1.デバフ勇者は煽られる
「オスカー、お前はもう俺達のパーティーに必要ない」
「な……!」
開口一番、リーダー格の青年ウィルズにそう言われ、オスカーは素っ頓狂な声を上げる。
今、まさに魔族との戦いを終えて、全員で宿に帰ってきたばかり。
更に言えば、オスカーは戦闘で傷を負った状況から、回復したばかりなのだ。
そんな中での追放宣言。
無慈悲な声は、やけに響いた気がした。
「き、急に何言ってるんだ?」
「急でも何でもない。元々思ってたことだ。なぁ、ディアック?」
「あぁ。大体お前が勇者として選ばれたことが、そもそも間違っていたんだよ」
騎士姿のウィルズだけでなく、格闘着に身を包んだ大男、ディアックも同調する。
彼らは同じ勇者パーティーのメンバーで、共に戦ってきた仲だ。
しかし、今の彼らの姿はオスカーと違って、小綺麗に収まっている。
加えて二人の視線には、明らかに差別や侮蔑の感情が現れていた。
「俺が何を間違えたって……」
「まだ分からないのか!? お前のスキルは頼りないって言ってるんだよ! 後ろに下がってデバフ打ってるだけで、何の役にも立ってない! 前衛に出て傷を負うのはいつも俺とディアックだ! お前、俺達の気持ちを考えたことがあるのか!?」
「ま、待ってくれ! 俺は後衛でしっかり支援して……」
「何!? この期に及んで、そんな生意気を言いやがるのか!?」
オスカーが慌てて弁明するも、ウィルズは怒声を放つ。
まるで自分達が正しいと言わんばかりの態度である。
そして、そうさせているのはオスカーのスキル。
相手のステータスに異常を与える、デバフにあるようだった。
彼は勇者として、今までパーティーが戦線を維持できるように、様々なデバフを掛けて支援し続けてきた。
相手の物理的攻撃を下げたり、魔法の威力を下げたり、状態異常を引き起こしたり。
殺傷力は皆無だが、相手の力を大幅に下げることが出来る。
しかし、彼らにはその実感がなかったのか。
いや、そんな筈はない。
今まで魔族が放ってきた強烈な一撃を、掠り傷程度に抑えられたのは、パーティーとして互いに協力していたからこそだ。
前線で戦っていたウィルズ達が、それを理解していない訳がない。
「よせよ、ウィルズ。こんな臆病者に何を言っても無駄だ。自分が無能だったことにも、気付けない位なんだからな」
「ディアック……お前までそんなことを……」
「この際だからハッキリ言う。デバフは所詮、冒険者でも初歩で覚えるような最弱スキルだ。言ってしまえば子供騙し。そんなんじゃ、俺達の背中を預ける訳にはいかないんだよ」
「本気なのか? 魔王を倒すために、今まで一緒に勇者としてやって来たじゃないか!」
「そう思っていたのはお前だけさ。大体デバフは『三重苦』の欠点があっただろ。まぁ、お前は何かインチキをして、ここまでのし上がってきたみたいだがな。それにデバフ掛けるよりも、先に殴って倒した方が早いし、結局は時間の無駄なんだよ」
最早、デバフの意義を奪うような全否定発言である。
元々デバフは命中率・成長率・効力が異常に低いという致命的欠点がある、所謂不遇スキルだ。
言い分が分からない訳ではない。
すると彼らは、とんでもない事を言い始めた。
「折角、魔族と戦わせてやったんだ。少しは自分の非力さを理解しただろ?」
「お、お前達……! まさかわざと魔族を素通りさせて、俺に差し向けたのか!?」
「フン。だったら、何だって言うんだ?」
流石のオスカーも、絶句して何も言えなくなってしまう。
先程の魔族との戦い。
確かにウィルズ達の行動は不自然だった。
やけに動きが鈍く、魔族を見過ごしたかのような素振りさえあったのだ。
お蔭で援護に専念できず、複数の魔族相手に接近戦を余儀なくされた。
その結果、押し切られそうになり無駄な傷を負ってしまった。
嫌な予感はしていたが、まさか意図的に魔族を誘導するとは思わなかった。
最早それは、勇者としてあるべき姿ではない。
そして思う。
元々威圧的な二人だったが、裏ではこんな陰口を言われていたのか。
やけに冷遇され雑用すら押し付けてきた彼らを、それでもサポートしていたのに、全て無駄だったのか。
訂正する気にもなれず、深い失意と失望の念が、オスカーの身体中を覆っていく。
