14.デバフ勇者、信用を取り戻す
神官の報告を聞いて、フェーネラルは無人隔離室に足を踏み入れる。
オスカーも後を追うと、隔離室の前では警備員らしき者が重傷を負い、今も他の神官達の治療を受けていた。
暴徒のどさくさに紛れて襲撃されたのだろう。
既に開け放たれた部屋に入ってみると、内部はもぬけの殻だった。
隔離する対象を置く台座にも、ギンコの姿は見当たらない。
「一体、何があったのですか?」
「大司教様……! それが騒動の隙を突かれ、封印していた魔王が持ち去られたのです!」
台座には、ギンコを固定する仕掛けがあったようだ。
しかし相当な力で壊されたのか、今はその仕掛けごともぎ取られている。
オスカーは台座に近づき、注意深く辺りを見回す。
隔離室からの出口は、今通って来た一本道以外にない。
普通ならば襲撃犯の移動経路は、捕らえたギンコと共に来た道を戻る事になるのだが、フェーネラルは怪訝な表情のままだった。
「持ち去られた? 魔王を封印していた水晶は、複数人でなければ持ち運び出来ない程の重量があります。そんな状態で、あの者を運ぶことなど……」
「私達も正確なことが分からないのです。ただ、あの少年が魔王に触れた瞬間、忽然と姿を消して……」
あの少年。
そう言われてオスカー達は視線を向ける。
よく見ると倒れていた警備員に紛れて、一人の少年が同じように倒れ伏していた。
外傷はないが完全に気を失っている。
神官達に拘束されている辺り、少年も他の暴徒同様に操られていたらしい。
そして目撃者が言うには、ギンコは触れられた瞬間に姿を消した。
彼女の持つ透過能力ではない。
オスカーが放った弱体化のデバフは今も機能している感覚がある。
ならばどういう事か、彼は考えた末に呟く。
「空間転移……」
「!」
「単純に姿を消したのではなく、物理的な方法でもなさそうです。だとするなら、彼女を転移させるスキルを使ったと考えるべきです」
大修道院を守る結界は今も展開し続けている。
物理的に逃亡を行えば、必ず結界に引っ掛かる。
だが空間転移を利用すれば、探知されることなく望む場所に移動できるかもしれない。
思えば今回の襲撃も、それに似た手法を用いている可能性もあった。
「しかし、空間転移は莫大な魔力を必要とします。フィリア程の才覚ある者ならまだしも、あの少年にそこまでの事が出来るとは思えません」
オスカーの予測に対しても、フェーネラルは納得し切れていない。
空間転移は白魔導の中でも最上位の術式だ。
扱えるのは勇者に匹敵するレベルの実力者に限られる。
洗脳された少年が、おいそれと使えるものではないと言いたいのだろう。
オスカーは言い分を理解しながら、気を失っている少年に近づく。
何か手掛かりはないかと屈んでみると、そこで妙な物体を見つけた。
「ん? 何かを持っている?」
少年は何かを握りしめていた。
触れてみようとすると、その手から物体が転がり落ちる。
得体の知れない黒くて小さな箱だった。
赤いボタンが一つ付いているだけで、それ以外に目立ったものはない。
一体、このボタンは何を意味しているのだろう。
流石に不用心に押すのは躊躇われた。
「君、この箱は一体……」
「……」
「駄目、か」
少年は意味も分からず行動していただけに過ぎない。
仮に意識があったとしても明確な答えは帰って来ない。
取りあえずオスカーはその箱を手に取っておく。
直後、彼らの気配を察知して来たのだろう。
地下での戦いを終えたエイダが、小走りでやって来た。
「オスカー!」
「エイダ! 無事だったんだな! 怪我はないか!?」
「大丈夫。敵は倒したわ。でも、何かあったの?」
「あぁ、それが……」
エイダの無事を確認したオスカーは、事情を説明しようとする。
しかしその瞬間、周りにいた神官達が一斉に二人を取り囲んだ。
彼らの目は敵意に満ち溢れていた。
「オスカー・ヒルベルトを捕えろッ!」
「!?」
「やはり生かしてはならなかった! 大司教様暗殺と魔王結託の大罪で、お前達をこの場で断罪する!」
一斉に武器の切っ先を向けられ、エイダが思わずオスカーを庇う。
冷静に考えてみれば当然の事だった。
彼は今、王族並びに勇者殺害の容疑で追われている身。
この大修道院に囚われていたのも、一部の者しか知らない。
