38. 幼女と翼のある大蜥蜴
「私は、こう見えて、昔は “強運の少女” と呼ばれていた時期もあるんですよ。
フンメルさんは、ワイバーンに襲われた商隊の中で、唯一人生き残った少女の話をご存じですか? 何故か、襲ったワイバーンが現場で死んでいたという事件です。
その時の生き残りの少女、まあ、当時は5歳の幼女ですね。それが私なんです。」
パメラはドラゴンと話をした事があるというトンデモ告白でフンメルを唖然とさせた後、儚げな笑顔を見せながら、そんな事を言う。
ワイバーンのその話は、フンメルも確かに知っていた。
とある国で、商家の隊列がワイバーンの群れの襲撃を受け、幼女一人だけが奇跡的に助かったというものだ。かれこれ20年ほど前、フンメルが成人したての頃の話だったと記憶している。
大陸全土に広まった話だったが、人が魔物に襲われる話など別段珍しくも無い。その魔物がワイバーンで、幼女が一人だけ助かったという話でも、国を越えてまで広がる事は無かっただろう。そう、この話の異常性は襲撃後にあるのだ。
ワイバーンの襲撃を街道後方から目撃した者たちが、街に戻って騎士団に急報。現場に駆けつけた騎士団がそこで見た物は、食い殺された馬の死骸、転倒し全壊した馬車、それに商隊の犠牲者と、そこまでは予想していたとおりだった。
しかし、意識こそ無いものの、ほぼ無傷の幼女。そして、真っ二つに両断された一匹のワイバーンの死骸は、全く想定外のものであった。
そのワイバーンの死骸は、切断面を重ね合わせれば元どおりになるのではと思われるほどの見事な切り口で、一度の斬撃で一挙に切り裂かれた事は確かだった。
人間が振るえる最も大きな剣でも、巨大なワイバーンをその様に切り捨てる事など不可能だった。そんな事は剣ではなく、高位の風魔法にしか出来ないとされた。
そして、さらに奇怪だったのが、死んだワイバーンの原魔石が消えていた事だ。現場周辺は平らな草地の中を街道が通っており、スイカほどの大きさのワイバーンの原魔石が転がりながら何処かへ行ってしまう事など有り得なかった。周辺を徹底的に捜索してみたが、やはりワイバーンの原魔石は見つからなかったのである。
生き残りの幼女に何が起きたのか一応訊いてはみたものの、何も知らないと言うばかり。彼女は襲撃直後から気を失っていたものと判断された。
ワイバーンをあっさりと両断している事から、風魔法を使える第三階梯魔導師かドラゴンではないかと考える者も多かったが、原魔石が行方不明となっている理由は誰も説明出来なかった。
原魔石を忌み嫌う魔導師が持ち去るとは考えられず、ドラゴンが遙か格下のワイバーンの原魔石を持ち去るとも思えなかった。
よって、何者かがワイバーンを倒した後、付近に隠れ潜んでいた別の者が、その原魔石を密かに持ち去ったと考えられたのだが、今日まで20余年間、ワイバーン魔石、すなわち属性数7の魔石が新たに世に出た事は無い。換金すれば莫大な金になるはずなのだが。
結局、この事件は謎のまま、次第に人々の意識から消えて行ったのである。
フンメルが、その事件を思い出しながら隣に座っているパメラを見ると、彼女は穏やかながらも決然とした表情で言葉を続けた。
「私は、その死んだワイバーンが未だ生きていた時からすべてを見ていたんです。そのワイバーンは私を襲う寸前、やって来たドラゴンによって倒されたんです。
フンメルさんは、とても信じられないでしょう? 私自身もそうでした。気を失っている間にきっと夢でも見ていたんだろうと思ったものです。
でも、この指輪があったんです。」
そう言うと、パメラは左手を掲げ、中指の指輪をフンメルに見せた。銀色に輝く指輪。何かしら飾りや模様があるわけでも無く、至ってシンプルな指輪だった。
「あの事件の前まで、私はこんな指輪は持っていませんでした。そして、この指輪はドラゴンが私にくれたものなんです。妄想だと思うでしょう? でも、この指輪はやはり、普通の指輪ではないんです。
