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25. 魔力判定前夜

 夕食を兼ねた領都遠征の確認会議が終わった。

この後、もう一軒飲みに行く事になったが、レオは明日の教会での魔力判定が気になり、このまま帰りたい。しかし、この店で皆、けっこう飲んで盛り上がっているせいか素直に帰してくれそうにない。


 そこで、フラフラと酔った風体(ふうてい)を装い、何とか帰れるうちに帰りたいと怪しい口調で言えば、そこは気を利かせたゴードンの助け船もあって、何とか開放されたのだった。まあ、眠りこけた巨漢のレオを連れ帰りたいとは誰も思わないだろう。


 領都の夜の大通りを二日連続で歩いてゆく。昨夜同様、依然明るくて人も多い。普段の開拓村とは本当に異質な別世界だ。何故か、そこで唐突に思い出したのが、何年かに一度やって来る摩訶(まか)不思議な目覚めの事。あれも間違い無く別世界だ。


 初めは確か9歳の時。魔力の体外放射を始めてからしばらくたった頃だ。

朝起きたら世界が何と美しく感じられた事か。明らかに日頃とは異質な目覚め。

まるで自分が世界の頂点に立ち、どんな事でも成し遂げられそうな気がした。


 次は12歳の時。やはり同じ様な絶頂感と幸福感。そして、3回目はつい先月、

15歳になったすぐ後の事だった。3年に1度の神様からのご褒美なのだろうか。

 次は18歳の時かなと、歩きながら取り留めも無く考えるレオだった。



 全能感と多幸感、それは魔導師の階梯上昇を意味するものに他ならない。

ただし、世の魔導師が知るそれは第一から第二、第二から第三と、人生で多くても2回までのはずなのだ。


 この世界は、未だレオという存在に気づいていなかった。



 宿に帰りつくと直ちにベッドへ潜り込んだが、興奮して寝つけない。

まあ、遠足前夜というか、楽しみにしているイベント前夜のワクワク感は、田舎の村育ちであるレオにはこれまであまり縁が無く、早く眠らなきゃと思うと(かえ)って目は冴えるばかり。はてさて、どうしたものか?


 しかしレオは直ぐに思いつく。そうだ! いつもどおりにして眠れば良いのだ。

今回の領都行きの前夜にもワクワク感はあったような気もするが、あの時はいつもの魔力枯渇による失神で問題無く寝つく事が出来ていた。


 領都への移動途中は封印していた毎夜の習慣。ここは立派な石壁に囲われた都市の中の宿屋。開拓村よりずっと安全な場所なのだから全く問題無い。


 明日はとても大切な日なのだ! 体調も万全にして臨みたいじゃないか。


 そう思い、早速胸に意識を集中し始めたところで唐突に思い出す。昔、開拓村で初めて魔力放射をやった時の事を。ちょっと待て! ここでは拙いのでは?


 今、レオが寝ている部屋は2階。そして、この宿は確か3階建てのはずだ。

という事は、今見ているこの天井のさらに上にも人がいるかもしれないのだ。

ここ領都の人の多さは、昨日今日で十分すぎるほど見てきた。開拓村の様な騒ぎを引き起こす事は避けなければならない。


 ベッドから出ると、レオは部屋の窓に()め込まれた窓板を横へずらす。

身を(かが)め窓から外を眺めれば、星空と月に照らされた領都の家々の屋根の連なりが見えていた。うん、夜空に向かって魔力を放てば大丈夫だろう。


 深呼吸をして溜めを作り、夜空に向かって思いっきり魔力を解き放った。

その後、耳を澄まして周辺の様子をじっと探る。どうやら問題は無さそうだ。

魔力放射を再開し、しばらく繰り返すうちにダルさを感じてきた。


 そして、そこでふと教会の尖塔が目につく。よく見ると、小高い丘の上に教会が建っているのがわかる。


 そう! 明日はあそこへ行くのだ。そして、魔力持ちの判定を受ける。

良し! 明日は絶対に頑張るぞと心に誓う。今宵最後の特大の一発を教会に向けて放ってみようと思った。教会を見つめながら、ゆっくりと魔力を練り続ける。

そして盛大に放射! ごっそりと魔力が抜け出ていったのがわかる。ダルい。


 今度こそ本物のフラフラ状態でレオはベッドへ戻り、横になると毛布を(かぶ)った。そのまま魔力循環を始めようとしたが、それすら出来ず、直ぐに意識を手放した。


 こうしてレオは、毎夜の習慣である魔力枯渇による失神によって、いつもの様に無事眠りの世界へと旅立つ事が出来た。何の疑いも、不安も抱く事無く。

 しかしながら(まこと)に残念な事に、生まれて初めて開拓村を離れ領都へとやって来たレオは、ここ領都の希薄な魔素濃度の事など知る由も無かったのである。



 その夜、レオにより放たれた強烈な魔力の波動は、教会に向けて放たれた最後の一回を除けば、ベズコフ領都の上空をただ吹き抜けただけだった。

 幸いにもその夜のベズコフ領都には、レオ以外に魔力持ちは一人もいなかった。もし、魔力持ちがレオの部屋から教会方向の射線上にいたならば、きっとその魔力持ちは朝まで寝付けなかったに違いない。


 さらにもし、ここが王都だったならば、とある直線上に身を置いていた魔力持ち全員が恐慌状態に陥り、宮廷魔導師団まで巻き込む大事件となっていただろう。

それほどまでに桁外れの魔力波が、この夜ベズコフ領都を駆け抜けていたのだ。


 レオの放つ魔力波は魔力量とそれを撃ち出すテクニック、その両方において人外のものであった。既にレオの魔力総量は宮廷魔導師団のトップたちを遙かに凌駕しており、一回の放射で放てる魔力量も一般の魔導師が魔法として放つ魔力量とは、比較にならなかった。


