22. 小麦泥棒
「そう言えば、今日領主家の倉庫で気になっていたんだが、小麦袋の中身を検めていたよな。去年まではあんな事はしていなかったはずだ。何があったんだ?」
「何かあったのかではなくて、異常な事があったという前提で何があったんだと聞くあたり、如何にもゴードンさんらしいですね」
リゲルが苦笑しながら話し出した。
「実はですね、去年納められた小麦に不正があったんですよ。重さも膨らみ具合も普通の小麦袋なのに、中身は麦わらと砂と土というね。全部で5袋ありました」
首を振り、溜息をつきながら語るリゲルの横で、フンメルも頷いている。
「ベズコフ家では以前から、納められた小麦を領都内の3つの大きな商会に卸しています。フンメルさんのところもそうですね。その3商会が元売りとなって、そこから個別に小さな商会やパン屋の様な大口の顧客に小麦袋のまま販売します。
小さな商会やパン屋の段階で初めて小麦粉に挽くわけなんですが、不正品が発覚したのは、いずれも小麦粉に挽くために開封した時でした。ある元売り商会の1つが卸した小麦袋で連続して4袋の不正品が見つかったんです。
当初は、その元売り商会での保管中に不正品とすり替えられたんだろうと皆、考えていたんです。ところが、他の元売り商会が販売した小麦袋でも全く同じ不正品が見つかったんですね。たまたま同じ製粉所が利用された事で複数の元売り商会が卸した小麦袋に同じ不正があったと発覚したわけです。
そうなると、不正品の源は元売りの3商会よりも上流、すなわち領主館の倉庫という話になるわけです。しかし、流石に領主家に対して安易に不正を訴えるわけにもいかない。
それに、領主館の倉庫で盗みを犯して、それが小麦たった5袋なんて事があるだろうかと誰もが疑問に思いました。この街で一番警備が厳しい領主館の敷地にある倉庫内でやる犯罪にしては、あまりにショボいし割に合わないと。
すると、当然の帰結として、領主館に貢納される前に不正品となっていたのではないかと。要するに小麦を納めている村側の犯行ではないかと考えたわけです。
結局、元売り商会の方から私へ内密に相談が来たわけです。各村から納められる小麦に最初に接するのが私ですから。
そうした紆余曲折の末、今年から小麦袋の中身も検査してみる事になったというしだいです。」
そこまで話すと、リゲルはゴードンの方を向いて問いかけた。
「この件どう思いますか? ゴードンさん」
しばし俯いて考え込んだ後、ゴードンが口を開く。
「そうだなあ。もし、村側の犯行だとしても小麦がたったの5袋。田舎の村の犯行としてもやっぱりショボいよなあ。村ぐるみの犯行じゃないだろう。それに、村で詰め替えて浮いた分をせしめたとしても、他の家より多めに小麦があるだけで、それがどうしたって話だ。どう足掻いても村での換金は無理だからな。
考えられるのは、領都に小麦を輸送して来た連中が飲み代稼ぎにやったという線かな。移動中にすり替え、誤魔化して得た小麦を領都の市場で売れば4,5人くらいの人数なら、ちょいとばかし夜の宴会を豪勢に出来るだろうさ。」
そう自分の考えを言葉にまとめながら話すゴードンに対して、リゲルも頷く。
「やはりゴードンさんもケインさんと同じ事を言いますね。ああ、私が相談した警備隊の分隊長です。有能で信頼出来る人なんです。平民出身でしてね。
実はね、去年の貢納の際に奇妙な連中がいたんですよ。何と言うか、浮かれまくっている連中が。田舎の村から初めて都会に出て来たせいなんだろうと当時は思っていたんですが、後から考えると少し違う。何と言うか、既にこの後、行き先が決まっていて一刻も早くそこへ行きたいみたいな、そんな浮かれ方だったように思うんですよ。ただ、どこの村だったかまでは流石に覚えていませんでしたが。」
渋面で首を振りながら、そう話すリゲル。ゴードンが頷きながら言い放つ。
「知恵は回るようだが、所詮猿知恵だな。バレた時にどれほどの騒ぎになるのか、てんでわかっちゃいない。村が領主への貢納を誤魔化したと見做されれば、死罪になる者が出てもおかしくない重罪なんだからな。」
リゲルが顔を顰めながら応じる。
「そうなんですよ。実はそこが悩みどころでしてね。捕まれば、家族や下手したら村長にまで罪が及ぶ。そこまで大事にはしたくないんですよね。」
なるほど、このリゲルという役人は、けっこう良い人なんだとレオは思う。
