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100. とある文官の細やかな復讐譚


 その朝、役所でいつもの業務を始めようとしたリゲルは、上司に呼ばれた。

そこは、かつて彼が勤めていたベズコフ領の隣にある、ボーア領都の役所だった。


 先の戦役に無理やり放り込まれ、前途を悲観していたリゲルだったが、開拓村出身の気の良い若者(レオ)に助けられ、その後はリゲルの事情を知る憲兵(ケイン)が、彼を後方勤務へと配置転換するよう働きかけてくれたお陰で、何とか生還を果たした。


 当然の事ながら、元いたベズコフ領に戻る気など、さらさら無かった。

多くの領地から兵士達が集まって来ていた戦地である。そこで集めた情報を基に、評判の良かったこのボーア領での仕官を目指した。


 ボーア領軍の戦地における事務処理を手伝ったりして騎士たちにもアピールし、何とか隣の領都で文官の職を得る事が出来たのである。彼の有能さは、新しい職場でも直ぐに認められた。


 彼を呼ぶ上司の下へ行くと、領軍幹部が先の戦役の参加者に聞きたい事があるそうなので、会議室へ行くようにと言われた。向かった先の大きな会議室には、戦地で見覚えのある騎士や兵士も何人かいたのだが、騎士団長や領兵隊長だけでなく、何とご領主様までいるではないか。これには驚いた。


 全員が揃ったと見るや、騎士団長が、この中にベズコフ領の開拓村出身者を知っている者はいるかと尋ねる。いたら、手を挙げろと。


 リゲルも見回す中、手を挙げたのは何と、彼一人だけだった。

まあ、派遣部隊は騎兵が中心であり、全員歩兵だったはずの開拓村出身者とは、接点が無くて当然だろう。


 ほう、いたかと呟くと騎士団長は、開拓村での徴兵の際の話を、何か聞いていないかとリゲルに問う。

 リゲルは頷くと話しだした。自分が元はベズコフ領の文官であり、戦地への移動で一緒だった、開拓村の知り合いから聞いた話だと前置きして。


 リゲルが語るにつれ、会議室にいる皆の顔が驚きに包まれ、強張って行くのがわかった。それは領主であるボーア伯爵ですら、例外ではなかったのである。


 200人ほどの開拓村から、魔物と戦える男たち、50人以上を徴兵した事。

必死に諫める村長を「うるさい!」の一言とともに切り捨てた、領主家の跡取り息子の事。誰もが声を失っていた。


「何と! あの文書に書かれた内容は本当だったのか! せっかく造った開拓村を、潰そうとしたとしか思えん。村長は殺され、年寄りと女子供だけしか残されていない状況では、魔物から村を守る事も出来なかっただろうし、ましてや、他の村に異常を知らせる事すら、不可能だったに違いない。」


 絞りだすようにそう言った騎士団長は、領主の方を見ると頷き合い、話し出す。


「これは、昨日入手した文書なのだが、その中に、先日ベズコフ領の領都広場に張り出されたという、告知書の写しが含まれている。まあ、告知書としては明らかに偽物なのだがな。」


 そう前置きしてから騎士団長が読み上げた告知書の内容は、もちろんベズコフ領の新聞記者、グレンが書き写したものだった。そして、偽の告知書以外にグレンが書き足していた補足もあり、この告知書が掲示されるまでの、ベズコフ領都の背景情報となっていた。


 そこでは、ベズコフ家の嫡男が、この告知書が張り出される半月ほど前、まさにこの告知書に記載された処刑日辺りから行方不明となっており、それ以降、誰も姿を見た者はいないのだという。


 さらに、この告知書の下には、この嫡男が常に身に着け、誇示していた領主家のメダルに酷似した物が一緒にぶら下がっていたとあった。あのメダルについては、リゲルも良く覚えていた。


 そして、何故、皆をここに呼び出したのか、騎士団長が説明を始める。


「もし、この内容が真実なら、ベズコフ家の存続にも関わる大問題になるのだ。

ここにいる者たちは、戦地にいて直接は関わっていない者もいるが、2年前に起きたベズコフ領の魔狼来襲の件、フェンリル災厄の件は聞き及んでいるだろう。


 領主貴族の拠点である領都が、魔物によって包囲された挙げ句、侵入まで許したという王国史上前例の無い災厄だった。王都から騎士団が派遣され、我々周辺貴族の領軍に対しても救援命令が出され、ベズコフ領都はようやく解放された。


 しかし、隣国との戦役に派兵中に起きたこの騒動で、我々も余計な苦労や出費を強いられたのだ。しかも、ベズコフ子爵家からの補償は未だ何もなされていない。


 この王国史上前代未聞の情けない体たらくの領主家を、交代させるべきとの意見も多かったのだ。

しかし、ベズコフ子爵は、魔の森の異常報告も行わずに逃亡した開拓村村長の犯罪行為と、想定外の異常種フェンリルのせいだと、強弁して逃げ切ったのだ。


 日頃からの大物貴族への忠勤ぶりのせいか、随分と庇ってもらったらしい。

まあ、荒廃したベズコフ領を進んで引き受けたいという貴族家が、他にいなかった事も大きいのだがな。そして、そこにこの文書だ。君! 名前は?」


騎士団長はリゲルに向かって問い、リゲルは名乗る。騎士団長は頷くと続けた。


「リゲルが語った事は、この偽の告知書の罪状と完全に一致している。信じられぬほど愚かな行為だが、恐らく事実だろう。しかし、証拠としてはまだ不十分だな。他家にも呼び掛けて、戦地での開拓村出身者の情報を、もっと集める必要がある。

