39. 大熊の出撃
以前、金貨2枚で都市部に住む家族が1ヶ月普通に生活出来ると書きましたが、概ね、金貨1枚が10万円程度と考えてください。
フンメルとパメラの乗った馬車を先頭に、ガードナー傭兵隊の馬車3台と騎馬2騎がそれに続いた。そのまま、村のほぼ中央にある広場まで移動する。
ゴードンは、一行の中にパメラがいる事に驚いた。
広場で馬車や馬から下りた一行は村長夫妻、ゴードン、それにレオたちと簡単な紹介を終えると、早速、大熊の毛皮の現物を見る事になった。
フンメルは、訳ありでパメラを連れて来たとゴードンに告げ、後で事情を説明するので、それまで村の女達とおしゃべりでもしながら待たせておいてほしいと頼む。
それを傍らで聞いたレオは、ミーナを呼び寄せると一緒にパメラに歩み寄る。
パメラは見覚えのある巨漢レオが可愛らしい娘を連れているのに気づき、その肩から提げているポーチに目を留めた。麻の布地に様々な色合いの端切れを縫い付けたお洒落なポーチには見覚えがあった。それは、パメラ自身が作ったもの。
「ミーナ、この人はパメラさん。領都で毎年買って来る服は、この人の店の品物なんだ。それと、お前のそのポーチも、この人のお店で買ったんだよ。」
ミーナが目を輝かせた。外部から人が、ましてや若い女性がこの村へ来る事は、まず無い。興味津々といったところだ。村の他の女性達もパメラや傭兵隊の中にいる2人の女性に大注目である。
「気に入ってもらえて嬉しいです。そのポーチは私が作ったんですよ。」
パメラが微笑みながらそう応じると、ミーナもいっそう笑顔になる。
「集会所あたりで、領都の話でも聞かせてもらえばいい。」
そう勧めるレオに、ミーナを含む村の女達がウンウンと頷いている。
そこへフンメルが近づいて来て、レオに目礼する。
「領都で買って来た焼き菓子がありますから、皆さんで召し上がってください。」
そう告げると、大歓声が挙がる。フンメルが馬車に戻り、菓子の入った袋を降ろしながら、やって来た女達に次々と渡してゆく。
「男衆には、お酒がありますからね。」
フンメルがそう言うと、今度は男達の間から歓声が湧き起こった。
集会所に女達が吸い込まれて行くのを眺めつつ、当事者たちは広場の片隅に設けられた開拓村で最も背の高い小屋へと入って行く。大熊の毛皮の処理と保管のために急遽、熊殺しの槍の保管所を改造した小屋である。案内役の村側の者達は村長と毛皮処理を担当した村長の奥さん他数人、今や次期村長と誰もが認めるゴードン、大熊討伐の功労者であるレオ。それに、ガードナー傭兵隊一行である。
小屋の中に保管されていた大熊の毛皮は想像以上の迫力だった。
藁の入った大小の麻袋を体内に詰め、要所を縄で天井から吊るす事により、後脚で立ち上がった大熊を再現していたのだ。ガードナー達も、皆一瞬ギョッとした。
斥候のケンが思わず口笛を吹き、こいつは凄えと呟いた。
毛皮の乾燥のために、こうしたらしいが、図らずもフンメルが考えていた展示方法に近い形になっており、初見の者達の度肝を抜いたようだ。
傭兵隊全員で毛皮の状態をつぶさに確認したが、傷らしい傷は見当たらない。
解体のために刃を入れる際にも細心の注意が払われており、その丁寧な刃入れ作業の結果、毛皮には不自然な引きつり等は一切認められなかった。
そして、解体のために切り裂いた箇所も、服の仮縫いの如く簡単に縫い合わせて修復されており、迫力ある大熊の姿を見事に再現していた。
ガードナー達が毛皮を確認している間、フンメルは開拓村の面々にパメラを連れて来る事になった経緯を説明した。そして、パメラとは縁が無いと自分では考えていた開拓村が、実は予想外に縁があり、その事を知る領都の商人も多いとわかって愕然としたと率直に語った。落胆した様子であり、何とも悩ましい話である。
