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13. 閑話2 この世界に遍く揺蕩うもの

 エリックは、自分が失神した後の経緯を護衛隊の面々から聞かされた。


 彼の渾身の一撃で大蛇は追い払えたものの、意識の無いエリックを運びながらの魔の森脱出は困難を窮めた。

 日没が迫り、皆が焦りを感じ始めた頃、運良くこの洞窟を見つけたのだそうだ。入り口は狭いのに、中は全員が入れる広さのあるこの洞窟に籠もり、入り口に武器を構えた2名の見張りを交代で配置し、何とか魔の森の夜を無事過ごせたと言う。


 その話を聞きながらもエリックは、強い違和感を覚え続けていた。絶対に不調であるはずなのに爽快感すら感じている今の体調は、異常と言うしかなかった。


 魔力枯渇で失神した後は、何をするのも億劫(おっくう)なほど倦怠感(けんたいかん)(さいな)まれ、そんな状態が何日も続くはずなのだ。エリックは、そんな悲惨な経験を魔法学院時代に二度も味わっていた。体調不良はもちろんの事、魔法の行使など論外なのだ。


 それなのに “力” が(みなぎ)っている。失神した翌朝なのにおかしい。一体どうして?

魔法も問題無く撃てるような気がする。いや、撃てる!


 その後、今回の討伐遠征の拠点としている村へ無事帰還。悩んだ挙げ句、再度同じ事をしてみる他無いと決意した。流石に、また魔の森の内部では危険だと止められそうなので、護衛隊のメンバーに頼み込んだ上で、森のすぐ外側にある村の作業小屋で魔力枯渇による失神状態となって試す事にした。


 結果は、やはり驚くべきものだった。前回の様な爽快感こそ無いものの、起床時に倦怠感など微塵もなかった。もはや間違い無い! 王都とは何かが違う!


『ひょっとしたら、魔素が濃いのではないか?』


 魔法学院時代の講義を思い出したエリックに、ふとそんな考えが閃いた。

魔素、それは魔力の根源であり、この世界のあらゆる場所に(あまね)揺蕩(たゆた)うもの。


 魔法を放った魔導師の魔力が、時間の経過とともに回復してゆくのは、この世界のあらゆる場所に魔力の素となる魔素が存在し、魔導師はその魔素を吸収する事により、魔力を回復しているのだと昔から考えられていた。

 ただ、一瞬の魔法行使に対して、その回復にはけっこうな時間を要する事から、魔素は魔力に比べると、かなり希薄なものだろうとも考えられていた。


 残念ながら、人が感知出来るものではないため、魔素そのものが研究対象となる事は無く、当然の事ながら魔素の濃度が場所により異なるといった考えが論議される事も無かった。エリックの着想はこれまでに無い、特異なものであった。


 それまで、魔導師が魔物討伐に参加する事はあっても、魔の森の奥深くにまで踏み込む事など滅多に無かった。例え踏み込んだとしても、魔法の使用は極力抑えるのが魔導師の常識であった。死の危険が満ち溢れた魔の森で、魔力を温存するのは魔導師なら当然の事である。また、危険な夜の森から少しでも距離を取るため、暗くなる前に魔の森から十分離れた安全な拠点に戻る事も鉄則とされていた。


 そういうわけで、エリックの様に魔の森の中で魔導師のタブーである魔力切れを起こして失神した挙げ句、そこで一夜を過ごした例などあろうはずも無かった。

 よって、魔の森で魔力が劇的に回復する事など、未だかつて誰も経験した事は無く、そこから魔素の濃度差に思い至る者など一人もいなかったのである。


 『魔の森の魔素は濃い! だから、魔力の回復が速いに違いない!』


そう確信するに至ったエリックは大いに興奮した。

 この仮説を公表すれば、必ずや注目を集めるに違いない。日頃自分を見下している貴族家出身の同僚魔導師たちを見返してやる事も夢ではないと思った。


 しかし、一夜明けた翌朝には高揚も醒めていた。

師もおらず、論文の書き方すら知らない自分に、果たしてこの考えを広める事が出来るだろうか? 誰かに相談しても相手にされないか、下手すればアイデアだけ盗まれて終わりではないのか?


