2.デバフ勇者は出掛けたい
勇者の一人が除名されたことで、忽ち何かが変わった訳ではない。
ただ、平民出身だったオスカーの名声は地に落ちた。
後ろで縮こまっているだけの卑怯者。
追放と同時に、王都全域で大々的に発表されたこともあって、民衆からは安堵と失望の感情が広がっていく。
そんな中、追放された当人であるオスカーはと言うと。
「俺が一体、何をしたって言うんだ……」
彼の実家、王都の外れにある診療所でかなり落ち込んでいた。
整理整頓された居間で、頭を抱える。
勇者をクビになったのは勿論だが、嘲笑するウィルズ達の顔を思い出しただけで、やる気が根こそぎ奪われていく。
「結局、俺は勇者に向いていなかった、ってことなのかな」
オスカーは、溜め息交じりに項垂れる。
すると、そんな彼の様子を窺う者がいた。
この診療所兼薬草売りの店主である、オスカーの父、ザカンだ。
役職に似合わず、勇者のオスカー以上に筋肉質な体格をした白髪男性である。
そんな彼だが、あまり見ない息子の姿に少々動揺が隠せない様子だった。
「ど、どうしたんだオスカー!? それにさっきの発表! 一体何があったんだ!?」
ツッコミを受け、オスカーはもう一回、深いため息をついた。
隠す意味もないので、今までの経緯を父に話すことにする。
「本当なのか……? リーダーだけじゃなくて、ギルマスまで……?」
「……デバフは、無能で使い物にならないんだってさ」
「んなわきゃねぇだろ! 俺の息子が無能だってぇ!? ふざけた事言いやがる! 俺が一言、言いに行ってやる!」
「もういいよ、父さん。どれだけ弁明しても、誰も聞いてくれなかった。行った所で、どうせ門前払いだ」
ザカンは激怒したが、殴り込みにいかねないので、オスカーが押し留める。
ギルマスが最終決定を下し、王族らに申し出た時点で、どうすることも出来ない。
今更主張しても、適当に受け流されるだけだ。
そうまでして、パーティーに留まる意味もないだろう。
そんなオスカーの心情を煽るように、診療所の前を通り掛かった通行人達が、不意に指を差しながら囁く。
「見ろよ。ここが勇者パーティーをクビになったっていう……」
「元々、平民上がりだからおかしいと思っていたんだ……。大方、ギルドマスターに取り入って……」
何かを思うより先に、地獄耳のザカンが診療所を飛び出した。
驚く通行人らに向かって、好戦的な態度で反論する。
「お前ら! 言いたいことがあるなら、面と向かって言いな! 俺が相手してやる!」
「ちょ……! 父さん、俺は大丈夫だって!」
「大丈夫だぁ!? お前は悔しくないのか!? あんな事言われて!」
「悔しいけど、父さんを巻き込んでも仕方ないんだ! だから落ち着けってば!」
「はぁ……ったく、しょうがねぇなぁ……」
後から追い付いた息子の説得で、ザカンはポリポリと頭を掻いて、矛を収める。
オスカーとしては、怒ってくれたことに感謝こそすれ、あまり事を荒立てたくないというのが本音だった。
今までの過重労働や無給についても、彼は父に相談していない。
これ以上、自分のせいで家族に迷惑をかける訳にはいかないのだ。
そそくさと逃げていく通行人を尻目に、二人はもう一度診療所に引っ込んだ。
「で? 納得いかずにムシャクシャしてたって訳か」
「別にそんな事は……」
「不満アリアリじゃないか」
「う……」
「いっその事、俺の家業を継ぐか? 何も勇者に拘る必要もないだろ?」
ザカンは、そう提案する。
元々、デバフとしての力を見込まれなければ就いていた職だ。
今までの事はなかったものとして、一からやり直すのも悪くはないだろう。
オスカーは腕を組んで、瞼を閉じた。
勇者として活動した頃の記憶が甦る。
確かにウィルズ達の態度は悪く、それに関して良い思い出はなかった。
しかし、魔族に襲われた村や街を守り、人々から感謝されたのも確かだ。
オスカーは傍らに置いてあった剣を一瞥し、首を振った。
「でも剣を持つのを止めたら、それだけ周りに被害が出るかもしれない。俺が辞めても辞めなくても、魔族の侵攻は止まらない」
「……」
「父さんも知ってるだろ? 俺は元々、デバフしか使えない劣等生だった。そんな俺を引き上げてくれたのが、ギルマスだった。あの人がいなかったら、俺は今でも後ろ指を差されて、意味のない生活を送っていたと思う」
今回の追放は、ギルマスの一声が原因。
それでもオスカーを導いたのは、他ならぬ彼だった。
勇者であること以前に、自分に価値があると教えてくれた数少ない人物でもあった。
「ギルマスは言ったんだ。力を持つ者には、それを振るうべき場所と責任があるって。その時、思ったんだ。こんな、デバフしか使えないような、どうしようもない俺でも、誰かの役に立てるんじゃないかって。追放されようが、関係ない。やっぱり俺は、俺の力を信じたい」
周りから責められたからといって、一度抱いた夢を捨てることは出来ない。
そうしなければ、本当に自分は、どうしようもない男になってしまう。