パメラの店だけの商売なら何とかなったのかもしれない。しかし、女物の服が専門のパメラの店では男物を揃えられず、開拓村の注文に応えるため、商店街の他の店にまとまった数の男物を手配していた事が徒となった。パメラと開拓村の関係は想像以上に領都の古着屋に知られてしまっているようだ。今後、捜査の網が開拓村にまで拡大される事は十分あり得ると考えられた。
ようやく大熊の毛皮の検分が終わったガードナー達は毛皮の状態に問題は無く、これならヤークト商会も大満足で買い取ってくれるだろうと太鼓判を捺した。
しかし、パメラの厄介な状況を聞いたガードナーは、僅かに顔を顰める。傭兵隊の女性2人も顔を曇らせた。
小屋を出ると、村の女達が広場で食事の支度をしていた。村長の指示による客人のためのもので、パメラもその中にいた。
フンメルの姿を認めると彼女は駆け寄って来た。思い詰めた表情である。
「フンメルさん、ごめんなさい。私は、ここにはいられません。」
パメラはそう告げた。理由は明らかだった。
しばし、良い手は無いかと皆で話し合う。しかし、フンメルが考え抜いた唯一の方策が使えないとなった以上、新たな解決策が容易に見つかるはずもない。議論は行き詰まってしまい、場は静まり返る。誰もがパメラの事を何とかしてやりたいと思っているのに良案は浮かばず、もどかしいばかりであった。
その時、村長! と声が挙がった。
声の主を見たフンメルは、何とも意外な印象を禁じ得なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
草原の中をフンメルの馬車がゆっくりと進んでいた。隣には穏やかな微笑を浮かべたパメラが座っている。今朝、開拓村を出たフンメルとパメラ、それに傭兵隊一行は、ベズコフ領都と隣領の街を結ぶ街道の中間地点を目指していた。
つい先日、フンメルがガードナー傭兵隊と合流した休憩場所である。その近くで野営して、まだ誰もそこへ達していない早朝にフンメルを休憩場所まで送り、そこで分かれる手はずとなっていた。フンメルは昼近くまでその場所で時間をつぶし、ベズコフ領都へ戻る予定である。パメラは、フンメルが皆と分かれるまで、彼の馬車に同乗するつもりでいた。
一昨日、開拓村の女達と話をしていた時、ミーナがパメラに感謝を告げた。
レオが貢納の際に土産として持ち帰ったポーチは、ミーナの宝物となり本当に嬉しかったと。そして、レオとの距離が近づき、もうすぐ夫婦になるのだと言った。
おめでとうと祝福しながら、この娘に、そしてこの村に災厄を齎す様な真似は、絶対にしてはいけないと感じた。ここにはいられないと思った。だが、何処に行くというのか? 周辺の大きな街には、残らずパメラの手配書が送られるに違いない。
手配書が届かない田舎の村に行ったとしても、何の庇護も無い若い女が、田舎の村で無事に過ごせるとは到底思えないのだった。
考えれば、考えるほど希望は消えてゆき、絶望しか無かった。
しかし、その絶望のどん底からパメラを、そして恐らくはフンメルを助け出してくれたのは意外な人物だった。それは彼女にとって、まさに奇跡の瞬間だった。
「あの時は本当に驚きました。全く予想外の人から意表を突かれましたからね。」
フンメルも、微笑みながら静かにそう言った。パメラもそれに頷く。
「まあ、腕っ節だけの人なら、あのゴードンさんがあそこまで目を掛けるはずはありませんものね。本当に実の息子のような可愛がりようですし。」
誰もが行き詰まってしまったと意気消沈していた時、レオが声を挙げたのだ。
「村長、あの大熊は俺が倒したという事で良いんだよな。」
何を言い出すんだこいつはと、怪訝な表情を浮かべつつ村長がレオに頷く。
