私、イヤな奴と出会いました
今回は少し短いです。
「やった!」
四角に加工された石材を交互に積み上げた壁、パルテノン神殿みたいな柱には頭上に華美な装飾、足元には赤い絨毯。明らかに転移魔法とは違う景色だ。
転移魔法が成功したのは間違いない。けど、たしか控室に転移するはずじゃあ?
まさかしくじった。
私はメルティスさんに文字通り疑念の目を向けた。
「あ~、御免ちょとずれちゃったぁ。控室の扉はそこの突き当りを右に曲がって3m先の左手にあるから~」
おいっ。頭ポリポリ掻いてもごまかせないからっ。
「今のわざとですよね」
「ひゅ~ひゅ~」
「下手な口笛でごまかさないで下さい!」
「おっと、もうこんな時間だ。神殿に転移しないと」
腕時計なんて身に着けてないのに左手首の内側を見る振りをする。
「それに美冬と愛は?」
私の視界にはあの二人が見当たらない。え、どこどこどこ???
「あの二人は転移できないわよ」
メルティスさんはしれっと、とんでもないことを口にした。
「そろそろ、怒りますよ~」
「もう怒ってるじゃない。……まあまあ抑えて。大丈夫よ。由美ちゃんなら召喚魔法で呼び出せるから。というかあの二人は転移魔法使えないし」
この点だけは筋が通っている。ならすることを一つだ。
「それじゃすぐに召喚魔法を教えて下さい」
「ホントに時間ないのよ、それじゃっ」
メルティスさんは二本指を上げてびしっと決めると、この場から消えていなくなった。
「あーもうっ」
私は草履を履いた足で地団駄を踏もうとしたが、寸前でやめた。だってかかとが草履から1cmもはみ出てるし、かかとは高さが6cm以上もあるのよ。地団駄踏んで転んだら取り返しがつかないじゃない。
まあ仕方ない、その控室で待つとするか。
知らない土地で独りぼっちというのは心細いけど、メルティスさんが話を通してくれているのだから、不法侵入の怪しい者とは扱われないだろう、多分。きっと。大丈夫よね。よし行こう。きっと面白い世界が私を待っている!
自分で自分を励ましつつ突き当りに出た。ここを右ね。と、90度頭を振ったらメイドさん立ちと目が合ってしまった。
白のカチューシャで白いエプロン、紫のロングのワンピースだからメイドさんよね。中世ヨーロッパっぽい感じってメルティスさんが説明してくれたからそうよね。
「「キャーー」」
うん。知ってた。この世界でも悲鳴は「キャー」なんだね。
しかも大きな足音が、それも一人や二人でない数が、こっちに近づいてくる。衛兵かな。それともお城だから近衛兵かな。せめて他のメイドさんとか攻撃力が低い人だといいな。料理人って非戦闘員だけど腕っぷしが強いからちょっと勘弁して欲しいな。
などという願いがかなったのか、集まってきた人はメイドさんばかりだ。とりあえず今すぐ首を刎ねられることはなさそうだ。
とはいえ顔を見ると怯えているし、体が小刻みに震えている。それにみんなが矢継ぎ早に声を出しているので何と言っているのか聞き取れなかった。
頭の中が真っ白になり、さんざん練習した現地の言葉も出てこない。
ああ、どうしよう……。このままだと兵士とかがやってくるかな。
本気で絶体絶命、そう思いしゃがみこんだところで、「こんなところで何してるんだ?」と呆れる声が聞こえた。テナーボイスで。
「え、日本語!」
とはいえこの低い声は男性だ。間違ってもメルティスさんではない。恐る恐る顔を上げると、そこには未知の生物が立っていた。
褐色の肌、鋭く切れ長の目、高くスタイリッシュな鼻、このあたりは分かるが、こめかみあたりからは二本の角が生えていた。すべての光を吸い込んだかのように黒く、尚且つ漆黒のように輝いている。評するなら凶暴さと美しさを兼ね備えた角だろう。
「なんだ聞いてないのか。メルティス様から通訳を頼まれてるんだ」
やれやれと嘆息しながら、長い髪をかき上げた。そういう仕草が様にはなっているけど、なんとなく「俺様気質」の空気が漂ってくる。女子高育ちの私にはちょっと縁がないタイプなので、正直絡みにくい。
「き、聞いてないわよ」
メルティスさん、やってくれたわね。通訳を用意したけど単に紹介するだけじゃつまらないから、一ひねり加えたってところか。
「それにしても、3か月近くあったのに大陸語が全く話せないのか。ダメダメだな」
うわっ、マウント取りに来たよコイツ。イヤな奴っ。
「自分が日本語覚えたからって、そんな偉そうにしなくても」
「何を言ってる。俺は偉いぞ。何しろ魔王だからな」
「……マジ?」
「ああ。俺は魔王アグレアだ」
「確かに魔王なら偉いんだろうけど、魔王が通訳ってどういうことよ?」
「この世界の全ての魔族を統べる俺にとって新たな言語を2か月で習得することなど造作もない」
「2か月?」
魔王は首肯した。
「メルティス様が2月1日に降臨して、大陸語と日本語を訳す辞書を渡されてちょっと発音を教わったら’あとは任せた’って投げられた。そん次に顔を出したのは3月1日。で、ちょっと指導したら国王と酒を飲み始めてな。それでもこうして会話ができるようになったんだぞ」
優秀なんだろうけど、それを鼻にかけるのはいけ好かないわね。トモちゃんみたいな謙虚さを持ち合わせてほしい。
「ところで彼女たちはさっきから何を言ってるの。何人も同時に話しかけられるとちょっと聞き取りにくいわ」
「ああ、お前の服装を見て綺麗だの素敵だの騒いでるだけだ」
私は正装として振袖を着ているのだ。それも憧れの京友禅。桃色地に春秋草花文がよく映える。帯回りも振袖を生かすデザインだし、簪も桜の花びらをモチーフにした可愛いのを用意した。
「じゃあ、怯えているのは?」
「俺は魔王だからな。畏敬の念を持たれるのも詮無きことだ」
つまりキャーは着物を見て歓声を上げた。そんで悲鳴を聞きつけたこいつに怯えてたってことか。
「畏敬の念? 単に嫌われているだけじゃないの。じゃなかったらその怖い顔をみてか弱い彼女たちが怖がっているとか?」
「この整った顔を見て怖がる女性がいるとでも思っているのか」
「あら、ここにいるわよ」
誰とは言わないけど。
「こっちと日本ではセンスが違うようだな」
そんなわけあるかっ。
「そう? 振袖を見て美しいと思えるなら美的センスは一緒じゃない」
この嫌味の応酬でコイツはサイテーの返しをした。
「そうだな。馬子にも衣裳というからな」
「日本語を一から勉強し直せ~」