6.デバフ勇者は信用されない
「ギルドマスターに会わせて下さい」
エイダの嗅覚を信用した上で、オスカーはギルマス邸へ直接赴いた。
ただの偶然ならば、それでも良い。
しかし万が一を考えて、魔族の存在を確かめなくてはならない。
ギルマスとの面会を願い出ると、その宅の執事が応対する。
執事は彼の申し出に対して、丁寧に頭を下げた。
「生憎、面会謝絶となっております」
「謝絶? どうして……」
「昨夜、不慮の事故で怪我をしておりまして、現在その治療中なのです」
「ま、まさかそれって、右腕じゃ……」
「は、はい。よくご存じですね?」
「……!」
オスカーが驚くのも無理はない。
昨夜、骸骨の魔物は彼のデバフを受け、右腕が石化状態にある。
今のギルドマスターと、状況が一致する。
それが何を意味するのか、分からない訳ではない。
「そんな事が……いや、そうとしか考えられない……!」
しかし、一体誰が信じてくれるだろう。
あの場で骸骨の魔物を見たのは、オスカーとエイダのみ。
裏付けるような証拠がない。
エイダの嗅覚についても、彼女が亜人であることを明かさなければ始まらない。
安易にそれを告げれば、過去の書物と同じく、意味のない迫害に遭う可能性もある。
一旦、ギルマス邸から撤退すると、エイダが不思議そうに覗き込んできた。
「無理にでも、会いに行かないの?」
「ギルマスは王族の血を引いているんだ。下手な真似をしたら、俺でもどんな罪を被せられるか……」
「そうなの? よく分からないけど……でもこのまま放っておく気はないんでしょう?」
「あぁ、勿論だ」
何か、陰謀めいた思惑があるのは確実だ。
勇者として見過ごせる筈がない。
一人では駄目だ。
今までの経緯を話せるような、信用できる者が必要だ。
そこまで考えて、オスカーは勇者パーティーを思い浮かべる。
当然、ウィルズ達にそんな話をしても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。
だが唯一話の通じそうな相手、白魔導士のフィリアがいる。
彼女は先程のいざこざでも、仲裁の立場を取っていた。
より中立な目線で、オスカーらの話を聞いてくれるかもしれない。
彼の決断は早かった。
エイダを連れて、来た道を引き返す。
目指したのは、勇者パーティーの面々が集う貸し切りの宿だ。
オスカー自身、数日前までそこで寝泊りしていたので、道に迷うことはなかった。
宿の受付嬢に、フィリアとの面会を求める。
「フィリアと会わせてくれませんか? 話がしたいんです」
「ふ、フィリア様? あの方なら、たった今、王都の外へ出られましたが?」
「外? どうして、このタイミングで……」
「調べたいことがある、と仰っていました」
「いつ戻ってくるか、分かりますか?」
「さぁ、流石にそこまでは。ただ、結構な荷物を持っていたので……」
どうやら入れ違いになったらしい。
調べたいこととは、一体何なのか。
判断がつかないが、大きな荷物を持っていたという事は、数日は戻って来ない可能性もある。
残念ながら、そこまで悠長に待っている時間はない。
腕を組んで考えると、通り掛かった通行人が囁き始める。
「おい、アレを見ろよ」
「あぁ。さっきもウィルズ様達に難癖をつけて、ちょっとした騒動になったらしいじゃないか」
「今度は、あのフィリア様にも言い掛かりをつける気なんじゃ……?」
既に今朝方の悪評が広まっている。
先に突っかかってきたのはウィルズ達の方だが、彼らが事実を歪曲させたのだろう。
最早真っ当に話を聞いてくれる者は、いそうにない。
オスカーは宿を後にして、大きく溜め息をついた。
勇者として、彼は今まで魔族と戦ってきた。
それと同じ位、人々の命を救ってきたつもりだった。