 そもそも魔導師が魔力波を放つのは修行中の卵時代だけであり、あくまで魔法を放てる様になるための修行の一環なのだ。魔法の発動に成功すれば、誰一人魔力放射など行わない。したがって、魔力放射のテクニックを磨く者などいなかった。


 しかし、師もおらず、何の魔法知識も無いレオは、朝の爽快な目覚めのためだけに毎日ひたすら魔力を放射し続けた。そして何度も繰り返すうちにレオの魔力量は着実に増えてゆき、村での生活で魔物相手に役立つ事を知ってからは、魔力放射は洗練の一途を辿って行ったのである。


 群れで現れる魔物や空を飛ぶ魔物に対して魔力波を広角に、あたかも投網を投げ掛けるイメージで浴びせる事もあれば、離れた位置でこちらを伺う魔物に対しては魔力波を細く強烈なビーム状に、これまた矢を放つイメージで撃ち込む事もある。


 無造作に軽く放つ場合もあれば、少しばかり溜めを作って放つ一撃もある。

相手にもよるが、魔力波をぶつけた魔物は一瞬、身体強化が解けてしまうようだ。そうなると、恐ろしい魔物が慌てふためくだけの、やや大きな野獣に落ちぶれる。

 そして、元から詠唱など知るはずもないから、もちろんすべて無詠唱である!


 本当に、あと一歩だったのだ!


 残るは体外へ放出する魔力を魔法へと変換するだけだった。

もし、それが叶っていたならば、魔力を面状でも線状でも思いのままのイメージで魔法として放ち、しかも無詠唱。まさに魔導師の夢の具現化がそこにあった。


 この世界は、未だレオという驚異の存在に気づいていなかった。


 この夜の魔力波と同等のものを放てるのは、異常種と呼ばれる真性の化け物だけだとは誰も知らなかった。魔の森の奥深い場所に(たむろ)する彼らをも揺り動かせるほどの凄まじい魔力波だった事も知らなかった。

 もちろん、そうした事実はレオ自身にとっても想像の埒外(らちがい)だったのだが。


 それでも、一切何事も無く領都の夜は()けていったのかと言えば、実はそうでもなかったのである。



 その夜、就寝前の最後の(つと)めのため、この教会で最も若い神父であるホアキンは教会の礼拝堂へと向かっていた。彼は、廃魔石がこの教会にある間の実務担当者であった。日中に判定の儀式に立ち会うだけでなく、朝一番と就寝前の一日二回、廃魔石に異常の無い事を確認する役目を負っていた。


 この時間、信者のために開放される大通りに面した礼拝堂の大扉は既に閉じられているため、礼拝堂の脇にある通用口に回り扉をノックする。

直ぐに護衛騎士の誰何(すいか)の声がした。

 ホアキンが名乗ると扉が少しだけ開き、確認した騎士が礼拝堂内へと彼を招き入れてくれた。奥の小部屋の前には、もう一人の護衛騎士が立っている。


 ご苦労様と二人の騎士に声を掛け、奥の小部屋に向かう。騎士の一人が小部屋の扉を開け、灯りをかざすと三人して小部屋に安置されている廃魔石を注視する。

 ガラスの様にキラリと灯りを反射する廃魔石の無事を確認すると、ホアキンは二人の騎士に礼を述べ礼拝堂を後にするのだった。


 二人の騎士は、この廃魔石を街から街へと輸送する際の護衛部隊に属していた。

街に着けば今度は、廃魔石の安置された教会での警備を務める。二人一組の騎士が交替で常に廃魔石の(かたわ)らに控え、貴重な魔道具を見張り続けていた。


 ホアキンによる就寝前の確認が終わり、騎士の一人が神父を通用口の扉まで送っていく。それを見守っていたもう一人の護衛騎士は、ふと足下の光に気がついた。廃魔石を安置している背後の小部屋の扉、その扉と床との隙間から光が漏れ出ているのだ。


 ギョッとして思わず目を見開いた。しかし、そこで光は消え失せた。

何が起きているのか見当もつかない。神父を送り出し、通用口の扉を施錠した同僚がこちらへ戻って来る。彼に話すべきかと一瞬悩んだものの、話しても理解してもらえるとは思えない。何を寝ぼけているんだと言われるのが関の山だろう。

 既に床の光は跡形も無く、礼拝堂の中は壁の照明による仄かな灯りだけである。


 やはり気にはなるので、廃魔石をもう一度だけ見てみる事にした。

再び小部屋の扉を開けて中を覗き込む彼を見て、戻って来た同僚はどうしたと訊いてくる。いや、念のためさと応じながら灯りをかざして見つめた先には、さっきと変わらぬ透明な石が鎮座(ちんざ)していた。

 ホッとしながらも、自分は疲れているのだろうかとふと思った。そして、さっきの光は気のせいだと自分に言い聞かせ、忘れる事にしたのだった。


 それは仕方の無い話だった。廃魔石に魔力持ちが直に触れると魔力が流れ込み、発光する事は誰もが知っていた。しかし、触れていなくても強烈な魔力波に曝されれば廃魔石が発光する事は、この世界では知られていなかったのである。


 こうして領都の夜は、表面上何事も無く過ぎていった。レオ以外の開拓村の者たちもやがて宿に戻って来た。すやすやと眠るレオの気配を感じ取ったゴードンは、明日は頑張れよと密かにエールを送るのだった。



 そして翌朝、レオはそれまでの人生で最悪の目覚めを味わっていた。

魔力枯渇からほとんど回復出来ておらず、途方もないダルさを全身に感じながら、思わず(うめ)いたのだった。


「なんじゃあ~これは? なんで、こうなった!」


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