5.デバフ勇者は再会する
「さぁさぁ! 今ならお買い得! 質の良いものを揃えてるよ!」
「55番でお待ちのお客様ー! 商品をお渡ししまーす!」
王都の朝は早い。
オスカー達が街に出た頃には、既に多数の人々が往来していた。
地元の住人だけでなく、別の地区から来た観光客もいる。
取り立てて祭りや催しがある訳ではないが、ここ王都は流通の中心なこともあって、様々な品が揃っている。
それらを求めて、わざわざ訪れる人も多いということだ。
オスカーにとっては見慣れた光景だが、人と関わって来なかったエイダは違う。
あちこちを興味深そうに見渡している。
「これが、人族の暮らしなのね」
「珍しい?」
「気にはなるわ。でも、少しうるさいかも」
「まぁ、街中だし人も多いから、こればっかりは仕方ないかな」
亜人である彼女は、この喧騒に慣れていない。
察したオスカーも、人混みを避けて通るようにした。
全快したとは言っても、昨日まで瀕死の重傷だったのだ。
連れて歩くだけで、あまり無理をさせるつもりはない。
「何枚も服を着ている人達ばかり……変なの……」
そんな中でも、エイダは道行く人々を見回す。
何枚も服を着ている、という事が余程不可解なのだろう。
価値観の違い故に、その疑問にツッコんでも仕方ないので、彼は当初の目的を思い返す。
王都に潜んでいると思われる魔族の存在。
エイダを捕えて何を企んでいたのかは分からないが、今の所大きな動きはない。
敵が動き出す前に、何としてでも潜伏先を見つけなければならない。
「それにしても、どうやって手掛かりを掴むか。片っ端から人に聞いても、意味はなさそうだし……って、あれ?」
やはり手掛かりはエイダに、と思った所で気付く。
さっきまで後ろを付いてきた彼女が、何処にもいない。
人の波に連れ去られたのかと、辺りを見渡す。
寝間着という目立つ格好のお蔭もあって、直ぐに見つかった。
通りにある露店の食べ物を眺めている。
それだけならまだ良かったが、何も知らない彼女は、不意に手を伸ばそうとする。
当然それは、売られている商品である。
慌ててオスカーは駆け寄り、引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「え? なに?」
「ここの食べ物は、勝手に食べちゃいけないんだ。お金を出さないと」
「お金?」
「あー……えっと、こういうヤツだ」
説明に困ったので、現物を見せる。
持っていた革袋を広げ、数枚の硬貨を取り出す。
エイダはそれに目を引かれたようだった。
「綺麗ね」
「俺達は、これで色々なものと交換するんだ」
「食べるだけなのに、そんなことをするの? 何だか窮屈だわ」
「窮屈、か。そういう風には、考えたことがなかったなぁ」
そう言いつつ、買うことにする。
別に露店の食べ物位ならば、浪費しても何の問題もない。
困惑していた店主も納得したのか、引き笑いをしながらも売買に応じた。
所謂、串焼きである。
オスカーからそれを手渡されたエイダは、頷いてからパクパクと食べ始める。
一応、商品という定義を理解したようである。
「ふぅ……危うく食い逃げになる所だった。エイダから、目を離さないようにしないと」
ただ呑み込みは早く、人族の暮らしに拒否感を抱いている様子もない。
これならば、逐一教えるだけで大方の事は慣れそうではある。
それ程苦労はしないだろうと一息ついていると、串焼きを食べていたエイダから、妙な音が聞こえ始める。
見ると彼女は肉だけでなく串諸共、口の中に放り込んでいた。
「ボリボリボリ……」
「え、エイダ……その棒は食べる物じゃないぞ……」
「そうなの? 美味しくないと思ったわ」
首を傾げながら、ゴクリと呑み込む。
そんな様を見て、オスカーはまだ先が長そうだと悟った。
