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30. 大熊との死闘(前編)

 17歳となったレオは、開拓村No.1の魔物ハンターとなっていた。

成人前から既に魔狼を相手に安定した闘いが出来ており、15歳の成人になると正式に開拓村のハンターとして認められた。まあ要するに、食肉の確保係である。


 原則、収穫期の様に人手を一番必要とする時期以外は、農作業を免除されており魔の森で魔物狩りや、ついでに薬草採取に専念する日々である。



 その日もレオは魔の森にいた。仲間2人と一緒に森に仕掛けた罠を見回っていたところ、突然、背後の村の方からカーン、カーンという鐘の連打が聞こえ始めた。皆一瞬ギョッとする。


 鐘の連打は、村が深刻な危機に瀕している時の合図なのだ。

過去の事例から考えられるのは、魔物による襲撃か火事だ。全員が大急ぎで森から抜け出すと、村の門を目指して走った。村から火や煙は上がっていない。


 魔の森側に面した防護柵、そのほぼ中央にある開拓村の西門。そこにあるのは、堀として利用されている小川を渡るための、跳ね上げ式の橋である。まあ、実態は丸太を並べて縄で結わえて揃え、その上に板を打ち付けただけの代物だ。


 村の内側からその丸太橋を真っ直ぐに見て、堀の外側となる橋の先端部分の両脇に太い縄が括り付けてある。その縄を門の両脇にある高い柱の天辺にある滑車を通して巻き上げ、橋の手前部分を起点にして直立させるのだ。

 垂直となった橋は門の開口部を塞ぎ、そのまま防護柵の一部となる。成人15歩程度の幅がある小川を渡る長さのある橋なので、門のところだけが突出した高さになっている。


 レオたちが森から出た時には既に、橋は半ばまで引き上げられていた。村の外に未だ人がいるのがわかっていながら門を閉めるという事は、それだけ事態が切迫している証だ。鐘の連打は伊達や酔狂では無いという事なのだ。


 しかし、村の外に取り残された者たちにも、ちゃんと救済策が用意されている。門のすぐ側、堀の外側に2本の太い杭が打ち込まれている。そこから、堀と防護柵を越えて、防護柵の直ぐ内側に築かれている櫓に向かって、太い縄で編んだ網状の縄梯子が渡されている。


 普段なら橋を跳ね上げて門を閉める際に外されるのだが、今回の様な緊急で門を閉める場合には、そのまま残されている網状の縄梯子。同時に3人ほどが並んで渡れる幅がある。レオと2人の仲間は堀の上に掛けられたままの、この縄梯子に取り付くと四つん這いになって一斉に渡り始める。櫓を見ると、そこには抜き身の剣を持った見張り役がついていた。


 「何があった?」


「大熊だ。熊が森の浅いところにいるのを見た奴がいる」


 レオの問いかけに、見張り役の男が返す。納得だ。大熊、すなわち熊の魔物に村への侵入を許したら、村は終わりだ。門の閉鎖は村の取り決めどおりだった。


 抜き身の剣を持つ見張り役は、盗賊や魔物といった外敵が縄梯子を伝って入って来ない様に備えている。可能なら侵入を阻止し、それが無理だと判断した場合には縄梯子を切り落とす役割だ。

本来なら槍の方が侵入者対策には向いているのだが、縄梯子の切断を最重視しているため剣を手にしているわけだ。ただし、その切断は村の外に取り残された村人を見捨てる事になるので、胆力のある者が任されていた。


 取り敢えずレオたちは縄梯子を伝って、無事村の中へと戻る事が出来た。

村の周辺で農作業をしていた者達は、全員が丸太橋を巻き上げる前に村の中へと戻っており、縄梯子を使って戻ったレオ一行が村外に出ていた最後の者達であった。取り敢えず全員の避難と門の閉鎖は完了である。だが、問題はもちろんこの後だ。


 開拓村にとって大熊は事実上、最大の脅威である。異常種の様に大熊よりも恐ろしい敵はもちろんいるのだが、異常種が森から出てくる事は滅多に無い。以前目撃した大蜘蛛も、あれ以降は一度も現れていない。

 大熊も本来なら森の中に確固とした縄張りを持っており、わざわざ森の外へ出て来る必要は無いはずなのだ。しかし、時折、縄張り争いに敗れた比較的若い雄熊が森から出て来て、人間の生活圏に侵入する事があると言われていた。