信じられますか? 5歳の時にピッタリとこの中指にはまっていたのに、その後も20年間ずっとピッタリなんですから。ええ、私の成長に合わせて、この指輪も変化しているんです。まあ、初めからこの指輪は普通では無かったんですけどね。」
そう言うと左手の手首を返しながら、その指輪を見つめるパメラに、フンメルは何と言葉を掛けるべきか分からない。パメラは、ふっと笑いを漏らすと静かに、到底信じられない事を再び口にしたのだった。
「だって、この指輪は、ワイバーンの原魔石が変化したものなんですから。」
そして、パメラはワイバーン事件の一部始終を語り始めた。
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馬車が襲撃にあった時、パメラは隣に座っていた母親の膝枕で寝ていたという。激しい揺れで目が覚めた。御者のワイバーンだ! という絶叫は覚えていた。
後から振り返ると、馬車の凄まじい揺れは、ワイバーンの襲撃から逃れる為に、御者が馬車を全速力で走らせていたせいだったと思う。あるいは、馬自身が死に物狂いで全力疾走していたのかもしれない。
ワイバーンが最初に狙ったのは、馬だった。そして、馬が食いつかれ引き倒された事により、馬車は猛スピードのまま次々と転倒、大破していった。
パメラの乗っていた馬車も、途轍もない激しい音と衝撃に見舞われ、気がついた時には青空が見えていたという。それは、大破した馬車の天井か側面が破壊された結果だったのだろうが、当時の彼女はただ空が青いとしか思わなかったという。
馬車の中で彼女は母親に抱きしめられていて、それが彼女を救ったのだった。
しかし、馬車停止後、パメラの呼びかけに母親は応えてくれなかった。仕方無く、壊れた馬車の隙間から外へ出た彼女が見たのは、馬や人を襲う巨大な鳥たち。
まあ、その時の彼女は、ワイバーンという魔物の名など知るはずもなかった。
そして、一匹のワイバーンが彼女に気づいた様で、こちらへと近づいて来た。
パメラは、もう何も考えられず、その場に呆然と立ちつくすばかりだったという。
何をしようが、彼女は既に詰んでいたのだ。
その時、彼女の頭上を何か黒い物が横切った。
次の瞬間、パメラの目の前にいたワイバーン以外のすべてのワイバーンが一斉に飛び去って行った。そして、目の前のワイバーンはと言うと、血煙を上げながら、その巨体は2つに分かれてその場に崩れ落ちた。
背後の気配に振り返って見ると、そこには見た事も無い大きな蜥蜴がいた。
その大蜥蜴は、パメラを襲った大きな鳥よりもさらに大きく、そして鳥たちと同じ様に背中には翼を持っていた。今ならわかる。それはまさにドラゴンであった。
ドラゴンは真っ直ぐに彼女を見据えている様に感じた。そして・・・
『我の言葉がわかるか?』
パメラの頭の中に、いきなりそんな言葉が響いて来た。彼女は頷いた。
『生き残りは、お前だけか。ならば、お前に託す事にしよう。人間よ、お前は我に救われた事をわかっておるか? されば、我の願いに応えよ!』
彼女は何を言われているのか全く理解出来なかったのだが、この大蜥蜴が来なければ、自分が助からなかった事は何となく理解していた。なので、再び頷く。
もちろん、彼女に選択の余地など無かったのだろうが、ドラゴンのその圧倒的な存在感が彼女にその要求を受諾させた。ワイバーンによる死線をくぐり抜けた事が彼女にこの非日常の出来事をすんなりと受け入れさせたのかもしれない。
何故か恐怖は感じなかったという。
『私は、何をすれば良いの?』
彼女は言葉と心の中でそう問い掛けた。
『お前に7の石を与える。これが我とお前の心を繋ぐ。遠く離れていようとも。』
背後で音がした。振り返るとワイバーンの死体の一部が動き、切断面からズルリと大きな玉が抜け出て来た。その玉は空中に浮かび静止する。虹色の紋様が妖しく揺らめく大きな玉。今ならわかる、それはワイバーンの原魔石だった。
その玉は、フヨフヨと空中を移動し、パメラの前まで移動して来た。
