3-2 エドナサイド (場面変更)
あたしとカチュアさんは、しばらく、アヴァルの街に、ある宿屋で泊まっているんだよ。
宿賃に関しては、ルナちゃんにお金の稼ぎ方を教えてくれたから、問題なく宿代を支払えているんだよ。
でも、カチュアさんは、外に出る時は、頭を隠すような恰好をしないといけないんだよ。
何でも、カチュアさん程、綺麗な方なら、噂になって、貴族達に目を付けられる可能性があるらしいんだよ。
確かに、カチュアさんは綺麗な人なんだけど、そこまで、隠す必要があると思っていたんだけど、ルナちゃんは『人と程、恐ろしいものはありません』と猫さん見たいな目をしながら、怒られちゃったんだよ。
どういうこと何だろう?
「ふぁ~~~。よく寝たわ~~~」
カチュアさんの、大きなあくびが、この部屋全体に、響き渡っていたんだよ。
「あ! おはよ~、エドナちゃん~」
「あ! カチュアさん。おはようなんよ。今、十二時だよ」
「あら? あらら~?」
あたしは朝早くに起きてはいたんだよ。だけど、本を読んでいたら、いつの間にか、時間が過ぎていたんだよ。
あれ? 何かを、忘れている気がするんだよ。とても、大切なことを。
う~ん……、思い出せないんだよ。きっと、気のせいなんだよ。
「あれ~。エドナちゃんは、本読んでいるの?」
「そうなんだよ。ルナちゃんから、借りたんだよ。『実際にあった英雄伝説シリーズ』の『四英雄記』という、『蒼炎伝説』が広がった後に、起こった、厄災との戦いを描いた話なんだよ」
実は、以前に、あたしも、この本を、持っていたんだよ。今は持っていないんだよ。
というのも、村にいた頃に、家で、本を持っていた状態で、転んじゃったんだよ。その弾みに、本を離しちゃったんだよ。さらに、その本は、窓ガラスを割って、外へ跳び出ちゃったんだよ。さらに、隣の家である、村長さんの家の窓ガラスも割って、家の中に入ちゃったんだよ。肝心の本は、ドアさんが作っていた、シチューの入った鍋の中に落ちちゃったんだよ。そして、本はシチュー塗れになって、ダメにしちゃったんだよ。
はうう。だから、四英雄記は途中までしか、読むことができなかったんだよ。
それで、ルナちゃんが、偶々持っていたから、借りて、続きを読んでいるんだよ。
「わたし、英雄伝説の殆どは、読んだことはないのよ~。でも、聞いたことはあるわ~。確か、『四英雄記』は、当時、暗黒時代と、言われるほどの、厄災が現れて、四人の英雄が、その当時の厄災を倒したって、お話だったような~?」
「そうなんだよ。勇者バルング、聖女ティア、弓聖ヒスイ、賢者サリナ。この四人の英雄が、当時の厄災を討ち滅ぼしたんだよ。確か、この四人も、二十年前の悪帝を討ち取った英雄の方々同様に、四人共、空の勇者と呼ばれていたんだって」
ウキウキした気持ちになって、話すんだよ。
「……聖女ティアに、賢者サリナ……ねぇ」
あれ? カチュアさんの瞳が赤くなっているんだよ。ということは、今のカチュアさんは、カチュアさんの中に住んでいるという、ナギさんなんだね?
「あれ? ナギさんだよね? どうしたんですか? 急に出て来て、ビックリしたんだよ」
「いや、何でない……。その……、その四人は、空の勇者と呼ばれていたようなことを、言っていたみたいだけど、空の勇者の『空』を、そのまま捉えたら、空の国から来たの? それとも、『空』って、何かに例えているのかな?」
「あたしも、詳しくは分からないんだよ。この本によると、事故で空の国から来たことしか書かれていないんだよ」
「そのまま、空から来た人達なんだね。『空の国から来た』としか書かれていないのに、『来た』という断言する記述がないことに、ツッコミどころはあるけど、まあいいや。それで、その空の勇者と呼ばれている人達が厄災と呼ばれる存在を討ち取ったんだっけ?」
「うん。空から降りた時に、四人の仲間である二人と、はぐれたらしいんだよ。その二人を探していたら、厄災との戦いに巻き込まれたらしいことが、書いてあるんだよ」
「探す、ついでに世界を救ったって、ことか? とんだ、とばっちりだな。……前から、気になっていたんだけど。その、厄災って何だ?」
そう言えば、「厄災」って、英雄譚を読んでいたら、何度も記されているんだよ。
だけど。
「う~ん。『厄災』ってよく聞くんだけど、あたし自身、よくわからないんだよ。ただ、その時代に現れる、人類の敵の呼び名ぐらいしか、わからないんだよ」
「まあ、厄災と、呼ばれるぐらいの存在だから、そういう認識か……」
「その厄災に、なんか、あるんですか? ナギさんの記憶に関わる何かを」
「いや、ちょっと、引っかかることがあってね。……その~、話が変わるんだけど、エドナが今読んでいるのが、『四英雄記』って言うんだよね。その前の、戦いが『蒼炎伝説』という、カチュアと同じ、蒼い髪と瞳を持つ女性が出てくる話で、いいんだね?」
「うん、そうなんだよ。女将軍シェリア。色んな呼び方があるんだよ。『蒼姫』とか『蒼炎のシェリア』とか」
「『蒼炎伝説』って、やっぱり、厄災と呼ばれる存在がいたの?」
「そうだよ。名前は確か……メリオダスっていうんだよ。『蒼炎伝説』は、伝説の女将軍シェリアと、当時の厄災と呼ばれている、義理のお兄さんのメリオダスの戦いなんだよ」
「ちょっと待って、義理とはいえ、お兄さんとの戦いだったの!?」
「本だと、そう書かれているんだよ」
「義理の兄妹の戦いか。何か引っかかるね。……容姿のことは、よく聞くけど、そのシェリアって、何者? それに、そのメリオダスも」
「えっ~とお……、確か……」
あたしが、本の内容を、必死に思い出そうとしていたところに。
「シェリアとメリオダスの二人は、同じ孤児院育ちで、由緒ある貴族に、二人同時に、引き取ったんですって。そのように伝われているんですよ」
あ! ルナちゃんだ! ルナちゃんが部屋に入ってきたんだよ。あれ? ルナちゃんって、眼鏡掛けていたっけ?
