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101. とある貴族家の消滅


 その日、役所でいつもの業務を熟していたリゲルは、上司に呼ばれた。

昨日の朝にも同じ目に遭った。見ると、警備隊の制服姿の若い男が、上司と一緒に立っている。その警備隊員は、リゲルに挨拶すると、同行して人の確認をお願いしたいと言ってきた。封鎖中のベズコフ領都からやって来た男がいるのだと言う。


 昨日のサルト戦役従軍者を集めた会議の席で、リゲルが、元はベズコフ領の文官だったと話した事を、参加していた警備隊幹部が覚えていたらしい。

 まあ、同じベズコフ出身と言われても、全員を知るはずもないと困惑するリゲルだったが、警備隊の会議室で彼を待っていたのは、彼も良く知るベズコフ領兵隊の小隊長トムであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 トムは、ベズコフ領都からの逃亡に際して、2つの大きな幸運に恵まれた。

1つは、警備隊のケインに相談した事。トムとしては、他に選択肢は無かったのだが、結果的に見れば、これは最良の選択だったと言えるだろう。

 トムが領都から逃げ出せば、直ちに手配がかかるのは明らかだったからだ。


 領外への逃亡犯の手配に関して、ケイン以上に実務に詳しい者はベズコフ領にはいなかった。とにかく時間との勝負であり、まだ暗い内に領都から出立すべきであるとケインはアドバイスした。そして、真っ先に手配が掛かるはずのルスダンの街を、迂回するように言い含めていたのである。


 幸い、領兵隊の小隊長であり、緊急の伝達事項があると主張すれば、日の出前の街門通過も可能だった。借り出した馬に乗った領兵隊小隊長の言葉を、疑う者はいなかったのである。乗合馬車よりも、遥かに速いペースで馬を駆けさせた。


 そして、街道の隘路の監視部隊も同様に通過するどころか、何とそこで馬を替えたのである。監視部隊が保有していた馬に乗り換えた事で、馬の疲労がリセットされ、ルスダンの先のキルソフに、まだ日の高い内に到達する事が出来たのである。

 そこで野営の装備と食料を買い揃えると、さっさと街を後にしたのだった。


 ベズコフ子爵の、今や唯一と言っても良い腹心である騎士団長は、トムが探していた人物だとようやく割り出し、出頭を命じたものの、行方が分からない。

 逃亡されたと気づき、慌てて領外、すなわちルスダンの街へと手配をかけた。

しかし、初動の差は如何ともし難く、ルスダンの街に手配が届いたのは夕刻近く。それ以降の街へは翌日の通達となった。既にトムは、街の外で野営中であった。


 こうして、トムは、街はおろか、主要な街道にも近寄らずに、ボーア領都を目指したわけだが、ボーア領都に到着した時点で、2つ目の幸運に恵まれたのだった。

 ボーア領の主要な幹部たちは、既に偽の告知書の件を知っていたのである。


 トムは、ケインのアドバイスに従い、ボーア領都の警備隊副隊長に面会した。

ケインの憲兵隊における上官であった人物であり、ケインの名を出せば、少なくとも話くらいは聞いてくれるとケインは言っていた。例え、その時点でトムに指名手配が掛かっていたとしても。


 ケインもトムも予想外だったのだが、ボーア領の幹部はこの時点で既に、新聞記者グレンの奮闘により、偽の告知書の話を知っていたのである。しかも、リゲルの証言もあって、その告知書に書かれたモーリの罪状は真実だと考えていた。

 そこへ、まさに生き証人が現れたわけである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 驚いたボーア警備隊は、直ちにトムが本人の主張どおりの人物なのか、確認作業を開始した。先の戦役で徴兵した者たちを一旦集合させた集結地。そこでトムと面識のあったボーア領兵隊の者たちを探し集める一方、ベズコフ領の元文官であったリゲルにも、声を掛けたわけである。


 リゲルが現れた時、トムは少々驚いた様子を見せたが、直ぐにホッとした表情を浮かべた。リゲルは集結地でのレオの転属交渉以前にも、実はベズコフ領でトムと直接やり取りをした事があったのだ。