だが、それらも殆どがウィルズ達の手柄にされており、残ったのは謂れのない不名誉だけ。
勇者の使命は果たすと決めたものの、一瞬何のために戦ってきたのか分からなくなる。
「何なんだろうな、勇者って……」
そんな中、唯一エイダが彼の袖を引いた。
「元気を出して。周りの人が何を言っても、あなたはエイダを助けてくれた。だからエイダは、あなたのことを信じるわ」
行き場を失いかけた思いが、引き止められる。
自分の力で救えたことに、意味は確かにあると告げられる。
それが今ここにいる、エイダという少女だった。
「……ありがとう」
純粋な感謝の気持ちを告げると、彼女は無表情のまま、片手を持ち上げて鉤のように曲げた。
「ん。だから、狩りなら任せて」
「い、いきなりギルマスを狩るのは、駄目だからな? 本物か偽物か、確かめないと」
少しだけ気が抜けながらも、心持は大分軽くなった。
現状、周りの誰かに話しても、まともに取り合ってはくれない。
今更それを悲観した所で、何も変わらない。
だがもう一人、事情を話せる相手はいる。
「何ィ!? ギルマスが魔族だってぇ!?」
「シッ! 父さん、声大きい!」
「二人共、うるさいわ」
王都の外れにある、診療所の居間。
エイダから真っ当なツッコミを受けつつ、オスカー達は声を潜めた。
「本気で言ってるのか?」
「確定じゃないけど、5割近くは……」
「半信半疑ってことか……参ったな。誰か他に、相談出来るヤツはいないのか?」
「出来る奴がいたら、ここで話してないよ」
「息子よ……言っちゃなんだが、信用なさすぎでは?」
「俺が悪いんじゃないと思うんだ。こればっかりは」
今までの事から、自分に一方的な非があるとは思っていない。
ザカンも言ってみただけのようで、腕を組んで一緒に考え出す。
「本物だろうが偽物だろうが、直接聞いても面倒なことにしかならない。おまけに、周りの信用がないと来たもんだ」
「朝、ウィルズ達の喧嘩を買わなきゃ良かったかな」
「いや? 俺は寧ろ、ガツンと言うべきだったと思うけどなぁ。言われっぱなしは癪だろ?」
「それは、そうだけど……」
「父さんとしては、自分の事で怒ってくれたことは誇らしいけどな!」
「……」
「おいおい、なぁに照れてんだ?」
「て、照れてないっての。ほら、エイダも不思議そうな顔しているから、そう言い方は止めろって」
「そうか? まぁ流石にその流れで、ギルマスの家にカチコミかけたらヤバかったろうけどな」
問題なのは、相手が王族関係の人物という点に尽きる。
真っ当な方法で会っても、事態は余計に悪化する。
唯一話の通じそうなフィリアが帰ってくるまで待ちたいが、魔族側がいつ動き出すか分からない。
昨日の強襲で、相手側も正体がバレた可能性を考え、すぐに事を起こしても不思議ではない。
「昨日の魔族の一件もあるし、逃げる気も、見過ごす気もないんだろう?」
「……あぁ。放っておけば、きっと王都にいる無関係な人達が、危険な目に遭う筈だ」
「となりゃ、やることは一つだな」
そこまで言うと、ザカンはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「とりあえず、俺は荷物を纏めとくかなぁ」
「父さん……本当に良いのか……?」
「踏ん切りは、つけてんだよ。お前を勇者として送り出した時からな。止めるなら、もっと前から止めてるさ」
彼は笑いながら、オスカーの後押しをした。
以前、息子が勇者となることを決意した時もそうだった。
幾ら実力があるとは言っても、命のやり取りをすることに変わりはない。
それでも多くの命が救えるかもしれない。
両種族の終わらない戦いに終止符を打てるかもしれない。
息子の強い意志を、彼は尊重したのだ。
「お前は確かに強い。俺が会ってきたどんな人よりも、だ。でも強すぎるせいで、逆に一人になっちまうことだってある」