暫くの間は、そうやって街中を歩いていたが、騒ぎにはならなかった。
エイダは見た目だけは幼い少女なので、下手な真似をしなければ亜人とバレることはない。
寝間着についても、病気で少しの間だけ外の出ていると思われているようだ。
気になるのは、幼いながらも非常に整った容姿ゆえ、周りの目を引くくらいか。
彼女自身も、直感的に何かを悟っているのか、基本的に大人しかった。
珍しそうに視線を巡らせることはあるが、誰かに牙を向くことはない。
代わりに彼女は、道中にある屋台の食べ物を欲した。
甘いものから辛いものまで、好き嫌いなく指差す。
オスカーがそれを見て、取りあえず買い与えると、彼女は指を舐めながら平らげていった。
「何だか、エイダのグルメ巡りになっている気がする……」
小さな子供と一緒に、街中を遊び歩いている気分だ。
別に駄目とは言わないが、当初の目的を忘れそうになる。
照り付ける日差しを浴び、大通りを離れて一息ついていると、エイダがゆっくりとやって来た。
「どうかした?」
「あげるわ」
「……この揚げ物を?」
「えぇ。さっき、あの人から貰ったの」
どうやら気前のいい店主から、特別に分けてもらったらしい。
紙に包まれた揚げ物を、ずいっと渡してくる。
「食べ物を買うのに、お金を使っているんでしょう? 元は、あなたのモノの筈だから」
「もしかして、気にしてくれているのか? 大丈夫さ。これでもお金は結構持っている」
そう言って、革袋をジャラジャラと鳴らす。
既に除名された身だが、オスカーは勇者である。
魔族を倒した功績として、一応の額は受け取っていた。
無論それがピンハネされた額だとは彼は知らないし、彼女に金を使うことについても、気にも留めていない。
「乗り掛かった舟だ。最後まで面倒は見るし、エイダが気にする必要はないよ」
「そう。でも、あげるわ」
「えっ、でも」
「あげるわ」
更にずいっと、エイダは揚げ物を突き出してくる。
食に拘りのある彼女が、わざわざ渡してくれているのだ。
表情は読めないが感謝の気持ち、と捉えるべきなのか。
無碍にするのも悪く感じ、オスカーは微かに笑って受け取る。
「そうだな、頂くよ。ありがとう、エイダ」
「ん」
満足そうにエイダは頷き、彼の隣でもう一つの揚げ物を食べ始めた。
オスカーもゆっくりとそれを味わう。
ごく普通の庶民的な味だが、悪くはない。
ただ少し、飲料水が欲しい所だ。
などと思っていると、大通りの向こうが徐々に騒がしくなってくる。
湧き上がるような歓声が、二人の元まで届く。
「騒がしいわね」
「あれは……」
嫌な予感がした。
彼自身、何度も聞いたことのある民衆の声。
既に切り捨てられた相手と共にいた、かつてのパーティーのことを思い出す。
そしてそれを裏付けるように、人混みの隙間から見たくない男達の姿が見えてしまう。
「勇者パーティーのウィルズ様と、ディアック様だ!」
「昨日も、王都に攻め込む魔族を倒してくれたって話だぞ! 流石、勇者様達だ!」
聖騎士のジョブを持つ、勇者ウィルズ。
格闘家のジョブを持つ、勇者ディアック。
昨日魔族を倒したと聞いたので、その巡回に来ているのかもしれない。
驚喜の声を浴びる彼らは、とても誇らし気だった。
得も言われぬ感情が湧き上がったオスカーは、直ぐに視線を外そうとしたが、間の悪いことにウィルズと目が合ってしまった。
「うっ……!」
「どうしたの? 何か踏んずけた?」
「的確な表現ありがとう。ただ、アイツらに見つかると面倒なんだ。一旦、ここを離れよう」
会っても碌なことにならない。
厄介なことになる前に、この場を立ち去ろうとする。
「おい! 何処に行くんだ、オスカー!?」
しかし、そうはさせないのがウィルズだった。
わざわざ民衆の前で大声を張り上げて、オスカーを呼び止める。
