表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/130

4.デバフ勇者は振り回される

腹が減った、とエイダは呟いたので、何か良いものはないかとオスカーは家の中を探す。

すると、保存用の軽食が居間の棚から見つかった。

腹の足しになるかは分からないが、結構な量があるので差し出してみる。

少女はそれらを直ぐに両手に取り、ペロリと平らげる。

神秘的な容姿に反して、かなり豪快な食べ方だった。

食事の仕方を知らないような、野性的な一面すら感じられる。

満足した様子ではなかったが、彼女は空になった皿を、オスカーにゆっくりと戻した。


「美味しかったわ。あなた、良い人ね」

「そりゃどうも……」


少しは警戒を解いてくれたようだ。

これでやっと話し合いが出来そうだが、もう一つ重大な問題があった。

エイダの今の姿は、非常に際どい。

下着は履いているのだが、寝間着のボタンを全て外してしまっている。

というか、もう脱ごうとしている。

オスカーは目のやり場に困りながら、彼女を窘める。


「良い人認定してくれたついでに、ちゃんと服を着て、そこから出てきてくれないか?」

「……フク?」

「ほら、今着てるヤツ。今のままだと、色々マズいからな……」


エイダは自分の身体を見下ろした。

それから、不可解そうにオスカーと視線を合わせる。


「……?」

「いや、何言ってんだコイツ? みたいな反応しないでくれよ……俺がおかしいみたいじゃないか」

「だってこの服、着ずらいもの」


さらっと、とんでもないことを言ってのける。


「首の下からすっぽりで、慣れないの」

「普通の寝間着なんだけど……今まで君は、どんな生活をしてきたんだ?」

「肉を食べたわ」

「……」

「魚を食べたわ」

「……」

「野菜も食べたわ」

「服の話をしようか」

「この服は苦手よ?」

「そ、そうか……」


そこまで会話して、ようやくオスカーは気付く。

今までの言動からして、エイダは人間の生活に殆ど関わらなかったのだろう。

亜人という、特殊な種族故か。

精巧な服自体、見るのが初めてなのかもしれない。


「どうにもならないぞ、これ……」


頭を抱えたくなるオスカーを余所に、エイダは不意に着ている寝間着を嗅いだ。


「でもこの服、あなたと同じ匂いがする」

「も、もしかして……臭い……?」

「あの時、エイダを助けた人と同じ、草木の匂い。あなたが、エイダを助けてくれたのね」


嗅覚も人並み以上にあるのだろう。

無表情だが、動揺するオスカーを真っすぐに見つめる。


「ありがとう。好きよ」

「え!?」

「好きよ、この匂い。安心するわ」

「あぁ……そういう……」


一瞬焦るオスカーだが、言葉の意図を理解してホッとする。

取りあえずもう一度風呂に入ろう、と思っていると、病室に新しい気配がやって来る。


「何だ、元気そうじゃないか。声がこっちにまで、聞こえて来たぜ?」


ザカンもようやく目が覚めたようで、背伸びをしながら室内に入ってくる。

二人の声から大事ないことを悟り、割と陽気な態度を見せる。

しかし目の前にあったのは、服のはだけた少女と、それに迫る息子の姿。

一瞬の間の後、彼は少し青ざめた。


「オスカー……いくら勇者をクビになってムシャクシャしたからって、これは……」

「違うって! 勝手に脱ごうとしてるんだよ、一緒に止めてくれよ!」


オスカーはツッコミを入れつつ、場の収拾に努めた。

事情を説明して、今の状況を伝える。

そうして双方の納得を得た後は、裸族になろうとするエイダに服を着させた。

このまま街中に出てしまうと、普通に逮捕される。

丁寧に説明すると、エイダは渋々な様子で、寝間着をしっかりと着こなした。

割と人間の生活様式にも理解はあるようだった。


それからは居間に案内し、机を囲んで話し合いができる状況を整える。

椅子を用意すると、エイダはその上で体育座りをした。

見るからに座り方を理解していない、そんな様子だった。


「そんな訳で、俺はザカン。コイツ、オスカーの父親だ。よろしく頼むぜ」

「……父?」

「似てないか? まぁ、血は繋がってないからなぁ。でも俺達は、ちゃんとした家族なのさ」

「ふぅん。珍しいのね」


さして興味なさそうに答える。

若しくは意図的にその話から遠ざかりたいのか。

彼女は続けて、自分の身の上を語り始める。


「エイダよ。助けてくれて、ありがとう。あなた達がいなかったら、きっと死んでいたわ」

「なぁに、良いってことよ」

「……あなた達、怖くないの? エイダは亜人。人族は、亜人を嫌うって聞いたわ」

「亜人って言ってもなぁ。敵意があるわけでもないし……なぁ、オスカー?」

「うん。始めて俺を見た時も、襲い掛からずに様子を窺ってた。出来るなら戦いたくない、っていう雰囲気を感じたんだ。だから、君とは話ができると思っていた」

「勇者なのに?」

「もう勇者じゃないけど……俺だって、出来ることなら魔族とは戦いたくないんだ。救える命があるなら救いたい。話し合いで解決できるなら、その方が良いに決まってる」


