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31. 大熊との死闘(後編)



 開拓村と魔の森の間にある農地の端を歩きながら、レオは森の中の魔力を探る。魔の森全体から感じ取れる微弱な魔力。その中に交じるいくつかの魔力の塊。

 この場所に最も近い森の外縁部に大きな塊が2つあるのがわかる。恐らく、その内の1つが大熊に違いないと思った。



 レオは、幼い頃から魔の森の中に時折、不思議な気配を感じ取っていた。

村の農作業での見張り役をする様になると、直ぐにそれが魔物の気配なのだと知る事になった。その感覚は見張り役にとって随分と役に立つものであった。


 しだいに近づいてくる気配があれば、その方向をじっと見つめる。いよいよ近づいて来たと感じたら木の棒を握り締めて待ち構え、魔物が森から姿を現した瞬間に吊り下げられた板を叩いて、農作業をしている皆に知らせるのだ。

 村の大人たちから、レオは良い勘をしているといつも誉められていた。


 最初の頃は微かな違和感でしかなかった魔物の気配。それが見張り役となって、熱心に取り組んだ結果、気配を察知する能力はしだいに研ぎ澄まされていった。

 3年ほど経った頃には察知出来る距離が伸びる一方、ある程度なら気配の大小の違いまで判別出来るようになっていた。


 魔の森の中から近づいて来る魔物の気配、そして森から姿を現す魔物を直接目にする事により、気配と魔物の大きさや種類との関連性を把握出来る様になった。

 大きな魔物ほど気配も大きい。そうして、体格は魔物の種類に依るので、気配の大きさとその動き方により、魔物の種類をかなり正確に推定出来る様になった。

 最近は体格と言うよりも、魔物が体内に持つ原魔石の属性数に関係するのではないかと考えている。


 さらに、自分がハンターとなって魔の森で狩りを行うようになると、新たな発見があった。身体強化を行うとけっこう離れた位置にいる兎や狐、それに狸の様な弱い魔物が即座に逃げてゆき、逆に魔狼や魔猪の様な強い魔物は寄って来るのだ。

 レオは考えた。自分が放っている魔力のせいだろうと。自分が昔から感じ取っていた気配を魔物の側でも感じているのだ。気配とは魔力の顕現で違い無いと。


 さらに、身体強化を使っていないのに、レオを感知しているとしか思えない挙動を示す魔物がいる事も知った。どうやら魔力持ちの自分は、無自覚のまま何かしらの影響を周囲に及ぼしているようなのだ。


 それ以来、自分がそこにいる事による “魔力的な影響” を抑えるための工夫を模索し始めた。恐らく、自分の魔力が無意識の内に漏れ出して周辺の魔物たちに察知されているのだろうとレオは考えた。


 戦闘時の身体強化や魔力放射の様にここ一番で魔力を行使する場合は仕方無い。しかし、常に魔力がダダ漏れになっているせいで、魔物にこちらの存在がバレバレというのは問題である。魔物を仕留める寸前まで気配を抑える事が出来なければ、ハンターとして狩りの成功はおぼつかない。


 試行錯誤の結果、穏やかに心を保ち、魔力の体内循環を意識していると、魔力の体外漏れには効果がありそうだと最近気づき、もっか修行中なのである。

 そして、自分の体内の “ざわめき” を抑える事により、周囲の気配察知がより鋭敏になっている事も自覚していたのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レオは大熊を求めて魔の森を探る。森の浅い位置に2つの魔力塊が感じ取れる。

1つは、じっとその場に留まり動いていない。そしてもう1つは、さかんに動き回っており、こちらの方が魔力は大きいようだ。


 その場から動かない方は、あの白い魔狼だろうとレオは考える。1年ほど前からたまに見かける奴。魔狼のくせに恐ろしく用心深く、いつもこちらの様子を遠くから窺っている。魔狼と言えば、普通は人の姿を見ると、まっしぐらに襲いかかって来るものだ。白い魔狼は、そこが全く違う点が不気味なのである。大熊相手の乱戦の最中に出て来られたら厄介だと思った。

 まあ残念ながら、その辺は今どうしようもないので気にしない事にする。


 動き回っている大きな魔力の方が、恐らく大熊だろうと当たりを付ける。

その方向に向けて中程度の魔力波を放つと、直ぐに大きな咆吼が聞こえた。魔狼の咆吼ではない。そして、魔力の気配がこちらに向かって来るのがわかる。安い挑発に即座に反応する魔物。まだ、若い奴なのだろう。こちらにとっては好都合だ。


 それでも油断など出来ない。大熊はその前足の一振りで簡単に人を殺せるのだ。しかも、本当に恐ろしいのはその体力だ。人間ならとっくに力尽きている状態でも暴れる。前回の大熊討伐でも、死者が出なかったのが不思議なほどの乱戦だった。

 熊殺しの槍は大熊の肩に突き刺さって、その周辺と前足一本を消し飛ばしたが、それでも相当に長い間、大熊は暴れたのである。死者が出なかったのは、村の者たちの巧みな包囲と息の合った連係によるものであった。