それは、トムが南の村々からの徴兵に際して、各村からの徴兵人数を決めるため、村の最新の人口を把握している徴税部門へと、相談に来ていたからだった。


 リゲルは即座に、トムがベズコフ領兵隊の小隊長であり、開拓村を含む南の村々に対する徴兵担当者であった事を証言した。

 こうして人定確認を終えたトムは、ベズコフ子爵がモーリの犯罪行為の生き証人を殺害したため、身の危険を感じて逃げ出して来たと訴えたのである。


 トムの証言は、偽の告知書の内容を補強するものとなった。1人当たり金貨1枚で徴兵枠から外し、その分を開拓村からの無茶な徴兵で、辻褄合わせした事を淡々と述べていった。必死に諫める村長を斬り殺したのも事実と証言したのである。


 また、南の村々からの徴兵合計が100名という、足し算は理解していたものの、村ごとに男10人当たり1人の割合で徴兵するという、割り算をモーリは理解出来なかったという。

結果として、100名の徴兵を達成する事だけに固執し、開拓村から辻褄合わせで50名以上の徴兵を行ったという、俄かには信じ難い証言もトムはしたのだった。


 貴族学院を卒業して騎士学院に入学していながら、算術の基本を理解していなかったというこの話は、当初こそ半信半疑で受け止められたが、後に貴族学院の教師や同級生の証言によって裏付けられ、貴族界隈の多くの者を震撼させた。


 こうして、紛れもない生き証人トムの供述を得て、ボーア伯爵は決断した。


「フェンリル災厄における、ベズコフ南方の村々の壊滅原因について、領主家嫡男モーリの違法行為が発端という新たな証言が出ており、ベズコフ子爵が証人の口封じを行っているとの報告もある。至急、王家による審問官派遣を要請したい。

 なお、ベズコフ領都は、もっか長期の封鎖状態であり、これは嫡男モーリが行方不明となっている事が原因と推定されている。」


 このメモが、伝書バトを使って王家へと送られ、併せて詳細な報告書を持たせた早馬が王都に向かったのだった。

 王家の反応は、想像を超える速さだった。伝書バト到着から3日後には、審問官3名を含む調査団が王都を発していた。また、伝書バトによる返書がボーア領主に届き、直ちにベズコフ領主と嫡男に対し、王都への出頭を命ぜよと伝えた。


 調査団一行を率いるのは、何と宰相補佐官であり、現地での広範な裁量を与えられていた。また、場合によっては武力による制圧もあると判断され、騎士団から50騎が随伴していた。その騎士団の中には、ベズコフ子爵や嫡男とも面識のある、若き子爵家当主も含まれていたのである。


 調査団は、かつてのフェンリル討伐隊もかくやという速度で、ボーア領都を目指した。途中でボーア領からの早馬と出会い、彼らが持参していた王家への報告書の写しを受け取ると、その内容を把握しつつ進んだのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局、ベズコフ子爵家とその一族は消え去った。跡形も無く。

ボーア領主が予想したとおり、伝書バトによる国王の召喚命令に対しても、子爵はモーリ重病のため親子ともども自領に留まると返答するだけで、後はダンマリを決め込んだ。そうした中、ついに王家の調査団が到着したのだった。


 もはや、後の無いベズコフ領主は、顔に包帯を巻いた偽者を用意し、王家の使者と面会させた。偽者モーリは、ベッドに伏せった状態で、告知書は真っ赤な嘘で出鱈目であると強弁した。


 しかし、これも事前に予想されており、使者の中にはモーリの騎士学院時代の元同級生が混じっていたのである。モーリから理不尽極まる暴力を振るわれ、多大な因縁のあったこの元同級生に、気づくはずもない包帯の男は、その後のさり気ない学院時代の話題にもついて行けなかった。


 調査団の者たちは、このモーリを名乗る包帯男が偽者であると断じた。

同席していた王国騎士団の者が、直ちに偽モーリを取り押さえ、包帯を取り払う。


「おやおや、あなたは確か警備隊の副隊長でしたね。私がフェンリル監視隊の一員として、この街の街壁上に到着した時、あなたは領主の指図で私を呼びに来た。」


 ジェームスのその言葉に、真っ青になったまま俯く、現騎士団長だった。


 王家の使者に偽者を出して対応した事自体が重罪であり、そこまでの事をするからには、トムによる証言は全て真実で間違い無いと、調査団長は結論を下した。


 そうなると、開拓村を無防備な状態にし、千人以上の領民が犠牲となった発端を作った領主家嫡男はもとより、虚偽報告を行っていた領主の罪も極めて重いと判断され、ベズコフ子爵は騎士団長共々、地下牢行きとなった。

