11.抱く覚悟
「クッ……フフフ……! アッハッハッハッ!」
オスカーが姿を現したことに不意を突かれるも、次第に四宝・ラヴァトゥーラは笑い声を上げ始めた。
探していた怨敵を見つけた事への歓喜。
そして無謀にも目の前に現れた事への嘲笑。
愚かと言わんばかりに、紅蓮の翼を広げる。
「エスゼリク様の危惧した通りではある! しかしまさか、これ程までにノコノコと、この四宝の一つ、ラヴァトゥーラの前に現れるとはな!」
羽の先から放たれた火の粉が、周囲に降り注ぐ。
一つ一つに確かな魔力が感じられ、オスカーは抱いていたケット・シーを庇う。
そんな様子を見て、他の魔族達も動揺を抑え切れないようだった。
「勇者!? まさか、本当に生き延びていたのか!?」
「そんな馬鹿な……! 有り得ない……!」
彼らは勇者が生き残っているとは思っていなかった。
わざわざ魔族の領土に隠れ潜んでいるなど、眉唾物だと考えていたのだろう。
戦いの予兆が不意に現れ、全員が戦闘態勢を取り切れない。
しかし、オスカーが先に仕掛けることはない。
ただ結晶化した母親ケット・シーを見て、もう一度視線を四宝へと戻した。
「魔将の手下っていうのは、平気で同族を切り捨てるのか」
「黙れ! 人族如きに、我々の意志を否定する権利などない! お前達! 奴を取り囲むのだ!」
自身が行った所業を咎められ、ラヴァトゥーラは激昂する。
今にも突撃せんといった勢いで、周りの魔族達に先陣を切らせようとする。
瞬間、オスカーは予備動作なしにデバフを行使した。
零魔圏、魔を絶つデバフである。
狙いは四宝ではない。
それにより、母親ケット・シーを固定化させていた結晶が消滅する。
魔族達が目を見張る中、彼女が意識を取り戻すとともに、オスカーは抱いていた幼いケット・シーを手放した。
家族の元へ行けと言うように。
「っ!? い、一体何が……!?」
「お母さんっ!」
駆け寄る我が子を、母親がしっかりと抱き締める。
とはいえ、彼女はもう少し考えて行動するべきだっただろう。
幾ら敬愛する魔王を貶されたとしても、家族を目の前で傷つけられるなど、幼い子供には耐えられない事。
更に、それは自分自身にも言える事だ。
彼がそう思っていると、物理的な熱気が漂ってくる。
封じていた結晶化を解除され、ラヴァトゥーラの視線は増々鋭くなっていた。
「何をしている!? 早く魔力を込めて、奴を滅ぼすのだ!」
「で、出来ません……!」
「何ッ!?」
「魔力が全て、奪われました!」
既に魔族達は魔力を捻出しようとした。
しかしそれは叶わない。
既に先程のデバフによって、周囲の魔力を全て狩り取られたからだ。
最早、魔力による攻撃は行えない。
勇者として在るだけの、圧倒的な力を皆が自覚せざるを得ない。
だが、やはり負荷が掛かるようだ。
たった一回のデバフで、オスカーは身体への僅かな倦怠感を抱く。
これが生き延びた代償。
この先は、どのデバフを行使するべきか、慎重に動かなければならなかった。
「このッ! 良い気になるなよ、人間風情が……!」
唯一、零式の影響下に居なかったラヴァトゥーラが動き出す。
そこから感じられるのは怨恨。
決して自分本位な感情ではない。
魔族として人族という存在を憎む、種族としての敵愾心。
人族の筆頭である勇者に対する殺意。
その全てを残っていた魔力に乗せ、炎に置換し、彼の姿を強く照らす。
「貴様は所詮、神の傀儡! 道理もなく我々同志の命を奪ってきた! その罪は、その業は、決して許される事ではない! 貴様のような穢れた生命は、煉獄の果てで焼かれるべきなのだ!」
「確かに俺は、今まで勇者として多くの魔族を倒してきた。そこに間違いはない。でも……」
オスカーが目を逸らすことはない。
真っ向から空に浮かぶ四宝を見返す。
「俺は、後悔しない」
「何だとッ!?」
「これは戦いだ。俺達が倒れたら、それだけ多くの命が危険になる。そういう戦いだった。だから悼むことはあっても、後悔だけは絶対にしない」
ラヴァトゥーラの指摘は、彼がとうの昔に割り切った話だった。
勇者として人族を守るという事は、攻め入る魔族達を倒すという事。
命を奪う以外のものはない。
その点で言えば、彼は確かに殺戮者なのだろう。
しかし、誰かがやらなければならない。
やらなければ、それだけ罪のない人々の命が奪われる。
だからこそ彼は、それこそが自分に出来る業だと悟り、戦場に立つ決意を抱いたのだ。
「偽善者め! 今、この場にそんな理屈は通じない! 意味などない! 何故なら、貴様の周りに同種の人族はいない! 守るべきものなど、何一つないのだからなッ!」
彼の意志を否定するように、ラヴァトゥーラは溜め込んでいた炎を頭上に掲げる。
球体状に炎を固定化させ、そのまま悪しき勇者・オスカーに向けて放出する。
凄まじい熱力だった。
触れれば消し炭になりかねない紅蓮の業火が、一気に押し寄せる。
ゆっくりとオスカーは身構えるが、眼前に迫るより先に、それは目の前で飛散した。