既にエイダには、先程の会話でオスカーの正体を知られている。

魔族の王、魔王を倒せる限られた人間。

それを聞いた上で、彼女は冷静な態度を崩さなかった。


「人族のこと、詳しく知らなかったけど、良い人もいたのね」

「はっはっは! そりゃ、自慢の息子だからな! 良いに決まってるぜ!」

「……父さん、うるさい」


恥ずかしいことを言うザカンをいなしつつ、オスカーは考える。

思った以上に、エイダは思慮深い少女だった。

もしかしたら襲われた時のことも、何か覚えているかもしれない。

強襲した得体の知れない魔族。

囚われていた亜人の少女。

今回の一件は、言い表せない不可解な点が多すぎる。


「今の内に聞いておくけど、一体何があったんだ?」

「良く、分からないわ。いつも通り、森で色々食べていたの」

「食べまくりだな、君」

「でも突然捕まって、暗い所で言う事を聞けって命令されたの。嫌がったら、赤黒い変な首輪をつけられたわ」


エイダは何もない自分の首元を、指でなぞった。


「その首輪、痛かった。それに、考えていることも、段々ボンヤリしてきて。だからこのままじゃ駄目って思って、首輪を壊して逃げたの」

「赤黒い首輪……もしかして洗脳の……?」

「知ってるのか、オスカー?」

「黒魔導で造られる、非合法な装飾品だ。前に捕まった奴隷商人が、それと似たようなものを持っているのを見たことがある。でもあの首輪は、人の手で造られる品の筈……」


つまりは魔族が、エイダを洗脳するために人の装飾品を使ったということだ。

一体何処からそんなものを手に入れたのだろう。

魔族側に、それだけの技術があるとは思えない。


「エイダ。傷ついた君を追って、骸骨姿の魔族が現れたんだ。心当たりはないか?」

「多分、エイダを捕まえてた魔族ね」

「やっぱり……一体、何処に捕まっていたんだ? まさか、この近くに?」

「逃げるのに精一杯で、覚えてないわ。ただ……」


一旦言葉を区切って、エイダは周りを見渡す。

近くにあった窓を見つめ、外の町並み、そして往来する人々を眺めた。


「多分、この周りの何処か」

「おいおい……それじゃあ何か? 王都に、魔族が潜んでいるって言うのか?」


ザカンも慌てふためく。

そもそも昨日の魔族襲撃ですら王都的には初めてのことで、当然王都内は一定以上の安全が確保されている、という思い込みがあった。

まさか既に魔族が潜入し、機会を窺っていたとは。

オスカーはおもむろに椅子から立ち上がる。


「お前、まさか……」

「ちょっと、王都内を調べてみる。嫌な予感がするんだ」


下手をすれば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。

元勇者の勘が彼を突き動かす。

するとエイダも、颯爽と椅子から飛び降りた。


「エイダも行くわ」

「……良いのか? 昨日の今日だぞ?」

「怪我なら大丈夫。もう治ったから」


エイダはその場でぴょんぴょんと軽く飛び、完治したことを示す。

魔族という枠に入れても、彼女の自然治癒は突出しているように思えた。


「エイダは亜人だけど、魔族の味方でもないの。人族でも魔族でもない。ただ、また捕まるのは嫌だから」


人族だけでなく、魔族ともあまり関わって来なかったのか。

ただ降りかかる火の粉は払う、というスタンスらしい。

見る限り動くことも問題なく、彼女を町に連れ出せば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。


「分かった。じゃあ、一つだけ」

「なに?」

「服を着替えよう。寝間着じゃなくて、外に出ても不審がられない程度の服に」

「やだ」

「やだ、じゃない」

「むぅ」

「まぁまぁ、オスカー。元々この子は、着るのに慣れてなかったんだ。そりゃあ、周りからの目もあるけど、これなら病人か何かと思われるだけだ。今はこの服をしっかり着てくれているんだし、暫くはこのままで良いだろ」

「あなた、良い人ね」

「ふっふっふ。そう言われると、悪い気はしねぇな」


腕を組んで頷くザカン。

年長者にそう言われると、オスカーも従わざるを得ない。


「仕方ないなぁ」

「オスカーも、あまり無茶するなよ? どれだけ強くても、お前はまだ子供なんだからな」

「分かってるって。ていうか、俺はもう子供じゃないよ」

「いやいや、普通に子供だろう? とにかく、一人で突っ走るなよ? 良いな?」


それでもって、父からすれば息子はまだまだ未熟らしい。

やたら心配する彼に何度か頷き、オスカーはエイダを連れて街中へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >魔族の王、魔王を倒せる限られた人間。 連載版が短編ラストの勇者決定トーナメントの続きとすると、 勇者は特別な力を持つ者でなく、単なる強者ってことでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