏ったタバサの店のマネキンは人気である。この人形と同じ服をという注文が早速あったという。


 ちなみに、こうしたマネキンの並ぶ場所の街路を挟んだ向かいには、人気の甘味処のテラス席や行列があった。もちろん、この店舗配置は偶然ではない。

 また、マネキンの纏う衣服やアクセサリー類のコーディネート案は、商会内部で広く募集し、採用となった提案者には様々な特典が与えられている。


 再オープン以降、連日大盛況となった商店街。

その3日目の夕刻、王都の空に真っ黒な雨雲が近づいて来た。

 商店街のオープン前に幾度も練習してきたとおり、素早く屋根が閉じられる。

街路の屋根を激しく叩く夏の夕立の雨音が商店街に響いたが、内部は雨とは無縁で誰もがそのまま街を、そしてショッピングを快適に楽しんだのであった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 こうして、ヤークト商店街のリニューアルは大成功を収めた。

一方、歩いて直ぐの場所にあるネルソンの館は、その煽りで客足が減ったのだが、ヤークト商店街の大盛況は、開店当初の勢いに過ぎないと強がっていた。

 しかし、盛夏の到来とともに、ネルソンの館には遂に絶望的な状況が訪れる。


 パメラ&ミカの予想どおり、ネルソンの館の内部は耐え難い暑さとなっていた。すべての窓やドアを開け放っても十分な風は入って来ず、快適とはほど遠い状態。学生時代、冷房の無い体育館で夏休みの部活を経験したミカの予想どおりだ。

 入居する各店舗の店員は、風魔石による涼風を求めたのだが、ネルソン商会側は新たに金の掛かる対策には難色を示したため、事態は一向に改善しなかった。


 そうこうする内、来店した客が館内の熱気に顔を(しか)め、買い物もせず早々に出て行く事態が頻発する状況となった。やがて、ネルソンの館は、客の数よりも店員の数の方が常に多いという、不穏な噂まで流れ始めたのである。

 その結果は真に残酷なもので、各店舗は月々の売上が急減。利益が賃貸料にすら達しないという慢性的な赤字状態に陥る事になる。


 この頃からヤークト商会に泣きついてくる者が現れ始めた。ヤークト商店街からネルソンの館に出て行った元入居者達が、戻りたいと縋り付いて来たのだ。

 古巣の噂を聞きつけて訪れてみれば、その賑わいは驚異的。必死に復帰を懇願するも、ヤークト側に応じる気は無い。そもそも受け入れる場所も無かった。


 そんな中、ついに金物屋のサムがやって来た。何故か妙に強気である。

商会長と若旦那が頼むのであれば、戻って来てやっても良いと商会の不動産担当者に言い放ったらしい。

 あまりの言い草に、わけを尋ねると、彼がいた店舗には入居している店が無く、これは自分が戻って来るのを待っている証拠だろうと自信満々に語ったという。


 どうやら休憩所にした店舗が偶然、サムの元いた金物屋だったようだ。

今や、ヤークト商会の幹部で、この賃貸料の入らない休憩所がどれほど商店街全体に貢献しているのか気づかぬ者はいなかった。この休憩所の価値が分からぬ者に、商売のセンスは無いとまで言われていたのである。

