私、神界に入りました
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
「中は私の職場だから遠慮しないで入って下さいね」
「では、失礼いたします」
パパも興味津々、勇んで穴の中に入っていった。私もどんなところか楽しみだ。やっぱりナーロッパ的で、お洒落な部屋に高級な木材で出来た机や本棚なんかが並んでいて、純金で出来た燭台にろうそくがついていたり、椅子も高級な革張りだったりするんだろうか、などと想像を膨らませたのだけれど、「どれどれ」と中に入り唖然とした。
「……まあ、そうだよね」
真っ先に目に入ったそれを見て拍子抜けした。なんというかイメージをぶち壊してくれたのだ。
高級そうなテーブルの上にはデスクトップのパソコンがずらりとそろっていたのだ。他にもマウスとキーボード、それに3色のボールペンetcと地球にある品が目につく。
目線がケーブルを追うと、その先には複合機があるし、見渡せば冷蔵庫まで完備してある。
ここが神界? まるっきり現代の会社じゃないの? いや私会社に行ったことないけど見たことはあるわ。
「なるぼど。神界で作れないものは地球で購入しているわけですね」
「驚いた? 神界だって遅れてないのよ」
メルティスさんが豊かな胸を張ったのでちょっと怒りがこみ上げた。尤もここには私よりはるかに怒りをこみ上げているお方がいるようだけど。
「よくそのように大きな態度がとれたものですね」
吉祥を表す赤いサリーに特徴的すぎるほど特徴的な4本の腕。そのうち2本の手には蓮華の花。これは間違いない。
「あの、ラクシュミー様っ、これは、その」
まさか本物の神様のご尊顔を拝することができるとは昨日まで夢にも思わなかった。
「事情は警視庁の刑事さんたちから伺いました。不用意が過ぎるのではなくて」
「ははー御免なさい」
メルティスさんがどこで覚えたのかスライディング土下座で謝罪する。
「御免では済みません。貴方は以前から~~」
ラクシュミー様は額のビンディに負けないくらい顔を真っ赤にして、人差し指を立ててこんこんとお説教を続ける。
「まあまあ、その辺で」
「……お父上がそういうなら」
パパが宥めたおかげか、取り合えずこの場は収まった。とはいえ今度は私が怒られる番だけど。
「すみません。私が……」
「この度は娘がとんでもないことを……」
悪気が無かったとはいえ、魔法をぶっ放したのは私だ。なので誠心誠意の謝罪をしたい……けれどラクシュミー様は途中で止めに入った。
「そういうのは結構ですわ。魔法について知らない人に迂闊にレクチャーするなんて不用意な行動をとった彼女が悪いのですから」
おや、神様にしてはあまり偉ぶっていないような……それならそれでいいけど。
部屋を出で廊下を歩いていく。今度こそ私のイメージ通りまさにナーロッパ……ではなくエキゾチックな雰囲気が漂っている。柱のふくらみやアーチの形はヨーロッパを彷彿させるものの壁のデザインとか色調が明らかにヨーロッパぽくない。
「マイソール宮殿に近いですね? 同じインドですし」
「お父上は博学でいらっしゃる。別に真似たわけではないのですがインドの神々とインドの人々の趣味が似ていると思って下さい」
マイソール宮殿? あとでググるか。そう思いながら、廊下を歩き、階段を降りる、降りる、また廊下を歩く、歩く……ああ疲れたっ。さっき体を目いっぱい動かしたので、ちょっと歩いただけでも脚にくる。
「すみませんね、メルティスはここでは地位が低いものですから執務室が貴賓室からは遠いのです」
ラクシュミー様はふふと笑った。こうしてみると、というか怒らせなければ神話通りの美しい顔である。
「そうなんですか?」
「ええ。まだまだ若く、神としては見習いの身なので執務室は貴賓室だけじゃじゃなくて会議室とは重要な部屋からは遠いんです」
神様って見た目と年齢が一致しないからね。とはいえ年齢を聞くのは失礼だろうし。
「あら、よく聞こえなかったわ。まだまだ、何ですって」
「ですからラクシュミー様、まだまだ39ひいっ」
39才⁉ うわっ、神様で見た目と年齢が一致しているなんて逆に想定外だわ。
「何か言ったかしら?」
周りの空気が凍り付いた気がする。ラクシュミー様のアルカイックスマイルはそのくらいの攻撃力があった。あ、そういえばラクシュミー様って一体何歳なんだろう。神話の頃から生きているなら、とんでもない年齢なんだろうけど。
