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103. 間章3 エリック、久々の王都訪問


 エリックが今いるここは、この世界で最も煌びやかな場所。

大陸随一の大国イェルマーク。その王宮の豪華絢爛たる大広間とそこに集う人々。毎年恒例の華やかな新年の大舞踏会。外周の照明は、意図的に抑えられている。

そこでは、今まさに貴族令嬢たちの社交界デヴューの式典が執り行われていた。


 本来なら、そんな舞踏会とは最も縁遠いはずのエリックなのだが、今年だけは例外であった。そう、愛娘マリアの社交界デヴューとなる記念すべき日だったのだ。


 控室から大広間の入口までは、一族の男性がエスコートするのが慣例である。

本来ならエリックがその役割を担っていたのだが、現実にその栄誉を務めたのは、この国の第5王子であった。エリックとしては、ホッとする様な、残念な様な。

マリアは、シルクのドレスを纏い、婚約者に手を取られて会場に姿を現した。


 普通なら、こうしたデヴューの場は、本人にとっても家族にとっても一生の良き思い出となるはずのものに違いない。ハプニングなど誰も望んではいない。

 ところがこの時、真に不本意な事には、エリックには生涯忘れられない ”痛い” 記憶となってしまったのだった。

 もし、この場にシンシアがいたならば『アチャ~』と言っていた事だろう。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 義父のサザーランド侯爵が、マリアの伴侶として白羽の矢を立てたのは、イェルマーク王国王子、ジークフリードだった。貴族社会では、ぼんやり王子と呼ばれ、あまり芳しい評判は聞かない。それでも、彼の本質を見抜き、夏の長期休暇にサザーランド領へと招待した義父の眼力には、エリックも流石と感心したものだった。


 ジークフリードは豊かな感性と鋭い知性を隠し持つ、実に興味深い青年だった。流石は王族という端正な顔立ちを、ぼんやり王子という仮面で胡麻化している日頃の佇まいは、明らかに何らかの訳ありだと思われた。


 サザーランド領にやって来て、王宮の様々な(しがらみ)から解き放たれた彼は、仮面を外すと、彼本来の生き生きとした姿を見せてくれたのだった。マリアはすっかり魅了された。そして、それはジークフリードもまた、同様だった。


 翌年に社交界デヴューを控える14歳のマリアは、シンシアの若かりし頃に生き写しであり、通りを歩けば男どころか女でも、思わず振り返る様な美少女に成長していた。宮廷作法の家庭教師であるクラリッサ先生の指導により、立ち居振る舞いも芸術的なまでの美しさであり、その点は母親のシンシアを超えていた。


 それでも、侯爵の孫娘とは言うものの、母親は侯爵の庶子、父親は平民で元は辺境の農村の出身である。どうしても貴族社会では、軽く見られている様なのだ。

 しかし、そこは腐っても侯爵家。高位貴族家の二男以下に、とりあえず婿入りを狙う者が少なからずいるらしく、下手な相手を婿にしようとすれば、マリアそっちのけで、面倒な横槍が入るのは必至と予想されていた。


 老侯爵によるジークフリード王子の選定は、そういう爵位狙いの有象無象を排除出来る点でも、見事な一手と言えるだろう。


 ジークフリードにとっては、王籍を離れて臣下に降る事になるわけだが、全く気にしてはいない様だった。老侯爵は、マリアが生んだ子を侯爵家の正当な世継ぎにするという点だけを条件にしており、ジークフリードも、何ら異存は無いと即答してくれたので、双方、目出度く話がまとまった。

 こうした事例は、貴族社会では珍しい事なのだそうだ。


 王家との交渉も特に問題は無く、マリアの社交界デヴューを機に、正式な婚約発表という流れに決まった。結果として、王家の人々との初顔合わせはデヴュー直前となったわけだが、マリアは王家の全員を唸らせ、無事婚約は成立となった。


 この親族の初顔合わせの場を、エリックは辞退していた。

かつての宮廷魔導士団長就任の一件で、王太子殿下がエリックを覚えていたりすると、気まずい思いをさせてしまうのではという配慮からであった。


 ところで、マリアの婚約は侯爵領の多くの者が喜んでくれたのだが、その中でもとりわけ大喜びだったのが、フンメルの妻パメラだった。


 思えば、初めてマリアと会って以来、侯爵館に来るたびに何かしら土産を持参していた。それがまた、取り立てて高価というわけでもないのに、実に洒落た物ばかりで、そのセンスの良さにはいつも驚かされたものだった。