「孤児院育ちか……。ん? 二人は実の兄妹ではないんでしょ? 何で、二人同時に引き取ったんだ? 普通はしないんじゃないのか?」
「あれ? そういう、ものなんですか?」
「普通なら。ですが、二人はそれぞれ、メリオダスは魔術、シェリアは剣術の才能の持ち主で、その才能を買われたそうです。二人が当時、メリオダスが九歳で、シェリアは六歳ぐらいね。お互い、幼いながらも、大人顔負けの実力を持っていたそうよ」
「二人は、勇能力の持ち主だったのか?」
「メリオダスはそうです。けど、シェリアは勇能力を持っていなかったそうですよ。だけど、本当か、どうかはわかりませんですけど、シェリアは勇能力を持った将軍クラスの者と稽古した時は圧勝したそうですよ。そう、此間のカチュアさんの、ように」
そう言えば、カチュアさんはガイザックという、勇能力を持った人に、勝ったんだよね? あたしは戦っているところは見たことはないんだよ。戦う様子は、ルナちゃんに教えてくれたんだよ。
「そして、二人が、それぞれ、十八、十五歳になった頃には、メリオダスは魔術研究者の第一責任者となったんです。当時、魔術革命と呼ばれるくらい、魔術が発展した時代だったんです。シェリアは若くして、騎士団団長の任意を就いていたんです」
この辺は、よく読んでいても、凄さが分からないんだよ。でも、本には、この二人がどれだけの偉大さを強調するようなことが記されていたから、きっと凄いんだよね。
あたしは、イマイチ、ピンと来ないんだよ。
「でも、それだけ、凄い二人が、なんで争ったんだ? ここまでの話を聞いている限り、争う理由なんて、なかったはずだが」
「それは分からないです。ただ、メリオダスは突然、人が変わってしまった、ことしか……」
あたしが読んだ英雄譚には、メリオダスが、厄災と呼ばれるほどの、人格へと変わってしまった経由は、記されていなかったんだよ。『蒼炎伝説』の記された本は、シェリア視点に書かれている本なんだよ。
「あら? そーなの~?」
「あれ? カチュアさん? いつも間にか、元に戻っています」
カチュアさんの瞳の色が蒼色に戻っていたんだよ。今はカチュアさんが喋っているってことかな?
「ナギちゃんなら~、疲れてちゃったみたいだわ~。でも、話は聞いているって」
「カチュアさんは、ナギさんが表に出ている時、カチュアには意識があるんですか?」
「喋れなく、なるぐらいで、普通に、体は動かせられるわ~」
「……都合良すぎないですか?」
「そーなの~?」
「ところで、カチュアさん、エドナさん」
急に。ルナちゃんの猫さん見たいな目が、さらに細くなったんだよ。
「どーしたの~? ルナちゃん?」
ルナちゃんは、大きく息を吐いた。
「『どーしたの~? ルナちゃん?』じゃないですよ。待ち合わせ、時間は九時ですよ。もう、三時間も遅刻ですよ。ルナは二人が中々来ないから、向いに来たんですよ」
待ち合わせ? 何のことだろうか? しばらく、カチュアさんも黙っているんだよ。
そして。
「「あ」」
カチュアさんと二人沿って、声を上げたんだよ。
思い出したんだよ。そう言えば、今日、セシル王国に向かう日だったんだよ。
アルヴスさんから、先日、許可書を受け取ったから、ようやく、セシル王国へ行けるから、今日、向かう予定だったんだよ。それを、忘れて本を読んでいたなんて。
はうう……。