 祖父や父が築いた店に胡座(あぐら)()き、その商売をただ漫然と繰り返すだけで、何の工夫も無いサムの店とは比較にもならなかった。


 会長や若旦那に引き合わされる事も無く、その場で追い返されたサムは、悪態を吐きながら去って行った。数ヶ月後、彼の店はネルソンの館からも消えていた。

 賃貸料が払えずジリ貧状態となり、ネルソン商会と揉めた挙げ句、出て行くしかなかった入居者の一人だったようだ。


 ヤークト商会のある者が、イェルマーク王国の片田舎で粗末な荷車に金物を載せて引いて歩く、サムに良く似た男を目撃したのは、それから数年後の事である。

 日焼けし、足腰は随分と逞しくなっていた様だ。かつての彼の口癖は、「デカくなる!」だったが、確かに一部は達成された様だと皆、笑ったものだった。



 こうした些末な出来事こそあったものの、連日アーケード街の人出が絶える事は無かった。それに連れて、商会の者達の多くが時折感じる事があった。

 フンメルという人物が(もたら)した大熊の毛皮は確かに素晴らしい物だった。しかし、彼が紹介したパメラは、大熊以上のものをヤークト商会に齎したのではないか。

そもそもフンメルという人物は、一体何者なのかと畏怖を以て語られたのである。


 それでも商会関係者の表情は一様に明るかった。成功体験こそは、全てに勝るものなのだ。売上、利益とも予想を超えていたし、王都住民の評判も上々だった。


 しかし、そんな明るい状況に冷水を浴びせる衝撃的な知らせが飛び込んで来た。タバサ率いるヤークト商会の工房が、縫製ギルドから追放されたという知らせは、商会内で驚きを以て受け止められたのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 縫製ギルドは、縫製工房の連合体であり、仲良しクラブ的な組織である。

はっきり言えば、そこに所属していなくても縫製の仕事は出来る。ヤークト商会の様に糸の調達や布地の加工まで抱え込んでいる大商会の場合、何の問題も無い。

 ましてや、アーケード街に店舗を出したタバサの工房では、以前よりも受注は増えているのだ。それでも、タバサの表情は暗かった。


 その理由は、ギルド加盟工房によるコンペに参加出来なくなったからだ。


 王族や高位貴族の場合、長年つきあいのある専属の縫製工房があり、通常はそうした工房に衣服の製作を任せている。王家御用達などというアレだ。

 しかし、時折訪れる人生の一大イベント、王女殿下や高位貴族令嬢といった高貴な方々の社交界デビューとか結婚式といった注目行事の場合、そのドレスを製作する工房の選定を縫製ギルドのコンペに委ねる事が多いのだ。


 ギルドでは加盟工房に案内を出して参加を募り、試作品を集めて発注元へ示す。発注した王侯貴族側はその中から優秀及び、最優秀と認めた試作ドレスを選ぶ。

 その試作ドレスを作った工房がそれぞれの称号を得た上で、正式なドレスの製作に取り掛かるというわけである。


 各工房とも、その栄誉を目指して知恵と技術を競い合うのだが、ギルドに加盟していなければ、当然このコンペには参加出来ない。まあ、ギルド未加盟の工房が、横から割って入る事も出来ないわけではないのだが、その様な前例は無い。


 縫製工房や職人にとって、このコンペでの高評価は夢であり、目標なのだ。

それが果たせなくなったという事実は、タバサにはもちろん大きなショックだが、それ以上にショックなのが工房の若い弟子達なのである。

 他の工房に移りたいと言い出しても、それを止める事は難しいだろう。


 彼女の一番弟子のサリーは、高度な技巧を凝らした華麗なドレスに憧れてタバサに弟子入りしており、ここ最近の安くて早く作れるハンナのための試作品作りには不満を抱いていたと言われている。それだけに、彼女の工房離脱は誰もが憂慮していたのだが・・・


 結論から言えばそれは杞憂に終わった。

追放話に動揺する工房の若い弟子達に、サリーはこう言い放ったという。


「王女様のドレスが作れないとか嘆いてるけど、そもそも今のあんた達にそれだけの技術があるのかい? そんな心配は、ここで学ぶべき技術が何も無くなってからするもんだろう? 違うかい?」


 あまりに的確すぎる指摘に皆、目が点だ。サリーは容赦なく続ける。


「大体、追放って何さ。除名なら何をしたのか罪状を併せて公表しなきゃならないけど、うちは何も悪い事なんかしちゃいないから除名も出来ず、追放とか言い出しただけじゃないか。大方、老舗商会ってだけでギルドに顔が利くネルソンの狸親父が無理に捻じ込んだだけさ。ハンナさんの店が怖くて仕方無い奴が多いのさ。」