加えて勃発した暴徒の一件も合わせて、今回の犯人と疑われても仕方はなかった。
それでもオスカーは庇おうとするエイダの肩に触れ、自分から前に進み出る。
「……俺が事件を企てたって言うなら、それは間違いです。俺には皆を洗脳する術がないし、空間転移も扱えない。犯人は別にいる筈」
「そんな世迷言を誰が信じる! 王国での一連の事件からしても、お前達は行く先々で破滅を呼ぶ! パラミナ全体にも死を呼ぶかもしれん! ならば、今ここで貴様を討つ! そうすれば、きっと神々もお喜びになるだろう!」
言い掛かりではあるが、それを否定できるだけの証拠はない。
やはり、駄目なのか。
折角フィリアから工面してもらったというのに、脱獄した罰をこんな形で受ける事になるのか。
罪悪感が押し寄せ、無言のまま立ち尽くすしかない。
そして逃げ道となる一本道を視界に入れた瞬間、彼らに割って入る者が現れた。
「皆、静まりなさい」
「大司教様!?」
「この者は無実です。剣を降ろすのです」
大司教・フェーネラルだった。
全員が一斉に武器を向ける中で、彼だけが唯一オスカー達を擁護した。
それは決して情があったからでも、フィリアからの頼みがあったからでもない。
彼には二人が無実であるという確信があったのだ。
「彼らは暗殺犯ではありません。混乱の中、危機に瀕した私を救ってくれました。本当に暗殺犯であるなら、そんな絶好の機会を逃がす筈がありません」
「し、しかし……それすらも罠という可能性が……」
「仮にそうだとしても、です。私には人の心を読み取る読心術があります。そのような嘘で取り入ったとしても、直ぐに分かる。そして今の彼の発言には、嘘偽りは何一つありませんでした」
「ならばッ! この男も洗脳されているやもしれません! 洗脳状態であるなら、嘘偽りに関係なく行動できる……!」
神官達は未だに退かない。
今までのオスカーの風評が一つの意志となって流れを作り、意固地にさせてしまっている。
するとフェーネラルは一呼吸置いて、諭すように声を響かせた。
「言いたいことは、それだけですか?」
「……!?」
「今の答えは、始めの問答に戻ります。罠である仮説も、洗脳という仮説も、彼が敵である証明にはなりません。そして私は、彼に命を救われたという事実を信じたい」
疑惑や噂以上に、目の前で起きた事実を信じる。
神に仕える者以前に、人としてそれは道理であると告げた。
大司教相手にそこまで言われると、流石の神官達もそれ以上の反論は出来なかった。
「今はまだ混乱の最中です。信じ切れない者もいるでしょう。しかし、今ここで斬り捨ててしまえば、何も得ることが出来ません。敵の正体、狙い、そしてその先にある陰謀……きっとそれは、取り返しのつかない事態を引き起こす」
「だ、大司教様……」
「オスカー・ヒルベルトの処遇は、私達の目で見極めなければなりません。王国からの伝聞だけではなく、ありのままの真意を見定めるのです。それまでは、彼に剣を向ける事を許しません」
老齢だが威厳ある言葉が、全ての武器をゆっくりと降ろしていく。
これがかつて勇者として名を馳せ、栄華を極めた者の持つ権威なのだ。
続いてフェーネラルは右腕を挙げ、彼らに命ずる。
「他の者にも伝えなさい。彼は私を暗殺から救い、罪のない人々を守った。そして、彼が正しいか否かの判断は、この神都・パラミナで担うと」
「は、はい……!」
「危機は去りましたが、連れ去られた魔王の所在は未だ不明です。皆、警戒を怠らないように」
「畏まりました!」
堰を切ったように神官達は慌ただしく動き始める。
もうオスカー達に疑いの目を向ける者はいない。
二人はそこでようやく肩の力を抜いた。
しかし、本当にこれで良かったのだろうか。
オスカーは躊躇いながらもフェーネラルの方へと向き直る。
「宜しいのですか? 俺達のためにこんな事を……王国側に知れたらどうなるか……」
「しっかりと精査する、というだけです。元々、パラミナは中立の立場。フィリアだけではありません。貴方が信じてくれたように、今度は私が貴方を信じましょう」
「あ、ありがとうございます……!」
面と向かって信じると言われるとは思っていなかったので、思わず頭を下げる。
