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通訳は魔王様  作者: 723
6/8

私、異世界へ行く準備をしました

「……やあ、みんなおはよう」


 私はそおーっと教室の扉を開けた。なんでこっそり入ったかというと、なんというか、ちょっと気が引けるのだ。


「「「「「「由美 (ちゃん)(さん)」」」」」」


 すでに登校しているクラスメートが一斉に私の方を振り向いた。そりゃあみんなこっちを見るよね。心配してくれるのはありがたいんだけど、目立つのは子供のころから苦手なのよ。なので何事もなかったかのように飄々とすることにした。


「トモちゃん、しーちゃん、おはよってか、あけおめことよろ」

「……ホント、無事でよかったです」

「よしよし、お姉さんが慰めてあげる」


 私は別にぼっちではない。こうして涙を流してくれたり、抱きしめてくれたりする友人だっているのだ。


「も~、二人には電話したじゃん」

「ですが……銃で撃たれそうになったと聞いたら……うぐっ」


 こっちの涙もろい子がトモちゃん、一言でいうなら文学少女だ。

 英語は大体学年トップ(たまに私がトップよ、えへん)だけれど、本当にすごいのは国語である。

 現代文、古文、漢文なんでもござれ、まだ高2なのに全国共通模試でほぼ満点という才女である。

 なんで偏差値がワンランク下のウチの学校にと思ったら本命の高校を急病で受験できず、滑り止めで受けていたウチに来たそうだ。


「それにしても災難だったね。アタシだったらこいつをお見舞いしてやるって言いたいけど流石に相手が拳銃じゃねえ。よく犯人を捕まえられたな、由美の運動神経で」


 と、拳を突き出したのがしーちゃん、彼女が得意なのは英語でも日本語でもなく肉体言語だ。というのは冗談で英語はかなりいける方だ。

 というのも小さいころから空手を習っておりちょくちょく海外遠征に行ってるし、将来海外で空手を教えるのが夢なのできちんと英語を勉強してるのだ。


「もう、余計なことを……。あの時は、ママが撃たれそうになったから必死だったよ」


 表向き私は、銃で撃たれる直前に犯人を取り押さえたことになっている。それは嘘じゃない。ただ、私が時間停止魔法を使ったということが省かれているだけだ。むろん国家機密中の国家機密である。


「ご家族も含めてご無事でなによりでしたわ。検査の結果も異常がなかったと伺いました。……ですが7日も休まれたのは長すぎではないでしょうか?」

「う~ん、検査入院は一昨日までで、昨日は警察の事情聴取だったから別に変じゃないと思うよ」


 これ自体は事実なんだけど、実は事情聴取は違う意味で十分変だったのだ。なんと警察の調書にはしっかりと時間停止魔法について事細かく書かれているのだ。調書を読んでサインしたから間違いない。

 魔法なんて書いていいのかと思ったけど、捜査一課長さんが「調書に誤解を招く表現は書けないし、詳細は端折れない」そうだ。

 でも裁判でこれが読まれたら私の頭がおかしいを思われるのではないかと聞いてみたら、薬物による心神喪失で不起訴処分になることがもう決まっているそうだ。この辺りは国が裏でいろいろ動いてるのは間違いない。私も後日検察に呼ばれるけど、被害者から供述をとるという形だけらしい。


「……って、そういや由美は進路どうするんだ? ボチボチ決めないとって初詣ん時言ってたじゃん」


 しーちゃんがふと思い出したように尋ねてきたけど、私としては非常に答えにくい。


「聞かないで」


 私は机に伏せた。進路が異世界だなんてとてもじゃないが説明できない。国家機密という意味でも、正気を疑われるという意味でも。





「こっちはどうしましょうか? 新たな魔王が出現するのは20年後ですよね」


 私たちは3柱との会談を終えた後、メルティスさんの執務室へと戻り、本来の用件について話し合った。


「ええ。アメノコヤネ様の占いですから間違いありません」

「どなたです?」

「天児屋様、平たく言えば占いの神様です。天岩戸伝説で儀式を行う日を占ったことで有名な……古事記にも出来てきますよ」


 そんなことも知らないのかという顔をメルティスさんがしているけど、知らないものは知らない。


「普通は知らないですよ。ねえパパ?!」

「あ、ボクは知ってますよ。こういう仕事していると日本の神話についても時折尋ねられることがあるんですよ。相手が知日派の方だと並の日本人より日本に詳しかったりするんです」


