28. 閑話3 エリックの廃魔石
エリックを辺境の村で見出し、魔法学院に放り込んでくれた変わり者の師匠は、彼に2つの大切なものを与えてくれた。しかし、その大切なものの1つが今まさに彼の目の前で、文字どおり塵と化していた。
『一体、何が起こった!?』
それは、ほんのさっきまで 廃魔石と呼ばれる透明な球体だった物の残滓。
エリックは、しばし呆然と目の前の塵の塊を見つめるのだった。
廃魔石は魔力判定魔道具の俗称であり、その名のとおり魔石の “成れの果て”
魔力持ちが触れば必ず光るが、魔力の無い者が触っても絶対に光る事は無い。
属性石に変換された色付きの魔石は、内包する魔力が尽きかけるとその色合いがしだいに薄れてゆき、やがて透明となって最後は塵と化す。
ただし極めて稀な例なのだが、内包魔力が尽きる寸前、すなわち塵になる寸前に魔石の働きを止めるよう念じられた場合、タイミングによっては魔力が尽きているのに塵にならず、透明なまま残る魔石がある。この偶然の産物が廃魔石なのだ。
もはや人には感知出来ないので魔石として働かせる事は出来ず、塵になる事はないのだが、魔石の名残なのか微弱な魔力で発光する不思議な特性を持つ。その特性を活かして魔力判定の魔道具とされるが、その希少性から非常に高値が付くのだ。
そのため、この廃魔石を人為的に造り出す事が真剣に試みられた時期もあった。色の薄くなった寿命間近の魔石を集め、これを働かせてギリギリのところで魔石の働きを止めるのだ。
しかし、魔力の残り具合の判断は魔石の透明度だけであり、その見極めは非常に難しい。さらに、ここぞと感じてから止めるまでの一瞬の時間差が悩ましく、結局成功した例は無かった。
かくして、廃魔石は相変わらず高価な貴重品のままである。
一方、これは魔導師の内輪でのみ知られている事実なのだが、この廃魔石は魔力の有無だけではなく、実は魔導師の階梯をも表わすのだ。それは、
・魔導師の卵である魔力持ちや、第一階梯魔導師が触ると、仄かに光る
・第二階梯魔導師が触ると、光魔石の様に明るく光る
・宮廷魔導師団長クラスである第三階梯魔導師が触ると、眩しく輝く
と言った具合である。これは廃魔石を初めて光らせた魔導師が、その国の宮廷魔導師団へと廃魔石を持ち込み、魔導師団やその傘下にある魔法学院で調査された時に判明した事実である。
大きさから、元は属性数3の魔石とされたその廃魔石は、多くの魔導師やその卵たちによる検証の結果、常に彼らの階梯に相応する光り方を示し続けた。
しかし、この階梯という魔導師のランクは、行使出来る魔法の種類によって明確に決まっており、廃魔石の結果はそれを追認したに過ぎなかった。
また、魔力持ちの女性が産んだ子が魔力持ちになるのが世の常識であり、魔導師の母親を持つ魔導師やその卵たちにとって、今さら魔道具による判定など無意味なものだった。
その結果、廃魔石は “只人” のための魔力判定魔道具とされ、魔導師界隈はそれ以上の興味を失ったのである。稀少で高価だが “只人の玩具” に過ぎないと。
エリックの廃魔石は、師匠から貰ったものだった。何故、そんな貴重で高価な物を師匠が持っていたかと言えば、その昔、師匠がとある辺境の寒村で魔物退治を行った時、そこの村長からお礼として貰ったものだという。
売ればとんでもない金額になると固辞する師匠に、村で長年試したけれど誰も光らせる事が出来なかったし、こんな田舎の貧乏村の人間が廃魔石を売れば、嫌でも目立ってしまい悪党を招き寄せるだけだと言って譲ってくれたのだという。
その後、師匠が宮廷魔導師を引退した時、面倒を見てやれなくなったエリックの事を憐れに思ったのか、師匠と入れ替わる様に宮廷魔導師となったエリックに餞別として贈ってくれたのだった。
売ればけっこうな金になるし、灯りとして使っても良いと言われて渡された。
ビワの実ほどの大きさの透明な球体。元は属性数2の魔石である。
エリックに、この廃魔石を売る気は無かった。
彼にとってこの廃魔石は、“幸運の石” そのものだった。そして、その後の彼のドサ回り生活において、触れば光る便利な光源として大いに役立ってくれたのである。
そんな辺境巡りの日々を過ごしていた24歳のある日、エリックは目覚めと同時に約6年ぶりの全能感、多幸感を味わった。ついに第三階梯魔導師となったのだ。
護衛隊の面々にその日の魔物討伐は休みと伝え、日がな一日のんびり過ごす事にしたのである。
そして、午後になって廃魔石の光り方が魔導師の階梯により変わる事を思い出した彼は、早速試してみる事にした。第二階梯に上がった直後は、うっかりその事を忘れたまま触ってしまい、明るく光る廃魔石に驚いたものだった。第三階梯では、眩しく輝くはずである。
いつも持ち歩いている巾着袋から廃魔石を取り出すと、テーブル上に敷いた布の上に載せる。素手で触っていきなり光らせてしまっては興醒めなので、布越しに掴んで慎重に置いた。
ゴクリと唾を飲み込み、眩しく輝く事を想定して目を眇めつつ廃魔石に触れる。廃魔石は一瞬光ったと思った次の瞬間、消え失せた。透明な球体から円錐形の塵の山へと変じていた。
しばし呆然とした後、エリックは我に返った。昨夜は明るく輝いていた廃魔石。寿命なのか? いや、そんな話は聞いた事が無い。では、昨夜と今の違いは何だ?
