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第2話 現実世界で平凡な俺。ぱーと2
騙された。
素直にそう思った、もしかすると泥棒として、俺を通報しネットでの話題を作るつもりだったのかと思ったが、そんな事はすぐに忘れた。
確かにそこは本屋だったからだ。
そんなに広くない店内で俺以外がいない事を確認するとラインでエリスにメッセ―ジをいれる。
「誰もいないけど」
どうせこのまま既読もつかずに終わるのだろう。
携帯を少し眺めた後、やはりつかない既読にうんざりして、せっかくの本屋を物色する事にした。
そこでさっきのすごい発見をしているうちに、エリスからのライン返信に気づかず、店を出る事には夕日が落ち切っていた。
3冊の本と300円を集金箱に収め、俺は家路につく。
はたと思い出してラインを起動するとエリスからの返信が入っていた。
新刊を100円で購入できたホクホク感でエリスへの嫌悪感はすっかりなく、いてもいなくてもどっちでももはやよかった。
「ごめんね。嘘をついてしまったけど、いい本屋だったでしょ?これくらいしないと君は入ってくれないと思ったからさ」
正直嘘をつかれたのはいい気分ではなかったが、いい本屋である事に間違いはなかったし、確かにここまでされないと絶対に入らない本屋だった。
「いいよ。嘘はいやだったけど、確かにいい本屋だった、エリスもよく来るの?」
「それはよかった!僕も行きたいのだけど、そう何度もいけない距離でね。君なら気に入ってくれると思ってたからうれしいよ!」
エリスがどこからきているのか、深く詮索したいが、しないのがネット友マナ―である。
「じゃあ俺は家が近いから、エリスが来れる時に次は一緒に行こうね」
そうラインを打って、返事が来る前に家についた。
携帯をベットに放り投げ、本を読みこむ。
そんな過去があった。
そうして今日、この本屋は3回目である。
人間一度入ってしまえば、余裕である。
そういえばあれからエリスの返信もない。
ラインも既読にはなっているものの、やはり一緒にいこうはちょっと気持ち悪かったかな。
まあネット友はそんな関係だろう。
いつもの様に好きなシリーズの最新刊をもって集金箱に行く。
おつりは出ないのだから、100円玉をしっかり準備していく事がこの店舗へのマナーだ。
と思っています。
しかし消費税とか関係ないのだろうか、確実に赤字運営だろうし、相も変わらず誰もいない。
間が差したのだろうか、店舗の奥に続く、襖が気になった。
心なしか少し空いていたし、光も漏れていた。
俺は感謝の気持ちも伝えたかったし、いつまでの集金されない箱も気になっていた。
まさか、もう事が切れていて、ただ本だけが入庫され、売れているだけではないかと心配になっただけだ。
そんなテーマのアニメ映画を見た、という事もある。
とにかく言い訳がたくさんある中で、俺は好奇心を抑える事が出来なかった。
襖を開けた。
「すみません!誰かいますか?」
そこは、あたり一面が草原の異世界になっていた。
「なんだと・・・」
きっと俺は夢を見ているのだ。
まだ足は踏み入れていない、引き返せると落ち着いて考えてみよう。
一度襖を閉めた、深呼吸をしてほほをつねり、現実である事を再確認してからもう一度襖を開けたが何も変わらなかった。
しっかり草原だった。
久しく嗅いだ事のない、草のにおい。
間違いなく現実だ。
だが、足を踏み入れる事だけは出来なかった。
襖を閉めて、現実に戻る。
俺は集金箱に金を入れる事も忘れて、家にダッシュした。
家に着くと、ラインを開いて、エリスなら何か知っているのではないかと連絡をした。
「例の本屋だけど、奥の襖って開けた事ある?」
送ってから気が付いたが、もはや不法侵入を告白していた。
しかし書き直す前にエリスからの反応があった。
「あるよ。やっと開けてくれたんだね。こっちからは開ける時期が決まっていて次が300年後だったから、良かった。この連絡も本当ならダメなんだ。」
ちょっと待ってくれ。
言っている意味がわからない、俺はアニメを見すぎているのか。
「すぐに理解できないと思う。でも信じてほしい。君は僕たちの世界を見たよね?本当の事なんだ。どうかこちらの世界にきてくれないかな」
ああ、やっちまっている。
これはもう完全にやっちまっている。
俺は疲れているんだ。いくら仕事で心をすり減らしたとはいえ、幻覚に幻聴、もう俺はダメなんだ。
俺は、携帯をその辺の床に投げて、ベットに飛び込んだ。
正直、嬉しさ8割、混乱2割。
これが本当なら、夢にまで見た剣と魔法の世界に異世界転移をする事が出来るかもしれない。
その手の小説は死ぬほど読んだ。
どれだけその状況に憧れてきたのだろうか。
でも俺も大人だ、そんな事がある訳ないとわかっている。
落ち着け。
しかしリアルでは相談が出来る友人などいないし、居ても信じてくれる訳もない。
幸いにも仕事を投げてあっちに行ったとしても迷惑は誰にも掛からない。
落ち着け。
でももし違ったら、あの草原に飛び込んだ瞬間にどっきりでしたとかの番組があって
カメラが飛び込んできて、本当は何にもなくて、今の仕事を辞めてしまったら
何も残らない。
落ち着け。
よく考えろ、だとしたら、仕込みに時間をかけすぎていないか。
エリスとのやり取りに1年はかかっているし、今日俺が襖を開けたのは偶然だ。
こんないつどうなるかわかならいドッキリを番組が金をかけて素人を相手にするのか。
落ち着け。
もしかしたら、万が一。
そんな事しか考えられなかった。
混乱したまま、俺はいつの間にか眠りについていた。
朝、目が覚めると悲しい事にいつもの出勤時間、4時間前だった。
つまり5時だ。
いつものくせで携帯を見る。
「なんだこれ」
恐ろしい量のラインが届いていた。
その数99+と表示されている。
つまり100件以上が入っているわけだが、今までに一度としてそんな事はなかった。
ラインを起動するとそれはすべてエリスからだった。
メンヘラ?