 そして、王家へ捻じ込んでやろうではないか。ベズコフ子爵の真っ赤な嘘を。」


「私のような者の証言で、貴族家を訴える事が出来るのでしょうか?」


 リゲルの尤もな疑問に対して、驚いた事にボーア伯爵が直接答えてくれた。


「まあ、何とかなるだろう。王家もこの問題では必ずしも納得していなかったからな。この大胆な偽の告知書と、それを肯定するお前の様な者の証言が、あちこちの領から出てくれば、当然ベズコフ子爵と、当事者であるその嫡男は召喚され、審問官による聞き取り調査が行われるだろう。その場に嫡男は出て来れるかな?」


 そう言うと、領主はリゲルに対して笑みを浮かべ、意味ありげに頷いた。

そして続ける。


「王家の召喚に応じないとなれば大問題だ。しかしだな、まさか嫡男が、お膝元の自分の領都で攫われましたとも言えんだろう。かと言って、死んだ事にして、いきなり葬儀を強行するわけにも行くまい。ここは、お得意の “重病” 一択かな。


 その場合、王家は当然尋問のための使者を送るだろうが、国王陛下の使者と面会すらしなかったとなれば、心証は限りなく悪くなる。王家は、リゲルたちの証言を事実と判断するだろうな。流石に前回、庇い立てした者も、今回は無理だろう。


 それでなくとも、サルト戦役の件で某侯爵は立場が危ういはずだしな。

魔物の領都侵入を許すという、前代未聞の醜態を晒した上、虚偽報告で責任逃れをしていた罪は重い。爵位剥奪の上、追放か処刑となる可能性が高い。


 まあ、われらとしても、魔物への日頃の対処も満足に出来んような無能な輩に、隣の領地にいてもらっては迷惑という話だ。早速、他領に対しても、この開拓村に関する同様の話を集める事になるだろうな。」


 騎士団長を含む全員が深く頷いた。それで解散となり、皆が動き始める。

そうした騎士たちの一人が顔を顰めながら軽口を叩く。大蜘蛛に攫われた挙げ句、生きたまま食われるなんて、一番惨い死に方かもしれんなと。

 その言葉に誰もが頷く。それは、騎士団長ですら同感だったらしい。


「この告知書に出てくる大蜘蛛。異常種だったと思うが、けっこう森の奥深い所にいる珍しいやつだと思うのだが、この森にもいるのだろうか?」


 質問とも、一人言ともつかぬ騎士団長の言葉に、リゲルがあっさりと答えた。


「いますよ。レオ、ああ、私がさっきの話を聞いた開拓村出身者が言ってました。森から出て来たそいつの姿を昔、この目で見たと。」


 会議室が静まり返る。誰もが大きく目を見開いていた。そんな中、ボーア伯爵は持参した文書に目を向けると強張った表情で言い放った。


「この告知書は、ベズコフの領主家が作ったものではない。間違いなく偽物だ。

しかし、書かれている内容は果たして、すべて嘘、偽りなのだろうか?」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その夜、官舎に帰って来たリゲルは、部屋の棚からとっておきの酒を取り出し、グラスに注いだ。虚空に向かってそのグラスを掲げると、乾杯と呟き、一人祝杯を挙げる。偽造告知書、その制作者としての当然の権利であった。

 彼の細やかな復讐譚は、今日、見事に実を結んだのである。


 半月ほど前だった。レオがひょっこりと現れたのは。

隣国との戦争が終わり、一緒にこの領都まで移動して来て、別れた時以来の再会。

誰もいないところで、内密に話をしたいと言われ、行きつけの居酒屋の個室に連れて行った。


 2人だけになると、レオは鞄から赤い紐の付いたメダルを取り出して、モーリを()ったといきなり告げて、リゲルの度肝を抜いた。


 その後、故郷の開拓村を訪れたところから、その後の経緯を話してくれた。

リゲルもこの領に来て以来、ベズコフ領の事は、より詳しく聞き及んでいたので、領の南側の村々の悲惨な状況も知っていた。レオの復讐は当然だと思えた。


 そして、レオの大胆な犯行手口を聞くに従い、あたかも手に汗握る、冒険譚の世界でも体験しているかの如き高揚した気分を味わい、大いに酒を酌み交わしたのだった。


 まず前菜は、お漏らし令嬢によるミラー商会、乗っ取り作戦の失敗談だった。

これには、大笑いだった。フンメルが去った後のミラー商会も問題は無さそうだ。生ごみ回収業者を装って、モーリを領都から連れ去ったのも見事と言う他ない。


 そして、メインディッシュは、レオの開拓村、そしてベズコフ領からの脱出作戦である。こいつは本当に凄いと思った。将来、自分の孫あたりには是非とも、語り聞かせてやりたい話だと思った。


