26. レオ、教会へ行く
魔法のある世界で膨大な魔力を持ちながらも、未だ無名の主人公がついに魔力判定を受ける。序盤の最大の見せ場となる王道展開ですよね。
今回はその前編です。結末は後編となってしまいますが、その代わり、もっか魔導師界隈で最もホットな話題を紹介します。
解説してくれるのは、秋葉原辺りにいそうな少年です。
朝起きてみれば、レオの気分と体調はこれまでの人生で最悪。それは、あの魔力枯渇時のダルさそのものだった。もう、わけがわからず、レオは大混乱だ。
ベッドから起き上がってはみたものの、歩くのも一苦労だ。
この苦行を何と表現すれば良いものか。まあ現代風に言うなら、電動アシスト式の自転車にすっかり慣れた人間が突如バッテリー切れの状態で自転車を漕いでいる様なものだろうか。とにかく一歩一歩が重く、苦痛そのものなのだ。
「何だ、レオ! 本当に飲み過ぎだったのか? 俺はてっきり演技だと思っていたんだがなあ。それでどうするんだ? 教会はやめとくか?」
呆れながら、そう問いかけるゴードンに、レオは教会行きを断固主張する。
だが、どう見てもヘロヘロだ。
まあ、幸いな事に教会は宿から商店街へと向かう途中にあったので、まだ空荷の馬車でレオは教会まで運んでもらえたのである。
今回の貢納隊のメンバーはレオ以外、全員二十歳以上であり、魔力判定に今さら興味は無かった。教会前でレオを降ろすと、頑張れよと声を掛けて去って行った。
お昼に南の街門で再会予定だ。
レオは、教会へ上る階段を見上げて溜息を吐いた。いつものレオなら、3,4歩で一挙に駆け上がれそうな段数なのだが、今は明らかに苦行である。
手摺りに掴まり緩慢に階段を上り切った先にある大きな礼拝堂。その入口の脇に長テーブルが置いてあり、そこに若い神官と修道女が立っていたので、魔力判定はここで良いのか尋ねる。神官は頷くと、レオに挨拶した。
「ようこそベズコフ教会へ。私は当教会のホアキン神父と申します。」
受付にいたホアキンは、縦も横も大きくて分厚い胸板を持つ見事な体格なのに、何ともショボくれて覇気の無いレオを見て、とても成人したての十五歳とは思えなかった。
おそらく二十歳前後だろう。領内の成人を迎えた子だけが無料で判定を受けられ、それ以外は寄付金が必要な事を知らないのだろうか? よほど生活が苦しいのか、それとも他所からこの街へ流れ着いたばかりなのだろうと考えた。
改めて近くで見れば動作はひどく緩慢。何か病気にでも罹っているのだろうか。目にも力は無く、知性など全く感じられない。名前を書けるか訊くだけ野暮と言うか、可哀想な気すらする。あえて訊く必要もあるまい。寄付金も目を瞑ろう。
まあ、万が一にも彼が魔力持ちだと判明したら、その時に改めて名前や連絡先を聞けば済む話である。
こうしてレオは名前を書く事も無く、記帳台の前を通り過ぎたのだった。
レオは修道女の案内で礼拝堂の中に入り、ゆっくり前方へと歩いて行った。
「判定の儀」の時間になるまで、もうしばらく待つ様にと言われる。
初めて見る教会の礼拝堂の中には長椅子がズラリと並んでいた。
修道女が指し示す前方を見ると、幾人かが長椅子の最前列左端に横一列となって座っている。彼らも今日、魔力判定を受ける者たちの様だ。彼らの座っている場所の直ぐ前は壁になっており、そこには扉があった。
先着組の彼らは、会話に花を咲かせているようだ。自分の知らない教会の儀式やお祈りといった特別な事はやらされていない様で、レオはホッとする。