まだ、値段が確定しているわけではないし、買主が正式に取引を承認したわけでもないのだから、毛皮代金による後払いで傭兵隊へ依頼するのは無理だと、少し前に説明されていたはずなのだ。ミーナの縋るような視線に惑わされ、レオはその事を失念したのかと、村長は一瞬疑ったようだ。
「じゃあ、大熊の原魔石は俺のもんだよな。好きにして良いんだよな?」
村長は、レオの意図に気づくとニヤリと口の端を上げて、今度は大きく頷いた。
開拓村では、村人が共闘して倒した魔物の原魔石は一括して村長が保管しており必要に応じて村人に分配していたが、個人で倒した魔物の原魔石は倒した者が自由にして良い事になっていた。その場にいる村人全員が息を呑み、大きく頷いた。
レオは、ガードナーの方を向くと、
「ガードナーさん、大熊の原魔石でパメラさんの護衛費用は大丈夫だよな?」
と、問いかける。ガードナーもニヤリと笑みを浮かべると頷いた。
「ああ、属性数6じゃ、むしろ多すぎて釣りを渡す必要があるな。」
そうなのだ。原魔石にはちゃんとした相場があり、商業ギルドを始め、買い取ってくれる相手は確実にいる。立派な換金性のある代物なのだ。
そして、属性数6の魔石ならば、金貨100枚はくだらない。戦闘力皆無の若い女性を野営込みの一ヶ月間、護衛する対価としては十分過ぎるものであった。
「この村が明るくなったのは、あんたのおかげさ。誰も反対しやしないよ。」
レオの提案を受けたやり取りの後、そんな高価な物を私のために使ってしまって良いのかと、困惑顔のパメラに村長の奥さんが笑いながら話す。
そして。ゴードンが笑顔で説明した。
「気にする必要は無い。はっきり言って、今レオが言い出すまで大熊の原魔石なんて、皆すっかり忘れてたんだ。熊の皮があんまり高く売れそうなんで、金の使い道に困ってるくらいでな。原魔石の換金なんて誰も考えちゃいなかったのさ。
大熊の毛皮がもうすぐ大陸中で話題になるとしたら、その前後に大熊の原魔石を売ったりすれば、嫌でも目立つ。村で死蔵するしかないと諦めていたんだ。
でも、毛皮が話題になる頃、イェルマークの王都で原魔石が換金されても、何の問題も無いはずだ。」
かくして、パメラは大熊の毛皮と共に、イェルマーク王都までガードナー傭兵隊によって護送される事となった。移動中に必要な追加の食料も開拓村が用意した。大熊討伐によって得た熊肉がたっぷりとあり、例年どおり備蓄されていた猪の肉と合わせて十分な量の干し肉が提供された。
どれも、冬を越すために開拓村の住民が自分達の為に用意していたものであり、丁寧に処理された干し肉は良質なものだった。また、併せて、干した野菜や茸類もガードナー達は調達出来たため、うまくすればイェルマークに入国するまで完全に他との接触を断ったままの移動が可能かもしれないとガードナーは言っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
草原を進む4台の馬車。
その先頭と最後尾の2台はガードナー傭兵隊が保有する馬車だ。それぞれの荷台には、遠征に必要な野営装備や食料等が分割して積み込まれている。
前から2台目はフンメルが乗るミラー商会の馬車。そして、3台目がヤークト商会から提供されている馬車で、荷台には大熊の毛皮と原魔石が積み込まれ、その上には偽装用の各種毛皮が被せられている。
人員の配置としては、先頭馬車に1名。最後尾に2名、騎乗で馬車列の前後左右を随時警戒している者が2名。そして、最重要の3台目馬車には、御者以外に2名が荷台に乗っていた。リーダーのガードナーと最大火力を誇る魔導師のキャロだ。
帰りの旅程を再検討し、特に問題は無いと確認したガードナーは、向かいで馬車に揺られながら前方を見ている妻に声を掛ける。