 マリアもいつも楽しみにしており、エリックとしても感謝に堪えなかった。

まあ、この、マリアにとって良きお姉さんのパメラは、


「私の中の、もう一人の私が、マリア様に貢ぎなさいと命じるものですから!」


と、訳の分からない事を口走っていたのだが・・・

 このパメラは社交界デヴューの際のドレス製作でも、献身的な働きぶりを示し、何故か式典での歩き方にまで、クラリッサ先生と熱心な協議をしていたらしい。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エリック親子は当然の事ながら、王都へは余裕を持った旅程となった。

王都では、仮縫いまで終わっているマリアのドレスの仕上げもあるため、式典の半月前までに到着する事にしていた。

有難い事に、ヤークト商会の好意により、商会の大型船によって港町ファニスからの船旅となった。フンメル夫婦も同乗していた。


 そして、港を出港した直後、2人から驚くべき事実を告げられたのである。

あの超越者と思われるレオが、テチス・サルト戦役の徴兵のために、開拓村の壊滅前に村を出ていたと言うのだ。


 テチス・サルト戦役で話題となった魔法合戦。

しかし、その概略を聞いた段階で、エリックは興味を失っていた。くだらないと。

イェルマーク宮廷魔導士団への入団を認めなかった、あのカーンが主導していると聞き、何とも嫌な気分になったものだった。


 ところが、その後、流れてきた噂を耳にして仰天した。

カーンとその側近が、2人揃って魔力を失ったというのである。まさかと思った。

 しかし、この話は事実だった。元々、傲慢な男だったから恨みも買っていたのだろうが、魔導士という身分で突っぱねて来たはず。それが魔力喪失となれば・・・


 魔法合戦の信義を踏みにじったと非難するサルト側に対して、テチス側は2人を差し出したのである。すべての罪を擦り付けて。利用価値は無いと見限ったわけである。まあ、勝手に戦争を始めた点は事実であり、自業自得とも言える。

 結果として、2人はサルトで公開処刑となった。広場に磔にされ、この戦役で戦死した魔導士の親族たち(彼らも魔導士だ)によって、火球を浴びせられた。


 イフナイの会戦と呼ばれる、この魔法合戦には多くの謎が残されていた。

しかしながら残念な事に、イェルマークの宮廷魔導士団は、団長が例の母乳実験の失敗により引き籠ってしまい、組織の体を成していない。とても、こうした謎の解明は期待出来なかった。


 エリックは、仕方なく、義父がフェンリル災厄で築いた騎士団との人脈に頼り、テチス・ソルト戦役の騎士団による報告書を入手したのだった。

 そこには、両国で相互に矛盾した内容が多々あり、報告書をまとめたイェルマーク軍部の者たちも、頭を抱えていた。率直に意味不明という記載まであったのだ。


 それが今回、レオがそこにいたという前提で考える事により、いくつかの謎が解けたと思った。

 以前、フンメルとパメラから聞いた内容を再確認しながら推理してみた。


・サルト側の魔導士だけが一方的に浴びた異常種の魔力波。


 おそらく、テチス側にいたレオが放ったものではなかろうか。

大熊を一瞬とはいえ硬直させる魔力波を放てる男なら、その可能性は高い。


・テチス側は、小型バリスタを密かに持ち込み、弓兵隊による最初の斉射の際に、鋼の矢をサルトの魔導士隊に向かって打ち込んだ。魔導士の暗殺を狙っていた。


 これこそ、レオがやったとしか思えない。

パメラによると、レオは鋼鉄製の弓で常識外の距離に鋼の矢を飛ばす事が出来た。ガードナー傭兵隊の弓使いは、レオを「歩くバリスタ」と呼んでいたという。


・カーンら、テチス魔導士隊の幹部3人が、騎士団への指揮権移譲を拒否した直後に、次々と倒れた。カーンとワイルの2名は、魔力枯渇症状から回復せず、廃魔石による確認の結果、魔力無しと断定された。


 これは、もはや確認のしようもないが、恐らく2人は体内魔石を失っている。

廃魔石に触れていなくても、魔力波を放てば発光する事は確認している。

もっと強力な魔力波だったらどうなるのか? 塵にしてしまえるのではないか?

原魔石の場合はどうなるのか? 生きた魔物の体内魔石の場合では?