やっとスタート地点に辿り着いた。ここまで本当に一苦労だったと感じる。
礼拝堂の最前列に座らされ、本日判定を受けるのはレオも含め6人。間に通路を挟んで3人ずつ長椅子に座っている。全員が成人前後の少年少女のようだ。
通路の向こう側には少年3人が座っており、どうやら顔馴染みらしい。
近づく判定の儀にすっかりのぼせ上がっており、さっきから時々奇声を発して盛り上がっている。俺は絶対に魔導師になってみせるぞとか、魔導師になったらいくらぐらい稼げるんだといった感じで騒いでいる。
レオも流石にうるさいと思っていたら、教会の偉そうな人が歩み寄って来た。
「君達、静かにしなさい! そんな浮ついた態度で判定の儀に臨み、万が一にも廃魔石を傷つけたりした場合、君達はおろか、家族全員が奴隷落ちしても償えないのですよ! 静かに出来ないのであれば、今すぐ出て行ってもらいます!」
これには少年たちもびっくりだ。たちまち口を噤み、項垂れてしまった。
視線を戻して通路のこちら側を見れば、通路脇に座っているのは小柄な少女。
その右隣には上等そうな服を着た少年がいて、さっきから盛んに少女に話しかけているのだが、残念ながら会話は成立していない。
漏れ聞こえる内容は、魔法に関する蘊蓄の様だ。ちなみにその少年の右側に座っているのが、遅れてこの場に最後にやって来たレオである。
ついに少年も反応の鈍い少女との会話を諦めたようで、レオの方に顔を向ける。貴族では無いようだが上等な服を着た少年は色白で小太り、顔にはちょいとニキビという金持ちの “お坊ちゃま” 風である。商家の息子といったところだろうか。
その彼は、レオに笑顔を向けると突然、意味不明の “何か” を放ってきた。
「小生は、ファブレル学派だけど、おたくはどちら?」
いきなりである。何を言っているのかさっぱりである。首を傾げるだけのレオ。一体何の呪文だろうか? そう思っていると、お坊ちゃまはわざとらしく咳払いをした後、気を取り直して再度話しかけてくる。
「僕はファブレル先生の学説を支持する者だけど、君は誰か支持する人とかいるのかな?」
最初からそう言えと思ったが、それでも何を言ってるのかわからん。”?” マークを頭上に浮かべ首を傾げるだけのレオに、お坊ちゃまは頷くと蕩々と語り始めた。
「何だ、君はファブレル先生も知らないのかい? ファブレル先生は、イェルマーク王国の宮廷魔導師で、この大陸の若手研究者の中ではNo.1と言われている新進気鋭の学者なんだ。先生が最近発表した魔力理論の学説は本当に素晴らしいんだよ。人が魔力を獲得するに至る過程を、ただひたすら純粋に、究極まで追求した至高の理論なんだ。今、最も注目されている学者なのさ!」
お坊ちゃまは、そう熱く語り出す。レオはダルいだけで、相変わらずさっぱりだ。
「そもそも、魔力は母から子に伝わるものとされ、女魔導師の子が魔力持ちになるのは昔から常識だったんだ。でもね、生まれてすぐに女魔導師の母親から引き離された子に魔力が無いという事例が何件か確認された事から、ファブレル先生は生まれた直後にこそ、魔力持ちになる要因があるのではないかと睨んだんだ。
そうして導き出された結論が、女魔導師の母乳の中に魔力が含まれているという学説だったのさ。確かにこれなら、色んな事の説明がつくだろ! どうだい、凄いと思わないかい!」
うん! 凄い暑苦しい! そんなに顔を近づけて熱く語るなし!