 魔狼は、開拓村の住民にとっては、最も身近な魔の森の脅威である。その強大なジャンプ力によって開拓村の防護柵程度なら跳び越える事が出来る。

 それでも柵と堀の配置のせいで、全力疾走して堀の手前でジャンプしたところで柵を越える事は不可能なのである。また、仮に堀を泳ぎ切って柵の下に取り付いたとしても、水中から柵を越える様なジャンプは無理だった。


 しかし大熊は、堀はおろか大河ですら易々と泳ぎ切る上、水に下半身が浸かったままでも、その凄まじい腕力で防護柵を破壊する事が出来るのだ。村の周辺で大熊が目撃された場合、まずは村人を村内へと避難させて門を閉じるが、そのまま閉じこもっていれば解決というわけではない。何をさて置いても絶対に倒さなければならない相手、それが大熊なのだ。



 レオは仲間と共に村の広場に向かう。そこには村長やゴードン、それにベテランのハンター数人がいた。レオに気づいたゴードンが軽く頷く。それに応えて、口元を引き締めたレオも大きく頷き返す。大熊討伐隊の出動である。


 開拓村の村長は、開拓団時代からのリーダーであり、もうけっこうな歳である。

そして、次の村長と目されているのがゴードンなのだ。誰もがそう思っていたし、村長自らも明らかにゴードンを自分の後継者と見做していた。

 その能力、人格、村の外との交渉力。どれをとってもゴードン以上の村人はいなかった。レオも、育ての親とも言えるゴードンには是非とも村長になってほしい。


 そこに、この大熊である。その討伐任務は半端なものでは無い。命の危険は十分過ぎるほどある。だからこそ、この大熊討伐任務をやり遂げれば、ゴードンが次の村長になる事は確定となる。

 そして、言葉にするのは恥ずかしくて言えないのだが、要するにレオは、


「ゴードンを男にしたい!」


という心境だった。これまでゴードンに受けた恩義を少しでも返したい。しかも、それが村のためにもなるのなら、こんな嬉しい事は無いと思っていた。


 大熊討伐隊のリーダーはゴードン、レオもその一員でメンバーは総勢5人。

ゴードンは、一人一人に討伐隊参加の意志を確認し、全員が頷くとそのまま武器庫となっている広場の隅の小屋へと向かうのだった。いずれも歴戦の魔物ハンターであり、魔物の怖さは十分に知っている。ましてや相手は大熊なのだ。全員の表情が心なし硬いのも当然の事であった。



 普通の熊ですら倒す事は容易ではない。

その圧倒的な力の前では、先に攻撃を受けたらそこで終わりだ。離れた位置から弓で急所を一撃などというのは、戯言に過ぎない。


 まず先制しなければ意味が無い。リーチのある大熊相手に最初から剣で闘うなど自殺行為だ。武器は槍が基本になる。しかし、突き込んだ槍の穂先が、運良く骨の隙間に入ったとしても、密集した剛毛に強靱な皮、分厚い脂肪、そして引き締まった筋肉が待ち構えているのだ。

 それらすべてを貫通して熊に有効なダメージを与えるには、よほど手数を稼がなければ無理だ。集団での長期戦が当たり前であり、実に厳しい闘いとなる。


 そして、開拓村が相手にしなければならないのは、熊は熊でも魔物の熊なのだ。

体格、力、俊敏さ、それに頑丈さといった闘いに関わる重要な基本要素が、どれをとっても普通の熊の何割増しかになっている。しかも恐ろしい事には、その違いがもはや量的な差では無く、質的に異なる差にまで変わっている事だ。


 大熊の攻撃力は普通の熊より一段も二段もアップしているのに、頑丈さが増した事による防御力アップは、もはや人間側の攻撃が通用しないレベルとなっている。


 普段使っている先端部だけが鉄の槍では、大熊に効果的なダメージを与える事が出来ないのだ。仮に効果のある強烈な力で突き込めたとしても、鉄と木の接合部がその衝撃に耐えきれず、槍が壊れてしまうのだ。とてもそんな槍では闘えない。

