32. 痛いの痛いの、小さくなあれ!
熊の串にかぶりついていたレオのところにゴードンがやって来て、ついて来いと言う。そのまま二人が足を運んだのは、村長の家だった。
大熊討伐後、降ろされた橋を渡って村の中へ戻った時、村長からは真っ先に良くやってくれたと討伐の成功を労われていた。村長宅に着くと白髪、白髭の村長は、再びレオに感謝の言葉を述べ、お前はあの熊をどうしたいと尋ねる。
意味が分からず首を傾げるレオに、ほとんどお前一人で倒した様なもんだから、望みがあれば出来るだけ叶えるぞと言う。レオには、そんな気は毛頭無かったので村長やゴードンに任せると言うと、二人とも苦笑しながら頷いた。
「村長、あれを馬鹿正直に領都へ持って行ったら、領主家に買い叩かれるか、下手すりゃ『献上せよ!』の一言で奪い取られて終わりになると思う」
ゴードンがそう言うと、村長もウンウンと頷いている。
「来月、貢納で領都に行った際に、フンメルと相談したい。出来るだけ遠くの国の王都辺りで競売に掛けるのが良いと思う。おそらく、いくつかの商会を介する形になるだろうから、けっこうな手数料を取られるが、それでもここの領都で売り払うよりはマシだろう。大熊の原魔石も貢納で納めるのは無しにしよう。」
村長も全く異論は無い様で、もう一度頷くと、レオにそれで良いかと訊いてくる。レオもゴードンの判断の的確さは十分知っているので、あっさり同意した。
「魔物の毛皮の場合、傷の多い少ないで、ある程度の値段の違いはある。しかし、今回の大熊の皮は解体のための傷だけで実質的に無傷だ。村長のカミさんも言っていたが、まず聞いた事が無い。どれほどの値が付くか、俺には想像もつかんよ。」
ゴードンは真剣な表情でそう言うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、翌月の貢納隊は大熊の毛皮を村に残したまま領都へと向かったが、帰って来た一行には何と、フンメルとその護衛が同行していた。フンメルは、大熊の毛皮を一目見るなり大いに驚き、レオの活躍を絶賛してくれた。
その夜、村長の家にゴードン、フンメルが集まり、大熊の毛皮をどうすべきか、協議する事になった。レオも討伐者特権で呼ばれ、同席する。
論点は、いつ、何処で、誰に、どの様に売り、対価をどの様にして手にするかという事になる。取引を介する商会への手数料については、世間の慣行や相場によるところが大きく、議論は後回しとなった。
事前にゴードンから大熊の話を聞いていたフンメルは「上」「中」「下」といったいくつかの案を考えて来たそうだが、現物を見て「特上」に切り替えたと言う。
ずばり!イェルマーク王家に売りつけると言うのだ。この毛皮なら半年後に開催される建国祭の目玉になると、あの冷静なフンメルが興奮を隠さず、熱く語る。
大陸全土に名を馳せ、毎年盛大に開催されていたイェルマークの建国祭は、例の流行病のせいでここ数年、開催されていなかったという。半年後に予定されている久方ぶりの建国祭は、ようやく流行病の惨状から抜け出した大国イェルマークの復活を内外に喧伝するため、過去に類を見ない絢爛豪華なものになるらしい。
失った人材の層を埋められたかと言えば、未だお寒い限りらしいのだが、一つの区切りとしては妥当な催しだろうと話すフンメルに皆、頷いていた。
「熊の毛皮は武闘派の貴族には、力の象徴として昔から根強い人気があります。
普通の熊でも十分に迫力がありますが、巨大な熊の魔物なら言うまでも無いかと。
まあ異常種の様にグロテスクではありませんから、女性からも忌避されませんし。
ですから、王都の居館に大熊の毛皮を飾って、来訪者に自分の勢威を見せつける高位貴族はけっこういるんです。ただし、大熊の場合、その毛皮が頭から足の先まで全身綺麗に揃っている例は皆無です。理由は皆さんの方が良くご存じでしょう。仮に、あったとしても継ぎ接ぎだらけで、近くで見れば一目瞭然なんですね。
その点、今回の毛皮は正真正銘の一体物です。どれだけ近くで見ても、継ぎ接ぎなど一つも無いと分かるはずです。どうやって倒したかも含めて大いに話題となり流石は大陸随一の大国イェルマーク!と、大いに面目を施す事が出来るでしょう。建国祭の多くの出展物の中でも、注目の的になるのは間違いありません。」
そう語ったフンメルは、続いて具体的な販売方法について説明を始める。