「そう言えば、あの時、レオが熊の魔石の話をする直前、お前も何か言いたそうな顔をしていたな。何を言うつもりだったんだ?」
キャロはフフンと鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
「大方、自分とカーラの今回の取り分は無しで良いから、パメラを王都まで同行させてとでも言うつもりだったんじゃないのか?」
そう問い掛けるガードナーに、キャロはニヤリと笑いながら逆に問い質す。
「そういうあんたも、何か考えてたでしょう? 言ってみなさい。笑わないから。」
「まあ、何だ。今回の移動は大した危険は無いが、野営続きで不自由極まりない。せめて少しでも快適になるよう、臨時で雑用係を雇うのも手かなとね。」
それを聞いたキャロは、アハハと笑うと御者を務めるアナキンに話しかける。
「ねえ、今の聞いた? うちの隊長さんも随分とお人好しだよね。こんな隊長でこの傭兵隊は大丈夫なのかしらね?」
この傭兵隊で最年少のアナキンが笑いながら応じる。
「姉さん、今日は随分とご機嫌じゃないですか。まあ、今回の仕事は嫌な思いの全く無い綺麗な仕事でしたからね。それにしても、あそこは本当に良い村だった。」
「そうね。何にも楽しみは無さそうだったけど、引退後に住むには良いかもね。」
そう思うでしょう? といった感じで夫のガードナーに視線を向けるキャロ。
ガードナーは頷きこそしたものの、その語った内容は些か辛口だった。
「ああ、確かに良い村だ。全くそう思うよ。何せ村人が皆、気持ちいい奴ばかりだった。村のどこを見ても痩せこけた子供や年寄りなんぞいやしない。弱い奴らも、きっちり守られてる。公平なんだよ、何もかもが。上の奴らが公正なんだろうな。
本当に良い村だよ。
だから、本物の悪意を知らない。剥き出しの悪意をな。
お前らも今まで嫌になるほど見て来ただろう? 良い奴や弱い奴が悪党の食い物にされるところを。そういうのを見ながら、時には自ら味わいながら、俺たちは自分の身を守る術を身につけて来たんだ。時にはえらく高い代償を払ってな。
願わくば、あの村の連中がかけがえの無い大切な物を失う前に、世の中の悪党に対抗出来るだけの知恵を身につけてくれるよう祈るばかりさ。」
フン! 何さ! と鼻を鳴らすキャロを宥めつつ、アナキンが問い掛ける。
「そう言えば、姉さん! あのレオに魔力が無いというのは本当なんですか?」
「うん、本当。みんなは絶対に魔力持ちだと言い張っていたけど、残念ながら彼に魔力は無いわね。だって、原魔石を素手で掴んでも平気な顔で、ケロッとしてるんだから。」
キャロは、魔力持ちが原魔石を触った時の衝撃について話して聞かせた。とても平静を保てる様なものではないのだと。でも、アナキンは納得していない。
「でもねえ、あの鉄の弓をあそこまで引ける奴が魔力の無い普通の奴だとは、到底信じられないんですよね。隊長もそう思うでしょ? それに、あいつとの模擬戦。
最初の頃こそ、経験不足でフェイントに易々と引っかかっていたけど、動きそのものはとんでもなかった。何ですか? あの “ヌルリ” とした体捌き。」
「弓と言えば、あの賭けはどうなったのさ? 鉄の弓をレオが使い熟せるかどうか男連中全員で賭けてたんでしょう? 誰が勝ったのかしら?」
「一人だけ逆張りしてたケンの総取りですよ。しかし、あそこまでとはねえ。
鉄の弓をちゃんと引き絞って、的に正確に命中させるなんて誰も思いませんって。しかも、俺たちよりも矢の飛距離が5割増しなんですよ。信じられますか? それも、鋼の矢で。
そんなもん、器械式の大弓・バリスタ、そう、まさに歩くバリスタです。
あんなのが戦争で敵の弓隊に一人でも交じっていたら、戦場は大混乱ですよ!