 その後の、調査団と王家による伝書バトでのやり取りの後、爵位剥奪及び、王都への送還が決定されたのだった。極刑は免れないとされた。


 ベズコフ家は、当主と嫡男双方の罪により、その存続すら許されなかった。

軟禁状態だった残りの一族全員も財産没収の上、平民に落とされたのだった。

だがしかし、一族の者たちは平民として、安寧な人生を過ごす事は叶わなかった。まさに、これまでの領都での自らの振る舞いと、向き合う事態となったのである。


 調査団の団長を務める宰相補佐官は、国王の通達文を読み上げると、直ちに一族の者たち30人ほどを古着に着替えさせ、領主館から追放した。自分は侯爵令嬢だと強弁する子爵夫人の主張は、完全に無視された。


 告知板でその事を事前に知らされていた多くの領民たちが、領主館の前に集まって罵声を浴びせた。とりわけ、モーリに虐待された者やその家族たちが、元領主の一族を罵倒しながら追いかけ回した挙げ句、最後は閉門間近の夕方の街門から領都の外へと連れ出した。


 その中には、リゲルを戦地送りにした元令嬢も混じっていた。それに、彼女の取り巻きで、パメラの店に集っていた娘たち3人も一緒だった。

 薄汚れた古着を着て泣きじゃくる元令嬢は、とても今朝まで貴族だったとは思えぬ惨めな姿だったが、手を差し伸べる領民は誰一人いなかったのである。


 如何に貴族で領主一族という特権階級とは言え、それでも守るべき最低限の王国法はあったのだ。さらには、法律以前の人としての節度が。

 しかし、それすら無視して、好き勝手に生きてきた彼らが、法に守られる理由は無かった。被害者側の復讐を思い留まらせる理由は、存在しなかったのである。


 末端の警備兵たちは、街の警備を引き続き行っていたが、元領主一族への平民たちの仕打ちは見て見ぬ振りをされた。その日以降、ベズコフ領主一族の姿を見た者はいなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後、この領は暫定的に王家直轄領となり、王家から派遣された代官が当面統治する事となった。驚くことに、この代官も調査団一行とともに、ボーア領都まで移動していたのである。ベズコフ領主が断罪されるやいなや、ベズコフ領都入りしていた。王家が、当初からベズコフ家の取り潰しを想定していた証左であろう。


 そして、リゲルは、その代官補佐として旧ベズコフ領に赴任する事となった。

元々ベズコフ領の文官であり、その有能さも認められていた事から、ボーア伯爵の推薦によるものであった。

 王家が選定した代官は、引退間近の老齢ながらも公正な人物であり、リゲルを信頼して多くの決定を任せてくれた。


 リゲルは、かつての同僚で領主家から去っていた者の内、まだ領都に残っていた有能な者を次々に呼び戻していった。また、戦地で自分を後方勤務になるよう尽力してくれたケインを、警備隊のトップに抜擢もした。元々ケインは、警備兵の中では人望のある人物だったので、この人事は至って好評を博したのである。


 領都の街中は随分と明るくなった。ベズコフ家が追放された事で、モーリのような理不尽な脅威が去った事を誰もが実感した。通りを怯えながら歩く必要が無くなったのは大きかった。


 やがて、やって来た新しい領主。彼が信任するリゲルを筆頭とする、まともな文官たちが次々に実施する理に適った政策。そして、公正な警備隊長ケインによる、厳正な治安の維持。こうして、旧ベズコフ領はゆっくりとではあるものの、回復の道を歩み始めたのである。


 しかし、中には落ちぶれて行く者たちも当然いた。ベズコフ家の下で甘い汁を吸っていた者たちである。そうした中に牧場を営む、とある商会があった。

 モーリの威光を笠に着て、碌でも無い商品を高値で売りつけていた者たちだ。

モーリが行方不明となって以降、脂身だらけの腸詰を買う者もいなくなっていた。


 元々、取引相手からの評判は最低だったこの商会は、とうとう倒産の憂き目を見る事になった。しかし、この社会では本当に珍しい事に、領内で手を差し伸べる者は皆無だったのである。同業者や取引先など、本当に誰一人救済のために動く者は無く、一体どれだけ嫌われていたのか、今までどれだけ酷い仕打ちをしていたのかと噂されたものだった。


 結局、この商会は他国の商会に買い取られたものの、その苛烈な支配の下で辛うじて存続している状態だという。まあ、領内では自業自得と言う声が大勢だった。


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