21. 隣国の流行病
「そうか、イェルマークの流行病の状況はそんなに酷いのか」
まずは周辺諸国の最近の大きな話題という話になって、真っ先に挙がったのが、隣国における流行病とそれに伴う混乱の話であった。
イェルマーク王国は、この大陸随一の大国。昔、ゴードンからそう教わった。
国土の広さ、人口、軍隊の規模、お金(ゴードンは経済力とか言っていた)そして魔導師の数といった総合力で抜きん出ているのだそうだ。
さらに文化や芸術といった方面でも中心的な存在であり、宮廷作法や貴族の儀礼なども大陸の規範とされている。各国の貴族や金持ちたちは、イェルマークの礼儀作法に通じた者を子供の家庭教師として挙って迎え入れているのだそうだ。
ただし、レオたちの住むこの国、テチス王国とはあまり馴染みが無い。
国境を接する隣国ではあるのだが、その国境が雪を頂いた山脈の稜線なのである。イェルマークへは山脈を迂回していくつかの国を経由しないとたどり着けない。
そういうわけで、隣国とは言いながらも実際には遠い国なのである。まあ、そのせいで今回の流行病もこうして噂話を聞く程度で済んでいるのだが。
ゴードンの問いかけに応え、リゲルがその大国の混乱について語り始める。
「ええ、しかも従来の流行病とは違って、今回は貴族やその周辺の者たちの犠牲が際立って多かったそうなんです。とにかく、亡くなった貴族や従者、そして使用人の数が平民と大差無いと言うんですから本当に驚きです。
何でも、最初の頃にこの病に罹った男爵がいて、間の悪い事に貴族が王都へ出仕する季節だったんですね。王都への移動中に次第に体調が崩れて行ったと。そうして体調が悪いのに無理を押して王家主催の舞踏会へ出席したというんです。」
これにはレオもゴードンもフンメルも溜息しかない。事情通のフンメルも貴族が関わっていた流行初期の事情までは知らなかったらしい。リゲルが続ける。
「この病の特徴である、いかにも熱を出していそうな真っ赤な顔をして、やたら咳き込んでいた姿を多くの貴族が覚えていたそうです。その男爵が、そこで他の貴族に病をバラまいたと皆、信じています。
そして、会場でその男爵から病をもらった貴族たちが、自分の屋敷に戻り家族や使用人が感染。その家族が貴族の多い役所や騎士団、魔導師団、果ては貴族学院の様な学校で同僚や学友を感染させる。
もう、あっという間に王都の貴族社会にこの病は広まり、皆が異常を感じた時には、もはや手遅れだったそうです。
逆にその時点で都市間の移動制限の様な病への大規模対処が行われた結果、平民の犠牲者はある程度抑える事が出来たと言われています。まあ、それでも、貴族と同程度の犠牲者は出ているわけですが。
ちなみに件の男爵ですが、病からは無事回復したのに結局処刑されて、男爵家もお取り潰しになったそうです。」
「憐れなもんだよな。でも、仕方無いかとも思っちまう。しかしまあ、普通なら、流行病と言えば、スラムの住人や平民連中が被害のほとんどで、貴族の死者なんて大した事は無いはずだよな。食い物も十分で体力もあるし、何かあれば屋敷に長期間引き籠もる事も出来るわけだし。」
首を振り振り、さらにゴードンがつぶやく。
「しかし、実際のところ、どれほどの貴族が亡くなったんだろうな?」
その問いかけにはリゲルも首を横に振ったが、今度はフンメルが答えてくれた。
「商業ギルドで出回ってる噂レベルなんですけどね、一家全滅で断絶した貴族家がイェルマークの全貴族家のおよそ2割だと言うんです。」
ゴードンもリゲルもこれには息を呑む。
「王家も貴族家存続のために様々な特例の救済措置を実施したようなんですが、それでも約2割が断絶したと。まあ、中には以前から王家の不興を買っていて目を付けられていた貴族家が、この混乱に紛れて救済されず取り潰しになった事例もあるようなんですけどね。