「つれないなぁ。俺達に挨拶もなしかぁ?」
「……何か用か?」
「なぁに、ちょっと様子を見てやろうと思ってな。なぁ、ディアック?」
「あぁ。勇者を除名されたお前が、今何をしているのか気になってな」
除名させた当人たちが、そんなことを言ってのける。
嫌味なことは分かっていたので、視線は合わせずに答える。
「前と変わらない。攻めて来た魔族を倒した。それだけだ」
「あぁ。そんなことを兵士達が言っていたな。一体、どんな手品を使ったんだ?」
「何だって……?」
「骸骨姿の強大な魔族……あんなデマを広めるなんてな。何か卑劣な細工をしたんだろう?」
オスカーは耳を疑った。
まさか彼らは、昨日の魔族の一件を出任せだと思い込んでいるのか。
彼が斃した魔族の死骸は、兵士達が確認している筈だ。
だというのに、それすらもオスカーが用意した細工だとして信用していない。
そもそも認める気がないのかもしれない。
「無茶苦茶だ。仮にそんな細工をしていたとして、俺に何の得があるんだ?」
「決まってる。勇者の座に、どうしても戻りたいんだろう? だから功績を作りたくて、魔族の襲撃があったとでっち上げた。違うか?」
「……妄想もそこまで行くと、感心するよ」
「何だとッ!? 大体、お前一人であれだけの魔族を倒せる筈が……!」
余程、彼の活躍が認められないのだろう。
感情的な言い放っていると、途中でウィルズの視線が逸れる。
逸れた先にいたのは寝間着を着る幼い少女、エイダだった。
彼女はウィルズ達を見て、不可解そうな視線を送る。
すると彼らは堰を切ったように笑いだした。
「まさか、その子供と一緒に倒した、なんて言うんじゃないだろうな? おいおい、勘弁してくれよ。そんな妄言、誰が信じるって言うんだ? 幾らお前とパーティーを組みたい奴がいないからって、それは無理があり過ぎるぜ?」
一体、何を勘違いしているのか。
最早反論する気にもなれず、オスカーは深い溜息を吐く。
「はぁ……」
「何だか、変な人達ね」
「こうなることが分かっていたから、会いたくなかったんだ」
疲れたように言うと、双方を見比べていたエイダが、急に動き出した。
止める間もない。
つかつかと歩み寄り、恐れることなくウィルズ達を見上げる。
「あなた、本当に勇者なの?」
「勿論さ。偽物のソイツなんかとは、比べ物にならない。何て言ったって、俺は真の勇者だからな!」
「ふーん」
興味なさそうに返答した後、何回か鼻で嗅ぐような仕草をする。
それから少し不思議そうな顔をした。
「じゃあどうして、そんなに無理をしているの?」
「な……なな、何を言っているんだい? 俺が無理をしている? 勇者になることを? 幾ら小さい子だからって、そういう発言は見過ごせないなぁ」
ウィルズは引き攣った笑みを浮かべる。
続いてその手を、エイダの肩にポンと乗せた。
何をしようとしているのかは分からない。
躾のなっていない彼女に、言う事を聞かせようとしているのかもしれない。
「君はコイツのことを知らないんだ。何処の馬の骨とも分からない。それにソイツの親は、いつも貧乏でな。客も碌に来やしない、やぶ医者だ」
「お……おい、ウィルズ……!」
「良いんだよ、ディアック。本当の事じゃないか。君が着ている貧相な寝間着も、どうせソコで着せられたものなんだろ? 俺ならもっと、良い服を着せてあげられるぜ?」
しかし、今までどうにか堪えていたオスカーの堪忍袋が切れた。
「いい加減にしてくれ」
「なんだとッ!? 無能デバフの分際で……保護者面かッ!?」
「彼女は関係ない。お前達の態度に、そろそろ腹が立ってきただけだ」
彼らが血相を変えると、オスカーは剣に手を触れた。
「俺のことは幾ら言っても良い。でも父さんを悪く言うのだけは許せない。来いよ、ウィルズ。分からせてやる」