 要するに大熊が相手の場合、向こうは攻撃力が増しているのに、こちらはいつもの攻撃手段が通じないという悲惨な状況なのである。


 この世界で大熊を倒すためには、普通なら魔導師隊と騎士団が派遣される。

しかし、開拓村はもちろん、ここベズコフ領全体でも魔導師など一人もいない。

 領主であるベズコフ子爵は、領都が魔の森から離れている事から魔物の出現などあり得ないと考え、金の掛かる魔導師隊の整備など検討すらしていないのだ。


 しかもあろう事か、魔の森に隣接する開拓村で大きな被害が出る様な事態が発生したら、その時点で監視と警戒を強化すれば良く、最悪の場合でも領都の街門を閉じれば済むと考えているらしい。領都には高い石壁がぐるりと築かれているので、心配する必要は無いのだそうだ。以前、ゴードンが領都の住民から聞いたベズコフ騎士団幹部の本音らしい。

 まあ、かつてレオも見た、あの高い街壁なら魔狼のジャンプすら防ぐ事が出来るだろう。


 それにしても、開拓村を魔物大量発生の警報器代わりと見なし、領都の門を閉めるだけで積極的な魔物討伐の意志も無い領主の姿勢は、本当に腹立たしいと思う。

 開拓村の住民にとってはもちろん死活問題なのだが、村と村の間がけっこう離れている状況で、開拓村が全滅する様な事態でも起きたなら、他の村も一つずつ順番に壊滅する可能性が高いのだ。(これをゴードンは各個撃破と言っていた)


この様に領主は当てにならない上に、他の村から見下されている開拓村では他所からの応援も期待出来ない。結局、通常の武器が通用しないこの大熊という難敵と闘うにしても、独力で何とかするしかないわけだ。


 そこで登場するのが、“熊殺しの槍” なのだ。開拓村渾身の逸品である。


 大人の身長の倍以上の長さを持つ長槍。しかも、すべて鉄で出来た一本物。

先端は、もちろん尖っているが、普通の槍とは少し違う。穂先に一工夫あるのだ。指を揃えて真っ直ぐに伸ばした手のひら、その中指先端を穂先とすれば、手の平のど真ん中辺りに、窪みが設けられている。そして、そこには赤色のドングリ魔石が嵌め込まれ、粘着性のある木の樹脂で固められているのだ。さらに、穂先とは反対側の石突きの部分は何と “(くわ)” の形をしている。畑を耕すアレである。


 この異形の武器の使い方はこうだ。

頑丈な熊の魔物の体表を突き破るためとは言え、文字どおり鉄の棒。重量もあるので一人で振り回すのも、突き込むのも容易ではない。だからといって複数の人間で抱え込んで全力突撃しても、大熊の動きに追従出来るとは思えない。


 そこで、地面にこの槍を寝かして待機し、別の人間が挑発して怒り狂う大熊を誘導する。槍の傍らで待機している人間は、大熊が自分に襲い掛かる寸前、槍の先端を持ち上げて大熊の方から突っ込ませるという戦法である。大熊自身の突進力で強靱な大熊の肉体にダメージを与えるわけだ。

待ち伏せしている者は石突き側の鍬部分を地面に突き刺し、大熊がぶつかって来ても出来るだけ槍がその場に踏ん張れるようにするのである。


 そして、槍の穂先が十分に大熊の体内へと入り込んだなら、そこでドングリ魔石の出番となる。実はこの魔石は通常の火魔石ではない。魔石変換の際の温度が高いほど出来た火魔石も高温を発するという、あの性質を利用した特別な魔石なのだ。


 熊殺しの槍に嵌め込んでいる火魔石は、村唯一の鍛冶場で鉄を灼熱させている時に魔石変換したものである。見た目は普通に赤い火魔石なのだが「白色火魔石」と呼ばれているそれは、民家の竈の中で変換した火魔石とは違い、起動させると直視出来ないほどの眩しい白色に輝き、凄まじい高温となる。


 ただし、その代償として極めて短寿命であるとともに、万一の誤作動が怖いので保管には神経を使う代物なのだ。通常は村の倉庫の中で錆び防止のため油を満たした革の鞘に先端を差し込み、魔石部分が地中深くになる様、槍は大地に半ばまで埋め込まれた状態で保管されている。


 この様に、とても手間の掛かる白色火魔石なのだが、その威力は絶大だ。

魔物の体内に十分深く突き込んだ後に起動すれば、その超高温により体液が一瞬で沸騰し体内で爆ぜるのだ。以前レオも、実演を見た事がある。魔狼の死体の腹を割いてこの魔石を奥へと放り込み、起動させたのだ。ボンという大きな音の後、魔狼の死体はその場から跡形も無く飛び散っていた。