でもね、この2割という数字はけっこう正確だと思いますよ。貴族家には、必ずお抱えの商人がいますからね。」
再び、首を振りながらゴードンが囁く。
「戦争だって、国が滅ぶレベルでなきゃ、そこまでの被害は無いだろうな。」
頷きながら、フンメルが続ける。
「今回、全ての貴族家の当主が王都に集まる時期という間の悪さのため、バリバリの現役当主と同行した家族、それに王都で学校に通っていた次世代の子供達という最悪の構成で病に罹ったわけです。
貴族が一斉に発病ですから、医者や薬の取り合いは壮絶だったと聞きます。
結局、多くの貴族が病で亡くなり、田舎の領地で隠居していた前の当主だけが取り残されたという事例も少なくなかったようです。
そういうわけで、イェルマークの貴族社会は今、大混乱ですよ。」
まあ、そうなるだろうなと頷く皆を見回して、フンメルが続ける。
「跡継ぎを亡くした老貴族や使用人達が必死になって、昔放り出した直系の庶子を捜し回っているんだとか。混乱に乗じて、そういった貴族家には自薦他薦の有象無象が大勢押しかけて、そりゃあもう見苦しい光景と言いましょうか、人間の欲望丸出しの醜い姿を真っ昼間から王都の貴族街で曝け出しているんだそうです。」
ゴードンも苦笑しながら応じる。
「まあ、臑に傷持つ貴族は多いだろうからな。貴族の落とし胤なんぞ王都では別段珍しくも無いだろう。平民からすれば、人生一発逆転のチャンスが目の前に降って湧いた様なもんだろう。差し詰め『我はこの家の当主の息子也!』と叫ぶ若い男や『皆様、ご覧下さい! この子の目の色、髪の色はご当主様と同じです!』と喚いている赤ん坊を抱いた若い女の姿が目に浮かぶよ」
仰々しい台詞回しと気色の悪い裏声で巧みに詐欺師の口上を披露するゴードンに、皆が声を上げて笑い、フンメルがさらに続ける。
「まあ、中には本物の庶子もそれなりにいたようです。王家も断絶させるには忍びないと考えた貴族家に対しては、そうした庶子を正式に貴族家当主、あるいは跡継ぎとして認めています。中には、庶子の娘やその孫すらも正式な跡継ぎとして認めた例があるそうです。普通なら絶対にあり得ない話ですよね。
ただし、そこで問題となったのが貴族家から縁を切られていた庶子が円満に家を出た例などあまり無い事ですな。実際のところ、貴族家で生まれ育っていても母親の身分が低ければ、成人後には家を出て平民になる事はわかりきっている。男子とは言っても、上に何人も兄がいれば跡継ぎの可能性など普通は無いですからね。
そうした子への使用人の態度は推して知るべしでしょう。質の悪い使用人に昔散々見下され、酷い場合には憂さ晴らしで虐められていた庶子が、突如ご主人様としてご帰還なさったわけですから、一悶着無い方がおかしい。
今、イェルマーク王都の商業ギルドには、職を求める元貴族家使用人が殺到しているそうです。貴族同様、使用人も病で亡くなった者が多いので、貴族家からの求人も多いのですが、貴族家への就職に最低限必要な紹介状すら持っていない元使用人がけっこういるんだとか。もちろん、前の雇用主が一家全滅で紹介状を用意出来なかった者もいるでしょうが、多くは庶子上がりの新当主によって首にされたか、あまりにも気まずくて辞めた連中だそうです。まあ、自業自得でしょうけどね。」
皆が皮肉な笑みを浮かべながら頷いていると、ゴードンが話をまとめた。
「そういった状況なら、当面の間は大国イェルマークも内向きになるしかないな。内部の立て直しに最低でも一世代はかかりそうだ。問題は、イェルマークの影響力が落ちた今の状況で、良からぬ事を考え、ちょいとばかり鼻息の荒くなる国が出ないかだよな。周辺国と諍いの種を抱えていない国などあんまり無いからな。うちらの国も下手すりゃ余計な争いを始めかねん。要注意だ。」
リゲルもフンメルも今度は深刻な顔をして頷いた。




