11. 本当に恐ろしいもの
一頻り笑った後、ゴードンは少し真面目な顔でレオに話しかける。
「お前さんには、たぶん魔力がある。武術鍛錬の場で時々そう感じていたもんさ。お前さんの歳に似合わぬ力や素早さは、魔力のせいだとしか思えん。お前さんは成人前だが、素早さだけなら並みの兵士よりも上だろう。断トツに強い一部の騎士様が使う、魔力による身体強化じゃねえかと俺は睨んでる。だから、どうやるかは知らんが、修行すれば魔法が使えるかもな。
ただなあ、魔導師という奴らは俺が知る限り皆、いけ好かない奴ばかりなんだ。平民を見下しているし、ほとんどが貴族関係者なんだ。魔導師を見かけても、気安く声をかけたりするんじゃねえぞ!」
そこまで軽やかに話してきたゴードンだったが、最後の貴族関係者という辺りから急に渋い表情になった。一息つくと軽く頭を振って言い添える。
「覚えとけ! 本当に恐ろしいのは魔物よりも人間だ。その人間の中の異常種とも言えるのが貴族なのさ」
レオは、まだ貴族など見た事も無かったので実感が湧かない。キョトンとした顔をするレオにゴードンは、幼いレオが理解出来るか一瞬躊躇う気配を見せたものの、一つ頷くと真剣な表情でゆっくりと噛んで含めるように話し始めた。
「さっき話した大蜘蛛に攫われて死んだ貴族のボンボンな、実はそいつが魔の森の調査の言い出しっぺだったんだ。領主家である貴族家の四男か五男で、領主家の相続なんぞ端っから無理。そこで少しでも自分に箔を付けようと考えたのか、魔の森の調査にかこつけた魔物討伐を思いついたらしい。成人したばかりで世間知らずのお坊ちゃまが思いついた、浅はかな考えだったのさ。
護衛という名のお守り役をやらされる領軍幹部の騎士たちは猛反対したんだが、聞きゃあしない。まあ、実働部隊が動こうとしないから有耶無耶で終わるだろうと皆、思ってたんだが、ボンボンは父親である領主に直訴しやがった。
最後はそいつの母親が領主に泣きついたらしい。この母親が当時、領主の一番のお気に入りの側室だったそうでな。
まあ、息子が護衛に守られながら、魔の森へピクニックに行き、領軍が名のある異常種の一匹でも討伐して持ち帰れば息子の手柄。領主相続は無理でも、他家への婿入りで有利になるとでも母親は考えたんだろうよ。親子揃って浅はかなもんさ。
かくして俺たちは、ご領主様の命令で地獄へ一直線。結末は話したとおりだ。」
ゴードンは苦虫でも噛み潰した様な顰めっ面で、首を左右に振りながら続ける。
「でもな、本当に最悪だったのは、その後さ。領都に帰り着いた俺たちは出発時の半分近くまで人数を減らしてボロボロだった。そんな俺たちが苦労して持ち帰ったボンボンの死体を見た母親は卒倒。父親の領主も半狂乱だったそうだ。
まあ、母親似の美男で黒髪の貴公子だったのが、人間一体何があったらこうなると思うほど、見るも無惨なおぞましい死に顔。髪の毛なんざ、真っ白だったんだ。
俺たち下っ端は帰還直後、兵舎で着替えて休憩していたんだが、そこへ俺の親友だった奴が他の兵士の目を避けて、こっそり俺のところへやって来たんだ。そしてそいつが言うには、今すぐ国を出ろと。
そいつは魔の森の調査には参加していなかったんだが、帰還報告の場で、領主がぶち切れるのを見たと言うんだ。ボンボンの遺体とともに報告に行った騎士たちが全員地下牢に放り込まれたと。もう、びっくりさ。
領軍の兵士なら誰でも知ってる事なんだが、領主館の地下牢はやばいんだ。別名 ”処刑待合所”。ここに入れられて助かった奴はまず、いない。お偉い騎士様ですらそこへ放り込まれたという事は、俺達生き残りの下っ端兵士の扱いなんぞ、推して知るべしさ。可愛い息子も守れず、よくもおめおめ帰って来れたもんだとね。
案の定、魔の森調査から帰還した兵士は、全員集まれとのお達しが来た。俺は、軍服への着替えにもたついてる振りをしながら、他の連中が兵舎から出て行くのを待って、こっそり裏口から抜け出したのさ。金と僅かな身の回り品だけ持ってな。
そうして、今日に至るというわけだ。
この村は本当に何もない。見事なくらいにな。でも村人は気の良い奴ばかりだし村長は公平だ。お前さんは知らんだろうが、こういう場所は本当に稀なんだよ」
この日以降、レオはゴードンとよく話しをする様になった。とりわけ、冬場や雨のため外での作業が無い日などは、ゴードンに強請って村の外の世界の話を聞かせてもらった。
ゴードンもレオを可愛がってくれて、色んな話とともに簡単な読み書きや算術なども教えてくれたりした。さらに、村に数頭しかいない馬の乗り方や、馬の世話の仕方などもレオはゴードンから学んだのだった。レオにとってゴードンは、まさに父親のような存在となった。
こうした日々を過ごすうち、レオもこの世界の成人年齢である15歳となった。
貧しい開拓村である。成人の祝いやイベントは細やかなものだったが、領都へ小麦を運んで行く貢納隊の一員として、ゴードンがレオを領都まで連れて行ってくれる事になったのは嬉しかった。レオが見る初めての開拓村以外の人間社会。未だ見ぬ領都という都会。
そして、この時点で、身体強化にも耐えうる肉体を常に意識して鍛え続けて来たレオの身体は、既に村のどの大人よりも大きく、逞しく、力もあった。さながら、普通の狼より一回りから二回りも大きくなる魔狼のように。