 レオは、しだいに近づいて来る魔力の気配を感じつつ魔の森の外縁部から村の方へと後退する。森の端から100歩ほど離れ、近づく魔力の方向を注視する。

 森の中から飛び出して来たのは予想どおり大熊だったが、想定より大きかった。四つん這いの体勢でも、体高はレオの肩口程度はありそうだ。後足で立ち上がればレオの身長の軽く倍は超えるだろう。


 大熊はレオに気がつくと、じっと見つめてくる。品定めをしているようだ。レオは用意しておいた小石を大熊に向かって投げつけた。

 飛んで行った小石は残念ながら当たらなかったが、まあ、当たったとしても大熊には何のダメージも与えなかっただろう。それでもレオは十分に目的を果たした。


 一声吠えると大熊はレオに向かって駆け出す。レオも村に向かって走り出す。

レオと大熊の距離は、現時点で約100歩。レオから討伐隊までが約200歩。

 身体強化を使えば開拓村随一の俊足を誇るレオだが、それでも大熊の全力疾走には敵わないと十分理解していた。村の大人たちから何度も聞かされてきた事だ。

 全力で討伐隊の面々がいる場所を目指して走る。防護柵の上には多くの村人の顔が並んでいた。ほとんどの者たちが腕を振って声援を送っている様に見える。


 背後の大熊の魔力が近づきつつある。もう50歩ほどまで近づいている感じだ。後ろが気になって仕方がないが、ここで後ろを振り返っても良い事は何も無いと分かっている。だから振り返りたい気持ちを捻じ伏せて走り続ける。余計な事をして速度を落とすわけにはいかないのだ。追いつかれたら自分は終わりだし、村だって無事では済まないだろう。必死に走る! 走る! そしてゴール!

 レオは、待機する討伐隊の中に滑り込んで急停止すると、その場で振り返った。


 しかし残念な事に、そこで目にしたのはとても信じられない、あり得ない光景。彼の奮闘のすべてを台無しにする、とんでもない情景がそこに現出していたのだ。


 どうやらコケたらしい。


四つ足の大熊が何故に転ぶ!? レオは、もはや驚きを通り越して怒りすら感じた。しかし、実際のところバランスを崩した大熊は、重量感溢れる轟音を響かせながらこちらに向かって真っ直ぐに “転がって” 来る。もはや槍で迎撃どころではない。


 この想定外の事態を前にして、一体どう反応すべきか誰も判断出来ず、ただ呆然と見つめるばかり。そうして、ようやく止まった大熊を見れば、四つ足を投げ出して文字どおり “大の字”。滑稽極まりないのだが、誰一人笑えない。


 大熊こと “泣く子も黙る” 熊の魔物は大地の上に “ヘソ天” で横たわっていた。そして、起き上がった大熊が後足で仁王立ちしたその場所はと言えば、あろう事か大熊討伐隊の、まさに目と鼻の先だったのである。


 事態は最悪! 誰もが目を見開き、口をあんぐりと開いたまま言葉も無い。


 人間側の一方的で身勝手な都合では、本来その位置での大熊はトップスピードか限りなくそれに近い猛スピードで、こちらに向かって突進しているはずであった。誰もがそれを想定して鍛錬に励み、決死の覚悟を決めてこの場に立っていたのだ。


 毎年、農閑期の冬場には、太い丸太の両端を木の枝に吊り下げて水平にし、前後に揺らして大熊の突撃に見立てた訓練を行って来た。大熊の強襲に呑まれず真正面から立ち向かう胆力を鍛えるために。寒い中、レオも訓練に励んだものだった。


 それなのに目の前の大熊は、後足二本でがっちりと大地を踏みしめ、“静止” 状態なのである。そして、おまけとばかりに天に向かって凄まじい咆吼(ほうこう)を挙げている。


 森の中とは違って何の障害物も無い開けた農地で、生まれて初めて全力疾走した大熊は、かつて経験した事の無い自分の “トップスピード” をうまくコントロール出来なかったらしい。


 果たして大熊にも羞恥心というものが有るのかどうかは知らないが、大勢が見守る中でコケた自分に腹を立てたのか、それとも単に誤魔化したかっただけなのか、大熊は耳を覆いたくなる様な凄まじい咆吼を天空と、ついでに人間達へと放っていた。


 助走すら満足に出来ないこの至近距離では、人が全力を振り絞って重い槍を突き込んだとしても、良くて “かすり傷” 程度だろう。いや、たぶん前足で払われて、槍を大熊に届かせる事すら難しいに違いない。


 逃走しようにも左は大河か魔の森。背後は堀。水に飛び込んでも大熊は泳げる。右に走って平原へ逃げたとしても、大熊の方が圧倒的に速いし持久力もあるのだ。討伐隊はもちろん、背後で見ている村人たちも含め、誰もが思った。


 『詰んだ!』


 次の瞬間、多くの村人が目撃していたにも拘わらず、誰一人として理解出来ない不思議な事が起きた。大熊の左手前の人影が “ヌルリ” と動いて大熊の懐に入り込んだのだ。素早いと言うよりも、むしろ “(すべ)る様な” と表現した方がしっくり来る何とも不思議で(なめ)らかな動き。身体強化を使い(こな)す武芸の達人たちが見たならば、