あれだけの火の渦が、何事もなかったかのように消滅する。
「なッ!?」
「守るべきものならあるわ。わたしにだって」
オスカーを庇うように、新たな姿が浮かび上がる。
現れたのは、共にここまでやって来たエイダだった。
彼と同じように、最早見ているだけでは耐えられなくなったのだろう。
僅かな風が、その周りを取り巻く。
彼女は片腕を振るうだけで、先程の炎を掻き消したのだ。
「エイダ……」
「何もしないでって、言った筈よ。わたしが、全部片づけるから」
背を向けたまま、エイダは答える。
これ以上は手を出さないでほしい。
言葉の端々から、その思いや重圧がありありと感じられる。
それが今、彼女が背負おうとしている業なのか。
オスカーが何も言えないでいると、周囲の魔族が驚きの声を上げる。
「おい……あの女は間違いない! 竜人だ!」
「竜族の亜人だっていう……あの……!?」
既に彼女は人族の側で何度も戦ってきた。
竜人のことを知っていても不思議ではない。
或いはエスゼリクが、その正体を明かしたのかもしれない。
新たな標的が現れ、そして渾身の力を薙ぎ払われた事で、ラヴァトゥーラは怒りのままに全身を震わせた。
「揃いも揃って、我々の前に現れるとはッ……! 愚かな奴らめ! こうなれば、このラヴァトゥーラが手ずから、貴様達を始末してくれる!」
瞬間、その姿から炎が迸る。
自らの全身を呑み込み、金色の輝きを放ち始める。
まるで鳳凰の身体を模すように、炎が形を得たような姿だった。
必殺の予感を抱き、周りの魔族達が動揺しながらも一斉に後退し始める。
「……形態が変化した?」
「あの人の力を感じるわ」
エイダが変わり果てた姿を睨む。
これは最早、ラヴァトゥーラ自身の力ではない。
魔将・エスゼリクによって与えられた力が、強い影響を示しているようだ。
魔族という種ですらない、炎そのものの具現化。
既視感を抱く彼女だけでなく、オスカーにもその変貌は理解できた。
「魔力が通じない事は分かった! ならば圧倒的な物理で貴様達を押し潰すのみ! 我が四宝の力を受け、砕け散るが良いッ!」
気付いていないのは、四宝自身だけなのか。
僅かに上昇した後、炎の化身は一気に急降下した。
鋭い嘴を先端に、二人を貫かんと飛来する。
魔将の力を上乗せした物理的な威力は、恐らく城壁すら粉砕するだろう。
しかし、それを前にしてもエイダが引くことはなかった。
ただひたすらに、冷静に右手を持ち上げる。
直後、手中に蒼い炎が宿り、結界を作るように辺りへ広がった。
「竜焔葬」
「なッ! にぃッ!?」
一見ただ僅かな火が覆っただけの、蒼炎の結界。
しかしそれだけの事で、ラヴァトゥーラの進撃は止まった。
全霊を込めた一撃が、不意に生み出した弱火と拮抗する。
そこには根底の、地力の差が現れているように見えた。
俯きながらも、右手を掲げていた彼女は告げる。
「逃げるなら見逃しても良かった。でも向かってくるなら、奪おうとするなら、絶対に容赦しない」
蒼炎が揺らめく。
そして一気に伝播するように、弱火から猛火へと変貌した。
金色を放っていた四宝の力を瞬く間に塗り替える。
炎そのものである筈のラヴァトゥーラの突撃すら押し退けていく。
「ば、馬鹿な……」
ラヴァトゥーラも、目の前で起きている事実に理解が及ばないようだった。
理解するよりも先に、視界が蒼い炎に呑み込まれていく。
弾き飛ばされていく。
自身の身体が威力を失っていると気付いた時には、既に蒼炎は一つの光線のように形を変え、一直線に貫いていた。
「ウオオオォォォッッッ!!?」
衝撃波が辺りに響き渡る。
ラヴァトゥーラは驚愕の声を上げたまま、空に打ち上げられた蒼炎に巻き込まれた。
より強大な力に吹き飛ばされ、なす術はなかった。
上空へと上昇した炎の光線は、そのまま前触れなく爆散する。
欠片も残さない。
蒼い火の粉ばかりが地上に降り立ち、静寂ばかりが訪れる。
他の魔族達が言葉を失う中、エイダはゆっくりと片腕を降ろした。
手中からは、燻ぶった煙が僅かに狼煙を上げている。
オスカーも、今までにない彼女の力を見て驚きを隠せなかった。
「これが、成長した君の力なのか……」
「わたしは、あの人を倒す。倒さなくちゃ、いけないから」
エイダは背を向けたままだった。
これが父であるエスゼリクを打倒するために、力を増した結果だ。
確かに幼い姿の頃よりは、より一層強力になっている。
四宝を容易く蹴散らし、魔将にすら手が届く程かもしれない。
だが、そこに晴れ晴れとした様子はない。
力を手に入れる代わりに、今まで持ち合わせていた心の余裕を無くしてしまったように見えていた。
ただ、ひたすらに力を求める。
その言動に危うさがある事を、オスカーは気付きつつあった。
するとエイダが煙を上げていた右手を再度持ち上げ、彼を庇う。
「オスカー、下がって」
「!?」
迫り寄る気配に気付き、オスカーは前方を見る。
ラヴァトゥーラの配下、残された魔族達が、怯えた様子で二人を取り囲もうとしていた。