 それに、証拠となる物は未だ何も無い。尊大で傲慢な魔導師たちに、辺境の魔の森に出かけ、そこで自分がやった様に魔力を枯渇させ、森の中で一晩過ごしてみろと言ったところで、鼻で笑われて終わりであろう。

 そこまで考えが至れば、もはや選択すべき道は一つしか無かった。


 『自分の身で証明するしかない!』


エリックはそう決意したのである。


 今回の驚異的な魔力回復速度が、もし、他の魔の森でも期待出来るのであれば、魔物討伐に向かう先々で、王都の修行ではあり得ない “枯渇レベル” の魔力消費を行ったとしても、翌朝までにはきっちり回復出来るはず。

 そして、それを繰り返す事が可能なら、王都で「魔力の消費と回復」をチマチマ行うより、何倍も効果のある修行となるはずなのだ。


 そこから導き出される結論は、王都で優雅な日々を過ごす高慢な魔導師たちより、辺境をドサ回りする自分の方が、遙かに速く階梯を上げられるという仮説。

 それが第一階梯 “芋虫” 魔導師エリックの目論見であった。


 かくして、彼はこの仮説を現実のものとするべく、率先して地方の魔物退治に出かけると、出来るだけ魔の森に近い場所で夜を過ごすようにした。そうした場所で安全に野営が出来る場合には、積極的に魔力を枯渇させてから眠りに就いた。


 同行する護衛隊の面々も、今やすっかり馴染みの顔ぶれとなり、変わり者のこの魔導師に律儀につき合ってくれたのである。

 魔物との遭遇が無く、魔法を使わなかった日などは、エリックが魔力を枯渇させるため、夕暮れの空に向かって放ち続ける火球を護衛隊一同で見守るのだった。



 魔法学院には、昔から新入生が聞かされる魔導師の自虐ネタがある。


「魔力持ちという卵から孵化して芋虫となり、蛹を経て、やがて蝶となって舞う」


 魔力持ちは魔導師の卵であり、最初の魔法である火魔法を使える様になって初めて魔導師を名乗る事が許される。これを卵から孵化して芋虫になったと魔導師界隈では表現していた。第一階梯の “芋虫” 魔導師と。


 その後の第二階梯を蛹、そして魔導師の頂点である第三階梯を蝶に例えていた。こうした階梯のレベルアップというものは、ある日、目醒めた瞬間に突如自覚するのだと言われていた。途方も無い全能感と多幸感に包まれるのだと。


 果たして、エリックは18歳で、その最初の全能感を味わう事になった。

平均よりも(およ)そ7年も早く第二階梯となり、自分の思惑が正しかった事を知った。

 しかし、魔導師である自分にこれほどの効果を及ぼす環境が、一緒に行動している護衛隊員には何ら影響していない事が不思議でならなかった。


 そこで、ふと思い出したのが、剣士ギャバンと彼の息子の物語。

ギャバンについて、もっと調べなければと思った。依然として謎は尽きない。


 それでも、身を以て自分の仮説を立証出来た事は大きな喜びであった。

真実へ着実に近づいているという実感も、エリックには得難い自信となった。

そこには、未踏の地を歩む者だけが見る事の出来る新しい景色、味わう事の出来るあの痺れる様な感動があった。

 もはや、宮廷魔導師団内での立場や論文など、どうでも良い事の様に思えた。


 その後も年間の大半をドサ回りで過ごしたエリックは、24歳にして二度目の全能感を味わった。

 40歳前後という魔導師界隈の常識を嘲笑(あざわら)うかの様な、第三階梯 “青年” 魔導師の誕生であった。


 エリック・クルーガー、彼こそは後年、レオの師となる魔導師である。


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