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2. 覚醒

 その日、武術鍛錬も終盤にさしかかり、慣れないレオはもうヘトヘトだった。

同じ様に疲れ切った対面の子供を相手に、交互に木剣を振り下ろし続ける。


 それは、突然の出来事だった。


 疲れからほんの一瞬集中力を切らした稽古相手の木剣が、振り下ろされた瞬間にその手からすっぽ抜け、何とレオの顔面目がけて飛んで来たのだ。


 この至近距離での避けようの無い突発事にギョッとした瞬間、それは起きた。

近づく木剣が急にゆっくりとした動きになり、レオは半身を捻って相手の木剣を避ける事が出来たのだ。ただし、身体はこれまでに覚えが無いほど重く遅かったが。


 そして、直後に気を失ったらしい。


周囲の者は皆、木剣が当たったと思ったそうだが、顔はもちろん身体のどこにも傷は見当たらなかった。しっかり息もしていたので、そのまま家に運ばれたらしい。後に、この失神を振り返ったレオは、これが魔力枯渇によるものだと理解した。


 目覚めたら、自分のベッドだった。

起き上がろうとしたが痛くて出来ない。全身の筋肉が悲鳴を上げている。

何が起きたのか思い出そうとした。木剣が突然飛んで来て、ギョッ!とした瞬間、体の中で何かが弾けた。そう、時折感じていた体内で揺らいでいたものが、弾けてすっと消えた様な、いや、全身に広がっていった感覚だろうか。


 自分の視界の中で、相手の木剣が突如大きな黒い塊と化して顔面に向かって来た瞬間を思い出し、今更ながらにゾッとするレオだった。しかし、理由は全くわからなかったが、幸運にも木剣を避ける事が出来たあの時の自分の動きが、普段の自分なら決して出来るはずの無い不思議なものだった事は理解していた。


 奇跡という言葉すら知らない幼いレオだったが、それでも、あれと同じ事がまた出来ないものかと、憧れにも似た(ほの)かな願いを抱くのだった。



 この時レオは未だ知る(よし)も無かったが、これこそ魔力による身体強化であった。動体視力、反射神経、筋力等々の瞬間的な強化である。何故そんな事がレオに可能だったかと言うと、誤解を恐れず敢えて答えるならば、


 レオが、魔の森で生まれ育った “魔物” だったからだ。


 魔の森で生まれ育った生き物たちが魔物となり、森での過酷な生存競争を生き抜くために、誰に教わるでもなく本能の赴くままに発揮している驚異の “力” こそ、身体強化なのである。レオもまた、そうした森の魔物たちと同様、己の生命の危機に直面した瞬間、無意識にその “力” を開放したに過ぎなかった。


 そして、この突発事件をきっかけとして、レオは己の中の魔力を感じ取り、魔力持ちとして覚醒したのである。



 魔素の漂うこの世界では、そこに生きる生物の体内にも魔素は浸透していく。

本来ならこの魔素は、ただ通り過ぎるだけであり、そこに生きる生物の体内とその周辺で魔素の様相に違いなど生じるはずも無いのだ。


 ところが不思議な事に、生物は体内に浸透した魔素をそのまま全て通過させず、その一部を体内で循環させ始める。魔素が生物の意志や思念に反応するからだとも言われているが、詳しい事は未だに謎である。結果として、生物体内の魔素は周囲の大気よりも濃くなってゆくのだ。


 通常、この状態が問題となる事は無い。生物の体内魔素の方が周囲の大気よりも濃いというだけの話である。何も起きないし、生物側にも何の自覚も無い。


 ところが、この世界の魔素分布は決して一様では無い。場所により濃淡がある。魔物が跋扈する、通称 “魔の森” と呼ばれる場所は他所よりも魔素が濃いのだ。

 そうした魔素の濃い場所に棲む生物の体内で、魔素は体内循環によりさらに濃くなってゆく。こうして出来た高濃度の魔素が、とある “臨界濃度” を越えると劇的な変化が生じる。魔素は生物の体内で凝集し固体化するのだ。魔石の誕生である。


 そうして、魔素の塊であると同時に貯蔵庫でもある魔石は、時に生物の体内へと超高濃度の魔素を逆放出し、魔石を宿した生物、すなわち魔物に驚異的な “力” を発揮させる。これが身体強化である。


 この魔石に蓄積されていて、一気に放出される超高濃度の魔素は、元々大気中を漂っていた魔素とは桁違いの濃度となっており、もはや質的に異なる “物”、全くの別物へと転化している。これこそ、この世界に奇跡をもたらす魔素の力、すなわち “魔力” である。


 この様に、体内に魔石を持ち、その魔力による驚異の身体能力を獲得した生物が魔物であるならば、レオもまた紛れもなく “魔物” と呼ぶべき存在であった。


 魔の森を切り開いて造られたこの開拓村には、森由来の濃い魔素が漂っていた。しかも、この森の魔素は、そこで生まれた生物すべてを魔物化するほど濃厚なものだった。人もまた生物であるならば、そこで生まれ育ったレオにも魔物と同じ効果を(もたら)すのは、当然の事であった。

 ただし、そこで暮らす村人すべてに、というわけではなかった。


 魔の森で体内に浸透した濃厚な魔素の循環と凝集、そして、魔石の形成という過程。これは結果だけを見れば、生物体内での異物形成という、通常なら到底許されないイレギュラー現象なのだ。


 ある程度成長した正常な免疫機能を持つ生物の場合、凝集した魔素が固体化しても、未だ極小段階で免疫機能に排除され、決して体内に定着する事は無い。魔石が体内で形成され、定着する様な事は決して起きないのだ。その様なイベントがもし人に許されるとするなら、それは免疫機能がまだ不完全な乳児期までとなる。


 ただし、乳児期以前の胎児期は肉体の形態変化が激し過ぎるため、体内で有効な魔素の循環が生じず、魔石が形成される事は無かった。

 その結果、誕生から概ね一年の乳児期だけが、人が魔石を獲得出来る唯一無二の “ゴールデンタイム” となるのである。


 この様な状況は、魔の森に棲む他の生き物たちの場合でも同様であった。胎生の獣では乳児期が、卵生の生物では孵化直後の一時期だけが、それぞれ体内に魔石を獲得出来る唯一の機会となるのである。


 こうして濃厚な魔素の漂う森で “生まれ育った” 生物だけが魔物となり、強大な力を獲得する事になる。人は多くの魔物が跋扈する森を「魔の森」と呼んでいる。しかし実際には、森の濃厚な魔素が大量の魔物を生み出しているに過ぎないのだ。


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