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3. 身体強化を究める

 濃厚な魔素の漂う環境で体内に魔石を得た生物だけが魔物となるわけだが、最初に形成される魔石は本当に小さく、(ささ)やかなものである。


 しかし、その小さな魔石が内包する魔力を消費し、周囲の大気から魔素を吸収して魔力を回復する事で体内の魔石は少しずつ膨張し、それに連れて魔力量も増えてゆくのだ。


 そして、この小さな魔石が人にとっては、その後の人生で魔法を操れるかどうか、すなわち “魔導の道” を歩めるかどうかを決める “鍵” となる。

 体内に魔石が無ければ “魔力持ち” にはなれず、魔力が無ければ魔法を操る事は出来ない。それは、この世界の厳然たる事実。


 魔石という魔力の貯蔵庫を体内に宿していない、大多数の “只人(ただびと)”たちにとって、絶対に手にする事の出来ない奇跡こそが魔法。その魔法を操れる者は “魔導師” と呼ばれ、この世界では畏怖される存在である。


 そして、魔素の極めて濃い魔の森で乳児期を過ごした事が、魔導師となるためのたった二つしかない道の一つだった事、しかもこの世界の魔導師の中では、極めて(まれ)な道筋であった事をレオが知るのは、ずっと後の事となる。



 さて、そのレオに話を戻すとしよう。


 突然、木剣が飛んで来て無意識の内に身体強化を発動したレオだったが、体内の魔素の揺らぎとか、そんな雲を掴むような話を何と表現すれば良いのか皆目見当もつかない。村の大人たちに相談しようにも説明のしようがない。

 (もっと)も、相談していたところでレオの疑問に答えられる者など、村には一人もいなかったのだが。


 まあ、娯楽らしい娯楽も無い開拓村。時間だけはたっぷりとあった。

レオは自ら暗中模索する事にした。魔素の体内循環や魔力の放出など、何も知らなかったが、それでも自分の手足に意識を集中してみると、力が(みなぎ)る感覚があった。辺境の開拓村で生まれ育ったレオは、魔力や魔法の知識など皆無だったが、地頭は決して悪い子ではなかった。直ぐに彼は、二つの重要なポイントに気がついた。


 一つは、この能力を全開で使えば、おそらく自分の身は()たないという事。

もう一つは、この能力を使いすぎるとダルさを覚え、果ては気を失う事。ただし、しばらくすればダルさは消えてゆくし、一晩眠れば翌朝には完全に回復する事も知った。


 それでどうなったかと言うと、武術鍛錬において意識集中した状態での素振りはゆっくりとする事に決めた。

 決して手抜きをしているわけではない。レオの身体強化時のゆっくりモードは、他の子供たちの普通の素振りと大差なかったのだ。


 むしろ、身体強化状態での全力動作は、筋肉や腱を痛めるどころではなく、最悪自分の体を壊してしまう事が何となく察せられたのだ。すっぽ抜けた木剣を夢中で回避した後の筋肉痛は本当に酷かった。身の危険を前にして、咄嗟(とっさ)に全力を振り絞った結果、全身の筋肉を痛めてしまったのだろう。あんな痛い目に遭うのは、もう二度とごめんだった。


 何より、ちょいと試しただけで、木刀を握る手の皮すら()たないのだから冗談では無い。身体強化状態での “全力” 動作は厳禁だと肝に銘じたわけだ。


 こうして武術鍛錬の場で身体強化を織り交ぜた訓練を始めたレオだったが、数日経った頃、稽古相手と交互に木剣を打ち合いながら、ふと頭に浮かんだ事がある。


 木剣を振る稽古では、剣を強く握り締めるのは打突の瞬間だけだと教えられた。教師役の大人が言うには、剣を強く握り締めていると腕の動きがスムーズに行かないのだと。剣を振る時は少し緩めに握って、打突の瞬間と言うか直前に剣をギュッと握れと。


 なるほど、確かに教師役の言うとおりだった。それに、ずっと木剣を力一杯握り締めていると、そもそも握力が維持出来なかった。


 意識集中も同じではないのか? レオは、ふとそう思った。


 ずっと集中している必要は無いのではないかと考えた。そこで、意識集中無しで普通に木剣を振り降ろしながら、相手の剣にぶつかる打突の瞬間にだけ、意識集中(身体強化)の “力” を使ってみようと思いついたのだ。


 中々に難しい技だった。

雨のために武術鍛錬が休みの日、孤児達が住む自分の家の土間で短い木剣を握り、知恵を絞り様々な試行錯誤を行い、何度も素振りを繰り返した。


 まあ、大抵は魔力切れ寸前のダルさのために、大した回数は試せなかったのだが。

それでもようやく形になったと自信がついた頃、武術鍛錬の場で稽古相手に実際に使ってみたのである。


 鮮やかにそれが決まった瞬間、相手の木剣を勢いよく弾き飛ばしてしまった。

これには皆びっくりだ。レオ自身も想定外の威力に驚き、このテクニックは素振り限定として封印したのだった。


 この瞬間的な身体強化は、ダラダラとした魔力の浪費が無く、メリハリのある効率的な打突、すなわち攻撃になると思った。レオのこの時点での魔力保有量は(たか)が知れており、身体強化を駆使した素振りの回数なども僅かなものであった。


 そんな状況で、魔力の温存にもなると喜んで実践した魔力の瞬間行使だったが、実はこれ、魔力持ちの騎士や武術家が日々行う、身体強化の鍛錬に他ならなかった。さらには、魔力制御の精度向上と云う、魔導師の基本修行にも繋がるものであった。もちろんレオは、そんな事は知らなかったわけだが。



 身体強化の新しいテクニックに目覚めたレオは、武術鍛錬の中でその洗練に励む一方、自分の魔力の残量についても、常に気を配らなければならなかった。


 乏しいレオの魔力量では、すぐに魔力が枯れかけ、武術鍛錬の最中にもダルさを覚える事が多々あったのだ。

 そして、そのダルさを覚えた後も身体強化を使い続けると気を失う事は、就寝時にベッドの中で実体験していた。おそらく、あの「すっぽ抜け」事件の時の失神は、一挙に魔力を使い果たした結果なのだろうと、レオは推測していた。


『余力を残す事は大切』


 幼いなりに余裕を持つ事の重要性を理解しているあたり、レオは賢い子だった。魔力という言葉すら知らず、己の中では朧気(おぼろげ)に “力” と呼んでいたが、鍛錬の最中にその力、すなわち魔力を使い果たす事が無い様に気をつけた。具体的には、一日の稽古の中で意識集中を使った素振りの回数を決め、それを越えない様にした。


 こうしてレオは日中の鍛錬が終わっても、ある程度魔力を残す事となった。


 そこで就寝時に残余の魔力で身体の各部位へ “軽く” 意識集中をしてみたのだ。そして、この何気ない思いつきが、レオをさらなる高みへと導く事になるのだった。


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