オスカーがそう言うと、聞き終えたザカンは笑みを浮かべた。
「フフフ……」
「?」
「オスカーも言うようになったな! それでこそ、勇者ってヤツだ!」
「……相変わらず、暑苦しいなぁ」
「おうおう、つれねぇなぁ、反抗期か? 父さん泣けちゃうぜ。昔はあんなに……」
「ガキの頃の話は良いだろ……」
「今だって、十分ガキなんだがなぁ。まぁ、しゃーない。今夜は新たな勇者誕生を祝って、薬草パーティーとしゃれ込もうか! 栄養あるものばかりで作ってやるから、覚悟しとけ! 何か食った方が、気持ちもリフレッシュできるからな!」
真剣なのか、茶化しているのか。
未だに子ども扱いする父に頭を悩ませつつも、陰気な気分は幾分か晴れていた。
直後、来客がやって来たようで、玄関のベルが鳴り響く。
居間を後にする父の姿を目で追いつつ、オスカーは一回深呼吸した。
「やっぱり……落ち込んでる場合じゃないよな」
勇者としての責任は果たす。
けれども今日は久しぶりに、ぐっすり眠ろう。
オスカーは傍らの剣を持ち、自室へと向かった。
●
その日の夜。
何の前触れもなく、王都に向けて魔族の群れが侵攻した。
数は数十体、狼型の凶暴な魔族である。
監視していた兵士達の警報によって、王都内は直ぐに警戒態勢へと移行した。
だが丁度良い所に、今の王都には勇者パーティーが滞在していた。
熟練の冒険者でも手を焼く相手に、自分達の実力を見せつけるため、意気揚々とウィルズ達は迎え撃つ、筈だった。
「おいッ! 全然攻撃が通らないぞ!」
普段なら一刀両断、一撃必殺。
そんな彼らの攻撃は、見るからに威力落ちしていた。
何度か叩き込んで、ようやく魔族を一体倒せるという程度。
かつて無双を誇っていたパーティーとは、明らかにかけ離れている。
「こっちもだ! 昨日まで勝てた相手に、何でここまで苦戦するんだ!?」
誰かが答えるよりも先に、複数体の魔族が火球を放つ。
善戦していたウィルズはどうにか宝石剣で防御するも防ぎ切れず、火傷を負ってしまう。
「ぐうッ!? く、クソッ! 弱小魔族風情がッ……!」
苦しい表情を滲ませながら攻撃を続ける。
彼らも、勇者の名を持つ者だ。
相手を罵りながらも、襲い掛かる魔族を掃討していく。
だが今まで楽勝だった相手に、ここまで苦戦を強いられることに、苛立ちを隠せない。
ウィルズは火球によって肌を焼かれ、ディアックも掠り傷が至る所に刻まれている。
「ハァッ、ハァッ……! フィリア! さっさと、俺達を回復しろ!」
「は……はいっ……!」
唯一の後方支援担当であるフィリアが、杖を振るって二人の回復に努めた。
彼女の治癒能力は、人族の間でも随一を誇る。
あっという間に、二人の傷を完治させる。
しかし、彼らの手傷が増えたという事は、それだけ治癒が必要になるという事。
フィリアに掛かる負担も、今までとは比になっていない。
そんなことを知ってか知らずか、ウィルズは魔族の討伐を確認すると共に、感情に任せて持っていた宝石剣を地面に突き刺した。
「俺がこんな奴らに圧されただって? そんな筈がない! きっと、調子が悪かっただけだ! そうに決まってる!」
一応は勝った。
勝ったのだが、後方で見ていた王都の兵士達は、互いに顔を見合わせる。
「ど、どうしたんだ、勇者様達は?」
「動きも戦い方も、いつもと変わらない筈なのに……」
「今日は不調だっただけだって、気にし過ぎだろ。勝ったんだから、良いじゃないか」
不安そうな声を上げる者、楽観的な考えを持つ者。
勇者の戦い方に、様々な憶測が飛び交う。
そんな皆の言葉を小耳に挟んだフィリアは、立ち竦むウィルズ達に恐る恐る声を掛ける。
「あ……あの……」
「何だ!?」
「やっぱり……その……オスカーさんがいないと……」
「は、はぁ……!?」
オスカーを呼び戻そう。
そう言わんばかりのフィリアの提案に、元々苛立っていたウィルズは、目を見開いた。
「まさか、アイツがいなかったから苦戦したとでも言うのか!?」
「……」
「馬鹿なことを言うなッ! それじゃあまるで、俺達が実力不足だったかのようじゃあないか! なぁ、ディアック!」
「あぁ、そんな訳がない! アイツがいたら、もっと手間取っていた筈だ! フィリア、そう言うお前こそ、手を抜いていたんじゃないか……!?」
「そ……そんな……」
二人から非難され、気弱なフィリアは口を噤んでしまう。
それ以上は何も言わなかったが、パーティー内に一つの疑念が生まれる。
やはりオスカーの実力は確かで、なくてはならない存在だったのではないかと。
ウィルズは舌打ちをして、地に視線を降ろす。
「認めるか! ギルマスだって、ああ言っていたんだ! オスカーの力は、勇者として不適格だってな! あんな奴がいなくても、俺達は戦える! 俺達は強い……! 間違っている筈がない……!」
あの男を認める。
そんなことは断じて許してはならない。
言い聞かせるように放つ彼の言葉は、夜の冷たい風に吹かれていった。