大熊の頑丈な肉体もこれには為す術が無いはずだ。



 大熊討伐隊一行は倉庫から槍を一本ずつ引き抜くと、そのまま西門へと向かう。

途中、多くの村人たちが待ち構えていた。ただし、ほとんど女子供と老人ばかり。


頑張れ! 頼むぞ! と声を掛けてくる。


 そんな中にミーナもいた。泣き出しそうな顔をしている。レオは手を振ると大きく頷いた。大丈夫だと笑顔を向ける。そうして、再び西門を見つめて歩き続ける。


 先ほど、避難して来たルートをそのまま逆に辿り、レオは村から出た。肩に重い槍を担いだ状態で慎重に縄梯子を渡った。不測の事態に備えるため、閉じた西門のすぐ内側には、魔物との戦闘経験のある男達が全員集まり待機していた。



 一方、堀を渡った西門のすぐ外側、そこから魔の森方向にすこしばかり移動した辺り。穂先を魔の森の中心方向に向けた状態でゴードンが槍を大地に置き、石突きの “鍬” 部分を踏みつけて土に埋めた。

ここが討伐隊5人の中心であり、恐らくは大熊の突撃してくる可能性の最も高い場所となるはずである。要するに最も危険で、最も胆力を試される場所なのだ。

その両脇に2人ずつ、適当に間を空けて布陣する。レオはゴードンのすぐ左だ。


 レオもこの真ん中の位置を希望したのだが、却下された。

ただし、レオの果たすべき重要な役割がもう一つある。大熊の誘導である。

村一番の俊足を誇るレオには適役であり、こちらの危険性も相当なものである。

大熊を挑発してゴードンの前まで引き連れて来る。ゴードンの傍らに走り込んで、そのまま槍を構えて待機する。大熊がゴードンではなくレオに突っ込んでくる可能性も実は高いのだ。


 全員が所定の位置に槍を横たえると、一旦ゴードンのところに集まって来る。

森に向かって大地に横たわる5本の槍。後はレオが大熊を求め、魔の森に向かってスタートを切るばかりである。

 しかし、全員表情が硬い。それはそうだ。何せ、自分の体重の軽く10倍を超える様な怪物の突進の前に生身を晒し、激突寸前に重い槍を持ち上げて横へ飛ぶのだ。


 少し早くても、少し遅くても自分の命に関わる。どんなに自分がうまくやり遂げたとしても、タフな大熊が即死するとは限らない。おそらく、致命傷を与えても、しばらくの間は半狂乱で暴れまくるだろう。まさに、自分の運が試される時だ。



 レオは、皆の暗い表情を見て、何でも良いから気分を変える様な話題は無いものかと必死に考える。そこで、ふと思いついたのが魔導師と騎士団による魔物討伐の有様だった。参考になるかと、唯一知っていそうなゴードンに聞いてみる。


 何でも、10人ほどの魔導師が次々に火球を放ち、ある程度ダメージを与えた後に今度は投げ槍を掲げた騎士団が、こちらも次々と馬で全力疾走しては、魔物とすれ違いざまに槍を投擲してゆくのだという。

そのダイナミックな光景を思い浮かべ、凄いなとレオは思ったのだが、ふと周りを見ると皆の表情はあまり改善されていない。景気づけに良いかと思って聞いてみたのだが、魔導師も騎士団もいない現状を自覚させられ、効果は無かったようだ。


 ええい! ままよ! とレオは、心の中で叫ぶ。自分が大熊誘導のために魔の森へ走り出す前に、せめてもの景気づけをと決意し、大胆にも皆に問いかける。


「誘い出すだけで良いのか? 倒しちまっちゃダメなのか?」


 レオは皆にそう言い放つと、ニタリと不敵に笑った。

一瞬、誰もがあっけにとられる。しかし、たちまち破顔すると皆、笑い始める。


 そうだな! それも良いな! 頼むぜ、レオ! 皆は口々にそう言いながら、レオの背中を叩いてくる。完全にとは言えないかもしれないが、取り敢えず余計な緊張は去って行った様に見える。

ゴードンも不敵な笑みを浮かべながら大きく頷く。さあ、始めようじゃないか!


 そう! 今日は熊狩りにはうってつけの日だ! ちょいと大きめの熊だけど!


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