それをジッと見つめる幼女。すると、その玉は宙に浮かんだまま次第に小さくなっていった。やがて、彼女の握り拳ほどになった時だろうか、突然その虹色の玉は、銀色に輝く玉へと変貌した。そして、さらに小さくなり、今度は平たい円形へと姿を変えると、最後は中心部に穴が開き小さなリングとなった。
『腕を前へ突き出し、手を開いて指を上に向けよ!』
彼女が両腕をそうすると、そのリングは彼女に近づいて来て舞い降り、左手の中指へとはまった。左手を軽く風がなぶった様に感じたので、今まで宙に浮いていた虹色の玉やこの銀色のリングは、風に吹かれて浮いていたのだと思った。
そのままリングはパメラの中指の根元まで降りて来ると、そこでさらに小さくなり、彼女の指に丁度良いサイズの指輪へと姿を変えた。綺麗だと思った。
次の瞬間、彼女の頭の中に熱い奔流が流れ込んで来た。その膨大な流れに耐えきれずパメラは意識を失った。しかし、意識を失う刹那、彼女の頭の中にはいくつかの光景が浮かんでいた。意味不明の光景。でも、何故か興奮していた。
自分が見た事も無く、理解も出来ない光景に只々興奮している違和感。
しかし、その興奮が自分ではなく、ドラゴンのものだと知って愕然とした。意識を手放す瞬間にも、その事だけは不思議と覚えていた。
結局、気を失ったまま救助されたパメラだったが、目覚めた時の頭の中は大混乱。まともに話す事も出来なかった。周囲の者たちも幼女が、あの様な惨事を経験した後なら仕方無いと考え、そっとしておいてくれたのだった。
そしてパメラは収容された騎士団の医務室のベッドの中で数日間、想像を絶する記憶の奔流に包まれて身悶えする事になったのである。
それは、ドラゴンとの繋がりにより齎されたドラゴンの意識。そして、彼女の中に流れ込んで来た別人の記憶であった。その人物は若い女性だった。
ただし、この世界とは異なる、もう一つの別の世界。彼女の理解を超える異世界の女性の記憶だった。
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「フンメルさんは、ドラゴンが何か悩みを抱えていると思いますか?」
キョトンとした顔のフンメルを見て、パメラは苦笑しながら続ける。
「ごめんなさい。急にこんな事を訊かれても答えようがありませんよね。
でも、ドラゴンの意識と繋がった時に、私にはわかったんです。この世界に敵など存在しないドラゴンだからこそ抱える悩み。それは、“退屈” なんです。
長い時の流れを過ごしてきたドラゴンが求めて止まない物。それは、ドラゴンの退屈を紛らわせてくれるものだったんです。
昔は人間とも話した事があった様なんですが、それも飽きてしまったというか
“意表を突かれる事” が少なくなってしまい、興味を失ってしまったらしいんです。自分が見た事も無い光景、想像も及ばない知識、そういったものを渇望していましたね。そして最近では、自分を倒せそうな強敵まで真剣に欲していたんです。」
フンメルは、御者台で揺られながらパメラの告白に耳を傾け続ける。
「ドラゴンは、魔法を使って目の前にいる人間と意識を通じ合う事が出来るんです。その考えや、思い浮かべている心の中の情景を見る事が出来るんです。そして、人の記憶を丸ごと自分の中へと写し取る事も出来るみたいです。ただ、そうして得た記憶からは意味のある内容は取り出せない様なんです。ドラゴンと人の記憶では「ふぉおまっと」が違うのだとか。私の中の異世界人がそう言ってました。
ごめんなさい。その言葉の意味は私にもわからなくて。
でも、その写し取った記憶を他の人間に送り込んで、その人間の記憶の一部にしてしまえば、その人間の意識を通じて元の記憶の中身を知る事が出来るみたいなんです。ドラゴンが言っていた7の石、すなわちワイバーンの属性数7の魔石は精神感応の権能を持っており、心を繋ぐ銀色の魔石なのだと教えられました。
ドラゴンが自ら変換して支配する魔石を私に持たせる事によって、私とドラゴンの心は繋がり、ドラゴンが写し取った人間の記憶を私に送り込めたのだと。