「い……いいえ、何も」
これ絶対聞いたらいけないやつだよね。このあと私たちは無言で部屋まで歩くのであった。
「連れて来ましたわ」
ラクシュミーさんに案内されたのは同じフロアの円卓の会議室。窓が大きく、光をたっぷりと取り入れている。座っているのが3人、それと執事が一人か。
「おお、待っておったぞ」
白髪の老人男性がしゃがれた声を上げる。……髭をぼうぼうに生やしてチュニックを身にまとっているてことはもしかして……。
「これはこれは遠い所って、もう遠くないか」
腕が4本あるし、服装から見てヒンドゥー教の神様にしか見えない。そしてここにはラクシュミー様がいる、ということは……。
「私たちからすれば元々すぐ近くですけどね」
どこからどう見ても和装、しかもすぐ近くということは日本の神様で間違いない。そしてこの面子に気後れしないということは、まさか……。
私の全身、毛穴という毛穴から冷汗がダラダラと流れ落ちる。これはあれか、私をプレッシャーで殺す気だろうか。いや絶対そうだ。そうに違いない。
「では皆さま、ご紹介いたしますわ。こちら中島家のご当主です」
「初めまして。このような無作法な服で失礼いたします。私……」
パパは一人一人に名刺を配った。円卓でも上座、下座はあるようで迷わず一番奥にいる老人、こちらから見て右手の女性、左手の男性に手渡した。それにしても防護服を着たまま名刺を手渡しなんて器用だと思う。流石パパ。
「ほほう。これは好都合」
「服装はお気になさらず。脱いだら精密検査が待っていますから」
「東京とつながって吉と出るか凶と出るか、どっちかと思ったら吉のようですな」
名刺には当然、パパの職業が記されている。この職業は今回の件で非常に大きな役割を果たすのは明白。だからみんな頬が緩む。
「そして、今回魔法を唱えた由美さんです」
「初めまして中島由美と申します。この度はとんだ失礼を致しました」
ここは90度のお辞儀しかない。いきなり土下座だと相手が引くかもしれないから。でもこれで駄目なら土下座かな。
「ああ、別に気にやまんでええ。のう」
すると他の神様達も頷いてくれたのだ。ありがたい、ありがたい。いや生きた心地がしなかったよ。
「そういうことですから、お気になさらず。それより東京とつながったことの利便性の方が大きいです。では神界の代表をご紹介したします。こちらがギリシャ神話の主神ゼウス様」
「ワシはゼウス。よろしく」
うわあああ~。予想が当たっちゃった~。ゼ、ゼ、ゼウスってそんな偉い人に話しかけられてもどういたらいいの~。
「それから高天原の主神アマテラスオオミカミ様」
「天照大御神です。今後ともよろしくね」
やっぱり⁉ えっと日本人としては跪いたほうがいいのかな?
「最後にヒンドゥー教の三大神が一人、そして私の夫であるヴィシュヌ」
「自分はヴィシュヌだ。東京への観光楽しみにしているよ」
「どこでも案内いたしますのでどうかご慈悲を~」
「いや、別に取って食おうという訳ではないんだが……」
「ほら、由美、落ち着きなさい」
パニクってる私と違ってパパは随分と落ち着いている。凄いな、この面子で。
「とりあえずお二人ともおかけ下さい」
「では失礼いたします」
「失礼します」
ラクシュミー様に促されて椅子に腰を掛ける。って執事に椅子を引いてもらうなんて生まれて初めてよ。これは違う意味で緊張するわ。
「では、ご当主としての立場でお伺いしたいのじゃが……」
ここでゼウス様が切り出した。話を切り出しなおかつ一番の上座に座ってるということは一番偉いのだろうか。
「はい」
「あの穴を使いたいのじゃがよろしいかの」
あの穴を使うということは、ウチに入ってウチの玄関から外に出るってことよね。
「あまり騒がしくならなければ構いません。具体的には小屋を立てて外から見えないようにして、さらに地下道か何かを作って外に出て頂きたいです」
パパも、私もこの質問が来ることは予想していたのであらかじめ答えは用意していた。ママにも了承済みだ。
「それが現実的ですね」
天照大御神様は首肯した。
「でも、その工事が終わるまではどうする?人数制限でもするか」
「それしかないでしょうね」
夫婦では意見が一致した。けれどゼウス様は顎髭を撫でながら、憂慮した。