 さらに、ニヤリと笑うと、(とど)めを刺した。


「ネルソン商会は、うちに3連敗じゃないか。大熊の毛皮に屋根付き街路、そしてマネキン商法。ずっと負け続けじゃないか。負け犬の精一杯の嫌がらせなのさ。

 その点、うちの3連勝を良く見てごらん。どれも、正々堂々、真っ正面から立ち向かって相手をぶっ倒してるんだ。勢いがあるんだよ、うちにはね。

あんた達は、負け犬の思惑に乗っかるつもりかい? 金物屋の馬鹿息子みたいになりたいのかい?」


 この話は瞬く間に商会内へ広がり、多くの商会員を唸らせた。パメラも痺れた。ヤークト商会内では、タバサの工房のために何か出来る事は無いかと、密かに心に期す者が少なからず出現する事になった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それから数日後、パメラは同じ部署の若い娘達と昼食を共にしていた。

周りでは、同じハンナ組の若い子たちが他愛もないお喋りに興じている。

 パメラは、肉と野菜を挟んだバゲットを囓りながら、何とか縫製ギルドに一矢報いる手は無いものかと物思いに耽っていた。

 ここ数日、暇さえあれば、相手をギャフンと言わせる妙手を切望していたのだ。


 一番良いのは、もっか進行中のギルドコンペに横槍を入れて粉砕してやる事なのだが、デザインで勝負というのは難しい。ミカの世界の記憶で、完璧に再現出来る様なドレスなど無い。あったとしても、生地が違いすぎてダメだ。


 まあ、それ以前にデザインの好みは人によるところが大きく、このデザインなら勝利間違いなしという事は有り得ない。ましてや、発想も技術も拮抗しているだろうギルド会員同士の競い合いで、横槍を入れて勝てるとは思えないのだ。


 はっきり言って、百人が見て百人、納得する様な差で無ければ勝ち目は無い。

フリルとかレースといった人の手で何とかなる様なものは、既にこの世界でも実用となっており、このギルドコンペでも定番なのだ。


 はあ~と溜息を吐きバゲットを囓る。塩味とハーブ、この世界の味の定番だ。

たまに、ミカのせいもあって無性に他の味を食べてみたくなる。マヨネーズとか、その製法を知っているだけに、余計に惜しいと思ってしまう。マヨネーズか~


「何ですか? まねよーず?」


 心の声が漏れていたらしい。隣のセーラが怪訝な顔をして訊いてくる。


「うん、野菜にも肉にも合う凄い調味料があるんだけどねえ。製法がねえ。」


 生卵を使うんだよと言うと、皆が顔を(しか)めている。まあ、無理だわねえ。

今、食べている塩味とハーブに比べても、百人が百人、違いがわかるし絶賛するのは間違い無いだろう。

 他の縫製ギルドに打ち勝つドレスでも、同じなんだろうなとパメラは思う。

やはりそんな物は、生卵を使うほどの “トンデモ” アイデアが無いと無理なのだ。


「他の卵じゃ、駄目なのかな」

「蛇の卵とか?」

「絶対に、イヤ!」

「キャハハ、それじゃあ、魔物の卵とかはどうなのさ?」


 若い子達が卵談義で盛り上がっている。


「蛙の卵って、池の中にあって透きとおってるんだよね。プヨプヨしてるし」

「うん、知ってる。あと、蛾の卵もプヨプヨだよねえ」

「へえ、そうなん?」

「うん、鶏の卵みたいに固くないよ。抜け殻とか触ると布地みたいだし」

「パメラさん! 鶏の卵って、茹で卵じゃ駄目なんですか? その、まねよーず」


 セーラだけは一応、真面目に考えてくれていたらしい。


 しかし、そこでパメラ&ミカは途轍もない違和感を覚えた。まさか!

次の瞬間、パメラは思わず叫んでいた。


「あなた、今、何て言った!」



次話は、17日(木)の午前0時に投稿します。

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