私、魔法の恐ろしさを知りました
「あ~、今後のこと考えると気が重いわ」
メルティスさんは、ぼやきつつも食欲は落ちないようで今度はアッサムティーを啜りつつ、スコーンを齧る。たしかに最高級のイチゴジャムとの相性は抜群だけど……。
「太りますよ」
「いいのよ~、どうせこれが最後の晩餐なんだし、シクシク」
泣きまねしてもしょうがないのではないだろうか。
「やっぱり処刑ですか」
いくらなんでも厳しすぎるんじゃないだろうか。
私とママが死んでいると思い込んで確認しないで不用意に飛び込んできた点は責任追及されるよね。それに私が転移魔法が使えると思わなかったというのは責任追及される点かな。それでも死刑はあんまりだと思う。
あれ、じゃあ私は? 私にも責任の一端はあるだろうけど、知らないでやった部分もあるし、私も責任を追及されるのかな。私、地球人なのに。どうなんだろう。
「反省文100枚の刑が待ってるの」
おい! 心配して損したぞ。
「処刑とは普通は死刑のことですよ」
これにはママも呆れ果てている。
辞書には刑を処すことであり死刑とは限らない、とあるけど常識で判断すれば処刑=死刑よね。
「冗談はさておき、普段なら秘密を知った地球人の記憶を消して、罰として反省文100枚なんだけど、今回は目撃者が多すぎるから、そういうわけにもいかなくて……だからどんな罰が下されるか本当に分からないのよ」
メルティスさんは真顔でぽつぽつと語りだした。おや真剣モードか。
「そう、あの穴について詳しく聞かせて下さい。さっきのやりすぎたとは一体なんですか」
女性刑事さんも、雑談一つ聞き漏らさないと気を張りつめていたのに、一層引き締め熱心に耳を傾けようとする。
「あの穴は恒久的に近いのよ」
「恒久的! ああいうのって穴を開けて通ったら、すぐに消えるのがお約束なんじゃないですか」
「ええ、普通あの穴は出してすぐに消えるものなのよ。だってあんなものが常に出ていたら、誰かに見つかっちゃうからね」
「それなら……って私のせいですか」
「穴を開ける瞬間に膨大な魔力を注ぎ、なおかつその穴を維持するのに魔力を流し続けなければ穴が開きっぱなしにはならない。
けど、由美ちゃんはあの時、それだけの魔力を注いだ。
地球で生まれ育って17年、ごく微量とはいえ魔素を体内に溜め続けたことと天賦の才能があったから出来たんだと思う。それに自覚は無いだろうけど、由美ちゃん、貴女、無意識のうちに微量の魔力を常に放出し続けているわ」
「そうなのですか」
そう説明されても自分では全く自覚してない。
「だから神界とここはいつでも自由に出入りできるのよ。但し……」
「但し?」
自分がやらかしたことなので、私は真摯に耳を傾ける。
「由美ちゃんが全力で違う魔法を使わない限り」
「どういうことですか」
「最初に説明したけど、魔法は二つ同時に展開できないから先に唱えた魔法は解けるものなのよ、普通は。でも今回は違う。由美ちゃんが無意識に魔力を放出し続けるのを止めない限りはあの穴は消えない。そして無意識に魔法を放出するのを止める方法は二つ。一つは全力で別の魔法を放つこと。その瞬間あの穴は消えるわ」
どう考えてもこの国、下手するとこの世界の命運を私が握っていることになる。但し、今のメルティスさんの説明が正しければ、だけど。
私も、そしてこれから乗り込んでくるであろう日本政府も、メルティスさんを妄信するほど短絡的ではない。ただ、なんとなくメルティスさんは信用できる人物のような気はするし、ここで嘘をつく理由も思いつかない。
さてさて……。私はアッサムティーを一口飲んで心を落ち着かせた。
「もう一つは魔力が空になること。でもそんなに心配することは無いわ。神界でも私が管理する世界でも空気中に魔素が充満しているから、魔力がゼロになることは余程のことが無い限りは無いと思う。例えるなら地上で生活していれば酸素が十分あるから酸欠で死んだりしないでしょう」
「では、地球では……」
「魔力切れが怖いから今は魔法は使わないで。今、由美ちゃんは魔力切れ寸前よ」
「ですが、今殺されそうなそうな人とか車に轢かれそうな人を見かけたら時間停止魔法を使いたいですよ」
こんな平和な日本でそうそうあるとは無いとは思うけどさっき私もママも殺されかけたから油断は出来ない。
「それは絶対に駄目よ」
メルティスさんがさっきと同一人物とは思えない程冷たい声で言い放つ。
「どうしてですか!」