それはもちろん階梯が上がった事だ! 昨夜は第二階梯、そして今は第三階梯だ。
元は属性数2の廃魔石が、第二階梯から第三階梯に上がった自分が触れたら、塵と化したわけだ。その数字の符合と、“魔石に触れる” という言葉からエリックは、とある記憶が心に浮かんだのだった。
虹色の妖しい紋様が絶えず揺らめく原魔石。
魔導師はこの原魔石を不浄の物と称して忌み嫌っており、絶対に触ろうとはしないのだが、実は魔導師だけが知る不都合な理由があるのだ。
魔力持ちが原魔石を素手で触ると、触った瞬間にピリッとした不快な衝撃を感じる事があるのだ。大きな原魔石では例外なくピリッと来る。魔力の無い只人では決して起きないらしい。まあ、魔導師が言わないから世間では誰も知らないのだが。
そう、実は廃魔石が無くとも魔力の有無は判定出来るというわけだ。魔導師界隈では元々興味も無いし、話題にしたくもないので放置されているに過ぎない。
まあ、世間的にもピリッと痺れたという胡散臭い自己申告より、透明な石が光るという誰にでも一目瞭然の客観性の方が有難いというものだろう。
エリックも実は、魔法学院時代に原魔石の “ピリッ” というのは体験していた。不浄だ! 触るな! と言われると却って触りたくなり、こっそり実践してしまうのが少年時代の特権なのである。学院食堂の厨房に保管されていた属性数3の原魔石を、調理人に頼み込んで触ってみたのだ。そして、ピリッと来た。
何とも気味の悪い不快な衝撃であり、確かに好んで触りたいものではなかった。
エリックは潰れた廃魔石を目にしながら、ふと心に浮かんだ考えを検証してみようと思った。廃魔石の塵の山をそのまま放置して、護衛隊の隊長であるカトーの部屋を訪ねる。
カトーは流石に隊長だけあって、急な休みになっても部屋で書類仕事に精を出していた。エリックは部屋に入ると、原魔石のストックを見せて欲しいと頼む。討伐した魔物から得た原魔石はカトーが保管していた。
日頃から寡黙なカトーは、エリックに鍵を渡すと部屋の隅の木箱を指す。
箱を開けると、中には麻袋に入った大小様々な原魔石が入っていた。袋越しに大きさの当たりをつけ、属性数2から4までの原魔石が入った麻袋を取り出す。
妖しい虹色の紋様を浮かべる石の検証結果は、エリックの予想どおりだった。
昔、魔法学院時代にピリッと来た属性数3の原魔石、それに属性数2の原魔石は、素手で触っても何も感じなかった。しかし、属性数4の原魔石は、以前魔法学院で味わったのと同じ衝撃を感じたのだった。
ピリッと来たのは、自分がその原魔石に負けたという事なのだろうか?
