1
記念すべき2作目。
今度は何年かかるのやら
第一話 現実世界で平凡な俺。
今日も仕事に行く。
生活をする為に仕事をしているのか、仕事をする為に生活をしているのか。
そんないわゆる社畜状態になってからどれ位の年月がたったであろうか。
9時からの業務に対して誰かが30分前からが当たり前だと始まり、
それを出し抜く為に1時間前に出社をする奴が出てきて、今や出社3時間前にPCを叩きだしている始末だ。
6時からPCを起動させ、体力が続く限り仕事をする。
聞く人が聞けば、善良な社会人に聞こえるかもしれないが、実際は地獄だ。
確かに、給料をもらっている以上、働く必要はある。
より能力があるものが昇進して、たくさんの給料を貰う。
これは、会社に対する貢献度がものを言うのだ、だからこそ、誰よりも働き、結果を出して会社から認められる事こそが働いて金を稼ぐ事。
そんな風に考えたときも俺にはありました。
睡眠時間が平均2時間で、もっとも忙しい需要期に倒れた時、会社は簡単に俺を切り捨てた。
「あいつは使えない」「体調管理も出来ないやつに任せる仕事はない」
後輩だったやつに、仕事を取られて、気づいたときは、資料室の室長になっていた。
室長と言っても俺しかいない。
埃まみれと時代遅れの紙ベースの報告書にまみれた部屋にポツンとある机。
俺は、いつしか、出社して、PCを開き、一通も届いていないメールを確認して、
18時になれば帰宅する、そんな毎日を過ごすようになった。
見方を変えれば、それで給料が貰えるホワイトカラーに見えるかもしれないが、
そんな上手い話はない。
仕事をしない人間には、会社は満足する給料は払わない。
借りているアパートの家賃と光熱費、食費だけで給料が蒸発するレベルだった。
まさに、生活をする為に仕事をしていたのだった。
そんな俺も、何度も転職をしようと試みた事がある。
だが、30歳にもなって新しい職場は勇気がいるものだった、というよりもビビっただけだが。
社畜の様な生活をしていた代償か、俺は人の顔色ばかりを窺うクズになっていた。
これは自分の意志ではなく、勝手に相手の声色、表情、態度で何を求めているかがわかって、それに答えなければ捨てられるという強迫観念だった。
おかげで大体、相手が何を考えているか少し言葉を交わせばわかるようになって
大した実力もないのに、ある程度の役職も貰えていた。
体調さえ崩さなければ今も地獄の日々を過ごしていた事だろう。
雲の上の役員になる事が出来れば事態は一変する。
ホワイトカラーさながらの業務時間で、給料も跳ね上がる。
しかしそれも一握りだし、ある一定の人数は血のつながりで確保されてしまっていた。
特別な資格も能力もない平凡な俺は、上司のご機嫌を取るだけで大した仕事は出来ていない。
俺がそのポジションにたどり着く事が不可能な事は明白だった。
だからなのだろうか。
今の第二資料室、室長のポジションが心地いい。
誰もいないから顔色を気にする事もないし、こんな仕事に業績もくそもない。
ただ、責任者として、情報漏洩があった時の責任をとるだけの、そんな仕事だ。
このネット社会において紙ベースの情報が漏洩する事よりも、誰かが休憩時間で開いたサイトから情報が洩れる方がよっぽど確率が高い。
つまり、俺はお払い箱という事だ。
しかしそんなごくつぶしでも解雇をしてしまうと失業手当を出さなくてはならない。
だったら極小の給料で適当に配属し、勝手やめてもらえる事が会社にとってプラスなのだ。
そこまでわかっていて会社を辞めないのは、負けた気がするから…。とかっこよく言えばだが。
単に次の仕事を探す事が面倒なだけである。
そんな俺にもささやかな趣味があった。
それは小説を読む事。
と言っても、もっぱらライトノベルばかりだったが、読んでいる間は気がまぎれた。
無駄な人生の時間を浪費している事は承知していたが、辞められなかった。
ある時、古い書店に立ち寄った。
電子書籍で読む小説も場所を取らず好きではあったが、普段紙の部屋にいるせいか、本媒体が好きになっていた。
この古本屋は、何度か足を運んだ事があったが、とにかくすごい。
まず店員がいない。
家と一体になっているパターンで奥に恐らくおじいさんクラスがいるのだろうが、
耳も遠いのか、大声で呼んでも出てこない。
あとレジがない。
買いたい本の金を申し訳ないくらいの机にある集金箱に入れる。
どんだけ信用しているんだか。
更には値段が小学生のお小遣い程度でしかない。
たぶん幅広く本を読んでほしい事がわかるが、全部100円とは経営は大丈夫なのだろうか。
極めつけが、新刊もあるという事。
こういった書店は古本がメインというかそれしかなく、変なシミがあったり、汚れていたり、
色褪せたりして、潔癖の人はまず無理だとうというので相場が決まっているが、
ここは新刊もあるのだ、しかも100円。もう意味がわからない。
とにかくすごい事がわかってもらえただろうか。
これだけの店舗であれば、相当な客がきそうなものだが、滅多に俺以外の客をみた事がない。
なぜ俺以外の客が来ていないとわかるかというと集金箱だ。
前回入れた俺の100円から枚数がいつも変わってない。
万引きされていたらわからないけどね。
店舗も狭い路地から車ではまずこれない、近くにコンビニもスーパーもない。
俺は自宅から徒歩15分圏内だからまだいいが、地元民でなければ、たどり着く事は不可能。
しかも、見た目がどう見てもだたの家。
外からは本屋とは思えない、入口も完全に個人の玄関だ。
ではなぜ、俺がその本屋を知っているのか。
泥棒したわけじゃあないですよ。
あるネットユーザーからの紹介だ。
そのユーザーはハンドルネームをエリスと言っていたが、たぶんネカマだろう。
ある小説の話題で盛り上がり、個人的に連絡を取るようになって、この書店について教えてもらった。
不自然なくらいに俺の家から近かったものだから、いつか行ってみようと思ったわけだ。
何度かその店舗の前を通ったが、どう見ても民家。
エリスにそれを伝えたら、間違いないとの事。
エリスから入ったかと何度も聞かれて、入りずらい事を言うと待ち合わせをして一緒にいく事になった。
まず、顔も知らないネット友に会うのも気まずいし、店もおしゃれなカフェでない。
かなり億劫だったが、ものすごい剣幕で誘ってくるものだから了承してしまった。
まあ、最悪こちらの顔もわかっていない、危ない感じなら通り過ぎてしまえばいいとそう考えた。
約束の日、俺は15分も前から現地の周りをぐるぐると歩きまわっていた。
普段一日中机に座って、気もしないメールのチェックやネットサーフィンをしている俺にはちょうどいい運動だった。
約束の時間になっても誰もこない。
嫌気が刺して帰ろうとしたとき、携帯にラインが届いた。
「もう中に入っていますよ。入ってください」
いつの間にきていたのか、不安ではあったがずっと家の前にいたわけではないから見逃したか。
それでも躊躇ったが、待たせているのも申し訳ないと思い切ってドアを開けた。
しかしそこには誰もいなかった。