「そうはいうがのう、人数制限なんて他の神々が受け入れられるかのう。……高天原の面々ならいつでも東京に行けるし、代表がここにいるからいいじゃろうけど、ケルト神話やアステカ神話とかここにいないモンは簡単に納得せんじゃろう。みんな東京に遊びに来たいだろうし」
「そうねえ」
「っつても人数制限しないのは現実的じゃねーな」
う~ん。推測するとここの偉い方々でも他の神様方は簡単に説得できないということかな。
「では、反対される神々は、私の方で説明させて頂くということでよろしいでしょうか?」
神々の方々は顔を見合わせると仕方ないという顔をした。
「そうなるかのう。すまんの手間を取らせて」
「いえ、この位は別に」
「ここには地球だけでなくいろんな世界の神々が集まっておる。それぞれ一柱が神じゃ。こうなると誰かがアタマになって仕切るとはいかんからのう」
「そうですね。高天原を束ねる私も、神界では単なる一柱にすぎませんから。ここに列席しているのも単に日本の神の主神というだけですから」
「なにをいう、アマテラス殿。貴殿は神界最大勢力である高天原の主神、まぎれもなく神界屈指の大物じゃないか。ゼウス殿だってその威光は紛れもなく神界に轟いている。ここのみんなでサポートすればそこまでこじれたりしないだろう」
「そうじゃな……この件はこれでいいじゃろ。ところで、’外務省’としてはどういう方針なんじゃ?」
ゼウス様はパパの名刺をテーブルに置いた。そこには紛れもなく外務省と日本語と英語で書かれている。
そう、パパのお仕事は外務省の職員、それもキャリア官僚なのだ。
ここに住んでいるのも仕事の為。自宅から外務省まで僅か1キロ。電車を使うと最寄り駅の神谷町から外務省のある霞が関までは日比谷線でたったの2駅、所要時間はわずか4分。もちろん歩いて通える距離である。
「そうですね。今はまだ、上には報告していません。なので要望を聞くぐらいしか出来ませんがなにか要望はありますか」
すると全員が声をそろえた。まあ、たしかにこれは絶対欲しいよね。こんな便利なモノが使えなかったら私なら3日と耐えられない自信がある。そういうところは神様も同じらしい。それは
「「「「回線を設置して」」」」
という切実な要望だった。
「それで、見返りは」
「メルティスを実験体として提供いたします。煮るなり焼くなり好きにして下さい」
ラクシュミー様がキッパリ言い切り、他の3柱が頷いた。
「では前払いで遠慮なく頂きます」
パパは即決した。そりゃあ日本政府としては喉から手が出るほど欲しいよね。その位は高校生の私でも分かる。
「そ、そんな殺生な~」
メルティスさんが半泣きになった。
「ぷっ」
「ぷぷっ」
「……くくくっ」
「がははは、冗談に決まっとるじゃろうが」
ゼウス様がついにばらしてしまう。
「冗談ですか……ああ、よかった」
メルティスさんが胸を撫で下ろすが、そう甘くはいかない。
「でも真面目な話、どなたか神様には検査入院して頂かないと困るのですよ。そして出来ればメルティスさんが希望です」
ここでパパの顔がキリッと引き締まる。
「メルティスに病原菌がないことが分かるまでは、中島家の方々も警視庁の警察官も安心できんじゃろう」
話が纏まったかと思いきや、天照大御神様が何かに気付いたかのようにパパに尋ねた。
「普段日本と行き来している神は? まさか八百万柱全員検査する気ですか⁉」
「私は医者ではないので何とも。ですが皆さん健康診断なんて受けてないですよね」
皆さん「あ~そういえば」と
「オレ達神々は病気にならないからなあ~」
「それって何か理由でも」
「……神だから」
ヴィシュヌ様の答えはまるで禅問答だ。でもそれが答え何だろうなきっと。
「折角だ、全員一度くらい人間ドックに入るのも悪くないじゃろう、高天原だけでなく日本に行く神は全員。そん時のデータとか採血は好きに使うとええ」
「ありがとうございます。それでしたら研究がはかどります」
「……パパ、予算ってどうなるの?」
軽く数兆円はいくんじゃ?
「何、元は簡単に取れるさ。まず上は反対しないよ」
「ならいいか」
どこからその予算を持ってくるのかは考えたくない。
「ちょっと由美ちゃん、いいかしら」
「はい、何でしょう?」
「私が由美ちゃんのところに来た理由、覚えてる?」
「……あ!」
どうしよう? すっかり忘れてた!