ゴードンも頷きながら、その警備隊分隊長とはどんなやり取りをしたのかと訊く。
ちなみに、この大陸の国々ではどこも警備隊というのが犯罪捜査を行う組織であり、騎士団が軍隊なのだと昔ゴードンから教わっていた。単に領兵と言った場合には、警備兵かまたは騎士団の末端の兵士を指しているのだそうだ。
「ケインさんも貢納隊の若い連中が、飲み代稼ぎにすり替えたという考えですね。彼が言うには、小麦の袋詰め作業や荷車への積み込みは村人総出の作業だろうと。それなりの大きさのある小麦袋をそうした場ですり替えるのは難しいはずと。すり替えは村から領都へ移動中の野営、それも深夜しかないはずだと。
そして、ここが重要な点なんですが、領都に到着したら寄り道などせず、真っ先に領主館に来て貢納を済ませようとしますよね。」
リゲルはそう言うとゴードンに視線を向ける。そうだなとゴードンも頷く。貢納なんかさっさと済ませるに限る。だから、領主館での検査の時間を考慮して、領都に到着する時間を決めており、村からの出発時間や移動速度までそれに合わせて調整しているわけだ。そうして無事に領都へ着けば、寄り道なんか論外である。
「であれば、領主館の倉庫で貢納検査を行っている最中も、すり替えた本物の小麦袋はまだ持っていて、自分達の私物として隠している可能性は高いと」
リゲルの言葉に、ゴードンは少しばかり目を見開いた後、確かにそうだなと頷く。
レオは、領主館の倉庫で昼間感じた違和感の正体を理解した。
なるほど、役人達が小麦検査の前に荷馬車から降ろしたレオ達一行の私物を奇妙に注視していたわけだ。
領主館に着いた時点で、すり替えた小麦袋を個人の荷物として誤魔化していたならば、それは当然それなりの大きさになるだろう。せいぜい2,3泊しかしないレオ達の様な田舎者の荷物としては分不相応な大きさに違い無い。
「まあ、すべての小麦袋を調べるなんて絶対に無理なんで、運んできた村人達の挙動をしっかり見ておけと言われました。むしろ、そこがキモだとね。
小麦検査を始めるに当たり、検査するぞと言われた瞬間や実際に小麦袋の中身を取り出した時にどんな顔をするかが重要だと。絶対にシロだと信じられる連中がいるなら、参考になるからそちらも是非試しておけとも言われました。
そういうわけで、ゴードンさん一行の挙動は大いに参考になりましたよ。」
笑顔でゴードンやレオにそう話すリゲルに、ゴードンはなるほどと苦笑いだ。
「まあ、田舎の村では領都への貢納任務は人気なので持ち回りだと聞いてます。
そうした不正を働く連中が毎年貢納に来れるとは限りませんし、たとえ来たとしても不正を繰り返さず、ほとぼりが冷めるのを待つかも知れないので気長にやれと。」
そこまで聞いて、ゴードンも感じ入った表情でリゲルに語りかける。
「この領にも頼りになる領兵はいるんだな。普段あまり良い話は聞かないんだが」
「まあ、流石に領兵すべてが腐っているわけじゃありませんよ。平民出が多い警備隊の場合、分隊長クラスまでならけっこうまともな人間もいます。ただ、領主家の皆さんには煙たがられているようですけどね。」
苦笑しながら、そう話すリゲルに対し、こちらも苦笑しながらゴードンが返す。
「相変わらずなのか?」
「ええ、あまり変化は無いですね。まあ、今さら変わるとも思えませんが。」
何とも、話しぶりにキレが無い。レオですら、領主家である貴族への批判なんだと察する事は出来た。ゴードンもレオに向かって意味ありげに頷くと、帰りにでもゆっくり話してやると言う。今度は、フンメルが沈黙を破り溜息ながらに話し出す。
「商業ギルドでも、以前却下されたヤーラ河に船着き場と倉庫を設ける件を、今年再申請したんですが、やはり駄目でした。金が無いとかで。ご一族の余計な出費を抑えていただければ何とかなるし、数年で元は取れると思うんですけどねえ。」
頷きながら溜息をつくとゴードンも語る。
「ここのご領主一族は、将来のために贅沢を我慢する事は、あまりお好きじゃないようだ。開拓村の初期の頃の話を聞いているが、本当に何の援助も無い。税の一時免除だけだ。それも、王国法に従いましたというだけの話さ。
これが他所の領地だったなら、近くに魔の森がある場所への開拓援助という事で、領主家が魔物退治のため定期的に騎士団を派遣していただろう。村長始め、古くからのメンバーには本当に頭が下がるよ。」