「……」
「俺には力がない。だったらせめて、お前の帰る場所にはなってやらないとな」
親として引き止めることは出来る。
だが束縛することだけが、正しいとは思わない。
ザカンは自分なりに考えを示した。
その言葉を聞いて、オスカーはゆっくりと何度か呼吸をし、おもむろに席から立った。
「……分かった」
「どうするの?」
「今夜、ギルマス邸に乗り込む」
エイダに向けて、彼は簡潔にそう言った。
●
深夜、静まり返った王都の大通り。
そこを勇者メンバーの一人、格闘家のディアックが歩いていた。
彼は少しだけ酔っており、足取りも重い。
パーティーリーダーであるウィルズと共に、酒場で酒盛りをしていたためだ。
酔ったウィルズは、今も女を囲んで楽しんでいるが、ディアックは一旦頭を冷やすために外を歩くことにしたのだ。
気分転換、言わば小休止。
だが、彼の気分は晴れなかった。
「フィリアの奴……俺達に相談もなしに、勝手に王都外へ行くなんて……!」
原因の一つは、フィリアの事。
朝方にオスカーとのいざこざを仲裁した後、彼女は誰にも告げることなく、王都外へと出発したのだ。
理由はディアックも聞かされていない、完全な単独行動。
気弱な彼女にしては、今までにない独断専行ぶりだった。
ウィルズはその件を聞いて、非常に機嫌が悪くなっていた。
彼はフィリアに気があるらしいので、勝手に動かれることが、自分が軽視されているのではないかと考えたのだろう。
或いは、彼女がオスカーに肩入れしていると思っているのか。
酒場で女らとつるんでいるのも、その憂さ晴らしだ。
ディアックは色恋沙汰に興味がない故に、ようやくパーティーの足並みが揃っていないことに気付きつつあった。
「オスカーを除名してから、悪いことばかり起きる……。拳も振るわないし、一体どうなっているんだ……」
もう一つは、オスカーの除名。
元はと言えば、これが始まりだった。
デバフという不遇技を使う男の存在。
ディアックからすれば、冒険者が初歩で取り扱い、その命中率の低さに忘れていくもの。
最弱職と呼ばれるモノを恥ずかしげもなく振るう姿を、彼自身も見下していた。
だから追放を主張するウィルズに同意し、崖から突き落とすつもりで突き放した。
だがオスカーを追放して以降、戦いでは不調の一途を辿る。
先日の魔族との戦いについても、思った以上に捗らなかった。
満足に動けなかったのではない。
相手の装甲が硬く、動きも素早かったのだ。
ただの特殊個体と言い訳をしても意味がない。
魔族側が強くなっただけではない。
勇者側が弱くなっているのだ。
それが何を意味するのか。
認めたくはない。
認めたくはないが、認めざるを得ないのかもしれない。
「元はと言えばギルマスが、オスカーのデバフを過大評価だと言ったんだ。それにウィルズも、俺も同調して……クソッ……!」
ギルマスは王族出身。
勇者選抜にも大きく関わっているため、彼の言葉を鵜呑みにしたというのもある。
しかしこのままの状態では、魔王を倒す以前の話だ。
あまり言いたくはないが、激昂されるのを覚悟で、ウィルズに進言するべきだろう。
冷めつつある思考で、ディアックは溜め息交じりに結論付けた。
と、そこで前方の路地裏から妙な気配を感じた。
不思議に思い、気配を消して近づいてみる。
するとほんの一瞬、路地裏の奥に消えていく影が見えた。
剣を背負った青年と、幼い少女の後姿。
その二人に、ディアックは見覚えがあった。
「アイツらは……!?」
オスカーと、朝方連れていた青髪の少女だ。
一体、この夜中に何をしているのだろう。
どう見ても散歩とは違う雰囲気を感じる。
嫌な予感、不穏な気配。
ディアックは考えるよりも先に、彼らの後を追跡していた。