フンメルのミラー商会と長年取引のあるイェルマークの商会があり、そこがイェルマーク王家とも取引のある大商会の傘下に入っているという。
ミラー商会から取引先のイェルマークの商会、そこから王家出入りの大商会であるヤークト商会を介して王家への売り込みとなる。そして、この3つの商会への手数料は、イェルマーク王家が支払う金額の半分ほどになるだろうとの事だ。
流石にレオも、そんなに持って行かれるのかとギョッとした。フンメルはそんなレオの気持ちに気づいたが、そこは無表情だ。しかし、ゴードンが語り出す。
「うちみたいな何の後ろ盾も無い所に大金が入ったとわかれば、ろくな事は無い。第一、領主家が黙ってはいないだろう。どうして他所へ売ったとか、分け前を寄こせなんて、まだマシな方で、下手すりゃ同じ物を至急用意せよと言い出しかねん。この取引を秘密にするには、どうしても、こういうやり方をするしかないのさ。
とにかく、今のベズコフ領都では滅多な取引は出来ないからな。」
村長もフンメルも頷いた。そして、フンメルが再び口を開く。
「領主家の跡取り息子は今年20歳なんですが、昔から癇癪持ちで有名でしてね。成長すれば少しは治まるだろうと皆、期待していたんですが、どうやら一段と磨きが掛かったようなんです。
王都には、貴族の子弟が12歳から3年間通う事が義務付けられている貴族学院という学校があるんですが、そこでも直ぐに手が出る乱暴者として有名だったそうです。まあ、卒業出来たのが不思議だと言われてました。
さらにその後、領主としての基礎を学ぶために騎士学院の領主科に入学したものの、予想どおり暴力沙汰で退学ですよ。まあ書類上は自主退学だったようですが、本来なら追放処分だったものを、金とコネの力で捻じ伏せたようです。領都の新聞社の記者が教えてくれました。
その追放処分のご嫡男モーリ様は、領都へとご帰還なさり、もっか絶賛、野に放った魔狼状態なんですよ。おっと、こんな言い方は魔狼に失礼ですね。謝罪を。
取り巻きをボディガードよろしく引き連れて、街の中で乱暴狼藉。商店街で興味のある物が目に付くと『献上せよ!』と勝手に持ち去る始末。抗議しようものなら何をされるかわかったもんじゃありません。実際、半殺しの目に遭った者も少なく無いようです。領都の商売人は皆、この街での商売は今後どうなってしまうのかと囁き合っているんです。
嗚呼、ここだと日頃口には出来ない事も思いのままに言えて爽快ですなあ!」
フンメルの言いたい放題を聞かされた。おそらく貢納の度に似たような話を聞いているであろうゴードンも、溜息を吐きながら首を振っている。村長も同じだ。
「領主家文官のリゲルさんも、先日のゴードンさんとの会合の席で言ってましたがモーリ様が文官棟にやって来て、金を出せと言ったそうなんです。領地から集めた金があるはずだと。その場は必死に説得してお断りしたそうですが、どうもベズコフ領内にあるものは、人・物・金すべてが領主家のものとお考えのようなんです。まあ、領主家の皆さんは、全員が大なり小なりそんな感じですけどね」
苦笑いでそう締めくくったフンメルを皆、沈痛な面持ちで見つめるしかなかった。
その気まずい雰囲気を振り払って、支払い方法の具体的な話し合いに進む。
フンメルは、あの毛皮なら金貨数千枚も夢では無いと、笑顔で断言するのだが、レオなんかは到底想像もつかず、実感が湧かないのである。例年、貢納隊が領都で原魔石と毛皮を売って得ている金は、金貨百枚以下なのだ。
一体、そんな大金をどうしたものか? 何せ商店も無く、住民の誰も金など持っていない開拓村なのだ。大量の金貨がやって来たら、冗談ではなく本当に穴を掘って埋めるしかない。外部に知れたら、それこそ大陸中から悪党がやって来るだけだ。頭を抱える村長とゴードンを、レオはポカンと見つめるばかり。
何しろ、それだけの大金になると、金を使う事自体が目立ちすぎて問題になる。例え密かに購入した品でも、一見してそれが身分不相応な高級品だとわかる様ならこれもまた問題だ。如何に辺境の開拓村とは言え、余所者が絶対に村へ近寄らないという保証は無い。万一目撃されたなら、不幸な未来予想図しか見えやしない。
しかし、だからと言ってせっかく得た金を使わないのも業腹だ。まさに宝の持ち腐れである。果たしてこれも、贅沢な悩みと言うべきなのか。
そこでまた、フンメルが助け船を出してくれた。やっぱりフンメルは出来る商人だと、レオは再評価する事しきりである。