「どうかな?そろそろ現実を受け止めたころかな?」
「まだ考えがまとまらない?」
「あまり時間がないんだ、一度開けてしまったらそんなにね」
「そっちに未練があるのかな?今までの話を聞くとそうでもないように思うけど」
「もしかして寝てる?それとも何かあった?」
「実は誰か大切な人がいるのかな?もしそうなら相談してね。」
「さっき確認したけど、連れてきてもいい事になったよ!ある程度の理解が出来る人がいいけどね」
「ごめんね。やっぱりダメみたい。どうやら適正がないとその門はくぐれないみたいなんだ。もう話をしちゃったかな」
「ねぇ僕の話は見ている?」
「本当に時間がないんだ、君の気持ちもわからなくないけど、こっちの事情が飛んでもなくてね。」
「説明をしてあげたいけど、それはこっちに来てからではダメかな?文字でなくて顔を見て話しがしたいよ」
「こっち都合ばかりでごめんね。でも本当に困っているんだ。メッセージ待ってます」
飛んでもない量だ。
しかも、1分刻みで今もどんどん送られてきている。
どうやらエリスは寝ないらしい。
俺が見てしまった事で既読が付き、俺からの反応があったことがうれしいのか、
その言葉には危機迫る勢いだ。
「見たよね。今、そこで見てるよね?まず返事を聞かせてくれないかな?」
「でもNOは困るな。君ならきっとOKだと信じているよ」
怖いよ。
俺は返事もせずにそっと電源ボタンを押した。
スーツに着替えて会社に行こう。
考える時間は資料室でたっぷりあるし、向こうには時間がないようだけど
それは俺に関係はない。
俺には生活があるのだから。
家を出る。
未だにエリスからのラインは止まらない。
どんだけフリック早いんだよ。
会社に着いた。
資料室へ向かう。
その道中、珍しい人と会った。
この会社の役員にして会長の娘。
次期社長と言われる人で、取り巻きも10人はいる。
朝の出勤もたいそうな事で。
「ねぇあれはどうなっているの?報告がないけれど」
取り巻きも大変そうだった、歩きながらタブレットで資料を出して見せる。
会長の娘はそれが良くても悪くてもそのタブレットをポイっと投げる。
それを取り巻きは拾ってまた別の人が説明をする。
いつもなら立ち止まり、頭を下げ、通り過ぎるのを待つ。
高校生のヤンキーと廊下ですれ違う時と同じだ。
だが、その日の俺はどうかしていた。
頭を下げずに会長の娘を見てしまっていた、そして目があう。
「あら、あなた。」
声をかけられた瞬間、悪寒がした。
やってしまった。すぐに頭を下げ、目をつむる。
「ふーん、私の目を見てもそんな態度が取れるのね。この人どこの誰?」
取り巻きが説明をしている、きっといいことでない事は明白だった。
「第二資料室の室長。何もしてないのね。で、私の事はしっかりと観察すると」
終わった、きっともうダメだろう。
エリスの件をゆっくり考える事は出来なさそうだ。
しかし、考えようによってはこれで会社をクビになればもう何もない。
あの襖の向こうにさえ行けるかもしれない。
「あなた、なんの権限があって私をじっと見ていたのかしら、惚れた?」
もういいや。
俺はもうこの世界でなくても、求めてくれている人がいる。
そう思ったら震えは止まり、頭を下げてる事が馬鹿らしく感じた。
ゆっくりと頭を上げて、会長の娘と目を合わせる。
心なしが会長の娘もその行為に驚きが隠せないようだ。
周りの社員たちもざわつき始めた。
あいつ、終わったな。と。
「藤堂様、おはようございます。質問の答えですが、その通りです。藤堂様の麗しいお姿に見とれてしまいました。大変失礼いたしました。」
言葉にしてしまえば、なんて事はない。
自分よりも10は下の小娘にビビる事はないのだ。
それにキレイなのは間違いがないし、謝罪もしている。
これでダメなら、もう仕方がないとしかいいようがない。
「な・・・見とれ・・・。こほん。まあいいわ、私がキレイすぎる事がいけないのね」
気のせいだろうか、ちょっと顔が赤くなっている。
こんな美貌だ、今までだってそうとうな世辞を言われているだろうし、男女の付き合いもそうとうとの噂だ。
思いがけず、想定外の事態にちょっと困惑しているだけなのだろう。
「私は忙しいの、今日はもう行くわ。でもこの粗相について説明をしてほしいの。今日業務が終わったら私の部屋に来なさい。」
きっとクビ宣言だろうか。
コクリと首を縦に振り、お嬢様を見送った。
そのころには周りもいつも通りの喧騒に戻り、俺は足早に資料室へと向かった。
それにしてもエリス、まだラインを送ってきてるけど。
暇なのか。
最新のメッセージから見ると。
「大変な事になった。少し電話できないかな?」
それはちょっと。