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来た道を戻るようにして、上層へと向かった。
本当に同じ街なのかと疑いたくなるほど、豪華な屋敷の並ぶ上層は、アラトスのそれとはまるで違う異世界のように広がっていた。
服装も煌びやかに装飾され、道には塵一つ落ちていない。
その異常とまで思えてしまう程の上層は、俺に冷たい視線を刺してくる。
これだから貴族は嫌いだ。
その中を更に歩き、一際目立つ屋敷が見えた。
それこそが今回の目的地。
バフェジ・マルタスの屋敷である。
なんとまあ立派な屋敷だこと。嫌気がするね。
門番といえば門番だが、その行き過ぎた武装は一国の兵士のような装いで門を守っていた。
「何だ貴様は!」
うろうろとしていた隙に気付かれてしまった。
さて、なんと言おうか。
「いやー私、旅の者でして。随分と立派な屋敷なものですから、ついつい見惚れてしまいまして」
「それはそうだろう。なんたって、この街の1番であるバフェジ・マルタス様の屋敷なのだからな。アーッハッハッハ!」
ぶち殺してやろうかと思った。
腹立つなこいつ。
「用が済んだのならお引き取り願おう。我々も暇ではないのでな」
うーん。困ったな。こんなのどうやって潜入すればいいんだ?
一旦屋敷から離れることにした。
あんな要塞のような屋敷に潜入するのは無理だろう。
なら、直接バフェジ・マルタスに会う方法はないだろうか。
下層に戻ってきた。
ニーやロクのような子供だけではなく、もちろん大人もいる。
ただ、誰もが目を濁らせ、アラトスの貧困層よりもひどい顔をしていた。
しばらく歩いていると、何やら揉め事の声が聞こえた。
「アタシは何もしてない!」
「嘘を言うな! このマルタス様がはっきりと見たのだぞ?」
マルタスだと!
俺は声の聞こえた方へ急いだ。
2つほど建物を越えた所で、その人物を発見した。
さっき見た門番と同じ格好をした人が5人と、それに囲まれている小太りの人物こそがバフェジ・マルタスなのだろう。
あー嫌だ嫌だ。なんでこうも嫌らしい貴族どもは皆揃ってステータスのように肥えてやがるんだ。
「放せ! 放せったら!」
そのバフェジと対面しているのは、ニーと同じ歳くらいの少女だった。
少女は護衛に手を掴まれ、それを必死に振り払おうとしていた。
「暴れるでない。傷が付けば値が下がる」
値が下がる? どういうことだ。
「取ったものを返せと言っているだけだ。返さぬのなら、連れていくまでだ」
なるほど、こうやってゼロも連れて行かれたわけだ。
だが連れて行ったところで何のメリットがあるんだ?
少し、割って入ってみるか。
「やーやー、何やら騒がしいね?」
「誰だ貴様!」
「ただの旅人ですよ。何かあったのですか?」
「このガキが私の屋敷から盗んだのだ」
「何も盗んでないわよ!」
少女は一層暴れて手を解こうとする。
「一体何を盗まれたのです?」
「それは、その、我が屋敷の宝石よ」
「宝石1つでこの人数ですか。穏やかじゃないですね」
「何なのだ貴様は!」
「いえいえ、ですから旅人ですよ。偶然通りかかっただけですから」
「ええい、気に障る奴よ! 殺してしまえ」
護衛の2人が俺に剣を構える。
「死にたくなければ、さっさと引くことだな」
「こんな所で旅路は終わりたくないだろう?」
主が主なら護衛も護衛ってか?
ったく、さっきの屋敷の件といい腹が立ってるんだ。
憂さ晴らしでもさせてもらおう。
後腰の剣を引き抜く。
「何だ、やる気か?」
「俺は女の子に乱暴する奴が嫌いなんだ。あと、貴族はもっと嫌いなんだ!」
一番近くにいた護衛に切りかかるが、流石は鎧を着ているというか、その行き過ぎた武装でそう簡単にはダメージが入らない。
「口だけ達者でもなぁ!」
反撃を食らいそうになるが、武装に対して技術がないのか、避けるのはそう難しくもなかった。
しかし、防御の高い相手に、こちらがダメージを与えられないのもなぁ。しんどいよなぁ。
――首を刺せ。
誰だ。いや、俺の声?
首を刺すのか。確かに露出している部分ではあるが。
……考えている暇はない。
「ぐえっ……」
喉を貫かれた護衛は、体を痙攣させ、剣を引き抜くと同時に地面へ倒れた。
まあ、なんとも簡単に死んだこと。
それを見ていたもう1人の護衛は、それに怯む事無く襲い掛かってくる。
「よくも!」
だが、そう突っ込んでくるだけの護衛を避けるのは簡単だった。
同じように喉に剣を刺す。
同じように痙攣して地面へ倒れる姿に少し笑ってしまった。
こうも人とはあっさり死ぬのかと、ついつい可笑しくなってしまう。
「次は誰かな?」
「お、覚えていろ! このバフェジ様に楯突いた事、後悔させてやる!」
護衛とバフェジは、少女を突き飛ばして逃げ出してしまった。
俺は剣を納めると、少女に手を差し伸べた。
「大丈夫かい?」
「え、ええ。助かったわ」
少女は俺の手を取り、立ち上がった。
「あなたは?」
「ただの通りすがりの旅人です。あのバフェジに用があったのですが、逃げられてしまいました」
「用? 通りすがりの旅人なのに?」
「ああ、いや、その、ははは……」
笑って誤魔化そうとしたが、無理あるわな。
「あなた、何者なの?」
そう言われれば仕方がない。
「俺はシリアス。シリアス・スカイクラウド。記憶を探す旅をしている」
「そう。私はシーシャ」
少女は興味がなさそうに返事をし、続けて言う。
「記憶を探す旅人さんがバフェジに用なの?」
「まあ、ちょっと寄り道というか、そんなところだ」
「けど、バフェジには滅多に会えないわよ? アイツは引きこもりだから」
「そうなのか。詳しいんだな」
「何度も仲間を連れて行かれたから。……許さない」
少女は強く拳を握る。
「ねえ、ここで会ったのも何かの縁だわ。協力しない?」
「協力?」
「バフェジに用があるのでしょう? 私だって仲間を返してもらう用事があるわ。私はバフェジに詳しいけど、力がない。シリアスは詳しくないけど、力がある。ギブアンドテイクでどう?」
「いいね」
俺は2つ返事で合意した。