ここまで殆ど信用されなかった経緯もあって、戸惑ってしまう程だった。
傍にいたエイダは、とても嬉しそうに顔を綻ばせる。
「やったわ! 先代さんのお陰で、皆が信用してくれる! きっとザカンも喜ぶ! 良かったね、オスカー!」
「あ、あぁ……」
「どうかしたの?」
「いや、何て言えば良いんだろう……実感が湧かないんだ……」
彼は目の前で起きた事が信じ切れていない。
それも仕方ないのかもしれない。
今まで勇者として活動していく中で、真っ当な扱いは殆どされなかった。
逃亡し始めてからも、勇者としての立場を守るために商業都市で罪を被った。
同じ事を大修道院でもするのだと思っていた。
またエイダとザカンを連れ、逃げるしかないのだと思い込んでいた。
「今までずっと空回りばかりしてきたから、今度もきっと逃げるしかないんだって思ってた。だからかな、何だか不思議な気持ちなんだ」
「もしかして、温かい?」
「あぁ……とても……」
「多分それ、エイダは知ってるわ」
「え?」
「オスカーがアリアスから助けてくれた時、同じ気持ちだったから」
胸の内に起きる感情をエイダが代弁する。
温かな、自分は決して孤独ではないのだと分かった時の感覚。
かつてギルドマスターに拾われた時、そしてエイダやフィリアが仲間になった時にも、この感覚は確かにあった。
これが誰かに救われた時の思いなのか。
更に助言するように背後から意外な人物が現れる。
「それが優しさってヤツさ」
「父さん!?」
そこにいたのは、地下牢獄に閉じ込められていた筈のザカンだった。
騒動が収まって、心配になって抜け出してきたのだろうか。
彼の両手首に嵌った手錠が重い音を立てる。
一応、ある程度の事情は雰囲気で察しているようだ。
彼はオスカー達の肩を軽く叩き、それからフェーネラルに向けてゆっくりと頭を垂れた。
「先代勇者様、ありがとうございます。息子達を信じて頂いて」
「いえ、神に仕える者として出来る事をしたまでです。信じるものに救いを、きっと主神・ゲイル王もそう仰ることでしょう」
フェーネラルはやんわりと言う。
神々は決して真実を見間違えることはない。
例え少々立場が悪くなろうとも、グリム教を信仰する者として教えには背くことはないと言いたいのだろう。
対したザカンは、何とも言えない複雑な表情をするだけだった。
すると不意にエイダが思い出したように彼に問う。
「あれ? そう言えばザカン、どうやって出てきたの? 扉はオスカーが石化してたでしょう?」
「フッ、俺の薬草パーティーを甘く見るなよ? 騒ぎが収まったと思ったからな。心配だったから、試行錯誤してぶっ壊してきたのさ」
「石化を壊したの? ザカンって、もしかして強い?」
オスカーの石化は簡単に壊せるものではない。
薬草の調合でどうにか出来たなら、それは凄まじい力の筈である。
彼女からの疑問を受け、ザカンは視線を逸らして手錠を鳴らす。
何とも申し訳なさそうな様子。
誤魔化すつもりではなく、本当にバツが悪そうだった。
「いやぁ……ホントは調合ミスって爆発して、横の壁が崩れただけなんだけどな……」
「え?」
「スマン、やっちまったわ……」
と、いう訳である。
つまりは抜け出そうと無理に調合した結果、失敗して爆発しただけだ。
しかもオスカーの石化した扉ではなく、囲っていた壁の方が崩れたらしい。
所謂、自爆である。
「ちょ……! 父さん! 怪我は!?」
「ないない。そんなに心配するなっての」
全く問題ないように身振り手振りを重ねる。
よくそれで怪我一つなかったものである。
本当に怪我がない事を知ったオスカーは、小さく溜息をついた。
「……だから、ジッとしとけって言ったのに」
「はは、壁の修繕ならば此方で工面しますよ。そちらはご心配なく」
割ととんでもない事をされておきながらも、フェーネラルは寛容だった。
これが大司教なる者の貫禄なのかもしれない。
経緯を理解したエイダは少しだけ肩を落とす。
「ザカンもオスカーも、やっぱりガサツなのね?」
「うーむ。こればっかりは、返す言葉もねぇな」
「待ってくれ。俺まで巻き込むなら、蛇口を壊したエイダもそれなりだぞ」
「あれ、そう? じゃあ、皆でガサツなのね?」
何故か嬉しそうな彼女に対し、彼らはがっくりと肩を落とすだけだった。