私はメルティスさんに喰ってかかった。幾らなんでも人命が掛かっている場面で魔法を使わない手はないから。
「時間停止魔法は究極の大魔法。しかもこっちの世界は時間停止魔法に向いていない世界。目には見えないけれどこの世界は魔法のダメージを受けているわ。自然治癒するからこの世界がどうこうということは無いけれどしっかりインターバルを取らないまま、時間停止魔法を唱えるとこの世界は崩壊するわ」
全員が緊張のあまりごくりと唾を飲み込む。
「そのインターバルの期間は」
「せいぜい100年に一回よ。つまり由美ちゃんが生きている間にこっちの世界で時間停止魔法を使えないってこと」
「……そ、そういう事でしたら」
それが本当なら絶対ダメよね。
「でもそれ以外の魔法は、魔力切れさえ起こさなければ使ってもいいわ。あと時間停止魔法だけど、神界や私が管理する世界なら1日1回使えるわよ」
「それは世界ごとに魔法との相性の良しあしがあるということですか?」
女性刑事さんが尋ねるとメルティスさんが、「呑み込みが早いわね」と褒めた。
「どうしても魔法との相性があるからね。他の異世界だと絶対魔法が使えない、魔法という概念すらない世界もあるし」
「もし時間停止魔法が自由に使えたら、と思ったのですが……」
地震、津波、台風……いろんな災害から人々を救うことが出来るはずだけどそうはいかないか。
「いい、くれぐれも今魔法を唱えて魔力切れは起こさないでね。神々で一番人気の観光地が日本だから、この穴が消えると消えないのでは私の処分の重さが変わるのよ~」
はい真剣モード終了。短かいな~。
「泣きつかないでいいですから、分かりましたから」
「それに私ももっと頻繁に日本で遊びたいわよ、しかもここは神谷町じゃない。六本木も虎ノ門ヒルズも歩いて行けるし、日比谷線だから銀座も築地も、それに秋葉原も乗り換えなしで行けるし便利よね~」
港区でなくその中の神谷町ともっと細かく呼称できるあたり、かなり詳しい。
「こんなに日本が好きなら、もっとこまめに来ればいいのに。東京ならいつでも案内するわよ」
あーあ、ママついに敬語使うのやめちゃったよ。バチが当たらないといいけど。
「私があの穴を開けるには魔力を1年かけないと出来なかったのよ。でも由美ちゃんが開けてくれたからね。処刑されなかったら是非使わせてもらうわ」
「それで、東京に好きなだけ来られるようになったら何がしたい?」
メルティスさんは顎に人差し指を当てて少し考えこんだ。ぶっちゃけると可愛い仕草だ。男性の前でこんな仕草をしたらどんな我儘でも聞いてくれるんだろうな。
「ん~、やりたいことは一杯あるけど、エステに通いたいな。エステって定期的に通いたいけど今まで地球には年一でしか来れなかったからね。」
「じゃあ私が常連のお店紹介しようか」
「ホントホント! 絶対行く」
ん? 神様の身体組成って人間と同じなのかな?
「あの、エステって神様の身体にも効くんですか?」
「もちろん。クシナダヒメさんもキクリヒメさんも通ってるわよ。ホント、みんな肌も綺麗でお腹周りも太ももも細くて羨ましいわ」
プチッ
ここで私の何かが切れた。
「羨ましい? そりゃこっちのセリフよ! 顔は完璧、おっぱいはJかKカップ、髪は綺麗なブロンド、羨ましいったらありゃしない」
「でも、まだまだなのよ。だからエステで……」
「その滑らかでつやつやの肌、その縊れたウェスト、そのほっそりとした太もものどこに手入れするところがあんのよ。むしろそれ以上痩せたら不自然過ぎて怖いわよ!」
礼儀もへったくれもなく、女神さまの頬を摘んだのだ。
「まあまあ由美さん、落ち着いて」
女性刑事さんが即座に止めに入る。この反応速度は流石よね。
「あのね由美ちゃん、女性が美を求めるのに限界なんてないのよ」
ママがすかさず反論する。
「そうよね~」
メルティスさんはママが同意したので気を良くしたようだ。
「同感です。私も非番にはよくエステに行きますよ」
おい、刑事さんまであっちの味方か。
「あら、どちらのお店。私は……ですけど」
「奇遇ですね。私もそこです」
「あ、そこ行きたいお店の候補なのよ。じゃあ今度三人で一緒に行きましょうよ」
「いいわね」
「非番でしたらいいですよ。あ、そうだ、メルティスさんならネイルアートもいいんじゃないですか。私は仕事柄やらないですけど」
「まあ、ネイルアート! 前からやってみたかったのよ」
三人の会話は盛り上がった。そりゃあ盛り上がった。後日本当に三人でお出かけするのだがこれはまた別の話しである。