 レオは、何と筏を作り、大河を移動していたのである。

戦地で医務隊の一員として各地を周っていた時、上流で伐採した木材を川に流し、下流の都市へと大量に運ぶ光景を見て、衝撃を受けたのだそうだ。


 そして、開拓村の防護柵や堀を渡る丸太橋と同じ様な物が川を流れ、その上に人が乗っているのを見て大いに驚いたという。レオは、そこで初めて筏を知った。


 レオが作った筏には、外道牧場から持ち逃げした荷車を解体して合体させ、その荷台の中に座って悠々と大河の流れに乗ると、下流側のボーア領へと移動した。

 適当な場所で上陸すると、後はボーア領都まで乗合馬車で移動して来たと言う。


 ただ、レオは、この知識が開拓村にもあったなら、残された者たちも助かったかもしれないと話した。そうした可能性は確かにあっただけに、リゲルも無言で頷くしかなかった。もちろん、レオに責任があったわけでは無いのだが。


 そして、しばらくの沈黙の後、レオは鞄から1枚の紙を取り出した。


 それは、開拓村村長の罪を並べ立て、死刑を宣告する告知書であった。

これに出来るだけ似せて、モーリ処刑の告知書を作ってくれないかとリゲルに頼んだのである。リゲルは理解した。まさに、このためにレオはここへ来たのだと。


 ベズコフの領都まで送れば、告知板に張り出す伝手(つて)はあると言う。

そして、告知書の信憑性を上げるため、モーリのメダルも添えると言うのだ。


 俄然、面白くなって来た!

2年前までベズコフ領主家で文官を務めていたリゲルである。この程度の事は造作もない。実際、彼自身が正規の告知書を作った事すら、何度もあった。


 レオは、これを書く事でリゲルに迷惑が掛からないかと、それだけを心配していたが、毎年少なくない文官が、あの領主家を去っているのだ。誰が書いたかなど、わかるはずもないから大丈夫! 心配するなと笑顔で断言した。


 モーリの罪状がベズコフ領都の告知板に張り出されれば、大騒ぎになるだろう。

いずれ他の領にもこの騒ぎは伝わってゆき、各地の貴族がそれを知って騒ぎ出せば王家をも巻き込んで、ベズコフ家失墜の可能性も出てくるかもしれない。

 そうなれば、自分を戦地に飛ばした、あのバカ父娘もただでは済まないだろう。


 そう考えると、こんな面白い事に関わらずに済ます事など、無理と言うものだ。もし、これを書いて、いつまで経っても騒ぎがこちらに伝わって来なければ、自らボーア領の新聞社に投書してやろうとまで考えていた。

 まあ、その懸念は今日、見事に消え、今まさに祝杯を挙げているわけだが。


 その後リゲルは、レオからの話と村長の手配書を基に、文案を練り上げた。

翌朝、役所で告知書に近い紙質の紙を何枚か調達すると、暇をもらって官舎へと戻り、偽造告知書をせっせと書き上げた。


 さらには、モーリのメダルに役所の押印用のインクを塗ると、偽造告知書に押し付けたのである。これで、この告知書はベズコフ領の公式文書となったのだ。

皆は本物かと疑うだろう。しかし、これは間違い無く、領の公式文書なのだ!


 昼飯時に行きつけの定食屋でレオと合流し、食後に揃って商業ギルドへ行くと、ベズコフ領都へ送る手配を済ます。定期馬車のネットワークを使い、最後は少々金を追加して、ベズコフ領都内で商業ギルドに配達してもらう事になる。


 かくして、依頼手続きは完了した。あとは、結果を待つばかりだったが・・・

それも今日、すべてが結実した事を知った。ボーア伯爵は大いに乗り気である。


 その後、ギルドを出たところで、レオとは別れた。

これからどうするのかと聞くと、わからないと答えるレオ。しばらくは、この大陸をあちこち見て周ると言う。


 気が向いたら、いつでも来てくれとリゲルは言いながら、レオと握手を交わすと彼を見送ったのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 リゲルが大いに期待していた、ボーア伯爵による、開拓村でのモーリの理不尽な行為に関する、他領への調査依頼は結局行われなかった。


 大会議室でリゲルが証言した日の翌日、ボーア領都の警備隊本部にやって来て、副隊長に面会を求めた人物がいたのである。彼の証言は、それだけで今回のベズコフ領主家に対する疑惑について、直ちに王家に調査を求めるのに十分と判断された。


 彼は、ベズコフ領から重大事件の逃亡犯として、指名手配をされていたのだが、彼のベズコフ領都脱出もまた、例の告知書がそのきっかけとなっていたのである。


 ケインのアドバイスに従い、辛うじてベズコフ家の虎口を脱することが出来た、トムの来訪であった。


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