そして、その記憶から私が得た知識や情景といったものを、遠く離れていても、あたかも面と向かっているかの様にドラゴンへ伝える事が出来るのだと。
私に送り込まれた記憶というのは、ドラゴンが空間魔法とかいう秘術を尽くして得た、ここではない、もう一つの別の世界から得た記憶なんだそうです。
朝には太陽が昇り、夕方には沈む。夜には月や星が周回し、春夏秋冬が巡る。
ここと似た世界。だけど、近いのにとても遠い世界。そんな世界があるのだと。
そんな異世界の人間から得た記憶なら、自分の知らない知識や情景があるかもしれないと考え、ドラゴンは本当に久しぶりに興奮したんだそうです。
とりあえず属性数7の魔石を手に入れようと、それを持つ魔物を探していたところ、ワイバーンの群れを見つけたんです。そして、そこに私もいたと。
ドラゴンによって送られてきた他人の記憶の奔流に、私は酔ってしまったような感覚を味わい、気を失ってしまったんです。でも、その刹那、元の記憶の持ち主が日常的にいつも見ていた情景が頭の中に浮かんだようなんです。
とても多くの人々、何階まであるのか直ぐにはわからないような高い建物、車輪は付いているのに馬がいない不思議な馬車。それが道に溢れんばかりにたくさん走っているんです。そして、指輪に姿を変えた魔石を通じて同じ情景を見たドラゴンの興奮までもが伝わって来ました。
本当にこことは違う、異質な世界なんです。何故か魔物はいないみたいだし、魔法や魔石も無い。その代わり、ここには無い凄い技術が発展した社会みたいです。
神々が住まう天上の世界と言われてしまえば、信じたかもしれません。
でも、残念ながら私には、そのほとんどが理解出来ませんでしたけどね。」
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そこまで話したパメラは、フンメルに顔を向けると彼の目を覗き込む様にして、私の事を頭のおかしな女だと思ったでしょうと笑いながら語りかける。
だって、自分がこんな話を聞かされたなら、とても信じられないだろうと。
だから、今日まで誰にもこの話をした事は無かった。フンメルさんが初めてなんですよと言う。
フンメルが即答出来ずに困っていると、ウフフと笑いながら、昨夜の私の申し出を断った事を後悔していませんかと攻めてくる。フンメルは何故か防戦一方だ。
大丈夫ですよ。きっとまたチャンスは巡って来ますからと笑顔で断言するパメラに、フンメルはどう応えるべきか悩むばかりであった。
「でもその前に、商人としてフンメルさんにきちんとお礼をしなきゃですね。
異世界の女性、名前はミカという人なんですが、彼女の記憶の中で私にも理解出来るものが僅かながらあるんですよ。」
それは、その女性、ミカの情景の中に現れる人々の服装なのだと言う。見た事の無い素材や異様に肌の露出が多い物もあるのだが、中には斬新な形状や見事な色合いの組み合わせも数多くあり、とても参考になるのだとか。
実際、彼女が今の商売を始めたのも、その知識があったからなのだそうだ。
そして、今までは過度に目立たぬ様に自制してきたと言う。でも、イェルマークの大商会で働けるのなら、今まで諦めていた事も出来る様になるのではないかと。
ミカの世界では常識となっている知識が、この世界では画期的な考えになるとも。
彼女は嬉しそうに、そして艶やかにそう語り続けるのだった。
「例えば、算術ですが、ミカは1桁どうしの数字の掛け算の結果をすべて暗記していたんです。それを知っている私は、この世界のどんな商人よりも素早い計算が出来るんです。それから、ソロバンという算術を容易にする便利な道具もあります。
今まで個人としては手が出せませんでしたけど、ヤークト商会でなら試作して独占販売という事も可能だとは思いませんか?」
そう話した後、パメラは実際に2掛ける2から始めて9掛ける9までの計算結果を詠唱の如く淀みなく口にした。確かにこれなら掛け算が容易になると、フンメルは驚くと同時に、依然としてパメラの話は半信半疑の思いだった。