まず、売った金の扱いだが、これはヤークト商会に預かってもらう事にする。
預かり証を発行してもらい、村で保管だ。村にとっては莫大な金額だが、フンメルはヤークト商会なら信頼出来ると太鼓判を捺す。
肝心の金の使い道だが、目立つのが駄目なら、目に見えない形で金を使えば良いと言う。これには、村の三人組全員が揃って首を捻るばかり。
笑顔でフンメルが語るには、例えば一流の職人をヤークト商会の口利きで集めてもらい、預かり金から報酬を支払った上で一定期間、開拓村で技術の伝授をしてもらうのはどうかと。
具体的には、鍛冶職人を派遣してもらうとか、武術の達人にしばらく滞在してもらうといった具合だ。あるいは、料理の名人に調味料持参の上、村で料理の指導なんていうのも良いではないかと提案してくれた。
これには村長もゴードンも感心しきりで、ウンウンと頷いていた。フンメルの商会にはあまり金が落ちないけど問題無いかと訊くと、貢納の際にでも酒とか贅沢品を少しばかり余計に買って下さいよと言って笑っていた。流石である。
他の商会とはこれから具体的な交渉となるが、おそらく問題は無いだろうとフンメルは言う。手数料の比率は世間相場で、その絶対額も大きい。この世界に2つと無い品を王家のためにご用意とくれば、ヤークト商会が断わるはずもない。
毛皮の輸送に関しても、高級品の輸送など日常茶飯事のヤークト商会が護衛込みで引き受けてくれるだろうと言う。細々とした契約については書面にし、再度訪問してくれるそうで、村長もゴードンもその内容で問題無いと笑顔で了承した。
そこで話は終わったと思っていたら、やおらゴードンが口を開く。
「レオ、お前は何か欲しい物は無いか? 村人全員に贅沢品を配るなんてのは無理だが、せめて大熊討伐の主役には何かしら欲しい物を贈ってやりたい。」
村長もフンメルも頷いている。レオは、しばし考え込む。
そして、レオは弓が欲しいと言った。剣や槍は、領都で手に入れた物で今のところ何とか闘えているし、日頃の簡単な補修程度なら村でも十分可能だった。しかし、身体強化時のレオの力にも耐えうる弓には、これまで出会った事が無かったのだ。
結局、フンメル経由でヤークト商会へ依頼し、村まで毛皮を引き取りに来る際に強弓をいくつか用意してもらう事になった。レオはもちろん大喜びだ。
その後、フンメル持参の酒で細やかな宴会となった。
フンメルの求めに応じて開拓村の初期の頃の様子について村長が語った。開拓村は今でこそ魔の森の近くにある様に見えるが、中州があったからこそ開拓村は造れたわけで、この場所は元々魔の森の中だったと聞いてフンメルも大いに驚いていた。
また、フンメルは今のミラー商会で小僧として10代の頃から働き始めたそうだ。歳はゴードンとほぼ同じで30代後半らしい。
それなりに酒が進んだ頃、そう言えばとゴードンが思い出して語ったのが、例の貢納隊の帰途におけるレオの惨状で、これには皆、大笑いである。レオもつい口が軽くなり、教会での廃魔石潰しと逃亡の件を告白したのだった。
ゴードンも村長もこれにはびっくりだが、何故かフンメルだけは納得顔である。
ゴードンさんには敢えて話す事も無いかと思い、黙っていて申し訳ないんですがと前置きしてフンメルが語るには、
「廃魔石が潰れた件は領都でも大変な騒ぎになりました。塵となった廃魔石を共同所有していた他の都市の教会からベズコフの教会は責められ、何としても同じ物を調達するよう迫られたんだそうです。まあ、そうなりますよね。
頭を抱えたベズコフ教会は、ありとあらゆる伝手を頼って廃魔石の調達に奔走したそうです。まあ高値が付くのは、その希少性ゆえですから、誰もが直ぐには無理だろうと考えていました。私もそう思い込んでいましたね。
ところが意外にも、その廃魔石があっさりと調達出来たんですよ。これにはベズコフの教会も大喜びというか、ほっと胸を撫で下ろしたでしょうね。それも何故か相場よりも格段に安く入手出来たらしい。思わず本物かという声が領都のあちこちで挙がったのは、お約束みたいなもんでしょう。まあ、本物だったんですがね。
そして、新しい廃魔石が届いた頃、廃魔石を潰した人物について領都内で調査が始まったんです。ただ、普通の犯罪捜査の様な領都の警備隊によるものではなく、何故か教会が中心となって情報を集めていたんです。罰するための調査では無いし弁償させるつもりも無いとされていました。