「貴族の俺にその発言……上等だ……! 後悔しても知らないぞ……!」
怒りに震えた彼らの手が、一斉に構えの態勢に移る。
周りの野次馬も、流石にどよめき始める。
エイダについては、事態が呑み込めずいるようだ。
止める者はいない。
張り詰めた空気が流れ、今にも戦いが始まろうとしたが。
「ちょ、ちょっと待って下さーいっ!」
聞き覚えのある別の声が響き、皆が視線をその方へと向ける。
野次馬の奥から、杖を持った金髪少女が現れた。
「アイツ……!」
「フィリア!?」
「往来での戦いは、許可されてない筈です! 双方、武器を収めて下さいっ……!」
騒ぎを聞きつけてきたのか、勇者パーティー最後の一人、フィリアが仲裁に入った。
杖を両手で強く握りしめて、声を振り絞っている。
引っ込み思案な彼女からすれば、かなり必死だった。
オスカーはそれを見て冷静さを取り戻し、剣を持っていた手の力を抜く。
ウィルズ達も、ようやく自分達が衆目の下にあることを思い出し、居心地の悪さに気付く。
「チッ! 行くぞ、ディアック!」
舌打ちをしたウィルズは、焦りながらディアックを呼び、その場を立ち去った。
野次馬も、それに乗じて散会していく。
張り詰めていた空気が、一気に飛散する。
オスカーはウィルズ達が去っていくのを見送っていたが、最後にフィリアと目が合った。
「ご……ごめんなさいっ!」
すると彼女は、申し訳なくなる位に何度も頭を下げる。
次いで民衆にも頭を下げてから、二人の後を追った。
何も言えないまま、オスカー達はその場に残される。
「あの金髪の人、良い人そうね」
「あぁ……俺も、頭に血が上ってたかも……」
「それに、さっきの二人よりも強いわ」
「……そうなのか?」
「エイダの勘」
いつもと変わらない様子で、エイダは言う。
やがてオスカーも困惑する民衆らに頭を下げ、彼女を連れてその場を立ち去った。
喧嘩を売られた側とはいっても、こんな衆目の場で買うべきではなかった。
ウィルズ達は勇者であり、オスカー自身も元勇者。
こんな有様では、勇者としての品格を疑われるだろう。
しかし、どうすれば良かったのかは分からない。
何処までも突っかかって来る彼らの発言を無視して、エイダを連れて延々と逃げるべきだったのか。
父まで罵倒される中、耐えるべきだったのか。
場所を移している最中、とにかく彼は巻き込んでしまったエイダに謝罪する。
「ごめん。ビックリしたよな?」
「別に大丈夫よ。あなたこそ、少し辛そうだわ」
「辛い? 俺が……?」
「そんな匂いがしたの。もしかして勇者って人は、無理をしている人ばかりなのかしら。ザカンも言っていたけれど、無茶は駄目なんでしょう?」
彼女は透き通った瞳で、オスカーを見つめた。
確かにザカンも、あまり一人で突っ走るなと警告した。
まさしく、先程の出来事を言っていたのだろう。
彼は少しだけ歩調を落した。
最初は捉えどころのない少女だと思っていたが、とても冷静で、思いやりのある人物だったようだ。
己の行動を反省しつつ歩いていると、不意に袖を引かれる。
「オスカー」
「……そうだな。俺も無茶をしていたのかも」
「ここ、覚えがあるわ」
「えっ」
話が噛み合わず視線を上げると、見慣れた建物が目の前にあった。
何度も立ち寄ったことのある大きな屋敷。
数日前にパーティー解散の件で直談判にいった、ギルドマスター邸だった。
「ここは、ギルマスの屋敷だけど……?」
「間違いないわ。微かだけど、エイダの血の匂いがする」
「えっ!? ま、まさか……な……?」
冗談かと思うオスカーだが、エイダの表情は真剣だった。
彼女の血の匂いがするという事は、それは暗に、彼女自身が捕らえられていた場所という事。
そしてギルドマスターの屋敷に魔族が潜んでいることを示している。
流石の彼も一度、唾を呑み込んだ。