27. 廃魔石よ、光あれ!
さて、いよいよ魔力判定の後編です。
残念ながら今回もヘタレ主人公ではなく、あの少年がひたすら目立ちまくりです。
少年たちが腰を屈めてその透明な石を眺めていると、ホアキン神父が説明する。
廃魔石がテーブルの上ではなく、その下の床に置いてあるのは、貴重な廃魔石を万が一にも落として傷つける事がない様にするためだと。
テーブル下の、正面以外の三方に黒い布を垂らして暗くしているのは、廃魔石が光った時に確実にわかるようにするためだろうとレオは思った。
魔力判定を受ける者はテーブルの手前で床に跪き、真っ直ぐに伸ばした指先を、そっと廃魔石の上に載せるようにとホアキン神父が指示した。
さあ、いよいよ魔力判定の開始だ!
通路の向こう側に座っていた仲良し3人組が先に小部屋へ入っていたので、そのまま判定に臨む。レオは、お坊ちゃまや少女と共に部屋の入口付近で待機だ。
3人組の1人が、まずテーブルへと歩み寄り、その場で跪いた。
引率していたホアキン神父も、そのすぐ斜め後方に跪き廃魔石に視線を向ける。
3人組は先ほどの注意以降、流石に大人しくはしていたものの、その表情には明らかに気合いが入っていた。ぎこちない動作の節々に緊張ぶりが窺える。
しかし、各自の気合いとは裏腹に、あえなく全員 “魔力無し” の撃沈判定。
肩を落とし、仲良く揃って礼拝堂を去って行った。
続いては、レオたち残りの3人である。躊躇う少女を横目にまず、お坊ちゃまが廃魔石へと歩み寄ると跪いて何事かを唱える。レオには「廃魔石よ、光あれ!」と言ったように聞こえた。そうして、徐に右手を前方へと伸ばす。
フンッ! と唸る声が小部屋に響く・・・しかし、何も起こらない・・・
再度、フンッ!という声が聞こえたが、ほぼ真後ろで見ているレオにもテーブルの下で何か光った様には見えなかった。お坊ちゃまの斜め背後に跪いていた神父が身を乗り出して、お坊ちゃまの肩をそっと叩くと、
「すべては、神の思し召しです。」
と厳かに告げる。お坊ちゃまは、プルプルと首を振りながら立ち上がると、呆然とした生気の無い表情で、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その姿を少女が心なしか怯えた表情で見送っていたが、神父から次はあなたですよと声を掛けられ、テーブルへと向かう。
神父が掛けたその声で、レオのすぐ側に立ち止まったお坊ちゃまは、振り返ると廃魔石を睨んでいた。教会から去るでもなく、その場に立ちつくしたままで。
「おかしい、絶対におかしい! こんなの嘘だ! 僕の魔力に反応しないなんて!
まっ、まさか、あの母乳は偽物!? ハウッ! そっ、そう言えば、山羊の・・・」
レオの隣でそんな意味不明な事をブツブツ呟いていたお坊ちゃまは、やがて肩を落とすと床を凝視したまま機能停止状態となってしまった。何か、大切な物が身体から抜け出て行ってしまった様な風情だ。夢破れ、どうやら壊れてしまったらしい彼に、掛けてやるべき言葉をレオは知らなかった。
そうこうしている内に、少女も儀式を済ませていた。こちらも魔力無しである。そうして、ついにレオの番となった。緩慢な動作でテーブルに歩み寄ると跪く。
近くで見ると廃魔石が載せられている紫色の布は、とても柔らかそうに見える。きっと高価な布だ。そこに置かれている透明な球体は “鶏の卵” の様に見えた。
元は魔狼クラスの属性数3の魔石だとレオは思った。
右手を伸ばして、そっと廃魔石に触ろうとしたところで一瞬、躊躇う。
触ってどうすれば良い? いつもの様に右手に意識集中でもすれば良いのか?
でも、今のこの体調でそれをやったら、ほぼ間違いなく失神しそうな予感がする。
レオが躊躇っていると、すぐ背後で神父の咳払いが聞こえた。
ええい!ままよ! ここで倒れても死にはしない! そう腹を括ると、右手の指先をそっと廃魔石の上に載せる。透明な石の冷たい感触が指先に伝わった。
すると、ほんの一瞬、廃魔石が光った様に見えた。背後の神父も一瞬、息を呑む気配がした。しかし、それですべては終わった。
レオの指先に廃魔石の感触は、もはや存在していなかった。
何と、廃魔石は消え失せていた。そして、そこには、こんもりとした細かな塵の塊が円錐形の山と化して残っているばかり。廃魔石は潰れてしまっていたのだ。
えっ! と背後の神父が素っ頓狂な声を挙げた。その場で這いつくばると、レオを脇に押し退け、匍匐前進よろしくテーブルの下へと潜り込んだ。
そのまま、箱の中に顔を突っ込まんばかりの勢いで、塵と化した廃魔石の残滓を凝視する。あまりにも近づき過ぎたせいか、彼の鼻息で塵の一部が舞い上がった。
「まっ、魔石が潰れてましゅ!」
背後を振り返って彼がそう叫ぶと、両脇の護衛騎士や立ち会っていた教会のお偉いさんまでもが、次々とテーブルの下に顔を突っ込む。そして、その惨状に皆、愕然とする。レオは殺到する者たちを避け、テーブル横の壁際に自主避難だ。
「ほっ、本当だ。本当に塵になってる!」
教会のお偉いさんが大きく目を見開いて叫んだ。その冷厳たる事実を前に、誰もが言葉を失う。小部屋に足を踏み入れた全員がその場で凍り付き、辺りには異様な静けさが漂うのだった。
