暗黒封印編 暗黒の章
その城は、他の城とは一線を画していた。
城は一般的な城と同じく石造りではあるが、松明は炎っぽいLEDライト。赤い敷布の刺繍もLEDで、城内に響き渡る激しめのダンスチューンに合わせて7色にコロコロと変化する。石壁や階段や通路に至るまで、沢山の線状のLEDが配置されており、暗闇に光る蛍光色と響き渡る重低音の様子から、下界の人々にゲーミング魔王城と呼ばれていた。
先日アップした動画の再生数が今までになく増え、ご機嫌であった若い魔王は、不意に訪れた客の気配に気づき、蛍光色のゲーミングチェアをクルリと翻す。
目に入った来客は、客ともいえぬ相手。若い魔王はあからさまに眉を顰め、口元が歪む。
「ほう、おじさん勇者ではないか。この我に何か……もしや、勇者を辞めて宅配サービスでも始めたか? ガラケーおじさんには宅配アプリは使えぬがの。クックック!」
表情をあまり崩さない中年勇者を見て、若い魔王は僅かに身動ぎを見せる。しかし、ゲーミングチェアに悠然と腰を掛け直し、細めたまぶたから、鋭い眼光を中年勇者に向ける。
「我を懲らしめるなら、クラウドファンディングで魔王を倒したいと募ってみい。リターンは用意せずとも良いぞ。雑魚おじさんには負けぬからな! フハハ!」
小ばかにした様な煽りと視線を無視し、中年勇者が銀色の箱から取り出したのは、古めかしいカメラ。
手際よく、レンズのカバーを外し、レバーをグッと押す。
脇を締め、右手の指を軽くシャッターボタンに乗せる。
そして添える様な左手でレンズとカメラを支える。
若い魔王は思わず煽りの言葉をひそめ、まぶたを大きく開く。
何故今ここで、カメラなのだ。
所作の中にも見たことが無い動きが混じっており、疑念より不安が強くでる。
その疑念も不安も察知しない中年勇者は、まるで鍛え上げられた剣舞の様な流れる様な所作で、次々と行動を変えていく。
ファインダーを覗き、すぐに目を離す。
少し首を傾げ刹那思案する。
フーム、と鼻で息を吐き、カメラの上を少し弄った。
かと思えば、またファインダーを覗き、次は左手を少しクイクイとひねり始める。
若い魔王は、背もたれと背中が大きく離れてしまっていた。
しかし、いやいやと頭を振り
「い、今更おじさんの自撮りとは! 血迷うたか!」
と、強めに声を張り、スマホを手にする。
魔法アプリを立ち上げ、制作会社のロゴがしばらく表示される事に、少しイライラしながらも、慣れた手つきで、クラウドに記録された魔法一覧をスライドさせていく。
サブスクに入っていれば無料で使える小威力魔法一覧を過ぎ、中大程度の威力の魔法のレンタル利用(1週間で使えなくなる)をタップする。
その矢先、
『カシャカシャ』
城内に響く重低音に妙な音が混じる。若い魔王は視線を上げ、違和感の元を探す。
スマホには「決済のパスワードが正しくありません」の表示があるが、誰も見ていない。見えるのは、石壁にカメラを向け、ファインダーを覗く中年勇者の姿。
若い魔王は口を手で覆い、深く息を吐く。中大威力魔法のキャンセルをタップし、一覧から巨大威力魔法、リボ払いと続き様にタップを続ける。指先にやや汗を感じ、スマホの反応は抜群だ。
その慌ただしい決意とは裏腹に、中年勇者は、満足いった笑みを浮かべ、ゆったりとこちらを向き、一言告げる。
「あ、準備できましたんで。さあ、いきますよー若い若い魔王さん」
手を振り、子供に語り掛ける様な柔和な声色が広間に響いた後
【 はい、チーズ 】『カシャ』
その日、ゲーミング魔王城の若い魔王は、お気に入りの蛍光色とは程遠い、茶黒いフィルムに収められ、その姿を暗黒に変えたのだった。