確かに負けたのは自分なのだが、より正確に言えば自分の身体の中の魔石だろう。魔力持ちが魔物同様、その体内に宿している原魔石が “力比べ” に負けたのだ。
狼は魔力を得て魔狼という魔物になる。では人が魔力を得て魔導師になるというのなら、魔導師も魔物と言えるのではないか? そうした考え方は昔からあった。
そして、その考えをもう一歩進めるならば・・・そう、実に単純な推論だ。
魔力持ちの体内には原魔石がある! 魔導師の階梯はその属性数の表れなのだ。
そして、魔物の死体から取り出した原魔石や、その成れの果てである廃魔石を素手で触った瞬間に魔力の繋がりが出来、属性数に応じた互いの “格” を競い合う様な現象が起きているのではないか? その結果生じた “圧” の様なもの、それこそが、あのピリッとした衝撃なのではとエリックは推測するのだった。
廃魔石とは、人が断崖絶壁の縁に、つま先立ちで立っている様なものだろう。
奇跡的な危うさの上で、辛うじて均衡を保っているのだ。
微弱な魔力が流れ込めば、その魔力の “格” に応じた光り方をするだけ。
仄かに光ったり、明るく光ったり、眩しく輝いたりと。
しかし、その廃魔石よりも属性数の高い格上の魔石からの魔力が流れ込むと、衝撃を受けるに違いない。そして、断崖絶壁での一押しは致命的である。
だから、昨夜まで第二階梯魔導師(属性数2の原魔石)の魔力による “圧” に耐えていた元は属性数2の廃魔石は、今日エリックが素手で触った瞬間、流れ込んだ第三階梯(属性数3の原魔石)の魔力の “圧” に耐えきれず、崩壊して塵になったのだろう。エリックはそう確信する。
そこでふと心に浮かんだ。もし、自分が第三階梯を超える超越者になったなら、属性数3の廃魔石を塵に変える事は可能だろうかと。“鶏卵” に似た透明な廃魔石を塵に変えてしまう事が果たして出来るだろうかと。
恐らく可能だと思った。しかし、直ぐに口元を歪めて笑い、まあ現実的では無いかとその考えを頭から振り払った。
自分の予測に自信が無かったわけでは無い。むしろ、出来て当然だと思う。
現実的では無いと考えたのは、本来なら王侯貴族や大都市の裕福な教会にしか無い希少で極めて高価な廃魔石を、自分が塵にしてしまうという絵面。
そんな事をしてしまったら、間違い無く大騒ぎどころでは済まないだろう。
部屋に戻り、塵の山の載った布を折り畳みながら、初めてその石に触れた時の事を思い出していた。あれは師匠が魔物討伐のため、エリックの住んでいた辺境の村にやって来た時。ついでにとばかり、村の子供たちの魔力判定をしてくれた。
エリックが触ると仄かに光を放った透明な石。自分が魔力持ちだとわかり、王都で魔導師を目指すかと問われると即座に頷いた。親もおらず、伯父の家で居候生活だったエリックは、村にいる限り平凡で退屈な毎日が今後も続くと知っていた。
王都の魔法学院に入り、魔法修行の合間に読み書き、算術、一般教養まで教わる事が出来た。彼にとってこの石は、まさに幸運の石そのものであった。
そして、改めて思う。今日ついに師匠を超えたのだと。
師匠は、第二階梯で魔導師を引退した。生涯独身のまま、弟子のエリックから見ても変わり者だった師匠。エリックの事は、ほとんど放任と言うより放置だった。
それでも師匠には感謝しかない。
ふと、首から鎖で下げている銅のプレートを手に取る。イェルマーク王国の宮廷魔導師団員に与えられる魔導師としての身分証。銅は第一階梯魔導師を表す。階梯が上がれば銀、金とプレートも変わってゆく。
本来なら、エリックは金のプレートとなる。しかし、当分の間はこのままで良いかと思う。あと何年か経ったら、銀のプレートを申告しよう。思いっきり手加減した拙い第二階梯魔法を昇段認証試験で披露した後に。
そして、新しい銀のプレートには今のプレートと同様、イェルマーク王国の紋章と魔導師の氏名として「エリック・クルーガー」が刻印される。
エリックが魔法学院に入学を認められたあの日、平民で家名の無い彼が、事務局で家名を書くのに困惑していた時、付き添いで来ていた師匠が入学の書類に
「クルーガー」
と師匠の家名を書き足してくれた。
平民上がりのお前は魔導師になれなければ家名は失効する。それが嫌なら、何としてでも魔導師になれと言いながら。
その後、エリックは無事、第一階梯魔導師となった。
光沢のある楕円形の銅のプレートを受領した時、そこに刻まれた己の名と家名が、とても誇らしく思えた事を今も鮮明に覚えている。廃魔石よりもずっと嬉しかった師匠からのもう一つの贈り物。そして、それは依然としてエリックと共にある。
師匠は第二階梯で引退した。多くの魔導師がそうであるように。
第三階梯に達する魔導師は本当に僅かだ。そして、その先に進んだ者は未だ皆無。
すべての魔導師の前に必ず立ちはだかる “壁” のせいだ。
魔導師の成長を阻む不可避の壁。
それは、これからエリックが闘いを挑む最強の敵に他ならない。
第四階梯に達するためには避けて通れない “魔導師病” という壁。