礼拝堂にいた他の教会関係者や、この朝たまたま礼拝堂を訪れていた信者たちも騒ぎを聞きつけて小部屋の前に集まり、魔道具喪失という衝撃の事実を前にして、立ちつくすばかり。一方レオもこの静寂の中、唖然として推移を見守るばかりだ。
こうして奥の小部屋のみならず、礼拝堂一帯が、あたかも時の流れが止まったかの様な重苦しい沈黙に包まれ、その場を静寂が支配したのだった。
しかし、突如、雄叫びが挙がると、その静寂はものの見事に破られてしまった。夢破れて人格崩壊し、機能停止状態となっていたはずのお坊ちゃまが、ここに来ていきなり奇跡の大復活! 再起動を果たした瞬間であった。
「そうか! やっぱりそうだったんだ。あの廃魔石は不良品だったんだ! だから、僕の魔力に光らなかったんだ! そうか! そうだ! きっと、そうに違いない!」
お坊ちゃまは自らの願望 “三段活用” でそう雄叫びを上げるや、両の拳を力強く握りしめて大きく頷いた。そして、その両拳をそのまま頭上に掲げると、
「そうだ! そうだ! やっぱり不良品だったんだ~! 」
と叫びながら、そこら中をピョンピョンと飛び跳ね、喜びを爆発させたのである。
一方、小部屋の入り口に集まっていた者たちも、お坊ちゃまの雄叫びにより緊張の糸がブツリと切れ、魔道具喪失という大事件を前に次々と騒ぎだす。
一体何が? 何故? どうしてこんな事に! 口々にそう喚きながら、小部屋の中に入り込んで来る者もいれば、新たに外から礼拝堂にやって来た人々に対して興奮を隠そうともせず、口角泡を飛ばしながら事態を説明する者まで現れる始末。
もはや礼拝堂の中は収拾のつかない混乱の坩堝、まさにカオスと化していった。
まあ、要するに一言で言えば、“わや” である。
教会関係者に押し退けられ、小部屋に入り込む野次馬の勢いに慄き、ヨタヨタと一人礼拝堂へと出て来て、壁の染みと化していたレオだったが、そこでふと脳裏を掠めたのは、あの騒々しい3人組に教会の偉い人が言い放った、
「廃魔石を傷つけた場合、君達はおろか家族全員が奴隷落ちしても、、、」
というセリフであった。
どっと冷たい汗が背中に噴き出す。魔物を相手にする時とは、また違った恐怖にレオは戦慄した。何せ自分は、廃魔石を傷つけるどころか、完全に “塵” にしてしまったのである。レオは自分がとんでもない窮地に陥った事を自覚した。
「よし! 逃げよう!」
村の大人たちも日頃から口を酸っぱくして言っているではないか。強敵と出遭い、敵わないと思ったら、さっさと逃げろ!と。幸いにも、今日は領都を去る日だ。
身元を知られる様な物は一切残していない。自分を探すのは容易では無いはずだ。レオもお坊ちゃま同様、両の拳を胸の辺りで力強く握りしめると頷く。
レオの決断もまた、大概なものであった。
かくしてレオは逃亡を図ったのだが、如何せん身体が重く、思う様に歩けない。気は焦りながらも、実に緩慢な動作で去るしかなかった。
しかし、これは結果的には好都合だったと言える。もし、レオがその巨体を身体強化し全力疾走で逃げていたならば、嫌でも領都の中では目立っていたはずだ。
辛うじて集合場所である南の街門に辿り着き、やって来た皆と合流は出来た。
しかし、そこで地面にへたり込んでいるレオは、どう見てもまともに歩ける様には見えず、馬車に放り込まれての出発となったのである。
皆は、レオを二日酔いと決めつけていたが、レオは反論する気力すら湧かない。往路は小麦袋で満杯だった荷台も、復路は村への買い出し品だけで余裕があった。
適当に荷物を寄せ、空けた場所にレオは載せられて(乗せられてではない)開拓村への道をひたすら進んだのである。
その後もレオの不調は続き、これは魔力判定の結果も絡んでいるに違いないと考えた貢納隊一行は、“武士の情け” で不問に付してくれた。結局レオの “二日酔い” は村へ着くまで治る事は無かったのである。
こうして開拓村へ這々の体で帰り着いたレオだったが、村で一晩寝た翌朝には、何事も無かったかの様にケロリと、見事な復活を果たしたのだった。
しかし、レオにとっては真に不本意な事に、復路の惨状のせいで、その後レオが貢納隊のメンバーに選ばれる事は二度と無かったのである。
胸高鳴る領都への最初の旅は、レオにとってホロ苦い思い出となって終わった。
後年、レオはふと夢想する事があった。あの日、教会で自分が廃魔石を光らせていたなら、その後の自分の人生はどうなっていただろうかと。あの教会で見た鶏卵に似た透明な石を、もし光らせる事が出来ていたならば、と。
一方、話はかわって、こちらはベズコフ領都のとある商会。
色白、小太りの跡取り息子が商会長の父親に再度の魔力判定を強請り、廃魔石のある大都市への遠征を求めて泣きついていた。
根負けした父親は使用人をつけてやり、領外の者が魔力判定を受けるのに必要な教会への “寄付金” を持たせると、これが最後だと念押しした上で、廃魔石を保有する教会のある近隣の大都市へと向かわせたのだった。
結果は知る由も無いが、その大都市の教会で泣き喚く少年が教会の騎士によって摘まみ出され、使用人と思しき同行者が無言のまま少年を引きずり去って行く姿を多くの住民たちが目撃したという。