すると三人から離れた場所で、一人の金髪少女が恐る恐る歩み寄って来る。
勇者メンバーの紅一点、白魔導士のフィリアである。
彼女は先の戦闘で傷を負ったオスカーを気に掛け、治癒した唯一のメンバーでもあった。
「あ……あの……待ってくだ……」
「なぁ、フィリア! お前もそう思うだろ!?」
「え……だ、だからその……」
「ホラ見ろ! 彼女もそう言ってるぜ!」
「や……だから……違……」
フィリアは何か言おうとしたが、良くは聞き取れなかった。
消極的な性格の彼女なので、周りの強い言葉にかき消されてしまう。
加えてオスカーも、その言葉に耳を傾ける余裕はなかった。
脇に置いてあった自分の剣を持ち、部屋から飛び出す。
「おい、何処に行くんだ?」
「ギルドマスターに掛け合う。今回の件は、お前達の判断で出来ることじゃない筈だ」
「ははは! ギルマスに泣き付く気か? 残念だったな! もう、この件の話はとうの昔に通ってるんだよ!」
嘲笑する笑い声を浴びながらも、オスカーはギルマスの元に向かった。
勇者パーティーは、王族の血筋を持つギルマス直属の管轄に置かれている。
オスカーが勇者となったのも、彼がデバフの能力を買って選抜したからに他ならない。
ウィルズらが勝手に追放宣言しようと、承諾なくしては実現しない。
相談すれば、解決の糸口が見つかるかもしれないと思っての事だった。
だが、返ってきた答えは非情なものだった。
「本気で言っているんですか!? 自分をパーティーから外すって!」
「非常に残念なことだが、ウィルズ君の言うことは尤もだ。事実、君は魔族の討伐数が殆ど挙がっていない。他の面々に比べて、実力不足なのは確かだろう?」
「後方支援の俺が、前線に出て魔族を積極的に倒していたら、おかしいでしょう!?」
「兎に角、これはもう決まったことだ。今回の件は、他王族の方々にも話を付けている」
「そんな……!」
彼もまた、ウィルズ達の言葉を鵜呑みにしていた。
前衛と後衛の役割に徹しただけだと言うのに、求められていたのは成果だけだったようだ。
何を言っても、首を縦に振ることはなく、ギルマスの態度は以前よりも余所余所しく、他人のようにも感じられた。
「自分がどうして勇者に選ばれたか、覚えていますか? 何の過去も経歴もない自分を、貴方が選抜してくれたんです。お前の力には可能性があると、身分なんて関係ないと……そう言ってくれたから、今ここにいるんです」
「……」
「あの言葉は間違っていたんですか!? 教えて下さい!」
「……そうだな。間違っていたんだろう。そこは謝罪しよう」
「っ……! 分かり……ました……」
どうすることも出来ず、肩を落としたオスカーは、ギルマス邸を後にする。
衝動的に来たこともあって、館の従者達は彼を面倒そうに眺めていた。
「あの人が、あんな事を言うなんて……まるで人が変わったような……」
追い打ちをかけるように、門の前ではウィルズ達が待ち受けていた。
オスカーの様子を見て、勝ち誇ったように唇の端を吊り上げる。
「どうだ? 無駄だっただろ?」
「……」
「お前は今まで、自分一人の力で俺達を支えてきたと思っているんだろう? そんなモノは大間違いだ! 平民の分際で、自分がどれだけ生意気な事をしていたのかを思い知れ! これからは、もっと従順な奴をパーティーに選んでやる!」
勝利宣言にも似たウィルズの言葉が、オスカーの胸に突き刺さる。
ディアックも、ざまあみろと言いたげな表情を浮かべている。
そう、彼らはオスカーの力を理解している。
理解した上で、パーティーから除名させようと働きかけていたのだ。
理由は嫉妬。
より強い力を持つ者への妬みと僻み。
それが分かってしまう程に、今のウィルズの言葉は強烈だった。
「お前は調子に乗り過ぎたんだよ! ハハハッ!」
「っ……!」
もう、こんな所にはいられない。
オスカーは歯を食いしばりながら、彼らとすれ違いざまに駆け出した。
嘲笑する彼らの様子を、それ以上見ることは出来なかった。
「お……オスカーさん……!」
フィリアの声が微かに聞こえた気がしたが、それだけだった。
こうしてオスカー・ヒルベルトは、正式に勇者としての地位を失った。