廃魔石が塵になった日が教会安息日の翌日で、レオさんが魔力判定に行く事になっていた日でしたし、塵になった時に廃魔石に触れていた人物が巨漢だったという噂から、私は廃魔石を塵にした人物はレオさんに違い無いと考えていました。
ただ、調査の目的が判然としないので、リゲルさんとも相談して黙っている事にしたんです。結局、調査はめぼしい成果も無く、立ち消えになったようですが。」
フンメルのその話にレオは一挙に酔いが醒め、微妙な表情になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会合の翌朝、レオは目覚めると少し胸が疼いた。久しぶりの感覚である。
いつもの “儀式” をしばらく行う。痛みが引いたのでベッドから出て朝食にした。
成人して間もない頃だったろうか、時々胸が疼く様になった。激しく身体を動かした時には、かなり痛む事もあった。村で薬作りを一手に引き受けているカロン婆さんに相談して塗り薬をもらったが、あまりと言うか、まったく効果は無かった。
そんなある日、魔の森への “出勤” のために各種装備を身に着けて、村の広場の近くを通りかかった時、子供の泣き声が聞こえた。
泣きじゃくる幼児を母親が宥めている。転んだようだ。膝小僧に土が付いていて掠り傷からは血が滲んでいる。レオは歩み寄ると水筒の水で汚れを落としてやり、ハンターとして持ち歩いている傷薬を母親に渡して塗り込ませた。
染みたようで幼児はギャン泣きだ。レオも、まあ、そうなるなとは思っていた。すると母親が怪我をした膝小僧の辺りに手の平をかざして、
「痛いの痛いの、小さくなあれ! 」
と、おまじないの言葉を口にする。
幼児は半ベソながらも、さっきまでの狂った様な泣き声は不思議と治まった。
そう言えば、昔、自分もマーサ姐さんから同じ事をしてもらったなと思い出す。どう考えても気休めでしかないのは分かっているのだが、あのおまじないの言葉で不思議と痛みが軽くなったような気がしたものだ。
そうして、その夜ベッドの中で胸の疼きを感じた時、ふと昼間の些細な出来事を思い出したのだった。あまり深く考える事もなく、疼く胸の上に手の平を載せて、『痛いの痛いの、小さくなあれ!』と念じてみた。魔力を込めながら繰り返し。
気のせいかもしれないが、痛みが薄れて行く様な感じがしたのだった。
効果があるなら続けるのが “吉”。 密かに “儀式” と称して、レオは胸に痛みを感じた時には、これを実行するようになった。『痛いの痛いの、小さくなあれ!』
レオが、その時どんなイメージでこの言葉を念じていたのかは、分からない。
しかし、魔力の増大に伴い拡大して来た体内魔石が、何故かこの “儀式” によって一時的に拡大を止めただけでなく、逆に僅かながら縮小したのは紛れもない事実であった。しかも、それに伴うレオの保有魔力への影響はまったく無いままに。
魔石の持つ知られざる神秘の一つを、レオは実にあっさりと手中にしたのだ。
魔力持ちが魔力を込めて魔石に真摯に向き合い、渇望する。そんな至ってシンプルながら誰も思いつかなかったやり方で、この奇跡を実現したのである。
意志とイメージ、そして渇望。それこそが真に重要だという点で、魔法も魔石も実は同じだったのだ。
そして、それは古今東西すべての魔導師が望んでも得られなかった、超越者への確かな道筋を切り開いた瞬間だった。人類の前に立ち塞がっていた魔導師病という巨大な壁をレオは突破したのである。例によって、本人は知らぬままに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌年、レオは嫁を貰った。相手はミーナ。全くの想定どおりで誰も驚かない。
レオ18歳、ミーナは1つ年下の17歳。二人は、村の外れで新婚生活を始めた。新居は農閑期に手の空いた村人が集まり、新参者や新婚向けに毎年建てている新築物件。レオもよく手伝いに駆り出されていたが、ようやく住む側に回った。
村では大人しい娘と思われていたミーナだが、実はけっこう気が強く、レオも度々叱り飛ばされて小さくなっている姿には、村人たちも大笑いである。
あの、大熊殺しのレオにも天敵がいた! ミーナは猛獣使い! と噂された。
そんな日常の中、レオは通算4回目の全能感と多幸感を朝の目覚めで味わった。それは、第五階梯への到達を意味するものに他ならなかった。