 エリックは、王都からサザーランド領へ帰還しだい、早速試してみようと思う事が出来たのだった。


 レオは、間違いなくイフナイ会戦に弓兵として参戦していたとエリックは思う。

まだ、テチス王国軍に残留しているのかは分からないが、義父のルートを使って、照会を行ってみようと決意した。


 一方でフンメルは、2年前に初めてエリックに会ってレオの件を聞いた直後に、ヤークト商会の連絡網を利用してレオへの伝言を設定していたという。

 レオが商会のメダルを使用すれば、必ずその伝言は届く。エリックも、自身が持つ商会メダルの事は熟知しており、なるほどと頷いたのだった。


 その伝言を見て、サザーランド領にレオが来てくれる事を祈るばかりだ。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 仮縫いまで終わったマリアのドレスの最終調整のため、ヤークト商会の本店を訪れたエリックは、そこで久しぶりに商会長と会った。

 調整作業を終えるまで、商会長の執務室で談笑する。若い頃からの知り合いである商会長との会話は、実にざっくばらんなリラックスしたものであった。


 王都でのサザーランド侯爵家に関する噂話を色々と聞かせてもらった。

何でも、ぼんやり王子が “辺境の芋娘” のところへ厄介払いで婿入りさせられて、可哀そうにという話が、貴族社会の中で盛んに交わされているという。


「どうも、お前さんとこの娘に年明けの舞踏会でトリを取られた、どこぞの侯爵令嬢が悔しくて、そういう噂をばら撒いてるらしいぞ。まあ、誰もマリア嬢を見た事が()えから仕方ないとも思うがな。」


 商会長がニヤニヤしながら、そう話すと、あっさり結論を披露する。


「まあ、あの美貌に、あのドレスだ。自分がトリじゃなくて良かったと思うさ。」


 エリックも会長が言うマリアのドレスには絶句した。それは深紅色にシルク特有の艶があり、途轍もないインパクトがあったのだ。あんな色の服は見た事がない。

 商会長が自慢げに語るには、新しい染色技術を開発した者が、真っ先にヤークト商会に話を持ち込んで来たという。やはり、シルクの影響力は絶大なのだ。


「俺は双子令嬢のデヴュー以来の奇跡の夜が、また見れるかと期待してるのさ。」


 そう言って、ニヤリと笑うヤークト商会長だった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そして、新年の大舞踏会における社交界デヴューの最後を飾ったマリア。

登場した瞬間に会場の全員が息を呑んだ。見た事も無い深紅色の艶やかなドレス。

そのドレスを煌めかせながら、会場の中央へと歩む凛とした姿。

 ドレスに沸いた会場全体が、今度はマリアの美貌に沈黙する。


 中央の照明の下で、踊るようにリズミカルな貴族令嬢の儀礼挨拶を四方に向かって繰り広げるや、万雷の拍手と歓声が彼女に惜しみなく贈られた。

 再度の挨拶を求められ、微笑みながら四方への挨拶を繰り返すマリア。


 まさに、ヤークト商会長が夢想していたとおりの展開であった。

そして、マリアは会場内で彼女を待つ家族の下へと歩み寄る。


 その時だった。突如、横合いの人垣から一人の男がよろめき出した。


「シンシア! 僕の女神! やっと見つけた。君は一体どこにいたんだ? 僕がどれだけ君の事を心配したと思っているんだ! 二度とこんな事をするんじゃない!」


 男は、マリアにそう叫ぶと、彼女に抱き着こうとしたのだった。

咄嗟にエリックは、その男に駆け寄ると、体当たりで弾き飛ばした。そして、直後にゾッとした。まだ、余裕があって良かったと思った。もし、奴がマリアの腕でも掴んでいたら、思わず風魔法で奴の腕を切り落としていたかもしれない。


 床に投げ出されたファブレルは、周囲の貴族男性に取り押さえられ、近衛騎士に引き渡された。それでも、必死にマリアの方に目を向け、シンシアと叫んでいた。

 何ともインパクトに満ち溢れた夜にしてくれたものだと、エリックは溜息を吐くしかなかった。


 会場のほとんどの者たちは、何が起きたのか理解できず頭を捻るばかりだった。

しかし、そんな中にも周囲とは異なる感慨を抱いた者たちがいたのである。


 一方は、エリックに対して、


「うん、間違いない! あれは確かに魔導士クルーガーだ! あの鮮烈魔法の!」


そう囁き合う、数人の宮廷魔導士たちが会場にはいた。そして・・・


「あの男の動向を追え、路頭に迷っているようなら、囲い込め!」


 連行されるファブレルを顎で示し、そう側近に命じた男もいたのだ。

やがて、この夜の出来事はエリックの、そしてその家族の、さらにはこの国の行く末を大きく変えて行く事になろうとは、この場の誰一人想像すらしていなかった。


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