だって、絶対に届かないと高を括っていた距離から矢が飛んで来るんですから。
しかも、それが鋼の矢だったら、普通の矢避けの木の盾なんか薄紙も同然ですよ。ねえ、隊長もあいつが魔力無しだとは、とても信じられませんよね!」
問い掛けに顔を顰めながら考え込んでいたガードナーが、ようやく口を開く。
「いや、あいつには魔力は無くて、身体強化は使っていないのかもしれないな。
俺も昔、弓と身体強化の相性が悪いという話は聞いた事がある。今回、レオは弓を引き絞った状態で、一呼吸か二呼吸は維持しながら狙いを定めていたよな。本来なら、あの一射だけで魔力切れのはずなんだ。俺が聞いた身体強化の話では、瞬間的な行使を使えるのは日に10回程度だそうだ。それ以上やると魔力切れで何日かは使いものにならんらしい。そうだったよなキャロ?」
頷くキャロ。まあ、魔力持ち武芸者の大半が魔導師修行から脱落した連中で、魔導師に比べれば魔力は遙かに少ないからねと言う。
「だから、あのレオの動きが身体強化によるものなら、とっくに魔力切れで倒れているはずなんだ。ところが、あいつは平気で連射してた。おそらく、あいつは人並み外れた怪力の持ち主なんだろうよ。まあ、いきなり目の前に火球を出す奴だっているんだし、ちょいとばかり怪力という奴がいても不思議じゃないだろうさ。」
そうかい、あたしゃ人外かいとボヤくキャロの言葉に、男2人は笑うのだった。
「しかし、ここへ来る前に聞いた、この国が隣国と戦争をおっぱじめたという話は結局、何だったんですかねえ?」
笑いが収まった後に、アナキンが神妙な顔で訊く。
「まあ、こことは反対側の国境沿いの話だったから、まだ影響は出ていなかったんだろうな。今回の仕事には何の障りも無くてホッとしてるよ。しかし、国軍同士の激突という噂もあったし、イェルマークが健在だった頃なら有り得なかった話だ。
建国祭は復活したけど、真の意味での大国イェルマークの復活は未だ道半ばだ。」
かつてなら、イェルマーク王国の仲裁や介入によって、国同士の全面戦争などは未然に阻止され、この大陸では長い間大規模な戦争は起きていなかった。
しかし、流行病で多くの貴族階級とともに文官を失った王国は、必須とされる職務の文官補充を優先し、短期的な利益が見えにくい他国への奉仕的な活動は、後回しという状態にある。それは、仕方の無い話ではあった。
そうした中で現在起きている国同士の全面衝突が、イェルマーク王国の混乱による一時的なものなのか、それとも今後も続くのか、傭兵隊を率いるガードナーとしても俄に判断出来ない事が、何とももどかしいところであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フンメルとパメラの一時の別れは、湿っぽいものにはならなかった。
おそらく、近々にはフンメルもヤークト商会へ向かう事になるという予感があり、パメラとは再会を確約していたせいだろう。
今回の商談は、間違い無く大きな成功を収めるはずだ。それは、商会員として見ればフンメルの輝かしい功績なのだが、莫大な手数料がミラー商会の口座に入ってくれば、当然の事ながら会長の息子は騒ぎ出すに違い無い。一体、何の金だと。
しかし、領主の息子と親しい人物に大熊の毛皮の話など出来るわけが無い。
成人前から20年以上勤めてきた商会をフンメルが去る日は、意外と近そうだ。
まあ、それでも良いかとフンメルは思う。
ヤークト商会は、彼が自分の力を試してみたいと思わせる場所である。
何よりも、パメラが待っている。
フンメルは、皆にまた会いましょうと告げて別れた。
毛皮がイェルマーク王国でどうなったか、手紙で知らせてほしいと依頼して。
かくして、熊の魔物は大陸随一の大国イェルマークへ向けて出撃したのである。ただし、毛皮に成り果てた姿ではあったが。
その後、予想を遙かに超える王都での絶賛の嵐とともに、ヤークト商会の名声をも大陸中に轟かせた大熊の毛皮だったのだが、肝心のヤークト商会では、その価値No.1の期間は意外と短かった。商会内部では、毛皮はこう呼ばれていたのだ。
「あのフンメルが、我が商会に齎した二番目にとんでもないもの」