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ベズコフ領都と隣領の街とは、どちらも朝出発すれば夕刻までには到着する距離である。そのため、態々街道の途中で野営するような者はおらず、街道の中間地点を含む3カ所の休憩場所は、あくまで休憩のためだけの場所である。
したがって、朝早く領都を出たフンメル達と途中ですれ違う者は一人もいない。
だからこそ、パメラも堂々とフンメルの隣に座っていられたのである。彼らが隣領側から来る者達と出会うのは中間地点の休憩場所であり、幸いこの日のその場所にはガードナーの傭兵隊だけが先着して休憩していた。
同行しているパメラの事は、後ほど説明すると伝え移動を急ぐ。
見渡す限り、他に移動中の者は見当たらない事を確認して、一行は街道を外れて開拓村の方向を目指し草原を進み始める。なだらかな丘陵を越え、街道からは見えない位置に達したところで、休憩がてら昼食とする。
パメラの強い意向で、彼女がフンメルに同行した経緯を傭兵隊に直接説明した。ガードナーは、やや微妙な表情だったものの傭兵隊の2人の女性、カーラとキャロはパメラに大いに同情してくれた。年が近かった事もあったかもしれない。
フンメルが多少心配していた寝具の問題も、キャロが自分のベッドを使わせると申し出てくれた。譲ったキャロはと言うと、旦那であるガードナーのベッドを使うという。では、ガードナーはと言えば、どうせ夜間は交代の不寝番で常に2人はベッドを使わないから問題無いとの事だった。
食事の準備の際など、自分に出来る事はないかと率先して作業を手伝うパメラは傭兵隊のメンバーから直ぐに受け入れられ、その為人もわかったせいか、危険を承知で彼女を連れ出して来たフンメルまでが皆から評価される事になった。
商人とは思えない肝っ玉だと誉められたが、商人だって、時には腹を括る事もあるんですよと応じるフンメルに、ガードナー達も頷いていた。
草原で3泊した後の昼前、遠くに森が見えてきた。魔の森で間違い無い。
しばらく進むと前方に木の柵が見える。冬場で村の外での作業は無かったらしく、堀を渡るための橋は跳ね上げられたままである。
フンメルが見張り台に向かって挨拶する。何とそこにいたのはゴードンだった。ガードナー傭兵隊の接近を知って、予想していたらしい。直ぐに、跳ね上げ橋が降り始める。
その光景を見つめていると、隣にパメラがやって来た。
「ここは、ゴードンさんの開拓村なんですね。」
パメラのその一言に、フンメルはギョッとする。
橋は、ほぼ降りきって門の周辺に集まって来ている村人達の姿が見えてきた。
そこにいる女たちの服装が、思ったよりも華やかな事に気づきドキリとする。前回来た時には大熊の毛皮の事で頭が一杯で、村人の服装など気にも留めなかった。
そして、その時の開拓村からの帰路で、安全のために連れて来ていた護衛の一人が言っていた事を思い出す。この村の女たちの服装は自分が生まれ育った二の村よりもずっと綺麗だと。領都の女達と変わらないか、むしろこちらの方が垢抜けているだろうと。自分が想像していた開拓村のイメージとは全然かけ離れていたと。
パメラと出来るだけ縁の無い場所なら、それだけ捜査の手が伸びる可能性は小さくなると考えて開拓村を選んだ自分の判断は、果たして正しかったのかだろうか?
フンメルは恐る恐るパメラにこの村との取引について訊いた。まあ、ゴードンを知っている時点で関係性は明らかなのだが。
そして、彼女の回答も開拓村との浅からぬ関係を認めるものだった。
ここはパメラにとって、毎年数十着の古着を買ってくれる、最高のお得意様だったのである。
つい先日、パメラから聞かされた「強運の少女」という言葉が虚しくフンメルの心の中を過った。思わず彼は小声で悪態を吐いていた。
『ドラゴンの加護はどうなっている!』