 パパ、それって例外では。


「それでその新たな魔王というのは、何者ですか?」

「とにかく強いとしか……」


 答えになってない! よし、質問を変えよう。


「現れるということですが、その新たな魔王は今はどうしていますか? 魔王軍みたいなものがあってそこの幹部とか、へんな言い回しになりますが在野の人材とか」


「ええ、それは……」


 なぜかここでメルティスさんは口を(つぐ)んだのだ。この口の軽そうなメルティスさんが。


「それは?」


 なんだろう、よっぽど重要なことは間違いない。知らないなら知らないって正直に話してくれるだろうから。


「……⁉」


 まるで頭上に電球が灯るかのようにハッと閃いた感じがメルティスさんから漂ってくる。……私には余計なことを閃いたような悪い予感しかしないけど。


「そうそう、気になるならこっちの世界に来て由美ちゃん自身が調べてみたらどうかしら、ホホホ」


 絶対何か裏がある。それは明白なのだけれど……異世界に行ける又と無い機会ではある。


「ああ~~」


 そう、釣られているのは自覚しているのよ。けど、けど、せっかくのチャンスを不意にするのは……。


「あの、メルティスさん。そちらの世界というのはどうなっているのですか? 娘が尋ねるとなると特に治安が心配なのです」

「治安でしたら場所によるとしか言えませんが、日本国大使とかあるいは(かみ)の御使いという立場で護衛をつけて、なおかつ由美ちゃんが魔法を使えばほぼほぼ安全といっていいでしょう」


 う~ん。


「世界観とか文化レベルはどうですか?」

「そうですね。私が懇意にしている王国やその近隣諸国は中世ヨーロッパがごちゃ混ぜになった感じでしょうか。封建制度だったり文明レベルはそのあたりかと。でも食生活はもっといいですよ」


 うう~ん。


「魔法はありますか?」

「あるわよ。由美ちゃん、あっちで練習したら? 神界でも練習できるけど神様たちに気を使わないで済むならその方がいいでしょ」

「わかりました。行きます。いいでしょ、パパ」

「由美ちゃんが行きたいというならその意思を尊重するよ。でも政府を通すことになるかな」

「ありがとうパパ、大好き」


 パパにギュッと抱き着いた。異世界に行けるなんて素敵な未来だ。まさに夢心地である。ここまではよかったのだけれど、夢から目が覚めるようなオチが待っていた。


「あっちの言葉を覚えてね」

「……ええと自動で語学を身につけたりなんて出来ですか」


 日本人が異世界のツンデレ魔法使いに召喚されるアニメみたいに。


「そんなの無理に決まってるじゃない」


 まさに一刀両断である。


「じゃあ言語を一瞬で習得できる魔法とか……」

「そんなものはありません。ここに文法の記述とか辞書が入力してあるから覚えてね」


 メルティスさんはパソコンの電源を入れた。おおう、慈悲もないのか。


 う、う~ん。


 思わずメンドイから辞めると言おうとしたけど……こんなチャンスを捨てるのはもったいないよね~。


「これですか……」


 英語と見たことのない文字で書かれた文字がモニターに浮かび上がった。異世界の単語の意味や用法を英語で解説した辞典というわけか。それにしてもこの文字って……


「ああ、外字エディターを使用したのよ」


 神様が結構パソコン使いこなしてる。……本当はOLじゃないのこの人?


「外付けHDDに落としていいですか」


 うわっ。パパが仕事の本気モードになってる。


「ええ、どうぞ」


 こうなるともはや引っ込みはつかない。





 というわけで私はあの日から毎日異世界後の勉強に勤しむこととなった。


 そして庭の草花が芽生え始める4月1日。

 この間日本政府と神界、そしてメルティスさんと話し合いが進み、ついに私は異世界に赴くこととなった。

 今日の目的はメルティスさんが懇意にしている国の王様や王族との顔合わせ。そして晩餐会での私のお披露目。

 それ以前に私が魔法で異世界に行けるかどうか? 荷物はどのくらいまで持てるのか確かめることはいくつもあるけど。


「さあ由美ちゃん、できたわよ」


 私はママの着付けで正装に着替えた。鏡の前でくるっと一回転。


「うんうん、可愛いじゃないの」

「そうだね」

「装いが」


 自分で言っててむなしくなるけど仕方ない。だってそうとしか思えないんだもの。パパとママはちょっと親バカのところがあるからね。


「それじゃあ行ってきます」

「気を付けてね」


 向かった先は庭にある小屋。もちろんここにはあの穴がある。

 これから私の異世界生活が、新しい出会いが待っている。

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