「お見事!」


と絶賛したであろう動き。それはまさに、身体強化の一つの極致であった。


 天に向かって咆吼を挙げていた大熊は、その大口を開けたまま前傾し、目の前の矮小な存在たちを見下ろす。自分と人間の格の違いを思い知らせようとでも考えていたのかもしれない。しかし、まさにその瞬間、鋭い一撃が胸を貫いていた。


 誰にも見えず、気づく者もいない魔力波の一撃。でも、ほんの一瞬、大熊はその巨体を硬直させた。残念ながらその一瞬は、大熊にとって十分に致命的だった。

 気がついた時、何とも間抜けで、しかし驚嘆すべき事には大熊の開けた大口の中に槍が突き込まれていたのである。


 その信じられない光景は、3,4呼吸ほどの間、続いたであろうか。大熊の口に槍を突き入れていた人物は、槍を引き抜くと素早く背後に飛び下がる。


 その人影に追い縋るかの様に、大熊がゆっくりと前へ移動してゆく。

しかし、大地を踏みしめる二本の後足は地面から離れておらず、離れた時にはその巨体は前方へと倒れ込んでいたのであった。白色火魔石を起動する事も無く、鋭い穂先で大熊の延髄を破壊していたのだ。


 ド~ン!という音と共に巨大な熊は地面に倒れ伏し、周囲に土埃が舞い上がる。周辺には奇妙な静寂が訪れ、誰もが凍り付いた様に動かなかった。皆、唖然とし、目の前で起きた出来事が理解出来なかった。もしくは現実に起きた事とは、とても信じられなかったのだ。


 最初の歓声は背後からだった。村の中から防護柵越しに見ていた者たちが次々と声を挙げた。その声で再起動を果たした討伐隊の男たちが、大熊が本当に死んでいるのか見極め始める。その死を確認すると次々にレオへ歩み寄り背中を叩いた。

 皆興奮し、そして満面の笑みだった。こいつ、本当にやりやがった!


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「凄い! 凄いよ! この熊! こんな傷の無い熊、見たことない! 初めて見るよ! 極上の毛皮が取れる! 高値で売れるよ、きっと! この村の全員に冬の服を何着も買っても余るほどのね!」


 村での毛皮処理を長年差配して来た村長の奥さんが、興奮してまくし立てる。

熊の魔物のような大物退治の場合、魔導師がいれば黒焦げ、いなければズタズタと相場は決まっている。どっちにしても、まともな毛皮など残らない。


 実際、前回の開拓村での大熊討伐の際も、魔石が採れただけ幸いだったとされ、大勢でタコ殴りに滅多刺しの毛皮は、まともに(なめ)す事も出来ず、到底売り物になる代物では無かったという。それが今回は、全く無傷と言えるほどの最高の状態。


 そして、それ以上に素晴らしいのが斃した場所だった。簡単には運べないこんな大物が、村の門の直ぐ側で斃せた意味は本当に大きいのだ。堀の代わりにしている小川は目の前だし、解体は村の中で出来るのだ。


 直ぐに処理が始まる。

まずは、大熊の脚には縄が結わえ付けられる。その縄は、堀の側にある例の緊急縄梯子用の頑丈な杭に固定され、大熊の巨体は堀の中へと押し込まれた。そのまま流水の中で血抜きが行われると同時に、表面の汚れを洗い落とし大熊の体は冷やされる。


 しばらく放置した後に引き上げられ、村の中へ運び込んで解体し、皮の剥ぎ取りや食肉の処理などが行われる。毛皮を無駄に傷つけぬよう、細心の注意を払いながら腹を割き内臓を取り出す。最も価値のある原魔石の他、心臓や肝といった食用に適した部位だけを残して、他は川に捨てられた。


 何せ、安全な村の中での作業なのだ。老若男女を問わず、それぞれの作業ごとに村一番の腕前の連中が揃って腕を振るう事が出来るのだ。とりわけ毛皮に関してはこれ以上望めない最上の逸品が手に入るのは間違い無かった。

 命のやり取りの場で、死に物狂いの滅多斬りで出来た傷と、職人が可能な限り目立たぬ様、注意を払って付けた傷では歴然とした違いとなる。


 熊が堀の中で冷やされている間、すでに取り出されていた肝は村の女達によって切り分けられ、串焼きにして村の広場で皆に振る舞われた。

 普段の村の慣例では、肝の様な精の付く食材は妊婦や体の弱っている者に優先して与えられる事になっていて、罠で得た中小型程度の獲物では、仕留めてきたレオ本人の口に入らない事も多かった。


 ところが今回の獲物は大物で、最初から討伐隊のメンバーを始め、多くの村人に振る舞う事が出来た。串焼きにかぶりつくレオは、次々に賞賛と感謝の言葉を掛けてくる村人たちに笑顔で応じながら、次なる熊肉の “焼き肉祭り” を楽しみにしていたのである。


 そんなレオのところへゴードンがやって来ると、ついて来いと言う。


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