しかし、レオもそこは何となく理解出来た。一応、筋は通っている様にも思える。昔、ゴードンから聞いた話で、薄情な貴族が女魔導師に産ませた赤子を奪い取ったものの、成長後のその子に魔力が無いとわかり、国中の笑い者になったという話があったなと思い出す。それと一昨夜、話題となっていたイェルマークという国名も気になって、そこに少しだけ興味を覚えたのだった。
「僕はね、どうしても魔導師になりたくて、6歳の頃に高名な魔導師の先生を訪ねて弟子入りを志願したんだ。その時は魔力が無いと言われ、断られたんだけどね。
でも、僕は諦めなかった! 魔力に関する色んな情報を集めたんだよ。子供の頃に魔物を倒すと魔物の魔力を取り込めるという話があるだろ? 剣士ギャバン物語。
大人がいくら魔物を倒しても効果は無かったけど、一緒にいた子供が魔力持ちになったっていう話。それで僕も魔物討伐に挑戦してみたんだ! 8歳の頃からね!
でも、魔力持ちの判定は下りなかった。やっぱりギャバンの様に魔物をたくさん倒さないとダメなのかと挫けそうになったよ。でもね、僕は諦めなかったのさ。
そして、最近になって遂にファブレル先生の学説と出会ったんだよ! もう、雷に撃たれた様な衝撃だったな!」
雷に撃たれたら普通死ぬだろ! そうレオは思ったのだが、何かアブナイ目つきで熱く語るお坊ちゃまに、今それは突っ込んじゃいけない事だと理解はしていた。
「それでね、僕はパパにお願いして、女魔導師の母乳を手に入れてもらったんだ。昨夜ようやく届いて、ついに飲む事が出来たのさ。ファブレル先生の学説が評判になり始めたせいで、けっこうお金が掛かったけれど何とか手に入れたんだよ!」
ニキビ面のお坊ちゃまが母乳ねえ? 何か想像しちゃいけない絵面だと思うレオであった。まあ、話の流れから壺にでも入った物を手に入れた様だが。
ただ、8歳で魔物討伐というのは素直に凄いと思えたので、そこは賞賛した。
自分が魔物と闘い始めたのは十代になってからである。
「まあ、魔物討伐に行く傭兵に依頼して同行させてもらい、傭兵が倒した魔物に、背後から長い槍で止めを刺しただけなんだけどね。」
そこはちょっと気まずそうに、そう話すお坊ちゃまは意外と良い奴かもしれないと思うレオであった。
「だから今日の魔力判定は大いに自信ありなんだ。やれる事は全部やったしね」
そう言うと、お坊ちゃまは大きく頷き、胸の前で両拳を握り締めてフンスと息巻くのであった。
そんな話をしている間に、どうやら判定の時刻となったようだ。先ほどの教会のお偉いさんが皆の前にやって来ると話し始めた。
「それでは、これより魔力判定の儀を執り行います。この奥の部屋に入って廃魔石に触る事により、あなた方に魔力があるのかどうかがわかります。ところで、この中で母親が魔力持ちだという人はいますか?」
全員が首を横に振った後、皆さり気なくお互いの様子を窺っている。
「そうですか。わかりました。」
そう言うと、お偉いさんは、付き添いのホアキン神父に頷く。今日も期待は出来そうに無いなという意を込めて。このありふれた地方都市の教会で、魔力持ちが見つかった事は残念ながらこれまで一度も無かった。
ホアキン神父が目の前の壁にある扉を開くと、その先には小さな部屋。
神父の後に従ってその小部屋に入ると、奥には背の低い小さなテーブルがあった。テーブルの両脇には鎧を身に着けた二人の騎士が立っている。廃魔石とは想像以上に貴重な代物なのだと、レオもこの厳重な警備を見て改めて実感する。
テーブルの上には厚手の黒い布が掛けてあり、テーブルの両側面と奥側に床までその布が垂らしてある。テーブルの下は前面だけが開いている状態だ。
そして意外な事にテーブルの上ではなく、その下の床に浅い箱が置かれている。
その箱には、レオが見た事も無い紫色の布が何枚か被せてあり、箱の真ん中には透明な球体が鎮座ましましていた。これこそ廃魔石に違い無い。




